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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣
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第4話 少年の封印

  レムの言葉に一同は動揺を隠しきれなかった。

 封印術には種類がある。大きく分けると力・物体、時空、そして、意識の四種類だ。

 その中でも意識の封印とは、意識そのものに鎖をかけ、行動や思考を縛る―つまり洗脳だ。

 意識の封印術がされているということは、彼の思考はなにかに囚われている可能性が高い。


「レム」


 アーティから発せられた声は、その場を一気に冷やすような温度をもっていた。


「そこまで言うなら、彼を縛る封印の正体もあらかた見つけているのでしょう?」

「えぇ。詳細は戻ってからちゃんと調べてからですが、封印の仕掛けは特定できましたわ」


 意識の封印術には一定のキーワードとなる枷が存在する。精神を縛り付けるための思考の制約のようなものだ。

 種類によって制限内容は異なる種の洗脳であるため、基本的にどの国でも表立っては禁止されている封印術である。


「その“枷”とは何じゃ?」


 フゥがじぃとレムを真剣な表情で見る。


「”罪業”」


 レムのきれいな唇から紡がれたその言葉は予想を超えて空気を重くした。

 ダンッと床を踏み抜く勢いで、フゥが立ち上がる。大きな音にィリーリアがびくっと驚くのをアーティがぎゅっと手を握ってなだめた。


「罪業っ!それはなんと非情な」


 声量こそ控えめだったが、青筋が出そうなほど、フゥは明らかに怒っている。


「アーティ、“罪業の枷”って?」


 まだ成人していないィリーリアの知識は狭く浅いため、意識の封印術や枷のことや魔法に対する造詣は深くない。フゥの怒りが理解できていないため、アーティに小声できいたのだろう。その疑問はもっともだろう。


「それはですね…」


 アーティは怒るフゥを刺激しないようにィリーリアに聞こえる声音でこの封印について説明をする。

 様々な行動を制限する枷だが、罪業の枷は、大罪人の行動や能力を封じるものだ、それは苦しみやトラウマをもって力を使わせないものだ。

 意識レベルの封印術は自発的に力を使わせないよう対象の意識や行動を縛るものである。

 たとえば滅剣の継承者のように強大な力を持つものに対しては使い勝手のいい封印術の一つである。本人の思考回路を縛るというデメリットを無視しさえすれば、だが。

 罪の意識、忌避感、トラウマを利用したものであり訴えかけるものであり、精神的な苦痛を伴うもので、非人道的なものだ。とても善良な一般市民に使うものではまずない。


「彼は常に罪に苛まれている状態です。自身がなんの罪を犯したのかすらわからないのに、良心の呵責と罪の意識にずっとさらされている状態ですね」


 それは形のない罪過。ゆえに永遠に払拭することはできず、苦しみ続けることだ。

 どれだけの苦しみなのだろうか。決して許されることなく形のない罪に苛まれるというのは。ィリーリアには想像すらできない。

 ィリーリアの様子をみていたアーティが何かを決意し、口を開いた。


「フゥ、一度背後関係を洗うことはできますか?特に彼がいる孤児院とお金の動きも含めていただけると助かります」

「そうじゃのぅ、ただの身辺調査とは勝手が異なるゆえ、深く潜る必要がある。時間はかかるぞ」

「構いません。お願いします」

「承知した。」

「お願いします」


 アーティがフゥに頼んだのは黒竜であり、黒竜は闇魔法を得意としている。闇魔法は隠匿や気配遮断といった隠密行動に適しているため、潜入、調査、情報収集といった諜報活動が得意であったためだ。


「あ、フゥ様。私からも一つお願いしてもよろしいですか?」


 レムが小さく手を上げながらフゥに言う。


「なんじゃ、この老骨をこき使おうというのか」


 肩をわざとらしく叩き老人アピールするフゥに、レムは軽く笑いながら応じる


「ふふ、フゥ様はまだまだ現役でしょう。私からのお願いは、滅剣の継承者に関する帝国内での評判を、農村部と帝国首都の両面から集めていただきたいのです」


 レムの言葉に、すぐにその意図を察したフゥは「ほぅ」と鋭い眼差しを向ける。


「なるほどの。そういうことならば、まかされぃ。戻り次第すぐに手配するとしようかの」


 まったく、老人使いが荒いことだ、という言葉とは裏腹にフゥの眼光は鋭かった。

 3人の話をききながら、ィリーリアは都市部と農村部の評判の違いから何がわかるのか、ピンとこなかった。たとえば、都市部では英雄扱いだけど、農村部では知名度がない、怪物扱い。なんてことも情報の伝達手段が商人や吟遊詩人から聞く以外にないのであれば、誇張や歪曲がされるなど、よくある話だと思う。ィリーリアはそのまま疑問をぶつけてみる。


「レムは評判の差で何か気がかりなことがあるの?」


 質問が来るとはおもっていなかったレムは聞かれて少し驚きの表情を見せたが、すぐに何か考えるように目を伏せ「そうですわね・・・」と言葉を濁し、めずらしく言い淀むレム。自分には言いにくいことなのだろうとィリーリアは察する。


「まだ、言えないこと?」

「言えないことではないのですが、まだあくまで検証したい状況なので、確証を得るまではお待ちいただけますと助かりますわ」


 にこりと柔らかに笑いかけるレムはそれ以上は何もいってくれそうになかった。いずれ教えてもらえるならそれはいいかと、レムを信じてィリーリアは割り切ることにした。


「わかった。レムの報告を待つ」


 レムはィリーリアが、未熟な女帝が判断するうえで必要なものだけを伝えるよう努めているのだ。様々な情報を精査するには経験も知見もない今のィリーリアが聞いてもただのノイズにしかならないだろう。

 ィリーリアは自分自身の現在地を正確に把握している。


「申し訳ございません」


 本当に申し訳なさそうに目を伏せるレムに、逆に申し訳無さが湧き上がる。自身の不明から臣下にそのような顔をさせるのは不本意極まりない。


「レム、私は大丈夫よ。「今はまだ」ということを知っているから」


 黙礼するレムにィリーリアはにっこりと笑って見せた。

 これでこの話はおしまいとばかりに、3人の話題は彼の受け入れかたについて話し始めた。

 関係ない訳では無いが自分が口を挟むことはない。

 ィリーリアは手持ち無沙汰になり再び窓の外に目を向け、彼のことを考える。

 滅剣の継承者はィリーリアにとって先の戦争での両親の仇である。

 彼が直接ィリーリアの両親を殺したのではなく、彼の前の継承者がィリーリアの両親の仇だ。

 それにもっといえば戦争の責任は将にあり、滅剣の継承者はただ作戦を遂行したに過ぎない。

 だから理屈の上では彼にはなんの罪もない。ただ滅剣の継承者だからという理由だけで連れてこられている。

 彼の状況には同情してしまう。しかしその感情を抱くこと自体が本当はお門違いだ。

 順当にいけば彼に死ぬことは許されず、今後100年にわたり文字通り生かしたまま封印する予定だったのだ。

 滅剣は継承者が死ぬと次の継承者に自動的に力が移譲されてしまうことがわかっている。ということは逆をいえば、彼が死なない限り、力の継承は起きない。だから生かしたまま封印することで帝国が滅剣を行使できないようにすることで帝国を弱体化させるのだ。

 少なくとも彼とエンゲージするまではその予定だったのだ。

 エンゲージは竜人族がもつ運命を感知する力。すなわち約束された相手を見定める力。

 それは自身の運命を左右する人に知り合ったとき。

 それは生死を超えた友情をはぐくめる者と相対したとき。

 それは永遠の愛を誓う可能性を秘めた異性と出会えたとき。

 直感にも似た感覚、運命を感知する竜族固有の力―それが「エンゲージ」

 彼が自分の人生にどのような影響を及ぼすのか、まだわからないけど、封印してはいけないのだとィリーリアを含め、この場にいる全員がそう思っていた。


「―という方針で彼の者は王宮の宿舎に仮住まいをさせようと思いますが、よろしいですかな、ィリーリア様」


 フゥの一言にィリーリアは意識が引き戻された。

 いけない。何も聞いていなかった。


「表向きは帝国からの亡命者で、大戦時の協力者、命を狙われている可能性が高いため、警備が厳重な王宮で匿うことで、エンゲージの形が判明するまで、当面は衆人の目から隠す。ということですよ」


 口をほとんど動かさず、ィリーリアにだけ聞こえる声量でアーティがすかさずフォローしてくれた。


「その方針でいいと思うわ」

 内心でありがとうと、お礼を言いながら、ィリーリアはフゥに答えた。

 レムが人差し指を口元にあて思い出すように人間の名前を口にする。


「そういえば、彼の名前はコウというそうですよ」


 資料に書いてありましたわ。と付け加えるようにいった。フンと鼻息を荒げながら面白くなさそうにフゥが口を開く。


「小僧の名前なんぞ、覚えんでもよかろう」

「フゥ殿。心配なのはわかりますが、リリィが初めて感じたエンゲージです。臣下として主を信じるのみでしょう」


 フゥの態度をたしなめるようにアーティが行った。


「いわれんでも、わかっとるわい。ただの意地じゃ」


 そういってそっぽを向くフゥに、アーティはため息を付く。こうなってしまってはしばらくほっとくほかないことを皆よく知っている。


『盛り上がってるところ悪いが、そろそろつくぜ』


 頭に直接響いたそれは、ラナの声。竜の姿をしている彼の言葉は魔法を使った念話で、頭に直接響くように届けられる。

 その言葉と同時に体が横にふられる感覚がし、ゆっくりと旋回しているのを感じられる。

 窓の外に目を向けると、雲海にぽっかりと浮島が見えてきた。

 大空を悠然と漂うように浮かぶその巨大な島こそ、空中庭園ハルディン。

 もしコウが窓の外をみていたら、雲海の上、白亜の建物と緑の木々が美しく配置され、神話の中に迷い込んだような景色を望めただろう。そこは竜人族を中心に様々な種族が住み、皇女ィリーリアを中心に4人の王が統治する封建国家の名前である。


次回更新は2025.09.05を予定しております。

なかなか進みが遅いですが、竜の国に到着します。

気に入っていただけたら幸いです。

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