第6話 王の威厳
月光が木々の隙間より差し込み、静謐な空気が満ちる森の中の一角。少し開けた場所にフゥは散歩でもするような気軽さで立っている。
自身を阻む3人の後ろで残りの間者が横道にそれていくのを黙って見逃してやった。
(先頭の女子は確か、小童の学友じゃったな。儂らがおもったよりも広く浸透してると見える)
フゥに感慨はない。ただことが終わった後にコウから嫌われてしまうかもしれないということが少しだけ胸を痛めた。
「「「風よ/軽やかに/天駆ける/俊足を」」」
3人が同時に詠唱を始め、飛翔した。第四節詠唱のそれは通称、天翔(あるいは天駆)と呼ばれる魔法だった。戦場で翼を持たない種族のものが空中戦を行うために開発された魔法だ。
3方向からの一斉攻撃。上、右斜め上、左。1手で抑えるのが困難。
しかしフゥは一切動じることなく、下段に剣を構えたままゆらりと前に踏み込む。そして揺らめく白刃が真円を描いた。
―キンッ。
3方向からの一撃はフゥのたった一太刀により弾かれる。
しかし黒尽くめの男たちはあらかじめ攻撃が弾かれるのは想定済みだったように焦ることなく空中を踏みしめ、フゥを囲うように前後左右に布陣。
「ほぅ」
片眉を釣り上げ、その動きに感心するフゥは囲まれてなお、余裕を崩さない。
「「「風よ/腕に宿れ/暴風となれ」」」
そして3人の同時詠唱、魔法の発動と同時に一斉にフゥに斬りかかる。
カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ―!
まるで屋根に叩きつける雹の如き音の洪水。そしてそれは異様な光景だった。
前後左右からものすごい速さで繰り出される3人の乱撃をフゥがたった一太刀で押し返している。
「些か単調じゃな」
つまらなそうに吐き捨てる。その目には失望が宿っていた。
「闇よ/衝烈を成せ/打ち付けよ」
フゥの詠唱。三人は同時に飛び退ろうとするがフゥの詠唱完了のほうが早かった。
ドン―!という衝撃音とともに、衝撃波がフゥを中心に広がった。3人は咄嗟に防御するが耐えきれず吹き飛ばされ、木々に打ち付けられる。
すぐさま追い打ちが来ると警戒した三人はすぐに体勢を整えるが、予想に反してフゥはその場に佇んでいただけだった。
しかしフゥの目は一人の黒尽くめの男をまっすぐと射抜いていた。
「そろそろ、フードを取ったらどうじゃ。ダグよ」
「―っ!」
ビクリと呼ばれた黒尽くめの男が身を強張らせる。
全身黒ずくめで目も見えていないはずだ。。まるで一縷の望みにかけているようだったが、フゥは首をふってため息をついた。
「たわけ。暗部たるワシの目をごまかせると思ったら、大間違いじゃぞ」
「―さすがです。フゥ様」
男はフードを取る。その場に出てきたのは金髪碧眼の近衛兵で、登校初日にコウを学校に送った人物、ダグマイアーだった。
ダグマイアーは観念したように立ち上がりフゥの視線を真っ向から受け止める。
「いつからわかっていらっしゃったんですか?」
「阿呆が、最初からじゃ」
「ああ―なるほど」
ダグマイアーは得心する。
「餌だったんですね。彼は」
「…時間稼ぎならば無駄じゃぞ。調べはついておる。ベスにクライス。貴様らもな」
その言葉に残りの二人もビクリと震え、観念したようにフードをとった。
フゥはただ冷たい瞳で三人を見る。
「近衛に3人も膿が居ったとは、情けないことよ」
フゥの言葉にダグマイアーは疲れたように笑った。
「面目次第もありません」
「よい。貴様らの不忠も我ら王の不甲斐なきことゆえ。であれば介錯するのは我らの使命よ」
「もしかして、此度の件、御自ら参じられたのはそういうことでありますか?」
「いうたであろう。雪ぎにきたと」
言葉は不要とフゥは剣を正眼に構える。
3人の元近衛も構える。
ダグマイアーは察した。おそらく持ってあと3太刀だろうと。一太刀目で、一人を斬り。二太刀目で二人を斬り、3太刀目で自分が斬られる。そのビジョンしか浮かばない。
それほどまでに王は強大な力を有しているのだ。
「いきます!」
絶死の一歩を踏みこんだ。
「近衛とは―」
フゥはその場を動かず、ただ口を開いた。
「千軍万馬を独歩する勇気を持ち―」
後ろから斬りかかった。フゥはその一撃を何の予備動作もなく、振り返りもせず弾く。その衝撃に斬り掛かったほうが体勢を崩し、驚きに目を見開くも、ぞわりと背筋が凍るような殺気を感じ取り、無理やりに後ろに飛ぶ。
その瞬間、彼は胸に一筋の熱を感じた。
返す刀で袈裟斬りにされたのだと気付いた時には胸から血が吹き出していた。
その間、フゥは一度も振り向かなかった。
「はぁっー!」
切られた仲間の血飛沫に紛れもう一人が飛びかかっていた。
近衛は絶好の機会だと思った。フゥは無理な体勢で袈裟斬りをしたと彼は思っていた。妖精鋼で作られた岩より硬い鎧ごと斬ったのだから、当然、相応の力が必要になる。普通なら動けるはずもない。そう読んでしまった。
近衛が振り上げた剣を振り下ろす。剣は真っ向から唐竹割りするようにフゥの無防備な肩から腰までを一気に引き裂き―
「お命頂戴っ!」
―斬った!あの四王を自分が斬った!そう思った瞬間だった。背後から声がした。
「常に先人を敬い後進を導くもの―そう教育したはずじゃ」
眼の前で斬ったとおもったフゥは霞のように消えていた。近衛は目を見開き、驚いて動きを止めてしまった。
「歩術『虚空』――愚かなり。冷静さを欠き、ただワシの気配を斬って喜ぶとは笑止」
幻術の魔法ではない。フゥが極めた体術により、気配だけ残したのだ。そう、それは斬ったと錯誤させる技。
そこに思い至った時には、彼の首はきれいな弧を描き飛んでいた。
「禁闕守護を任されている近衛の実力がこれか。先の戦でその主力を失ったとはいえ、現近衛の実力がこの程度とは、我らの不甲斐なさが際立つというもの――さて、残りはお主一人じゃな」
独り言のように呟いていたフゥが何事もなかったように振り返り、ダグに感情のこもらない視線を向けた。
ただ視線を向けただけ、ただそれだけでダグはその場に射すくめられてしまう。
これは勝負にもならない。
ダグの本能は逃げろと警報を鳴らし続けている。しかし理性は無理だと諦めていた。
まさに想像通りの結果だった。無意識にフゥとの距離を取ろうとジリジリと後ろに下がってしまう。
逃げ腰のダグの様子にフゥはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「…肝の座り方だけは、貴様らが拐かした小童のほうが、貴様らより勝っておるようじゃ」
「あ、あの見習い未満の少年が、ですか?」
立ち向かってはすぐ終わってしまう。少しでも時間を稼ごうと、ダグはフゥのいっていた小童―コウの話題に乗っかった。
ダグも知っている。昨日の決闘では控室で震えていた。3ヶ月前の馬車の中でも終始、不安そうな表情で黙っていたなんとも頼りない年相応の少年。ダグにはそんな印象しかない。ましてや四王たるフゥの歓心を買うほどの実力ではないはずだった。
ダグの言葉にフゥは一笑する。
「はっはっは。貴様は見る目がないのぅ。だからこのような愚策に出たともいえるが――まあよい。ダグよ、貴様が見習い未満と称するあの小童のことだがな…あやつは姫様をその背に、ワシの本気の殺意と威圧を受けてなお、立ち向かって来たのじゃぞ?」
「―はっ?」
ダグは一瞬言葉の意味を理解できなかった。
この化け物の殺意を受けて、なお立ち向かう、だと?そんなことできるわけがない。
「だからお主は見誤るのじゃ。千軍万馬を独歩する勇気は貴様にはなかったのじゃからな―では、さらばじゃ」
「そん―!」
ダグは最後まで言葉を発することはなかった。いつの間にかダグの背後に出現したフゥは血振りを行い、剣を鞘に納める。
チンッという音を合図に、ダグの意識はそこで消えた。
何の感慨も浮かべずフゥは残りを追いかけるため、軽い足取りで歩き出した。
そして、フゥは思い出す。祝勝会と称して行われた4王によるお遊びの決闘。
そこでフゥはものの試しと威圧をかけたのだ。
『小童よ、貴様が挫ければ、ワシに姫様が斬られると、心得よ』
『は、はい!』
最初の一回目は、勝利により慢心しないように釘を指すつもりであった。
しかし、小童と思っていた少年は耐えたうえに、あまつさえ立ち向かってきたのだ。
『フゥ様―、いきます!』
『この程度では歩みもとまらんか、しかしまだまだじゃぞ!はっ!』
軽く弾いて押し返し、さらに圧をかけた。
―にも関わらず。
『ぐっ!このくらいっ』
また立ち上がる。
『ほう、これにも耐えるか』
フゥは自身が無意識に手加減してしまったのかとおもった。でなければ年端も行かぬ若造が自分の威圧を受けて気迫を保てるわけがないと断じたのだ。
フゥがそう思うのも無理はない。事実、彼の威圧を受けてなお立ち上がれる者など、近衛くらいなものだったのだ。
ゆえに―
『ではこれならどうじゃ!』
今度は明確なイメージをぶつけた。コウの細首を自分の剣で一刀のもと斬り飛ばすイメージを。
それは明確な殺意となりコウの背筋を凍らせるものとなった。
『うっ!』
とたん、コウの顔色は青ざめ、その表情には恐怖が張り付く。
『フゥ殿!!』
『フゥの旦那!いくらなんでもやりすぎだ!』
慌てたアーティとラナが止めに入る。フゥはそこで自分が加減を誤っていたことを認識し、そして後悔した。しかし―
『僕は……守るっ!』
フゥはみた。
震える手足を意志の力で必死にねじ伏せ、フゥの視線から庇おうしたラナとアーティを押しのけ、前に出る。その瞳に炎を灯し、剣に覚悟を乗せ、守るべきものを背に庇い己を盾となさん姿。
そこにフゥは騎士の姿をみてしまったのだ。
『―おぉ』
その姿にフゥは感動すら覚えてしまった。それは近衛騎士のあるべき姿。勝てぬ相手にそれでも守るべきもののために心を燃やし、勇気を奮い立たせ、覚悟を宿す、真なる騎士の姿。
―千軍万馬を独歩する勇気。
(さすがは、姫様がエンゲージした相手よ)
その瞬間にフゥは決めたのだ。彼を騎士にすると。今日、まさに決めたのだ。
ゆえに許さぬ。
未来の黄金たる近衛を奪う不届き者を。
「―逃さぬぞ」
死神の姿がフッと消え、月の銀光がひっそりと照らす中、物言わぬ近衛だったものだけが残された。
黒竜は主に暗殺系統を得意としてます。
ゲームでいうと、回避、クリティカル特化方みたいな。




