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月日王帝物語~Requiem for the Empire~  作者: 花縫ゆりは
第一章 鳥籠の蝶は夢を見るか
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第一章 Ⅱ

青い空が視界いっぱいに広がっている。

人々が思わず

晴天の清々しさとは反対にサンスーン王国の王城の庭を歩く少年の心の中はどこか陰鬱としていた。

「結婚」。自分にとって他人事だった言葉は、ようやく自分にとって現実味を帯びはじめていた。

俺にとっては、街で暮らす所謂平民の中で最近流行の「恋愛結婚」とかいうものではなく、古から続く血の契約による結婚。

王族として仕方のなことだった。頭では理解していても感情が追いつかない。

そんな現象を始めて実感した気がした。

馬鹿らしいことを考えているなと王族の少年は考える。

それでも、思考は止まらなかった。


かさり、と芝を踏む音で顔を上げると、自分と同じ金色の髪と蒼い瞳を持つ男が此方へ向かって歩きてきていた。

それを見て慌てて立ち上がる。ようやく思考が途切れた。

男は少年の目の前に立つと口を開いた。


「アイザック、ルナイトの方々に失礼のない様にな」

「兄上、それくらいわかってますから」

「それから、一人称は()だからな」

「はいはい」


何度聞いたかわからないその言葉。

この兄は何度同じことを言えば気が済むんだろうか。

脳内で愚痴を言いながらサンスーン王国第二皇子アイザック・ソールは空を見上げた。

ルナイト帝国でもこの空はあるのだろうか、そう柄でもないこと少しだけ考える。

適当な返事に聞いてないと察した兄は再び説教を始めようとするが、その気配を察知したアイザックは素早く言葉を発した。


「兄上、俺はそろそろ出立の支度をしなくてはなりませんので。失礼致します」


それだけ言い捨てると、さっさと兄に背を向けてアイザックは歩き出した。

扉を開けて城内に入る。硬質な革靴の音が廊下に響いた。その音が、少しだけ遠く聞こえた。

そういえば、兄のところにはルナイトの第二皇女が来るんだったか。

いいな、と思っていいのなら、素直に羨ましいと言う感情が強かった。

ルナイトに行って帝国王女と結婚する自分と、この国に残って王位を継ぎルナイトの第二皇女を娶って生涯をこの国で生きる兄。

生まれた年はさして変わらないのになんだろうか、この差は。

とっくの昔に納得したはずだったのに、今更腑に落ちないなんて言えないけれど、言いたい。

今更遅すぎる。それでも、いざ自分の身に降りかかるまで実感が全く湧かなかった。

ルナイトに行ったら滅多なことない限り戻ってくることのない故郷は、兄にとっては一生を過ごす場所に変わりないのだ。

なんだかムカつく。つくづく自分は心が小さいことだ。

自己嫌悪の念に陥りかけていたアイザックを救ったのは近侍の足音だった。

聞き慣れた足音にアイザックは顔を上げる。すると近侍は口を開いた。


「アイザック様、主上がお呼びです」


声をかけてきた近侍の姿を目にして無駄な考え事を頭から振り払う。考えるだけ時間の無駄だな。

そもそもの立場が違うんだから。

どうしたって消えてくれない劣等感を破り捨てる様に,彼は足を進めた。

部屋の戸を開けると父である国王がいる。

父の部屋はいつも煙管の匂いがする。この鼻をくすぐって、胸に残る香りが昔から嫌いだった。

この匂いを嗅がなくて済むのは結婚の唯一の利点かもしれない。それがアイザックがこの政略結婚に初めて好印象を抱いた瞬間だった。


「父上。何用でございましょうか?」


「アイザックよくきたな。明日は婿入りの出発日だが、調子はどうだ?」


「順調にございます。」


「そうか、ならいい。」


あいも変わらず息子に関心のない父親だ。

どうせ、兄上のもとに嫁いでくるルナイトの女の心配でもしているんだろう。

昔から、国のことばかりを考え自らの妻のことも、息子のことも何も気にしないひとだった。だからこそ、この人が嫌いだった。


扉を開いて外に出る。

天井のスカイライトから陰鬱な気持ちで空を見上げた。

明日、俺はルナイトに行く。

国同士の伝統の犠牲になる自分は、果たして可哀想なのだろうか。

再び開きかけた思考を、慌てて閉じた。

これ以上考えたって、何の価値もないだろう。明白な事実だった。


自室に足を向ける。歩み出した足にはまだ迷いはあったけれど、確かに前を向いていた。

遥か彼方の、遠くない未来に自らの家となる隣国の城に想いを馳せながら。

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