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竜姫の葬送騎士 ―その少年、滅びの力を以て最愛を守る―  作者: フォンダンショコラ
第1部 終章 異心は制裁とともに

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第12話 月と運命に選択を

 ――同時刻、森を挟んでラナのいる場所から反対側の森の演習場の外縁部では、ゼクトが早々に戦闘を終わらせていた。


「不意をつけばこんなものだろう」


 つまらなそうに吐き捨てたゼクトの言葉には感慨も、戦闘の高揚感もなく、ただつまらない仕事を片付けた徒労感しかない。そんな彼の背後には、重力の球に取り込まれ圧縮され続ける哀れな3人の間者の姿。苦悶の声すらあげられず中心に収束する強烈な重力波に身動きが取れない哀れな囚人と化していた。


「しかし、先代の緑竜の王が仕掛けた魔法は流石だな」


 ゼクトは感心しながら手元に取り出した羅針盤のような形状の魔器を見る。起動させると、そこには森全体と本城の正確な立体図が浮かび上がる。

 どちらの立体図にも白い点――誘拐犯と謀反人の点があるが、作戦開始時には数十はあったであろうその数はすでに10を切っている。


 本城の立体図では青い点―アーティが動いている。手際よく駆逐しているようだ。その数は残すところあと3つほどになっている。

 ゼクトが立体図を手で払うように振るうと、今度は別の立体図に切り替わる。今度は城下町の立体図だ。

 そこにも白い点はいくつか残っているようだが、緑色の点がものすごい速さで白い点を食いつぶしている。


(レム様も相変わらず凄まじい速さだな。さすが神速の緑竜と呼ばれるだけはある)


 ゼクトは普段は学者然としたレムがその実、竜族最速の速さを誇っていることを知っている。ただでさえ空の覇者と名高い緑竜族の中でもその速度は群を抜いている。

 高火力の魔法を超高速で放つレムの急降下打撃戦法は、戦場において無類の強さを誇っていた。


(さて、街のほうも問題なさそうだな)


 状況が予定通り進行していることを確認し、羅針盤の魔器を懐にしまうと、ゼクトはふと背後の重力球がまだ発動していることを思い出した。


「ああ、すまない。そのままでは苦しかっただろう。無駄に苦しめるつもりはなかったのだ」


 言いながらゼクトは右手を突き出し―


「誘拐犯の諸君、職務、ご苦労」


 パチンと指を鳴らした。

 それを合図に一瞬にして重力球が収束する。囚われた者ごと圧縮し、塵すら残さず圧殺し、消滅させた。

 ゼクトは自らの職務は終わったとばかりに踵を返す。その口元にはうっすらと暗い笑みを浮かべている。


「さあ、貴様の本質を見せてみろ。俺が見定めてやろう」


 ゼクトの目線は滅剣の継承者たちがいるであろう場所に向けられている。ここからは見ることはできないが状況は把握できる。


「俺は俺のためにお前を裁定する」


 冷たく吐いた言葉は、静かに夜の闇に空虚に響いた。


◇ ◇ ◇


 コウは声を封じられ、出せない状況に陥っている。

 彼の眼の前ではフゥがまるで演舞をするように剣を振るっている。ヘカトンケイルと呼ばれた人間だったものはフゥの斬撃を受けてはまるで何事もなかったかのように再生し、再びフゥに立ち向かっていた。

 それは想像を絶する戦いだった。圧倒的実力を前に死を超越した魔物が何度も向かっていき血風を撒き散らし、屍山を築いては立ち上がる。その様子はさながら地獄絵図のようですらあり、圧倒されていた。

 それを遠巻きにみるのはコウと幻惑のアルラウネ。


「さぁ、コウくん、いきますよ」


 その場に似つかわしくない優しい口調で、コウの背後から現れたのは二人目の幻惑のアルラウネ。

 そう、コウの眼の前にはフゥの戦いを見守る、コウと幻惑のアルラウネがいる。


「ほら、《立ち上がり》《私のあとをついてきて》」


 魔力の波を感じる。また、魔法をかけられたのだとコウが認識した時には、自分の意志に反して立ち上がり、幻惑のアルラウネに付き従うように歩き出していた。


「四王相手に幻惑魔法は時間稼ぎにしかなりませんからね、《急ぎます》よ」

「――っ!!」


 強制的に走らされる。森の中を強制的に全力疾走させられる。

 全力疾走しているというのにコウは幻惑のアルラウネの背中を追うので精一杯だった。これが本来の彼女の実力ということなのだろう。

 いったいどこにいくというのだろうか。この状況は絶望的と言えるはずなのに、幻惑のアルラウネは追い込まれた感じはしないどころか、余裕すら感じさせる笑みを浮かべていた。


「ふふ、なるほど。からくりが分かってしまえば、騙すのは容易い。《私たちは揺り籠の外》《私たちは森の木々》」


 走りながら歌うように幻惑のアルラウネが魔法を使った。


(何をしたんだ?)


 何も変化が起きないように思えた。


「何をしたか、知りたいですか?」


 そんなコウの内心を察したように幻惑のアルラウネが言う。コウは唯一自由になる小さく首肯する。背中を向けている彼女に見えているかはわからなかったが、コウが首肯すると幻惑のアルラウネは再び口を開いた。


「魔法で私たちの存在を欺瞞したんですよ。結界を対象として、ね」


 言い終えると同時に幻惑のアルラウネは急に立ち止まった。

 その背中にぶつかる寸前でコウも強制的に立ち止まらせられた。


「⋯どうやら黒龍の王にかけた私の術が破られたみたいですね。残念ですが逃避行はここまでのようです」


 言葉とは裏腹に、振り返った幻惑のアルラウネの表情はまったく残念そうではなかった。にこりと笑うと彼女は指を2本立てて、選択肢をコウに突きつけた。


「コウくん、あなたには2つの選択肢があります。このまま私に従って一緒に帝国に戻ってもらう。この場合、滅剣の力はあなたから取り除かれて、普通の人に戻るでしょう。それに望むならある程度の地位も保証されます。我々にとって最大限の譲歩ですね。私としてはこちらをおすすめします」

 そういって指を一本折り曲げて見せる。


「もう一つは、帝国に来ることを拒み、ここで滅剣を暴走させること。我々としては竜族のもとに滅剣があることが問題なので、もろとも消滅させてしまうという当初の計画ですね。当然、ハルディンは壊滅的な打撃を被るでしょう」


 そう告げて「どちらにします?」とにこやかにコウに問いかけた。

――その瞬間、キィンと硬質な音が響いた。


◇ ◇ ◇

 作戦室で一人、魔器を通して状況を心配そうに見守っていたィリーリアはガタンと音を立てて立ち上がる。


――キィン。その音は予兆をもってィリーリアにもたらされた。


 不安に揺れるアメジスト色の瞳はコウがいるであろう森の方角を見ている。まるで壁を透かして彼の姿をさがしているようでもあった。

 何か良くないことが…そう、まるで重要な岐路に立たされ、運命が動こうとしているのを感じる。

 彼との繋がりは、大丈夫。ちゃんと感じられる。そのことに安堵を覚えるが、胸騒ぎは収まらない。


(そうだ!森の状況を!)


 思い出し、慌てて魔器を覗き込む。森の状況を見るため、本城から森に場面を切り替え―


(嘘!?)


 動揺を隠しきれなかった。

 森を映し出した魔器には、白い点が2つ、黒い点と赤い点、紫の点がそれぞれ見えているのに、彼を指し示す銀色の点がどこにも見当たらない。

 嫌な予感がする。このままでは取り返しのつかないことになる気がする。


「コウくんっ」


 いても立ってもいられずィリーリアは作戦室を飛び出し、駆け出す。


「姫様!?どこに!?」


 護衛についていた近衛が飛び出したィリーリアに驚き、声をかけるが、構っている余裕がなく無視して走り抜ける。

 場所は…わかる。繋がりが示してくれる。

 扉を開け、ィリーリアはバルコニーに飛び出した。夜風が銀の髪をさらい、乱れさせるのも気にせず、左右を見渡し、視線を一点に向けた。そこは森の演習場、その先にはコウの存在を感じる。


「姫様!お待ち下さい!せめて我々も…!」

「だめ!行かないと!」


 追いかけてきた近衛を振り切り、バルコニーの手すりを蹴り出し、ィリーリアは背中から龍の翼を広げる。銀竜の象徴でもある銀膜の翼が闇夜を切り裂くように燐光をまとい広がると、たったのひと羽ばたきでまるで引き絞られた弓から放たれた矢のような速度で飛び出した。


「た、大変だ!皇女殿下が飛び立たれた!誰か、アーティ様に連絡を!!!」


 バルコニーに残された近衛の緊迫した状況を残し、ィリーリアは一直線に向かう。

 運命に抗うために。


◇ ◇ ◇


 コウは口をつぐむしかなかった。どちらの選択肢も選べないが、その質問に対して違和感を覚えた。いや、正確には、その質問そのものではなく、その質問をする幻惑のアルラウネに対して、だ。

 そもそもなぜ質問をしてきたのだろうか。コウは抵抗する術を失っている。このまま強引に連れて行っても何も問題ないはずだ。

 むしろこうやって問いただす時間のほうがもったいないのではないだろうか。

 不意に、コウは天啓のようにそれにたどり着いた。


(無理やりに連れていきたくない?)


 そうだ。質問そのものではなく、コウに選択させることが大事なのだ。

 それはつまり、幻惑のアルラウネはコウを助けたいのではないか?もっといえばそれはミリアとしての感情なのではないだろうか。

 あるいはそれは願望なのかもしれなかった。だが、コウは違和感を無視したくなかった。コウは意志を込めて幻惑のアルラウネを見る。


「そんな目で見ても⋯ああ、すみません。今、声が出せなかったんですね。《喋っていいですよ》」


 その一言で、コウの声を阻害していた魔法が消えたのを感じた。

 よし、やるぞ、と気合を込めるように息を吸って臨む。


「一つ、聞いてもいい?」

「なんですか?あまり時間がないので手短に」

「⋯帝国はどうして急に僕を保護するつもりになったの?」


 そう、まずはそこだ。自分はそもそも竜族に対する罠だったはずだ。本来なら命を持って竜族を滅ぼしていたはずだ。なのに急に方針を変えるのは違和感しかない。

 コウの問いかけに幻惑のアルラウネは視線を少し落とし考えるような仕草を取る。


「⋯そこ、気になりますよね」


 顎に手を当て数瞬考えるような幻惑のアルラウネにコウは自身の違和感に対する確信を得るために問いを被せる。


「もしかして⋯それはあなたの、独断なんじゃ?」


 ビクリと幻惑のアルラウネの瞳が震えた。まだ口を閉ざす彼女に対し、コウはさらに追い打ちをかける。


「あな⋯ミリアさんは、僕を殺したくない?」


 ミリア、とコウは学友の名前を呼んだ。幻惑のアルラウネは「はぁ⋯」と一つため息をついて顔を上げる。その困ったような笑顔を浮かべる眼の前の女の子は、いつも学校で見ていた見知った顔だった。


「もう、コウくんは、意外と鋭いんですね」


 控えめだが優しい、いつもの口調に戻っていた。幻惑のアルラウネ――ミリアは寂しげに笑っている。


「そうです。あなたを帝国に連れ帰るのは私の独断でもありますが、説得できる材料はしっかり揃えているので安心してください」


 説得できる材料とは何なのか。それは、帝国が竜族を滅ぼすよりも優先したいと考えるもの。しかもコウが帝国にいけばもたらすものなど――


(――まさか)


 近衛のダグ、裏切り、誘拐、帝国の求めるもの、取引材料、ィリーリアとの契約、秘密、滅剣。

 それらの単語は点と点でしかなかった。それらが今この瞬間、まるでパズルのピースが組み合わさるように物事が奇跡的に組み合わさり、事実が見えてきた。


「帝国は僕が、ィリーリア様と契約したことを、近衛から情報を得て知っている?」

「驚きました。ヒントはそんなに与えてないつもりだったんですが…」


 言葉の通り、コウのつぶやきにミリアは目を丸くして驚いている。


「えぇ、コウくんの言う通りです。我々はあなたが竜族の皇女と契約したことを把握しています。竜の契約術式は秘奥中の秘奥です。滅剣の暴走すら抑え込むその術式を我々は喉から手が出るほど欲しいのです」


 あてられてあっさりと事情を明かすが、それこそコウにはできない相談だった。


「ミリアさん、だとしてもごめん。僕は行けないよ」

「…それはなぜですか? 私が信用できませんか?」

「ミリアさんのことは信用できる…と思う」


 彼女の言葉には誠実さがにじみ出ていた。幻惑のアルラウネではなくただのミリアとして彼女はいまここにいるのだとコウは思った。


「では、なぜ…? まさか裏切れないとでも?」

「………」


 コウは言葉を出さず、沈黙と、毅然とした視線で答えた。彼女と約束したのだ。守ると。献身を捧げると。それを反故にはできない。なにより、自分の身を案じてくれる彼女を裏切ることはできない。

 コウの返答に、ミリアは大きくため息をついてみせた。


「竜族のお姫様を裏切れない誠実なコウくん、いいことを教えてあげます」


 優しく諭すような口調でミリアが言う。その言葉にコウは身構えてしまう。


「…いいこと?」

「そう、警戒しないでください。ただの事実を伝えるだけですから」


 にこりと笑って見せる。普段通りに笑って見せる彼女の姿に、一瞬日常に戻ったような錯覚を覚える。彼女はここが教室であるかのようにいつも通りの口調で語る。


「あなたが大切に思うお姫様ですけどね。彼女のお父様とお母様は戦争で殺されています。誰に、どのように殺されたのか知っていますか?」

「それは…」


 知らなかった。誰も教えてくれなかった。戦争で亡くなったとだけきいていたのだ。それ以上は聞いてはいけないものだと思って、聞かなかった。そしていつしか聞く、知りたいという考えすら無くなっていたのだ。

 ミリアが今、そのことを話題に出すということは―


(もしかして、何か僕に関係している?)


 コウの脳裏に確信がよぎる。それを肯定するようにミリアは楽しそうに笑った。


「ふふ、可哀想に。何も教えられなかったんですね!いいですよ、私が教えてあげます。コウくんが大事に思うお姫様ですけどね、本当はあなたのことなんてなんとも思ってないどころか―」


 ミリアの声が心に刺さる。そうだ。エンゲージしたからこそ彼女は自分を思ってくれている。そんなことはわかっているのだ。


「あなたをずっと封印して飼い殺したかったんですよ?あの黒い牢獄と同じように。あなたはただのモノだったんです。よかったですね。罪人さん」


 パキっと世界が壊れる音が響いた。

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