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13話 事件はどこにでも

 五歳になった。


 たったそれだけのことなのに、体の感覚はずいぶん違う。

 手足は前より思うように動くし、踏み込みも剣の軌道も、ようやく以前の自分のものになってきた。


 もちろん、前世の全盛期にはほど遠い。

 百年近く剣を振るい続けた黒騎士の肉体と、たった五年を生きた幼女の肉体を同じに語ることなどできぬ。


 だが、それでも……確かに近づいている。


 騎士団長との訓練は、あれからほとんど毎日続いていた。


 剣の振り下ろし。

 踏み込み。

 受け流し。

 体勢の崩し方。

 間合いの測り方。

 殺し切る一撃ではなく、制する一撃の選び方。


 前世で染みついたものを、今世の体に合わせて何度も何度も調整した。

 その過程で、前世に近い剣筋を再現するだけでなく、前世にはなかった新しい動きまで生まれてきた。

 体格差があるからこそ、小さな体だからこそ使える軌道。

 軽い体重だからこそ成立する回り込み。

 前世では力で押し切っていた局面を、今世では速度と角度で殺す。


 うむ。

 順調じゃ。


 ……と、言いたいところなのだが。


「……もう、私がアリエル様に教えられることはございません」


 ある日の訓練場で、騎士団長はなんとも言えぬ顔でそう言った。


「む?」

「正確に申しますと、教えられることが『まったく』ないわけではありません。ですが、もはや基礎を授ける段階ではございません」

「ふむ」

「というか……」

「というか?」

「率直に申しますと、木剣での打ち合いに限れば、もう私よりお強いのでは……」

「……」


 儂は木剣を肩に担ぎ、しばし黙った。


 なるほど。

 言わんとすることはわかる。


 実際、自惚れでなく、儂も似たようなことは感じていた。

 本気の殺し合いとなれば話は変わる。

 経験、胆力、そして肉体の完成度……そういうものを含めれば、まだ五歳児の体では不利な点も多い。


 だがしかし、訓練の範囲……決められた条件の中で剣を競うなら、もう負ける気がしない。

 それほどまでに、儂は強くなっていた。


「ちと早すぎたかのう」

「全然『ちと』ではございません」


 騎士団長が遠い目をする。


「五歳児が騎士団長にそう言わせてしまう時点で、色々と大変です」

「そうか?」

「そうです」

「むぅ……」


 困ったのう。


 師がいるからこそ、人は伸びる。

 自分一人でも鍛錬はできるが、自分では見えぬ癖や限界は必ずある。

 前世でそれを嫌というほど知っておるからこそ、今世では最初から師をつけてもらっていたのだ。


 だが、その師が「もう教えることはない」と言い出した。


 では、どうするか。

 ここで止まるか?

 満足するか?

 五歳にして王国最強格なら十分だと、ぬるい考えで剣を置くか?


 ……ありえぬ。


 そんなもの、ありえぬに決まっておる。


 もっと強くなる。

 もっと、もっとじゃ。

 誰にも届かぬほど。

 誰も近づけぬほど。

 絶対無敵と呼ばれるほどの守護者になってやる。


 国を守る。

 民を守る。

 母様が愛したこの国を、二度と何者にも踏みにじらせぬ。

 それが、今世の儂の生きる意味なのだから。


「見ていてほしいのじゃ、母様」


 木剣を胸に抱くようにして、小さく呟く。


「儂、もっともっと強くなるのじゃ」


 騎士団長は、それを黙って聞いていた。

 茶化しもせず、諫めもせず、ただ静かに。


 たぶん、わかっているのだろう。

 この決意は、幼子の夢ではない。

 儂の核そのものなのだと。




――――――――――




 王都から1日ほど馬車で移動したところに小さな村がある。

 山の麓に位置していて、そこでしか栽培できない特殊な野菜を売り、生計を立てている。

 決して裕福とはいえないが、村人達の仲は良く、穏やかな日々を過ごしていた。


 ……今日、この日までは。


「ひゃははは! 殺せ、男は皆殺しだ! 女は捕まえろよ。高く売れるし、後で楽しめるからなあ。おっと、ババアはいらねえ」


 下卑た笑い声が響く。


 村は盗賊の襲撃を受けていた。

 悪名高い『漆黒の牙』だ。


 残虐な行為を繰り返しているだけではなくて、その戦闘力は王都の騎士団に匹敵するほど。

 また、逃げ足も速い。

 故に今まで討伐することができず、度々、被害が出ていた。


 彼らの今日の獲物はこの村だ。

 邪魔な衛兵はすでに殺した。

 抵抗する男も殺した。


 後はやりたい放題。

 盗賊達の気分は最高潮。

 笑い声を響かせて、響かせて、響かせて……


 ザンッ!


「かひゅ……!?」


 突然、一人の盗賊の首と胴体が離れた。


 なにが起きた?

 その盗賊は最後まで自分の身になにが起きたかわからないまま、絶命する。


 首のなくなった体が地面に倒れて。

 血が大地を赤く染めていく。


「サントス!? おい、どうしたんだ!?」

「い、いったいなにが……」


 動揺する盗賊達の前に、一人の幼女が立ちはだかる。


 自分の背丈よりも大きな剣を持ち。

 金色の髪を風になびかせて。

 そして、エメラルドグリーンの瞳を怒りに燃やしている。


「なんだ、このガキは!? まさか、こいつが……?」

「おい、ガキ! いったいなにをしやがった!?」

「返答次第じゃあ、ガキとはいえタダじゃおかねえぞ!!!」


 激昂する盗賊達に、しかし、幼女は静かに返す。


「黙れ」

「「「……っ……!?」」」


 低く、重く、静かに。

 それでいて、圧倒的な怒りが込められた声。

 幼女が発したものとは思えず、ドラゴンのような超越種が放ったかのような圧を感じた。


「よくもまあ……ふざけた真似をしてくれたのう。我が国の宝を傷つけるとは……絶対に許さぬ。貴様ら全員、命はないと思え!」


 幼女は言い放つ。


 その幼女の名前は、アリエル・ノクティス・フィーゼルマイン。

 フィーゼルマイン王国の第三王女であり……史上最強の幼女だった。

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