第10話 狂乱は一太刀のもと
尖塔が建つ広場でフゥと対峙したミリア――幻惑のアルラウネは明らかに動揺していた。
「かくれんぼの時間は終わりだと?」
苛立たしげに、通信器に呼びかける。応答しない通信器に幻惑のアルラウネの脳裏に嫌な予感がよぎる。
その時、彼女の予感を肯定するように森を揺るがすような爆音が響き、森を真っ赤な明かりが照らし出す。
あからさまに燃えている。それは森の演習場にある港の方角だと幻惑のアルラウネは即座に察した。
「っ!」
その光景を目にした幻惑のアルラウネは言葉を失う。
「ラナのやつめ、結界があるからと派手にやりおって」
フゥがやれやれと呆れかえった口調でいった言葉を幻惑のアルラウネは信じられないという表情で聞いていた。
「……そんな、いくらなんでも早すぎる」
幻惑のアルラウネは動揺してうわ言のように呟いた。その動揺は黒ずくめにも伝わっており、二人の黒ずくめは不安げに顔を見合わせている。
その様子を顎髭を撫でながら眺めていたフゥは彼らにより絶望する言葉を口にする。
「貴様らの動きならすべて筒抜けじゃぞ。ほれ。貴様なら感じ取れるじゃろ?森を包むものに」
「森を…包む?」
言われて顔をあげた幻惑のアルラウネの表情がソレを感じ取った瞬間、驚愕に歪んだ。
「これはっ!」
「ほっほっほ。わかったようじゃな。探知と隠遁の結界じゃ」
フゥの言葉に幻惑のアルラウネはすべてを察し、俯き低く笑い出す。
「ふ、ふふ…ふふふ。そういうことですか!」
幻惑のアルラウネは思い出し、理解した。フゥが口にした『龍の揺り籠』の性質を。
『我らを守るために作られた『龍の揺り籠』』。フゥは確かにそういっていた。全体主義ではなく絶対王政を執く、竜族にとって守るものといえば、皇族だ。
つまりこうだ。外敵、あるいは内乱などの理由で皇族に命の危険が訪れ避難を迫られた時、その場所には最高レベルの防衛機構が備わっていて然るべきだったのだ。
――ああ、思い込みとは恐ろしい。
そもそもノアがたまたまルートを見つけたということのほうがおかしかったのだ。誰も知らない地図にも載っていないこの尖塔の場所を。
そして調べても出てこないわけだ!
まさか千年以上前に作られた皇族の隠れ家なのだから記録になくて当然。
蒙昧なのは自分だった。使われていない忘れられた場所と断定し、安全だと見誤った。
幻惑のアルラウネが上を見る。
樹木の葉の隙間から差し込む月光と夜空が見える。よくよく見ればそこにうっすらと輝く光のヴェールが見えてくる。
認識してしまえば気づかないほうがおかしいほどわかりやすい結界だ。
本当に、ヘマをしたのだと自己嫌悪に陥る。森全体を包むそれに今更気づくなんて。
この森は、まさに要害。追い詰められた皇族が生き延びることに特化しているのであれば、森の中の生命体の動きくらい把握できて当然。
この分では、港だけでなく街へ向かった別働隊も全滅しているに違いない。
「なるほどなるほど、私たち全員の動きがそちらに筒抜けだったわけですか」
「行動を起こしたその時点で、貴様らは詰みだったのじゃ」
ああ、そうだ。フゥの言う通り、作戦は失敗だ。最善は望めない。次善策も潰された、が――
「我々は《決死の覚悟を持ち》、任務を完遂するために《人を捨て去る》覚悟を持っているのよ」
立ち込める甘い香り。魔法が発動される。
「帝国式の魔法――悪あがきじゃの。しかしよい。存分にするがよい」
フゥは余裕を見せてわざわざ魔法の発動を待っている。幻惑のアルラウネは知っている。竜族はその圧倒的戦闘力を持つがゆえ、弱者からの挑戦と受け取れる行動を阻止しないということを。
「ぐぅ、ぐぅああああああ!」
魔法が発動した途端、黒ずくめがよろめき、獣のような咆哮をあげた。
「凶神化の魔法か!」
フゥが目を見張る。
黒ずくめの体が文字通り膨れ上がる。服を引き裂き現れたのは膨張していく筋肉。唾液を撒き散らし喚き散らすように振るう腕はすでに丸太のような大きさに達している。限界まで膨張していく背中からはさらに二本の腕が生えてくる。変化する体に伴い、彼らの表情は理性や知性が欠落し、剥き出しの獣性が支配している。
みるみるうちに変化していくそれはもはや人ではない。
「凶神化魔法ヘカトンケイル…百の手には程遠いから、劣化版なのだけどね」
幻惑のアルラウネがコウにだけ聞こえる声量で呟く。
「その魔法、思い出したぞ。貴様、幻惑のアルラウネじゃな?」
「ご存知でいらしたんですね。天下にその名を響かせる黒龍の王に知っていただけて光栄です」
フゥの指摘に、慇懃無礼な態度で幻惑のアルラウネが一礼をして見せる。
「舞台は整いました。存分にお遊びください」
顔をあげフゥににこりと笑いかけ、芝居がかった態度で両手を広げた。
「あなた達はヘカトンケイル。《不死なるもの》よ」
「再生の呪言までかけるとは、貴様、部下をとことん使い潰すつもりじゃな」
更に魔法を込めた幻惑のアルラウネの挙動にフゥは吐き捨てるように言い切った。
「ふふ、このくらいは当然です。さあ、いきなさい。黒龍の王を滅ぼすのです」
「GYAAAAAAA!」
けたたましい咆哮をあげると同時に、ドンッと地面を蹴り出した二体のヘカトンケイル。次の瞬間にはフゥを左右から挟み込む位置にいた。コウにはまるで瞬間移動したようにしか見えない。
左右から同時に振るわれたのは強大な拳。爆音を立てて地面に突き刺さる。
「フゥさん!!」
思わず叫んだコウ。コウの目にはなすすべもなく暴力にさらされたようにしか見えなかった、が――
「一刀『滝登り』」
その声は二体のヘカトンケイルの頭上から聞こえた。その声に二体のヘカトンケイルとコウたちもフゥをみた。
そこに見えたのは、身をかがめたフゥが納刀する瞬間だった。
カチン。
静かに響く鍔鳴りの音。
まるでそれが合図だとばかりに――ザンッ、という幻音を聞いた。
無数の斬撃がえがく切れ筋がヘカトンケイルの体に縦横無尽に入る。一瞬の硬直のあと、ヘカトンケイルは血飛沫を撒き散らしながらバラバラに倒壊した。
血風が撒き散らされる中心にフゥは静かに降り立った。まるで何の感慨もないように。
瞬く間に味方がやられた光景を見せつけられたというのに幻惑のアルラウネは余裕を崩していなかった。
「あらら、時間稼ぎにもなりませんね」
なんでもないことのように言う。
「こんなものでワシを止められると思っておったら、少々侮り過ぎじゃぞ」
「えぇ、わかっていますとも。でも《ここは私の領域》。そして、あなたの動きを《学習し活かせ》ます。我々は《何度でも立ち上がる》のですから」
三度魔法の気配。まるで諦めを見せていない幻惑のアルラウネに対し、フゥは感心したように片眉をあげ、彼女を見据える。
「ほう、では見せてもらお―」
フゥの言葉は最後まで言えなかった。
いつの間にか彼の背後にいた無傷のヘカトンケイルがその剛腕でフゥを薙ぎ払った。
衝撃音とともにフゥが吹き飛ばされる。
砲弾のように飛ばされたフゥは広場を縦断し、そのまま森の木に激突する――寸前で、ふわりと空中で回転し、全身のバネを使って、音もなく木の幹に足をつき勢いを殺すと、難なく地面に着地した。
フゥが目を見開く。彼の元いた場所には二体のヘカトンケイルが無傷で立っていた。地面に吹き出た血の跡はない。まるで何事もなかったかのように。
「手応えはたしかにあったはずじゃ。生き返った…いや、なかったことにしたのじゃな?」
「ふふ、なかったことになったのかは、確かめてみたらどうです?」
「面白い―!」
明らかな挑発にフゥは乗った。今度はフゥが地面を蹴り出し、その場から姿を消す。次の瞬間にはヘカトンケイルの背後を取っていた。そして
「一刀『滝登り』」
それはまるで先程の焼き直しのような光景だった。再びフゥの姿が一瞬にして上空に移動。満月を背負うように空中に浮かぶフゥが再び納刀する。
チンッ。
静かに響く鍔鳴りの音。それを合図に――硬いものが弾かれるようにガキンッ!硬質な音が響いた。
「なんじゃと!?」
驚愕の声はフゥの口から発せられていた。
切り裂かれるはずだったヘカトンケイルは何事もなかったようにその場にいる。
しかしよく見るとその体はまるで鉛のような銀色に変化していた。見るからに金属質の皮膚が、フゥの攻撃をすべて防いだのだと想像に難くなかった。
「ほぅ、学習し活かす…なるほど、得心したわい。ただの木偶の坊というわけではないようじゃな」
ふわりとヘカトンケイルの間に悠然と着地したフゥは真剣味を増した表情で油断なく敵を見据える。
「あまり時間をかけたくはない。少々本気でいかせてもらうぞ」
フゥは剣を抜き放ち、ヘカトンケイルに斬り掛かった。




