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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣
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第6話 騎士の宣誓、竜姫の契約

 なにか嫌な予感がして振り向いた瞬間、凄まじい爆発音とともに、熱がィリーリアを襲った。とっさに腕で顔を庇い衝撃と熱をやり過ごす。視界が戻った先で見たのは、何故か空中に身を投げ出すコウの姿だった。


 空中に身を躍らせている彼の体は赤黒い無数のヒモが幾重にも絡みつかれている。それは生理的嫌悪感を覚える異様なものにみえた。。


 彼の足元に地面はない。その先は空だ。雲より高い場所にあるハルディンから落ちればまず助からない。


 キンッと硬質な音が頭の中に響いた気がした。


 その瞬間、ィリーリアは直感的に理解する。

 彼の命が危ないだけでなく、自分たちも今、危機だったのだ。その危機を脱するため、彼はこちらを巻き込まないように身を投げ出したのだ。


 彼に注意を払っている者は少ない。侵入者がいたのだ。

 すぐさまフゥが捕らえたようだが、みな浮足立っているところに追い打ちのように轟音と衝撃がきた。いまこの瞬間に状況を把握できたのはコウに注意をむけたィリーリアだけだ。


「待って!」


 ィリーリアは叫ぶと同時に駆け出していた。

 そうしなければいけないと、彼をこのまま失ってはいけないとなにかに突き動かされるかのように体が動いていた。


「姫さまっ!?」


 飛び出したィリーリアに驚き、アーティがとっさに手を掴もうと腕を伸ばすが、それよりもィリーリアが飛び出すほうが早かった。アーティが伸ばした手は空を掴み、ィリーリアはまっすぐコウが落ちた場所に向かっていく。


「止めなくちゃっ」


 ドレスを引き裂くように両肩から光が吹き出し、銀の翼が花開く。美しい白銀の翼をはためかせ、ィリーリアは背後からの静止の声を振り切って空中に身を躍らせた。

 眼下ですでに豆粒ほどになったコウがいた。彼を中心に滅びの力がとぐろを巻き、さながら嵐のように力が渦巻いている。


 みているだけで肌にビリビリとトゲが刺さるような痛みを感じるほどの力がほとばしる。

 あの赤黒い力をまともに浴びれば無事ではすまないだろう。


 ゴクリと、息を呑む。それは一瞬にも満たない逡巡する。

 まだ間に合う。

 滅びの力が嵐のように吹き荒れる中、彼女は翼を畳んでソレに突っ込んだ。


◆ ◆ ◆


 空を落ちていく中、コウの体はバキバキと音を立ててヒビ割れていた。

 ひび割れた隙間からは溢れ出す赤黒い瘴気はまるでヒモのように湧き出た先から体にまとわりついてくる。


 —滅剣の力。


 瘴気が漏れ出すたびに、体が崩壊するたびに代償とばかりに知識が湧き上がり、理解させられる。

 これは生命力を奪うだけでなく、存在を奪うもの。接したものからそれらを吸い取り糧にするもの。決まった形はなく、使いこなせればあらゆる形をとれるもの。

 食み喰らい貪る茨である。

 自分はこの力を10の鍵をかけ、封じ込めていた器だったのだ。それがいますべての鍵を無理やりこじ開けられ、力は暴走し、暴風雨のように力が吹き出している。


 本来一つずつ鍵を外し、それに見合った知識を得る手筈だったのに、一気に流れ出した暴力的な力に押し流されるしかできない。


 今ならわかる。自分の身体が弾けると同時に力は自分を中心とした爆発を起こし周囲すべてを飲み込んで滅してしまう。


 そして自分が今、落ち、地面に激突すれば被害は最小限になるだろう。地面まで時間にして1分もかからないだろう。それまで自分の体をどうにかもたせなくてはいけない。


 バキバキ—


 体の皮膚がまた剥がれ落ち、赤黒い瘴気が吹き出した。

 終わりは近い。


 おそらくあと数分も持たないだろう。地面に激突するのが先か、自分が壊れて消えるのが先か。それだけだ。

 激痛に苛まれ、自身の終焉を予期しながらも、コウはどこかやり切った気持ちで穏やかであった。


 最後の最後で大罪人の自分ができたのは良いこと。キレイな彼女を守れたことだけはよかったことだと。そう思えた。

 しかし、コウの思いは数瞬で消え失せることになった。

 激痛で意識が意識がとびかけているコウの視界に、まばゆい銀色の星が凄まじい勢いで飛んでくるのが見えたからだ。


「なん、で?!」


 わかる。あの銀色の光は姫さまだ。


「こな…いで!」


 意識が朦朧としている中、必死に手を伸ばし、魔力の奔流を彼女に向けて放つ。

 だがそれすらも意図しない方向へそれていく。

 体はもう自分のものでないようだ。


 それでも、接近されないよう何度も何度も放つ。銀色の閃光は速度を落とすことなく華麗にかわし、さらに距離を詰めてくる。


 弾ではだめだ。波に。壁に。そして層に。


 使えば使うほどコウは力の使い方に関する知識を得、習熟する。点ではなく面に、面ではなく波状に波状ではなく厚みを。そして重ねて阻む。

 だが、それすら【姫さま】は躱し、突き抜け、弾いて接近してくる。

 そして—


「捕まえた」


 ついに【姫さま】はその魔力をかいくぐり、崩れかけたコウの胸元へ腕を回すに至った。

 触れたところから体は焼け焦げ、衣も裂け、皮膚は赤黒い瘴気に侵食されていく。

 それでも—彼女は頑なにコウを抱きしめた。


「やめ……僕が…壊れしてしまっ!!」

「壊させません、私は—あなたを守りたい」


 凛と静かに宣言した。

 キンッと二人の頭に硬質な音が響き、世界が色を失い、すべての事象が動きを止めた。

 コウの崩壊も、墜落する体も、叩きつける風の音も、鼻腔を見対していた鉄ザビの匂いでさえ、すべてが動きを止めてしまった。

 その中で音を、色を、鼓動をもつのは、唇が触れてしまいそうな距離で抱きしめ合うコウと【姫さま】の二人だけだった。


「これ、は」


 問いかけるコウ。彼と目が合った【姫さま】の瞳が一瞬、迷うように揺れるのが見えた。

 彼女はコウの問いかけに答えず、目を伏せると絞り出すように一言、


「—ごめんなさい」


 たった一言そういった。

 コウから【姫さま】の表情は見えない。時間にしてほんの数瞬だったが、【姫さま】は何かを振り払うように再び顔を上げ、コウと目を合わせた。

 何かを決意したのだろう。瞳に迷いの色はなくなっている。そこにあるのは強く、優しく、まっすぐな光を宿した瞳を向けられている。


「私にあなたの未来をください」


 力強い声で、希うように彼女はいった。

 その言葉はコウの耳を擽り甘く痺れるように体に染み込んでいった。

 それはまるで愛の告白のようにも、簒奪者の哀願のようにも、絶対者の命令のようにも聞こえる響きをもってコウの胸に届く。


 コウは言葉の意味を咀嚼する。

 未来とはなんなのか。なぜ彼女は自分を欲しているのか。大罪人である自分が求めていいのだろうか。それ以前に自身が壊れてしまわないか。守るとはなんなのだろうか。どうして自分が止まっているのか。なぜ自分が死にそうになっているのか。彼女はなぜ自分の身を危険にさらしてまで自分を救おうとしているのか。


 どれ一つとして何もわからない。理解ができない。

 ただ、一つだけわかるのは彼女が本気でコウを救いたいと思っていること。多大な決意をして、未来が欲しいと自分にいったこと。


 何も持たない。罪深き自分ができることを考える。

 いや考えるまでもなかった。できることなんてたった一つのことしかない。

 心が決まる。


 キンッ。と頭の中に硬質な音が響いた気がした。


「はい。僕の未来、捧げます」


 わからないことだらけだけど、美しい彼女の瞳は、信じなくちゃいけない。裏切ってはいけない。それは唯一の味方を喪うことにほかならないのだとコウは焦燥にも渇望にも感じる思いが沸き起こっていた。


「—ありがとう」


 コウの答えを聞いた【姫さま】がふっと笑った。百合の花が木漏れ日に咲くような笑顔で、とても貴重できれいなものを見つけた気持ちになった。

 【姫さま】は目を閉じ、抱きしめていた手を緩め、体を離すとゆっくりと口を開いた。


「ここに、騎士の誓いの儀を行います」


 凛と澄み渡る声で【姫さま】が唱えると、コウの体の深いところが何か柔らかいものにノックされるような感覚が訪れる。

 それが求めるまま、コウは自身の扉をあけ受け入れると、頭の中に言葉が浮かんでくる。


「我、竜の騎士たらんとするもの」


 コウの口から自然と言葉が紡がれた。

 予定調和の台本を読んでいるようにスラスラと言葉が湧いてくる。

 二人がステップを踏むように、宣誓は輪唱される。

—竜の騎士よ。汝は何を捧げるか。

—幾年月経とうとも変わらぬ忠義と献身を。

—汝、何を誓うか。

—常に寄り添いあらゆる辛苦から御身を護り、奉仕することを。


 二人の言葉は淀みなく紡がれる。【姫さま】の言葉に答えるたび、コウの体に光の刻印が浮かび上がり、幾何学的な模様を形成していく。


—汝、何を望むか。

—我が献身に、御身の慈悲を。万来の喝采よりも御身の寵愛を。


 光が最高潮に達し、二人を包む。暖かく柔らかい光はゆっくりと銀色の光に変わりながら、帯状になり幾重にも二人を囲いながらゆっくりと巡るように回りだす。

 そして二人の体に吸い込まれるようにゆっくりと集束していく。銀光の帯はまるでコウと【姫さま】を繋ぐように形を変え、コウから出る帯が【姫さま】に。【姫さま】からでる帯がコウに吸い込まれるようになった。


 光の帯がコウの体に吸い込まれるたびに、コウは温かなものが体の中を満たしていくのを感じる。魂を抱きしめられているような心地よさに安堵を覚えた。

 そしてそれはコウの体を食い荒らしていた力を外側からゆっくりと内側への追いやり、小さく抑え込んでいく。


「我に奉仕するすべての者の保護者かつ守護者となるように、汝の献身に答え、我が騎士の称号を授ける」


 【姫さま】の細い指がコウの手を包み込む。白磁のようにキレイな彼女の手は、触れてはならぬ神聖なものに祈りを捧げるようにコウの手を包んでいた。


「汝、名を奏上せよ」

「我が名は、コウ」

「コウよ。ィリーリア=E=ローウェルの名の下、汝に名を与える。ドラゴニア。竜の騎士ドラゴニアの名をもって、コウ=ドラゴニアを汝の名とせよ」


 その瞬間、【姫さま】の銀色の魔力の奔流が一気にコウの中へと流れ込む。

 黒き力が、銀に包まれ、静かに沈静化していく—。


「ひめ、さま」

「もう、大丈夫」

 コウはその言葉を最後に意識を手放した。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白い!続きが気になるとおもっていただけたら、ブックマークや、評価で応援していただけると、

執筆の大きな励みになります!


次回更新は9月10日を予定しています。たぶん、短いものになるかな。。



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