第7話 騎士の品格と資格
一方、竜の国の談話室を兼ねた小さな会議室は、重苦しい沈黙が満たしていた。
普段は身分の高いものたちのための憩いの場として作られたその部屋は防音性が高いため、気兼ねない会話をするために使われることが多い。
いまは4人の王が1人の皇女と対面するように座っている。
4人の王は表情の差こそあるものの、みな一様に難しい表情を見せている。対する皇女—ィリーリアは気まずそうに顔を伏せている。
議題は先程のコウを含めた大立ち回りだ。
ィリーリアはよそ行きの服装から、皇女らしい瀟洒なドレスに着替えている。先程うけた焼け爛れるような怪我はすでに魔法と竜族ならではの高い自己治癒能力で完治しており、痕の一つも残っていない。脳や心臓への致命傷さえ受けなければその程度のキズは問題にすらならない。
その沈黙を腕組みをといたフゥが破る。
「下手人は自らの体を魔法で燃やし自害しおった。証拠を残さんあたり、優秀なやつじゃろう」
忸怩たる思いでそう告げる。
下手人はィリーリアが飛び出し、フゥの気がそれた一瞬のすきを突いて、拘束を脱出。手を出す日まもなく魔法で自害した。骨しかのこらないほどの高温の魔法だった。人種はおろか性別を判別するのも難しいだろう。これでは調査のしようがない。
だが黒幕の見当はついている。なにせあのタイミングで滅剣を暴走させられる国となれば帝国しかありえない。最も証拠がなにもないうえに、滅剣の継承者の引き渡しは非公式の取引だ。証拠がないことに対して責を問うことはできない。
それよりも問題がある。
滅剣の継承者—コウのことだ。
当初予定では生きたまま、100年は封印する予定だった滅剣の継承者だが、邂逅の折、ィリーリアの彼に対して”エンゲージ”してしまうというアクシデントがあったため、急遽保護することになった。そこまでは竜族の感覚からすれば問題はない。
エンゲージは運命を司る竜族のギフト。封印するより彼を保護したほうがよいというィリーリアの直感を疑うことはない。
だが、契約となれば話は変わる。
重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは、フゥだった。
「何を問題としているか、わかりますな?」
鋭い一言がィリーリアの胸を貫いた。
肌にべたべたと粘りつくようなプレッシャーの中、声の出し方さえ忘れてしまいそうになるが、自身が行ったことに対して真摯に理解を求める必要がある。
フゥの鋭い視線をうけながらも、ィリーリアは絞り出すように「はい」と声を出すと、彼の右眉がピクリと上がった。
「ほほぅ、わかっていると。ではなにか?ィリーリア様はわかっていてなおあのような行為を行った—」
「フゥ様」
言葉を続けようとするフゥをレムの手が静かに制した。彼女は語気を荒げるでもなく静かに言う。
「ィリーリア様。貴方様が今回行われたのは、竜騎士の叙勲ですね?」
確認するレムの言葉にィリーリアはコクコクと頷き肯定する。肯定する様子を確認し、レムは言葉を続ける。
「おわかりかと思いますが、竜騎士の誓約は我ら竜族にとって大変栄誉なことでございます。特に貴族階級の上位竜であればあるほど、それは特別な意味を持ちます。竜騎士を叙勲するというのは、それだけ栄誉ある行為です。たとえば我ら4王の竜騎士の叙勲ともなれば、国中に発布しなければならないのはおわかりですね」
レムはィリーリアの反応を見るように言葉を区切った。
こくりと、ィリーリアは頷いて見せる。
レムのいうことは重々承知している。騎士階級がどういうものなのか、座学をさんざんうけており理解している。
竜騎士は一般の騎士とはその権利や能力は一線を画す。竜と竜騎士はそれこそ一蓮托生であり、契約によって叙される竜騎士は主の力や権能を与えられ、代弁者であるとともに、代理執行者でもある。契約のもと、常にそばに侍り、ともすれば生涯の伴侶よりも深く結びつくことすらある。
さらに皇族の騎士ともなればそれは近衛騎士である。本来、皇帝の竜騎士はその近衛騎士の中から選ばなければならない。精鋭中の精鋭にしか許されない騎士の栄誉ある最高位だ。
レムはィリーリアの表情に理解の色があることを確認し、言葉を続ける。
「皇族の側仕えとなる近衛騎士は騎士の頂点。それは武練の三環祭。4年に一度の近衛騎士登竜門。それがどれほど狭き門なのか、説明は不要ですね」
武練の三環祭は4年に一度開催される皇国主催の祭典である。4王がそれぞれの兵団に所属する騎士たちの名誉と戦技を競い合うことをメインとしたお祭りである。騎士だけでなく一般市民も参加する競技があり、兵たちの教練成果を見せる場でもあり、騎士として叙勲をうけるチャンスでもあるとともに、民と兵との親睦を深める場でもあった。
その中の一つに近衛騎士への登竜門である三極騎士戦がある。4王や上位貴族の推挙をうけた選りすぐりの兵や騎士だけが参戦を許される大会だ。そこを勝ち進み、自らの武勇や品性を証明したものだけが、皇族へ誓いを立てることを許される。しかし大会を勝ち進んだとしても、4王からの承認が得られない場合もあり、その年の叙勲者が0になることも珍しくはない。
モノクルをくぃと持ちあげながら、レムはさらに続ける。
「特にィリーリア様には現在、近衛騎士がおりませんから、さまざまな問題と混乱がおきてしまうことは、容易に予想されます」
レムの口調に責めの色はない。あくまで淡々と事実と問題を提示している。
彼女の言う通りだ。
竜族の皇帝、その竜騎士ともなれば世界各国がその動向を見逃さない。
それもそうだろう。一騎当千の竜族の近衛騎士。さらにその頂点に君臨するのが竜騎士なのだから。それがどこの馬の骨ともしれないぽっとでの平民。しかも身分上は大罪人が非正規な手順でなったとなれば、国内の騎士たちの反発は免れない。
いや、むしろ前皇帝を殺害した滅剣の継承者であることが露見した場合、極刑を求める声があがるだろう。
ただでさえ慕われていた全皇帝の死の混乱から抜け出しきれていないハルディンの国民感情は計り知れない。
考えなければならないのは国内だけではない。国外もそうだ。
今回の件、滅剣の暴走を他国に漏らすわけには行かない。であれば、コウという野良犬が皇女の気まぐれで竜騎士に召し上げられたように見えてしまう。そうなれば竜騎士の格が落ちてしまう。
外交も行う竜騎士の格が落ちれば他国から舐められてしまう。そうなればうまくいくこともうまく行かない。
つまりコウの叙勲は国家機密となり、内部にも外部にも漏らしてはいけない。
俯くィリーリアを横目に、ヒゲを撫でながらフゥが考えを口にする。
「いっそ小僧にはそのまま落ちてもらったほうが良かったのぅ」
「フゥ殿!」
フゥの言葉を静止するようにアーティが語気を強めて言った。
「冗談じゃ」
フゥはアーティの静止にひらひらと手を振りながら悪びれもなく言う様子に、アーティは苦虫を噛んだような表情をする。
シンと誰も言葉を発することなく、しばし硬直する空気を破ったのは、ラナがギィと椅子を引く音だった。一同の視線が音を立てたラナに集まる。
背もたれに寄りかかりながら、全員の視線をうけたラナは楽な姿勢をとりながら、頭の後ろで手を組む。
「まあ、じっさまの言う通りなんだよなぁ。あいつはいわば爆弾みたいなもんだ。姫さまのおかげで暴走することはないだろうが、騎士どころか、兵士っていうにもひょろひょろすぎてなぁ。あの様子じゃ、兵になるための力や教養もなねぇだろ?」
指折り数えながらラナは騎士にふさわしくないことを述べる。
「あいつには身分もない、学もない、武力もない。性格は、まあわからんが、それを証明する仲間もいない。ま、教養と力があって、人として信用できる奴だったら、誰も文句は言わねぇんだけどな」
そう言ってちらっとラナはィリーリアに視線を投げた。
そうだ。ラナの言う通りだ。騎士に相応しくないのが問題ということであれば、騎士としてふさわしければ問題ない。
いままで自責の念があり視野が狭まってしまっていたが、たしかにそうだ。なければ作れば良いのだ。
顔をあげたィリーリアの表情には決断の色があった。
「私は女帝でありながら、個人的感情によって自身のみを顧みず、彼を救ったため、国家秩序を揺るがしかねない状況を作ってしまいました」
先代がなくなりまだ国は混乱がおさまらぬというのに、自ら率先して混乱を招くような行為をしてしまったことは愚かとしかいいようがない。
それは絶対君主制である竜族の社会システムからすれば、自分の安易な判断一つで国を揺るがす事態に容易に発展しかねない。
彼とエンゲージし、運命の導きに偽りはない。彼の生は、いずれィリーリアに、ひいては国に良き未来をもたらすものであることは疑うべくもない。
しかし未来は未来。今は今。今の問題は今解決しなければいけない。
つまり、彼に資格がないというのであれば、資格を作ればいいのだ。
「それでも彼に誓いを与えたのは、この私です。だからこそ、彼がその誓いにふさわしい者となるまで、責任をもって導きます。……どうか、その機会をお与えください」
その答えを聞いた一同はにこりと笑った。
満足そうな表情を浮かべたフゥがニヤリと笑いながら
「学と力を得る場所じゃな。ならば、ちょうどよい場がある」
ィリーリアがその言葉にバッとフゥを見る。彼はその視線を受け止めながらしたり顔で続けた。
「王立クラルス騎士養成学園だ。入学を認める用意をしよう。なに、ちょうどよい人材も設備も整っておる。我ら4王の推挙とあれば時期外れの入学もねじこめよう」
まるで悪巧みをするかのような物言いに、ィリーリアは一抹の不安を覚えながらも、コウの処遇がきまり安堵を覚えるのであった。
4王それぞれの立ち位置やエピソードを書いていくと、結構長くなるんだよなぁ。。と思いつつ、
キャラは全体的に掘り下げていきたい所存。




