上には上がいる
現代ギスギスショートショート
目がチカチカしてすごく痛い。
耳もキーンとする。
なんかご先祖様っぽい人の顔がじんわり浮かんできたし、いやあれバチ切れした母さんの顔じゃん。
就活もうまくいかず長年バイトしてきたファミレスチェーンで社員登録した途端、新宿のやたらうるさい場所へ移動して13連勤目。いつの間にか道端でぼろ雑巾のように眠っていたらしい。走馬灯が般若ずらの母親って正気か?
走馬灯のさらに先には知らない男の声が聞こえる。
「お姉さーん? 生きてる?」
「はいはぁい、いきてますよお」
不思議と自力で返事をしてから目を覚ますと、目の前には本当に知らない男がいた。チャラチャラとした金髪ピアスに、年齢不詳メイク。どう見たってホストである。
生まれてこの方、ホストになんて関わってもろくなことないと社会常識が教えてくれた。いやいや、そんな口八丁手八丁の擬人化にかどわかされるなぞ、私にはありえない。
睡眠不足、疲労困憊、ストレスゲージマックスなワーストコンディションで一人歩いていたつもりが、完全覚醒すると目の前にはシャンデリアに酒瓶、そしてむせ返りそうなタバコと香水の匂いが充満していた。
「は?」
「急にどーしたのマーユチャン。ほら、そろそろなんかのもーよ」
「は?」
思わずテーブルの伝票を探して確認する。よかった、多分まだ注文まで至っていない。初回料金ってやつだ、漫画で読んだことある。隣に座る男もなんかパッとしないというか、カリスマ性がない、ような気がする。つまり手練れではないはず。漫画の知識だけど。
「ドリンク代がセット料金で、いまは3時……退勤したのが多分12時だから、」
「なんて?」
「お兄さん、これ飲んだらすぐ帰るからよろしく」
言ってやったのだった。
それから翌朝。
私は目覚めると、見覚えのある男の顔が印刷された名刺を握りしめ、メッセージチャットがひらっきぱなしのスマホが充電されていた。私は悟って、職場に電話した。
「すみません、菅原真歩です。風邪がひどいのでお休みさせてください」
酒で焼けた喉を無理やりこじ開けて、空になった財布を握りしめた。もともとあんまり入ってなかったのは、すかんぴんにされたと思えばいいのか、被害が最小で済んだと思えばいいのか。
スマホ画面には『今度いつ会う?』とひょうひょうと軽口が刻み込まれ、困惑でため息が出るも酒臭い自分に絶望した。
思い出される耳障りの良い特徴的な声。
「マーユチャンは嘘つかれるのがトラウマってことか」
「そーそぉ、昔ちょっとねえ。なんかー、そんときおもったの。げいじゅつほーめんってやってらんないよなーって」
「あーわかる。俺もミュージシャン目指してたけど挫折した」
「まじぃ? たいよーくんも? 私も声楽習ってたよ、高校で。マジ現実と夢の乖離だった、さいあく」
「真面目じゃん。え、どんなこと習ってたの? 気になるなあ」
「えっとねえ」
へらへらした態度が、今思い出すとうそっぽすぎてイライラする。ただ、それと同時に”挫折”という私との共通の経験があることに安堵した。だって音楽なげうったぐうたら底辺な私の下に、音楽なげうって大ウソつきで不真面目に生きてる最底辺を見つけたからだ。
ああいや、でも、そんなことがよぎってしまうことに悲しくなって、布団の中に縮こまった。




