第1話 勝利の後味
カイルとの決闘の翌日、コウを包む空気は明らかに変わっていた。
廊下ですれ違う生徒が、あからさまな無視ではなく、好奇の視線を向けてくる。
「よ、昨日の決闘みてたぜ、すごかったな!今度の模擬戦は俺とやろうぜ」
食堂で聞こえてくる会話もそうだ。
「おい、あれが例の…」「エストランの長男を倒したんだってな」「あいつ、最下位じゃなかったのかよ」「特別生ってのも納得だぜ」
決闘の結果はすでに寮のロビーに張り出されていた。良くも悪くも実力主義のクラルス騎士養成学校において、コウの評価は一夜にして「特別扱いの最底辺」から「侮れない実力者」へと変わっていた。
その証拠に、教室に入ると―
「いままでごめん!!」
待ち構えていた犬耳の男子学生から、いきなり謝られた。
「え、えっと確か、ハロルドくん、だよね?」
面食らいながらもなんとか名前を思い出す。彼は犬の獣人族のハロルド=カーン。コウと同じ戦術クラスAで、茶色い毛並みが印象的なムードメーカー的なお調子者とコウは記憶している。
「ああ、今まで、その無視するようなことして悪かった。お前って帝国人だし特別入学枠だったから、そのいけ好かないやつだと思ってたんだ」
バツが悪そうに言うハロルドからは悪意は感じられない。もともとがそういうことが苦手な性格なのだろう。
「気にしてないから大丈夫だよ。これからは普通に接してくれるならそれでいいよ」
「帝国人にもお前みたいなやついるんだな。調子いいかもしれないけどこれからはコウってよんでもいいか?」
「もちろん」
「ありがとな!言いたかったのはそれだけだ!じゃな!」
晴れやかな顔で席に戻っていくハロルドは、そこで行く末を見守っている3人の級友たちに手を挙げて「大丈夫だった!」と報告していた。耳の端に「よかったな!」とか「ずっと気にしてたもんな」と話しているのが聞こえる。
それを横目にコウも自分の席につくと、さっそく当たり前のようにノアたちがコウの席に集まってきた。
「よかったね!」
開口一番ノアが嬉しそうに言った。
「見られてたんだね」
「そりゃ、教室の出入り口でいきなり大声で謝るのが聞こえたら見るでしょ!」
それは確かに。
「おまえさんの実力がただの特別扱いという枠から外れたのがよかったんだな」
あとからやってきたレヴィンがノアの後ろから頷きながら言った。さらにその後ろにはミリアがどこか浮かない顔をしている。
「ミリアさんどうしたの?」
コウが聞くと、ミリアは一瞬驚いたような表情を浮かべる。なにか考え事をしていたようだ。
「い、いえ…その、みんな調子がいいなと…」
手を振りながらおずおずと言ったミリアはどこか納得がいかない様子だ。
「あ、それわかる。昨日までめっちゃ無視してたのに横暴モノのカイルくんをのしたら手のひら返しってちょっとなんだかなーって思う」
ノアもミリアと同じように思うところがあるのか、腕組みしてそれっぽく頷いている。
「ま、良くも悪くも実力主義なのがこの学校だからな」
頭をポリポリ掻きながらレヴィンがボソリと呟いた。
「そうなんだけどさー」
レヴィンの言うことはもっともだが、納得はできないノアはなにか言いたげにコウを見た。コウがどう思っているのか知りたいようだ。
少し考える。
「ノアさんは、思うところあるかもしれないけれど、僕としては仕方ないと思うんだ」
「コウくん…」
「ほら、傍から見たら特別枠で入学したくせに、帝国人だし、劣等生だしさ。そりゃみんなもやもやするよね。でも今は帝国人だけど、特別枠で入学する程度には実力があった。って評価になったと思うんだ。少なくともクラスの中では。それでいいと思ってるよ」
だいぶ進歩したと思う。そう伝えるとノアはコウの言わんとしてることを理解してくれたのか「そっか!そういう考えもありだよね!」と、破顔した。
「…コウさんは悔しくないんですか?」
そういったミリアの表情は少し暗いものだった。ミリアはコウと同じく帝国人だ。彼女にも思うところがあるのだろう。
「悔しくはないかな。評判はそのとおりだと思っていたし、それに僕にはみんながいるからさ」
ミリアの言葉にコウは本心からそう伝えた。ィリーリアやアーティたち四王は忙しさの合間をぬって自分との時間を作ってくれるし、自分を対等なヒトとして扱ってくれるし、学校には友人と呼べるノアやミリア、レヴィンがいる。コウとしてはそれだけでも十分だった。
「…そうですか」
どこか納得していない様子だったが、ミリアはそれ以上何も言わなかった。その様子が気になったコウが原因を聞こうと口を開いたが、言葉を発する前に教室の扉が開き、機会を失った。
瞬間、騒がしかった教室が水を打ったように静まり返った。
教室に入ってきたのは、カイルだった。
傷ついたプライドを隠すかのように不機嫌さをまとったカイルは、教室中が息を詰め、自分を窺っている視線に気づくと、不満そうに「ふん」と鼻を鳴らした。
すべてを無視するように、わざと足音を立てて自分の席に向かうと、乱暴に椅子を引いて勢いよく座った。
腫れ物に触るような空気の中、誰もがカイルと、そしてコウの一挙手一投足に注目している。
「あ、コウくん!」
立ち上がり、カイルの席へと歩き出したコウにノアは一瞬手を伸ばした。だが、振り返ったコウが穏やかな表情で「大丈夫」と口パクで笑いかけると、その手を引っ込めるしかなかった。
カイルの席に迷いなく歩いていくコウと、窓の外を向き、肘をついて無関心を装うカイルへ、クラス中の視線が集まる。 周囲が固唾をのんで見守る中、コウはカイルの前に立った。
「……なんだ、てめぇかよ」
ちらっとコウを一瞥し、面倒くさそうにため息をつくカイル。昨日の今日だ。その態度も仕方がないだろう。
コウはカイルの態度を気にせず、むしろ右腕で肘をついているカイルの姿に安堵した。
「腕のほうは、大丈夫みたいだね」
「はっ。学園のチャンバラ決闘ごときで死にはしねぇよ」
「それでも、ちゃんとくっついてるか心配だったから」
心配――その言葉に、カイルの表情が苛立ちに歪んだ。ぎろっとコウを睨みつける。教室中に再びぴりっとした緊張が走った。
「あぁ? いっちょ前に心配だと? そうだな、勝者様は敗者に何とでも言えるもんな?」
「違うよ。勝者とか敗者とかの前に、僕たちは級友だから。喧嘩をしたら心配くらいするでしょう?」
「てめぇ……どの口がそれを言う!」
カイルが声を荒らげる。
「あれだけ煽りやがって。クソが」
二人のやり取りを周囲はハラハラと見守っている。唯一、我関せずと離れたところで本を読むユリウスだけが平穏だった。コウの前にいるカイルは、もう怒り心頭といった様子だ。額に青筋が浮かび、手をぐっと強く握りしめている。殴りかからないのは、ここが教室であり、自身が「敗北者」であるという事実が凶行を引き止めているにすぎない。
ノアやレヴィンは「(コウくん、火に油を注いでる!)」と、今にも飛び出して二人を引きはがさんばかりに腰を浮かしている。
しかし、当のコウはどこ吹く風だった。
そんな空気の中、コウは周囲が予想もしない行動に出た。
急にカイルに向かって、深く頭を下げたのだ。
「ごめん。君と本気で戦いたくて、つい煽ってしまった。本当にごめん。謝らせてほしい」
「………は?」
まさかの行動に、ぽかんと口を開けたカイルは理解が追いつかない様子だった。コウは構わず続ける。
「それと、もう一つ謝りたい。君は全く弱くなかった。あんなに強い相手に『弱い』なんて嘘をついて、本当にごめんなさい」
一息でそう言って顔を上げたコウは、カイルの目の前に右手を差し出した。
「あの決闘、一撃でも君の攻撃が当たっていれば僕に勝ち目はなかった。君は本当に強かった。君の防御力、魔法のエンチャント、力任せに見えて正確な斬撃。どれもすごかった。あれを身につけるのに、どれだけ研鑽したのか……」
カイルは差し出された手を睨みつけ、だが怒るでもなく、ただ戸惑ったように目を泳がせた。
「今度は君と模擬戦がしたいんだ。決闘なんかじゃなく、お互いの力と技をぶつけ合いたい。だから、仲直りしよう!」
シーンと教室が静まり返った。誰もが呆気にとられている。一人、コウだけが満足そうに手を差し伸べている。 カイルも自身の行動を決めあぐねているのか、差し出された手とコウの顔を交互に見て、居心地悪そうに身じろぎした。
「コウ=ドラゴニア。貴様の決闘時の要求は『学内の帝国人と獣人への差別をしないでもらう』だったな?」
場の硬直を破ったのは、いつの間にか教室に入ってきていた、担任のゼクトだった。
ツカツカと足音を立てながらゼクトは二人の前に立つ。不機嫌そうな顔で二人を交互に見る姿はどこか面白がっているようでもあった。
「今の貴様の発言は決闘時の要求を変更するということか?」
「教官、お言葉ですが、違います」
「ではなんだ?」
「先程もカイルくんに言いましたが、決闘の敗者、勝者の前に僕達は級友です。彼が今後、帝国人や獣人というだけで差別しないなら、友人になれると思い声をかけていたのです」
コウが淀みなく答えると、ゼクトが興味深そうに「ほぅ」と声をだし、顎に手を当てて考える素振りを見せると顔を上げてこういった。
「あらゆる干渉をしないという内容とは矛盾するが、貴様がそういうのであれば好きにするがよい。生徒同士の単純なやりとりであれば俺の出る幕ではない」
気を取り直すようにゴホン、と咳払いをしたゼクトは続けて「朝のホームルームまではまだ時間がある。早く話を済ませるように」そういって、背を向けて教壇に向かって歩き出した。
残されたコウは硬直しているカイルに再び向き直った。
「それで、どうだろう?この手を取ってくれるかな?」
「ぐっ…」
一瞬、嫌そうな顔をするカイルだが、クラス中の有無を言わさぬ無言の圧力と、コウの頑固そうな目線から逃げるように、差し出された手を見つめ、やがて諦めたようにため息をついた。
「わかった。特………いや、コウの言う通りこれからは級友として付き合おう」
カイルは忌々しげに差し出された手を掴み、握る。その瞬間、ほっとした空気がクラスを流れ、緊張感が崩れた。平和な朝の時間が訪れざわめきを取り戻す中、しかしコウだけはまだカイルの手を握ったまま、動かなかった。
「…おい、手を離せ」
手を振りほどこうとして失敗したカイルはコウに不審な目を向ける。コウはニコニコと満面の笑みを浮かべたままカイルをじっと見据え、こう言った。
「それはそれとして、ノアさんにもちゃんと謝るようにね。そこは許してないから」
それは、ゾっと怖気を感じさせるような、底抜けに朗らかな声だった。
その笑顔に気圧されたカイルは言葉を失い、ただ、コクコクと頷いた。
誤字脱字修正。
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