第八層 第二階層街
0
次なるものは路を行く。
受け継いだ物を引き継ぐために。
1
数週間が経ち、俺はジルと共に騎士ギルド本部管轄・『天空橋』内、フロウ・ゲートの前に居た。目の前には騎士ギルドの長が立ち、その後ろにリカリアが控えている。
「では気をつけて。上は…ここより厄介だと聞く」
「ああ。認可されるかが心配だが…こっちは任務だからな。個人的な私怨では動けないだろ」
「だろうな」
苦笑を浮かべる2人を見ながら思う。こいつら、本当は仲良いんじゃないか?
「コウ」
「ん?」
リカリアがぼそりとつぶやいた。隣の2人には聞かれたくないらしい。
少し離れて、リカリアと向かい合う。…リカリアのほうが背が高いのは仕方ないと思う。
「ほら、これ」
右手を掴まれて、掌に何かを握らされた。何だろう?
「コインの形で偽装してはいるけど、ボクと通信できるように設定されてるんだ。これで、いつでも…ってわけにはいかないけど連絡が取れる。もし、全てを思い出した時には、ボクはこれをつかって自動的にコウの元に行くようになってるから」
それはそれは、凄いなぁ…
「だから、なくさないでね? ボク、転送された瞬間に硬貨箱を破壊なんてしたくないから」
「あ、ははは…」
なくさない自信なんてない。
「目印は、側面のこの紅い色。力の一部が入っているから分かると思うんだけど…」
「努力するよ」
「…約束はしないんだ…。まぁ…いいや、で、それを持ってると仲間の反応も分かるようになるから」
始めて聞く単語だ。仲間? こいつみたいなやつが他にもいるのか?
「全部で7人。ボクと、コウを含めて7人いる。探して」
「探してどうするんだよ?」
リカリアはイタズラを思い浮かべた子どものような表情で俺を見た。
「それは、ボクが言うことじゃないから」
問い詰めようとして、ジルに呼ばれた。どうやらもう出発するらしい。
「じゃあ」(ギルド長)
「ああ」(ジル)
「お気をつけて」(リカリア)
「…………」
俺にとっては始めての経験だ。前回は寝ているうちに昇ってしまっていたわけで。
「一瞬だから、そんなに面白くないぞ? 快速ゲートのほうが面白いんだけどな」
「…………」
面白さは求めていない。
ただ、面倒なことになってきた。なんだか分からないもののために仲間を集めなければならないらしい。そのための目印がこれで、反応したらそいつが仲間。そんな仲間探しなんてやりたくない。
「じゃあ、行こう」
その瞬間、全てが光に包まれた。
―――
「―リカリア支部長、よろしかったのですか?」
「何が〜?」
コウたちがいなくなった後、ギルド長と呼ばれていた男性が歩き出したリカリアの後に付いて歩く。
「彼らと共に昇れば、お父上に―」
そこまで言った途端、くるりとリカリアが振り返った。にっこりと微笑むが、その瞳は冷たい。
「…他言無用。その意味、分かる?」
「…はい。申し訳ありませんでした」
慌てて頭を下げると、リカリアはまた歩き出す。
「始まるんだ…」
「…はい? 何かおっしゃいましたか?」
「ううん。なんでもない」
2人は廊下を歩いていく。
2
光が去り、始めてみた景色はそれまでとは違っていた。
無法地帯でギルドによって統制されていた最下層街、自由で貧しいながらも楽しく生活をしている第三階層街、そのどちらとも違う街並み。まず、家がでかい。そして広い。一体何のためにこんな広い土地を使っているのかが分からない。第三階層街よりも土地的には倍くらい狭いはずなのに…。そして、道はレンガで固められ、その上を車輪の付いたへんなものが走っている。馬車も走っているけれど…あの道じゃ馬が可哀想だ。
「ここが第二階層街。主に富豪や貴族が暮らしているところだ」
「金持ちの居場所って訳か…なるほど。門の前に立っているやつらがやたらと殺気をふりまいていると思ったら…」
どの家にも、必ず二人は立っている。
「ここは中心街だからな…少し外れたところはここよりも穏やかだぞ」
ふうん…侵入のし甲斐がありそうだ。金持ちの家なのだから、さぞ良いものを溜め込んでいるんだろうな…
…って、おい、俺。何を考えているんだ? 俺はもう、盗賊じゃない。
だけど。こいつらの金を少しでもいいから下にばら撒ければ、少しは生活が楽になるんじゃないかと思う。
「さあ、こっちだコウ。車をつけてある」
「くるま?」
さっきのへんなものだ。車というらしい。
「これ、どうやって動いてんだ?」
乗り込んで窓の外を見ると、景色が動いていることに気がついた。
「動力は『精霊核』だ」
「…こあ?」
「そう。コピーだけど」
「なんだそれ?」
向かい合って座っているジルが、少しだけ俺を見た。何かを図るような瞳をしているが…
「なんだよ?」
「いや…到着に少し時間がかかるから、説明しようか」
ジルは御者のような人物に声をかけ、スピードを落とさせた。そして俺に向き直ると口を開いた。
「まず、精霊の存在は知っているか?」
その声はまるで子どもに話しかけるようだ。
「…えっと…実体を持たず、エネルギー体が意思を持って形を成している生き物?」
「半分正解。実体を持たないわけじゃない。精霊の属性によって傾向はあるが、自然界のものに宿っているんだ。例えば、水や草、花などはその代表といって良い」
「人工的なものには宿れない…のか?」
「そう。あくまで自然界のものに宿る。そして、自然界のバランスを保っている」
「ふうん…」
くるまは中心街を抜け、舗装されていない道を走る。
「ただし、現在ではほとんどが認識されていないから、人々はその存在を忘れつつある」
「まだいるってことか?」
「そう。いる。コウには分かるはずだけど?」
…なんでそんなことが分かるんだ?
「見えないが声らしきものは聞こえる」
ジルは頷く。
「大抵は見えても声が聞こえずに意思疎通が出来ない。僕もそう。意思疎通が出来るのは、霊位の高い者だけらしいけど」
「霊位?」
「…ああ、聞き流してくれていい」
ジルは窓の外を見て場所を確認した後、話を続ける。
「簡単に言うと、精霊核は精霊の力を引き出すための道具だ」
「精霊の力を…?」
「そう。精霊には特別な能力を宿しているものが多い。物を浮かせたり、水を出したり火を起こしたりがその代表的なものだ。もちろん、精霊によって個体差があるから必ずしも有力な能力が引き出せるわけではないが」
「よくわかんねーけど、特別な力を使うために必要なんだな?」
ジルは苦笑気味に頷いた。…このくらい簡単に説明しても罰は当たらないと思う。俺に難しい話をするのが悪い。
「そう覚えておいてくれればいい。1つの精霊核に1人の精霊の力を引き出すための術を封じ込めておく。そうすることで、彼らから力を引き出すことが出来るというわけだ」
「…それがこれと何の関係があるんだよ?」
「これ…正式名称は『小型自動艇』というんだけどね。これの動力として、その精霊核を使っているんだよ」
「でも、同じ能力は得られないんじゃないのか?」
「本物の精霊核じゃなくて、それを元に開発し試験的に導入している『精霊式』を使っているんだよ」
…よく分からなくなってきた。
「そろそろか」
ジルが窓の外を見る。つられて見てみると、自然の景色の中にドカンと大きな城が建っていた。
「…なんだあれ」
「アレが第二階層街を支配しているパヴェロ公爵家の屋敷だ。早々に認可させて早く出よう」
…珍しいな。ジルがここまで相手を嫌うなんて…。
俺達はそのまま城に向かった。