第8話 偽り。友あるいは
(リリィ?)
自身の名を呼ぶィリーリアの声に、コウは悪夢から醒めた。
体がゆさゆさと揺れている。誰かに担がれているようだった。
意識は徐々にはっきりしてくるが、どうにも体はうまく動かせる気配がしない。自分のものではないように感覚がない。
(僕は…どうして)
体が動かず、瞼すら開けられないことに混乱する。状況がわからない。
ようやくなんとか少しだけ開けた瞼の隙間から見えるのは黒い布と凸凹の地面が川のように流れる光景。うすらぼんやりと優しい月明かりが照らしている。
(…ここは森?知っている…)
流れる獣道に既視感を覚えた。そうだ。ここはよく通った道だ。直感的にそう確信する。同時に直前の記憶が思い出される。
(そうだ、僕は部屋でさらわれたんだ)
寮の部屋に戻り、一息つこうとおもったその時、甘い匂いがしたとおもうと同時に意識が混濁した。薄れゆく意識の中、突然開く窓とドア。複数の黒ずくめの男たち、そして最後に現れたのは―
(ミリアさん…だ)
栗色の髪の女生徒が申し訳なさそうに声をかけてきた。あれはミリアで間違いない。
なぜかコウは「どうして」とは思わなかった。「そうだったんだ」と腑に落ちてしまった。
意識がはっきりしてくると、状況を少しずつ把握できるようになってきた。
どうやら数人の黒服に囲まれて運ばれているようだった。先導しているのはミリアで間違いない。
集団はかなり焦っているようで、口調や足取りが随分乱暴だった。もしかしたら追われているのかもしれない。
連れて行かれるのはまずいが、体が言うことを聞かない事には何をすることもできないし、なにより実力も未知数で、大人数を相手に大立ち回りで切り抜けられるとは思えない。
機をうかがう必要がある。自分の意識が目覚めていることを気取られるのはまずいので、眠っているふりをする。
そうしているうちにやがて一行の歩みがゆったりとしたものになる。目的地についたのかもしれない。
「第一目標地点はここです。まずはここで体勢を立て直しましょう」
それはミリアの声だった。いつもの控えめな口調とは異なり、非常にハキハキしている。本来の彼女はこちらなのかもしれない。
「私の幻術魔法で幻惑の結界を張ります。さしもの四王といえどやすやすと見つかることはないでしょう…」
息せき切りながらも、ミリアが魔法の詠唱を行っている。
コウは彼女の発言に一縷の希望を見出していた。
(四王?アーティさんやラナさんが僕を追ってきてる?)
ミリアたちが焦っている様子だったのは四王に追われているからなのかもしれない。その証拠に、リリィとの繋がりを意識すると、彼女の焦燥感と心配そうな感情が伝わってくる。その中に少しだけ安堵の感情が垣間見えるのは、コウの無事を感じ取ったのかもしれない。すくなくとも害されていないことは伝わっているはずだ。
そんな事を考えていたら、乱雑に体を振り回されたような感覚のあと、浮遊感。そしてすぐにドンと体に衝撃と痛みが走り、土の臭いと冷たさと草の感触を頬に感じた。
放り投げられるように地面に置かれたようだ。
「ジルダ!滅剣は丁寧に扱って!眠らせているとはいえ起きたら面倒よ!」
「は、申し訳ございません!」
ミリアの怒声と、ジルダと呼ばれた男性が謝る声が聞こえた。
ミリアは明確に滅剣といった。自分の中に滅剣があると確信しているようだ。自分が滅剣の継承者であることは限られた人しか知らない。特にハルディンではほんとうに一部だ。ゼクトや四王が裏切るとは思えない。
(彼らは帝国の間者…なのか)
薄目を開けて周囲を見ると、ミリアは苛立たしげに親指の爪を噛みながら、行ったり来たりしているのが見えた。周囲には、三々五々黒ずくめの人物が休んでいる様子が見える。
しかしどこか余裕がなく、張り詰めた空気が漂っている。やはり彼らの状況はかなり切迫しているようだ。
その中で先程、ジルダと呼ばれた男が伺うようにミリアに近寄っていった。
「あの…幻惑のアルラウネ様、これから我々はどのようにすれば…」
ジルダという男はミリアを聞き慣れない名前で呼んだ。ミリアはジルダの問いかけに苛立ちが抑えられないのか、小さく舌打ちをした。
「ちっ…今それを考えているところよ。四王が追ってきたことを考えると、おそらく予定していた港も押さえられているでしょうね…」
「…ダグたちは無事でしょうか」
「無事なわけないでしょう。もうとっくに死んでるでしょうね」
「…そんな」
二人の会話の中で見知った名前を聞いてコウの心臓がドクンと跳ね上がった。
(ダグって、もしかしてダグ=マイアーさん!?)
コウの脳裏にあの金髪の好青年の顔がよぎる。
(まだあの人だって決めつけるのは早い)
たまたまコウの知っている人と名前があっただけなのかもしれない。
しかしこの状況で知っている名前が出てくるというのは偶然にしては出来すぎている。学校の警護のため、近衛から派遣されているといっていた。もちろん警備体制に詳しいからこそスムーズに誘拐することも、結界を内側から解除することも容易なはずだ。
考えれば考えるほど、誘拐犯のいうダグと、自分が知っているダグが同一人物であるということのほうが、説明が付きやすい。
「たとえ近衛といえど、四王相手では時間稼ぎ程度にしかならないでしょう…それよりも――」
ミリアが言葉を区切り、振り返る。
「――コウくん。もう起きているでしょう?」
いつものどこか一歩引いた控えめな態度のミリアとは似ても似つかない冷たい視線で幻惑のアルラウネと呼ばれた少女がコウを見下ろしていた。
「………」
慌てて薄目を閉じ、息を潜めるが、彼女は呆れたようにため息をついた。
「はぁ…狸寝入りは無駄ですよ。術と薬の効果が切れているのはわかっていますから」
「…ミリアさんなんだよね?」
観念して目を開け、縛られている体をなんとか起こし、座った。
「えぇ、どこからどうみても、私でしょう?それとも目が悪くなったんですか?」
ミリアの姿をし、学校の制服を身にまとった女はコウの言葉を、まるで違う口調で肯定した。姿形は確かにミリアなのに彼女の身にまとう雰囲気や言動が記憶の中のミリアとまるで一致しない。
「…今まで、騙してたの?」
「騙してた…?はははっ!あなたが何を信じていたのか知りませんが、私はずっと私でしたよ?」
口の端を歪めて嘲笑するミリアはコウが友として接してきたミリアとはまるで違う。ならば彼女は幻惑のアルラウネということなのだろう。
その事実に悔しさが溢れ出そうになり、コウは唇の端を噛む。鉄錆の臭いが口の中に流れ込んでくる。
「…どうしてこんなことを」
「任務の内容は、教えるわけにはいかないのですが、クラスメイトのよしみで教えてあげましょう」
おどけた口調で幻惑のアルラウネが諳んじるように喋る。
「あなたを帝国に連れ戻すのです」
自分を引き渡すのは、帝国側とハルディンの非公式の取り決めだったはずだ。それを破るということはハルディンに宣戦布告をするのに等しいのではないか。
「…何のために?」
「あら、察しが悪いんですね。ではもっと簡単にいってあげましょうか?封印が解けて自爆できなくなった不良品の兵器を回収しにきたんですよ」
「…っ!」
彼女の言葉には悪意が込められていた。明らかにコウを傷つけようとしている。幻惑のアルラウネは嗤いながら言葉を続ける。
「まったく、最初の一回目で大人しく暴走して死んでいれば良いものを…それを竜との契約で、うまい具合に力を制御できた? そんなご都合主義が許されるわけがないでしょう!」
それは呪詛を吐くようだった。彼女はコウをみているようでみていない。もっと遠くをみているようにコウには見えた。
「……ミリアさ――あなたが」
「コウくん、いつものように『ミリアさん』と呼んでくれていいんですよ?」
言葉を遮り、先程の取り乱しが嘘のように穏やかに言う彼女の言葉を、コウは頭を振ってやんわりと、しかし明確に拒絶した。
思った以上に筆が進んでいたので、このあたりまで公開します!




