第一章 鳥籠の蝶は夢を見るかI
伝説はいつも、残酷な結末で幕を下ろす。けれど、その後に続く泥臭い現実を生きるのは、いつだって私たちだ。
そう言ったのは、いつの誰だっただろうか。
いつかの時代の革命家だったような気がする。
数週間前から王朝との戦の最前線、ロザリア荒地にいた。
なぜ私をここに連れてきたのだろうか。そんな疑問が幼き少女の頭によぎった。
「お可哀想に」 「姫様はまだ幼くあられるのに」 「まだ8歳でしょう」 「姫様を戦場に行かせるだなんて陛下も酷いことを」
城の中に待機している兵隊のそんな呟きが聞こえる。
それを言いたいのはむしろこっちだ。そんな言葉は仕方なく飲み込んだ。
幼き姫は、そんなこと言うだけ無駄なことを既に知っていた。
耳に入る声が鬱陶しくて耳を塞ぐ。夜空のような深い藍色のドレスにつく銀色の飾りが光を受けてキラキラと輝いた。
「姫様、兵士なんぞの言うことをお気になさらないでくださいね」
「あの方々にはキツく言っておきますので」
姫の教育係を務める、魔女家の少女がそう言葉を発する。
「いいえ、構わないわ」
「いつもありがとうね、ソフィー」
ルナイト帝国第一皇女、ノクターン・セレ二はにっこりと微笑んでそう答えた。
魔女家のソフィー・ウィッチ=ロザリアは腑に落ちないような顔を浮かべながらゆっくりと扉を開けて部屋から姿を消した。
部屋には再びノクターン一人。
「暇だなぁ」なんてちょっと呟いてみる。
ただ、それは意味のないただの口から溢れた言葉でしかなくて、その言葉ひとつで現状が変わるとは思っていない。
それでも、何も考えないよりは、ましなんじゃなかろうか。
なぜ、人は争いいがみ合うのだろう。
それよりももっと有意義な時間の使い方というものがあるはずなのに。
そんなことしなくていいでしょうに。
ノクターンの思想には戦争で勝ちたい、という思いは全くもってなく、なぜこんなところにいるのだろう、というかなぜ戦をしているの?という疑問が頭を支配していた。
彼女にとって、戦での勝利というのは別にどうでもいいと思えるほど優先順位が低いことだった。
開いた扉の隙間から見える廊下に、甲冑姿の影がよぎる。石造の廊下からは「王国からの援軍はまだか!?」なんて声が聞こえてくる。
自分から始めた戦なら自分たちの中で完結させればいいのに。
王位継承者という一番の当事者のノクターンは軍事税も払わないし、徴兵もされない。それゆえ一番の部外者でもあった。
普通は思わないことを、戦場に立てば麻痺する思考が麻痺しない分、客観的に判断することができるのはある意味立場に物を言わせているから。
普通は自分が生き延びれるか、なんてところの方が大事なんじゃないかしら。
それくらいは知っている。
みんなは私みたいに他人事でいられないこと、戦に出なくちゃいけない兵士がたくさんいること。
「馬鹿みたい」
なんて溢れた文字の集まりは、誰に聞かれるでもなく虚空へと溶けていった。
そして、彼女の言った馬鹿らしい戦は、終わりを知らず破滅を呼んだ。
後から誰ぞに聞いた話。あの後あの戦が決め手で休戦協定を至急王朝と結んだらしい。
私がいたあの場所は、地獄だと言われても信じられる気がする。
鼻をつく鉄錆の匂いと、泥に混じった硝煙。耳を塞いでも突き抜けてくる悲鳴と、馬のいななき。地獄みたいだった。
だれが敵で誰が味方か、誰が敵を殺して誰が味方を殺したか。
誰にもわからなかった。
仕舞いには、私まで戦場に出てたくさん敵を殺した。
味方の亡骸を踏んで、敵を殺して。綺麗なドレスは紅色に染まり、夜空は赤くなった。
何が何だか全く理解できなかった。
いや違う、理解した瞬間に足が止まってしまうから、理解できなかった。
しようとしないで目を背けた。そもそも、理解したところでもう手遅れだったのだろう。
とはいえ、そんなもの今更考えたところで遅い。
物思いに更けていると足音が聞こえた。
名もわからない侍女が、「お時間です」そう声をかけてきた。
「ええ、わかったわ」
「王国の方がもういらっしゃるのね?」
「今行くわ、ご苦労様」
自らの侍女に微笑みかけたノクターンのその瞳の奥には、今もなお8歳の時に見たロザリア荒地の地獄を写しているようにみえた。
かつて戦場を駆けた少女は、結婚する。
「どんな方なのかしら」
彼女の口から言葉が零れ落ちる。
今年で17になる少女は、まだ見ぬ婚約者に想いを馳せた。
その頃、サンスーン王国の王城では、第二皇子アイザックがルナイト帝国への旅立ちを前に、故郷の空を見上げていた。




