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竜姫の葬送騎士 ―その少年、滅びの力を以て最愛を守る―  作者: フォンダンショコラ
第1部 終章 異心は制裁とともに

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第5話 追跡

「争った様子がないな。…少し甘い香りが残っている。これは幻覚か、揮発性の高い薬剤を使われたか…」


 主のいないコウの部屋はまるで何事もなかったかのようだった。いまにも扉からコウが普通に戻ってきそうなほどだ。

 静寂に満ちた室内をゼクトは見回すと、なにかに気づいたように足元の床を注意深く観察する。


「光よ/鱗粉に灯火を/軌跡を示せ」


 小さく詠唱。

 魔力が発露すると、床にぼんやりと光が浮かび上がる。それはコウの部屋と外にあらかじめ巻かれていた特殊な鱗粉で、魔力と特定の詠唱に反応し光を出す。竜族のみ生み出すことができる秘奥中の秘奥だ。おもに皇族の警護に使われるものだが、今回特別にコウのために使われている。

 光は侵入者の足跡を正確に浮かび上がらせていた。


「ふむ。内部の手引きが数名、実行犯は五人といったところか。堂々と扉と窓から入ってくるとはな」


 足跡はベッドのところに集中し、そして窓へと続いている。淀みのないその足取りを見る限り、犯行はほぼ一瞬で終わったのだろう。明らかにプロの犯行だ。


 ご丁寧に窓もきっちり閉められているうえに、鍵もしっかりかかっているところをみるとよほど入念に準備をしていたに違いない。


 浮かび上がった軌跡をなぞるように窓に近づき、鍵を開け外を覗く。

 光の足跡は森の演習場の方向へ続いている。足跡は途中で途切れてしまっているが、森の中に迅速に走っていったに違いない。森の演習場であれば、浮遊島の外周部まで続いている。外周部には、訓練用の空艇港があるので脱出する分には問題ないだろう。


「状況を報告してもらおう」


 その声は突然、部屋の中から湧いた。ゼクトは驚くことなく静かに振り返ると恭しく、傅き頭を垂れた。するりとそれは部屋の闇から生み出されたように人の形を取った。

 それは漆黒の衣に身をまとった白髪の老人―フゥだった。


「犯行は少なくとも十三人が関わっており、数分と経たず対象を確保し、森へ逃走しております。転移した時刻から逆算してもそう遠くには逃げていないかと」

「ほぅ、意外と多いではないか」


 顎髭を撫でながら感心している口調とは裏腹にフゥは、鋭くゼクトの頭を見下ろしていた。


「ここまで貴様の策の通りに動いておるが、このあとはワシとラナはどのように動けばよいのか申してみよ」


 穏やかな口調であったが明らかな圧をかけられているのをゼクトはひしひしと感じる。


「はっ!フゥ様にはこのまま賊の追跡を行っていただきたく。ラナ様にはあらかじめ森の奥の空挺港に待機いただいております」

「挟撃か。悪くはない手だが、万が一、敵方が逃亡し森や街に潜伏されたらどうするのじゃ?」

「レム様に森を囲むように結界の展開をお願いしております。そして街へ向かうものは私が対処します」

「ふむ…」


 数瞬、思案するように目を閉じたフゥが再び目を開いた時、ゼクトを押さえつけていた圧は消えていた。


「よいじゃろう。及第点じゃ」

「ありがとうございます」

「では、ワシはいくとしよう。やつらに逃げる猶予は十分に与えてやった」


 にやりと獰猛な笑みをフゥが浮かべると、部屋の空気が一瞬にして凍りつくように冷えた。それは冷徹なまでの殺意の発露だった。直接当てられてるわけでもないのにゼクトの額に脂汗が滲み出るほどだった。

 そしてふっと空気が軽くなる。顔を上げるとそこにフゥの姿はなかった。


(これが四王の実力か、たった二人で片をつけるつもりなのも納得できる)


 立ち上がると少しふらついた。思った以上に精神的に圧迫されていたようだ。

 賊に対する対策はこれで問題ないだろう。ゼクトの役目はその他の内部犯をついでに炙り出し処刑することだ。


 結界の存在を知るのは一部の近衛のみ。つまりは間者はそこにもいる。何食わぬ顔で戻っているであろう裏切り者を確保しなければならない。

 やっておかねば賊の次にフゥに斬られるのは自分だろう。


(まったく、滅剣の継承者とは本当に厄災でしかないな)


 殺すに殺せず、生かすにはリスクが高い。しかし―


「やつには見どころがある。才がある」


 わずか数カ月での成長ぶり、仲間を守ろうという心意気。将来有望な騎士見習いの成長をゼクトは心の何処かで楽しんでいる。


「ふん、せいぜい足掻くがいい」


 ゼクトはフンと鼻を鳴らすと、コウの部屋に背を向け、自身がやるべきことをやるため、部屋を後にした。


◇ ◇ ◇


 銀色の月の光が雲間からうっすらと暗い森を照らしている。夜空にはポッカリと穴を開けたように丸い月。その光は、地上のそれよりずっと明るい。

 銀光が静けさを際立たせる森の中を、意識のないコウを担いだ大男を中央に守りつつ音もなく全速力で森を駆け抜ける黒ずくめの一行がいた。


 訓練された彼らの足取りに淀みはない。踏みしめる地面すら彼らが通り過ぎたことを認識できないほどの軽やかさと、獣の如き素早さで森の中をかき分けるように走っている。

 しかし彼らは焦っていた。なぜならばその背に、追跡者の強烈なプレッシャーを感じていたからだ。

 追手を出されるのが早すぎる。全員がそう思っていた。


 対象の確保から半刻もたっていない。

 予定では森の中の中継地点で一休みしたあと、夜明けとともに脱出する手筈だった。

 だというのに中継地点にたどり着く前にそれは迫っていた。


 姿は見えない。音もしない。距離もあるはずだ。なのに頭の中で死を告げるラッパが常に鳴り響いている。首筋にまとわりつく殺意が形をなし、次の瞬間には誰かの首が撥ねられている。死神の鎌がずっと首元に突きつけられているように、すぐそばに濃厚な死がまとわりついているのだ。


 追跡者は正確にこちらを把握していて、絶対に逃さないつもりなのだ。その絶対の意思がひしひしと伝わってくる。

 彼らの想定では追手がかかったとしてもせいぜいが数人の近衛を想定していたのだ。そうであれば犠牲を覚悟で殿に数人残せば十分作戦は遂行できるものと踏んでいた。

 だがこれは違う。近衛なんかではない。強大な化け物だ。

 ゆえに、彼らは必死に走る。

 先導する女学生の背中を追いかけながら、彼らは森を疾走する。


「もう少しです!そこならば安全です!」


 女学生―ミリアが鼓舞するように叫ぶ。栗色の髪の毛を揺らしながら右に左にくねりながらもその足取りに迷いはない。

 あそこまでたどり着けば。普通ならたどり着けない決まった手順でしかいけないあそこならば、追ってこれないはずだ。そしてしばらく潜伏し然るべきタイミングで脱出。それが暫定的に決めた計画だった。


 本当はもっと時間をかけてスマートにする予定だった。対象を孤立させひっそりと消えるようにいなくなる。学校側や、王城側で発覚したころにはすでに連れ出している。そういう計画だった。

 注目を浴びてはいけない。帝国人の仲間として孤立してもらわなければいけなかった。そのために帝国人だと情報を流した。そのために半竜人をけしかけて孤立させようとした。だが結果はどうだ?対象は決闘に勝利し、あまつさえ和解した。すべてが裏目に出た。

 そう、彼が思った以上に優秀であった。想定以上に芯が強かった。予想以上に目立ってしまった。

 ゆえに計画を早めなければいけなくなった。その結果がこれだ。


「だめだ、追いつかれるぞ」


 黒服の男がミリアに忠告する。濃密な気配は、すでにミリアたちをその手に掴める位置にまで迫っていた。


(後、少しなのに!)


 ミリアは唇を強く噛み締め、素早く決断する。


「殿の二人、足止めを―」

「どこへ行くというのじゃ?」


 その声は耳元で囁かれた。

 ぞくり。咄嗟に腰のナイフを引き抜き振り向きざまに振るう。

 ブンと虚しく空を切る音だけが虚しく響く。


「そんななまくら、あたらんわ」


 全員が足を止めた。


「そんな、さっきまで後ろに…」

「若いのぅ。ただの殺気を気配と勘違いしたようじゃの」


 その老人はまるで近所の散歩にでもでたような気軽さでただ立っていた。だというのにその場にいる誰もが動けなかった。


「黒竜の王フゥ!!?」


 驚愕が声に出る。

 嘘だと思った。ただ成り行きで契約してしまった騎士見習いの少年だ。誘拐犯が帝国の間者だとわかっているはずだ。であれば強制的に滅剣を暴走させる可能性だって考えられる。そんな死ぬ危険性すらある状況に大物はでてこないだろうと予想していた。であるからこその強硬策。

 これでは前提から崩れてしまう。


「ふむ、知ってる気配もあるようじゃ。近衛や兵のものが、ほぅ、3人はおるな」


 老人の声に、びくりと数人の黒衣の男たちが反応する。彼らはまさしく潜入していたスパイだ。

 その反応に老人は楽しそうにパチパチと拍手をしだした。


「けっこうけっこう、帝国の間諜も存外やるようじゃな」


 喉元に刃が突きつけられているようなプレッシャーに彼らの誰もが動きの一切を封じられ、さながら老人の独擅場になっている。

 ひとしきり拍手を終えた老人がミリアたちを睥睨するとこほんと咳払いをした。


「ものは相談なのだが大人しく少年をそこにおき、抵抗せず捕まってくれんかの?」


 まるでちょっとしたお使いを頼むような気安さすら感じられる口調だった。


「で、できない!」


 プレッシャーを振りほどきミリアが叫ぶ。その返答に老人は心底不思議そうに首をかしげる。


「なぜじゃ?おぬしらとて死にたくはないだろう?なに、捕まったあとは拷問なんぞせず、適切に扱うと約束しよう。これならどうじゃ?」

「できないと言っている!」


 捕まったスパイの適切な末路は決まりきっている。二重スパイをさせられるか、死ぬかだ。


「…そうかそうか。それは残念じゃ。交渉は決裂ということじゃな」


 にやりと笑う。始めから交渉する気などなく、ただ形式的に話しているだけなのだとミリアは感じ取った。


「では、ゆくぞ」


 老人が腰の剣に手をかけた瞬間、キンッと空気が硬質化する。


「我は黒竜の王、フゥ=ロダリア。お主らは竜の尾を気軽に踏んだのじゃ。罪を雪がせていただこう」

 シャンとさやから引き抜かれた剣は反り返りのある片刃の剣。月光をうけ青白く光るそれは恐ろしことに美しくすらあった。しかしその美しさは命を刈り取るものだ。

 ゾクリと背筋が凍る。


(―殺される)


 ミリアが思わず引きつった声をあげようとした瞬間、3つの影が飛び出してきた。


「先にいけ!」


 飛び出した影―黒尽くめの男はミリアとすれ違いざまにそう告げ、剣を引き抜くや一斉にフゥに斬りかかる。


 ―キン。


 たった一振り。それだけで切りかかった三人は一斉に押し戻される。


「仲間思いじゃな。いやこの場合は任務に忠実といったほうがよいかの?」


 フゥは3人の一斉攻撃をあっさりといなしながら感心したように言う。

 その様子にミリアは一瞬躊躇する。ここで皆で戦ったほうがいいのではないか。3人だけ残したところで、ただ死なせるようなものだ。


「早くしろ!そう長くは持たない!我らの大義を成せ!」


 ミリアの逡巡はその一言で消えた。もとより決死隊。目的のために死ぬならば本望なのだ。


「⋯っ、任せた!」


 一言だけ告げてミリアは駆け出すと同時に、3人は同時に詠唱に入る。


「「「風よ/軽やかに/天駆ける/俊足を」」」


 3人の足がまるで空中にも足場があるかのように踏みしめる。上下左右からの同時攻撃を仕掛ける3人をフゥはただ冷たい眼差しでみていた。

 背後で激しい剣戟の音が一瞬響き、すぐに静寂へと変わるのを振り切るようにミリアはただがむしゃらにいつもの道を走った。

黒竜の王、フゥは、子供好きなんです。

そして部下には厳しいタイプ。「おにいちゃん」とかは言わないけど、言わせたいようなきもする。。



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