第13話 真実の刃。その鋭さは?
モノ扱い。封印するだけの予定だった。
ミリアの言葉にコウは衝撃を受けなかった。
最初はきっとそのとおりだったのだから。
「お姫様は滅剣を恨んでます。大好きなお父様とお母様を殺したんですからね。だから彼女は言いました。滅剣を寄越せと、帝国に迫りました。そしてあなたが捧げられたのです」
自分には関係ない。そういうのは容易い。滅剣は継承されたもので、自分が行ったことではない。でも―
「あなたの中には決して消えることのない罪の証が入っているのです」
ミリアの言葉がコウの核心を突く。
あえて目を逸らして、考えないようにしたことが明らかにされる。
(…苦しい)
胸が痛む。ィリーリアが許し、解放してくれたはずの罪業と自責の感情が鎌首をもたげ、コウに絡みついて来る。
ああ、自分の罪とはもしかしてこのことだったのかもしれない。吐き気がこみ上げる。胃の中身ではなく、ドロドロとした罪悪感が喉元までせり上がってくるようだった。
「ぐっ」
胸を抑えてうずくまる。空気が急に薄れ、呼吸が辛い。ハァハァと呼吸が荒くなる。思考が乱れてくる。
思い出すのはィリーリアとの時間。月光が照らす部屋で二人で話したこと。
無理はしていませんか?そう言って心配してくれた。罪人だと言った自分と繋がったといってくれた。まだ入学して1日とたっていないのに、寮のことや学校のことを知りたがっていたこと。決闘の前夜、不安がっていた自分を信じてくれると励ましてくれた。
そして何より、初めて出会った時、薄汚れて酷い臭気を撒き散らす自分を、優しく抱きしめてくれた。
ィリーリアと出会って話したことは大切な思い出として覚えている。
でも、その思い出の場面一つ一つに、彼女はどんな思いを抱いていたのだろうか。
―ズキリ。
自分は、とてもひどいことをしていたのかもしれない。
ぽん、と優しく肩を叩かれる。見上げたコウの視界に、ミリアの優しい顔があった。
「コウくん可哀想に。辛いですよね。でも、そんなあなたを彼女たちは100年間、ずっと封印するつもりだったんですよ」
(封印…?)
いや、むしろ封印されていたほうがよかったのかもしれない。
「あなたを見るたび、彼女は大好きなお父様とお母様が殺された場面を思い出すでしょう」
殺された場面を思い出す?それはなんて残酷なことだろう。
「僕が、いたら、苦しむ?」
「そうです。コウくんがいないほうがいいのです」
胸の痛みに膝をつき、うずくまるコウにミリアが優しく手を差し伸べる。
「だから、一緒に帝国にいきましょう?」
その手を掴めば、誰もが楽になれるのだろうか。僕はいないほうがいい。そろりとコウはミリアの手を取ろうとし―
「それはできぬ話じゃ。貴様はここで死ぬのだからな」
その言葉とともに、銀色の閃光がコウとミリアを分断するように走った。
「危ないですねっ!」
咄嗟に後方に飛び退いたミリアが、離れたところにふわりと着地した。その目は油断なくコウの隣に立つ人物に向けられていた。
ミリアにつられてその人物を見たコウは思わず声をあげた。
「フゥさん!」
「おぉ、待たせたな小童よ。もう大丈夫じゃよ」
コウの隣にはいつもの好々爺とした雰囲気を一切廃し、剥き出しの刃を彷彿とさせる鋭い表情を見せるフゥが佇んでいた。その視線は油断なくミリアに向けられている。
「どうやって追ってこられたのですか? 結界では捕捉できないと思いましたが」
制服のスカートの埃を払いながらミリアはフゥに疑問をぶつける。まるで警戒心がなさそうに見えるミリアを瞬き一つせずフゥは見据えている。
「姿をくらましたとて、存在が消えるわけではあるまい。足跡くらいは消しておくべきじゃったな」
「なるほど、それは初歩的なミスをしてしまいましたね」
フフと小さな失敗をしたとでもいうようにミリアは恥ずかしそうに笑って見せた。フゥの殺気をうけてなお、この場にそぐわないその笑みを浮かべる彼女にコウは戦慄を覚えた。
「おぬし、儂を幻術にかけるとは、油断したわい。貴様はもしや、幻惑のアルラウネか?」
「あら、ご存知でしたか」
微笑むミリアと、眼光を鋭くするフゥ。二人の間に目に見えない火花が散った気がして、コウは息を呑んだ。
「ふん。幻惑のアルラウネは先の大戦で儂が斬ったはずじゃが」
「私はその後に称号を冠しましたから」
「ほぅ…仇討ちをしにきたというわけではなさそうじゃな」
「さぁ、それはどうでしょう」
ミリアは口元だけで笑う。フゥを前にしてもまったく動じない。その底知れない在り方が、フゥの警戒を一層強めさせた。
そして、ミリアの栗色の視線がコウを捉える。
「さて、考える時間は終わりです。コウくん答えを」
その瞳は求めていた。先程の選択肢の答えを。帝国か、破滅か。すなわち裏切りか、死か。
「僕は―」
「きやつの言葉に耳を貸すではない!」
応えようとしたコウの言葉をフゥが強い口調で遮った。割って入ってきたフゥに対し、ミリアは気分を害した様子なくただ、視線を向けるだけだった。
「小童―いや、コウよ、貴様は何に成り、何を目指していたのじゃ」
「―っ!」
そうだ。自分はなんだったのか。騎士になると決めたのだ。選択肢は確かになかった。選ばざるをえなかった。でも掴んだのは自分だ。一つしか選択肢がなくとも、それを自分の意志で掴んだのだ。
抱きしめられた。助けられた。心配された。一緒に紅茶も飲んだ。笑いあった。
ああ、どれも偽りじゃない。
その道しかなかったとしても、その道が良いと、自分で選んだ道だ。
「フゥさん、すみません。僕は騎士になりたいんです」
力強く答える。その瞳に再び意志の力が宿った。
「あーぁ。残念です。やはりこうなってしまいましたね」
言葉とは裏腹に、楽しそうな口調でミリアが言いながら一歩前に踏み出した。その動きに呼応して、空気が張り詰めるが、ミリアはまるで散歩でもするような気軽さで近寄ってくる。そして次の瞬間、フゥが動いた。
「はっ!」
銀光一閃。フゥの剣が神速で振り抜かれた。あまりの速さにコウの目には、フゥが剣を抜いて納めた動作が同時に起こったようにしか見えない。
その一閃はフゥの間合いに入ったミリアを一片の慈悲も無く、両断した―ように見えた。
「ふふふ…」
斬られたミリアが笑みを浮かべながらその輪郭がぼやけ、空気に溶け出すように透けていく。
「やはり幻影じゃったか」
フゥの言葉の通り、ミリアの幻影は、初めからそこに何もなかったかのように消えていく。
「さあ、《惑い誘い微睡みなさい》《私は夢幻の幻魔》《枯れやせ細り苦痛を感じる》」
ミリアの歌うような声が周囲から反響して聞こえる。それはまるで空気が輪唱するように感じられた。
前後左右から聞こえる声に彼女の正確な位置が掴み取れない。
ミリアの声が響くたびに、景色が歪んでいく。森がよりおどろおどろしく死と陰鬱さを宿す。木々は嗄れた老婆のようにやせ細り、草花は苦悶を上げるように天を仰ぎ跪く。
まるで世界が改変されていくようなその光景にフゥが感心したように声を上げる。
「ほぅ、現実を書き換えるほどの幻術を使いこなすか」
その間にもさらにミリアの声は朗々と響き渡る。
「《これは破壊の歌》《踊れ木々のざわめき》《憂う夜琴のヴェールが奏でるは舞曲》《月光照らす舞台に輝剣が舞い上がる》」
詠唱を終えたミリアの声が途絶える。そして魔法が発動。
何かに気づいたフゥがバッと上を見る
「なんとっ!」
そこには空を埋め尽くさんばかりの無数の青白く輝く剣が浮いている。それらはまるで夜空に吊るされているかのようにゆらゆらと動いている。
フゥが見上げるのを待っていたとばかりに、ミリアの声が朗々と響いた。
「《堕ちよ堕ちよ星のごとく》《剣よ剣よ、舞台の上の旅人を絶ち標せ》」
その言葉を合図に夜空に吊り下げられた剣が一斉に、フゥめがけて驟雨のごとく降り注いだ。




