挿入歌 月輪をなぞるように(2)
今回はちょっと短めです。いつもの半分くらい。。前後編で分けなくても良かった気が・・・
コウは自分の心臓が早鐘を打っているのを必死に落ち着かせながら、彼女の対面の席へと腰を下ろした。
木漏れ日が揺れるテラス席。湯気の立つ紅茶。そして、向かい側には愛称で呼ぶことを許された、世界で一番高貴な女の子。
夢ではないことを確かめるように、コウは紅茶に口をつけた。
温かい液体が喉を通り、緊張で張り詰めていた体が少しだけほぐれる。
「あ、あの。お茶請けもあるのです。……その、よかったら」
不意に、ィリーリアがテーブルの上の小皿をコウの方へ押しやった。
そこには数枚のクッキーが載っていたのだが――コウは目をパチクリとさせた。
王宮で出されるような綺麗で整えられた菓子ではない。形は大小さまざまで少し歪だし、端のほうがこんがりと濃い狐色……というより、少し焦げているものもある。
その“不格好さ”に、コウはハッとして顔を上げた。
「まさか、これって……?」
コウがじっとィリーリアを見ると、観念したように白状した。
「……女中たちには内緒で、厨房を借りました。レシピ通りにやったつもりだったのですが、生地がいうことを聞いてくれなくて」
恥ずかしそうに縮こまるィリーリア。
銀龍宮の主である彼女が、粉にまみれて生地と格闘している姿を想像して、コウの胸が温かいもので満たされた。
「いただきます」
コウは一番形のいびつな一枚を手に取り、口に運んだ。
ザクッ、という少し硬めの歯ごたえ。けれど、噛みしめると素朴な甘さが口いっぱいに広がる。
「……どう、ですか?」
不安げに上目遣いで尋ねてくる彼女に、コウは自然と表情を緩ませた。
「美味しいです。とても」
「ほんとう、ですか? 無理を言っていませんか?」
「本当です。……なんだか、懐かしい味がします」
「懐かしい、ですか?」
きょとんとするィリーリアに、コウはもう一口クッキーを齧って、目を細めた。
「はい。僕がいた孤児院では院長先生と一緒にみなでおやつを作ってたんです。まだ小さい子も遊びながら作るものだから、売り物みたいに綺麗じゃないけど、硬くて、甘くて……食べていると安心する味でした。……リリィが作ってくれたこれも、そんな味がします」
もう何年も食べていないが、それは正直な感想だった。コウにとって不器用でも気持ちの篭ったこの一枚のクッキーは、懐かしくて、とても美味しく感じられた。
「……ふふ、そうですか。『懐かしい』ですか」
ィリーリアは嬉しそうに目を細め、自身も紅茶を含んだ。
「コウくんにそう言ってもらえて、早起きして頑張った甲斐がありました。……では」
コトン、とカップをソーサーに戻すと、彼女は身を乗り出すようにしてコウを見つめた。
「私の手作りクッキーを完食してくれたご褒美に、もう一度呼んでくれませんか?」
「えっ」
不意打ちに、コウは食べかけのクッキーを喉に詰まらせそうになった。
「よ、呼ぶって……さっき約束した名前、ですか?」
「はい。さっきは私の顔、見てくれませんでしたから」
アメジスト色の瞳が、逃さないとばかりにコウを捕らえている。
先程は勢いで呼べたものの、改めて面と向かって呼ぶのは、心臓に悪いほどハードルが高かった。
「うっ……なんでしょう、この試練……」
「試練ではありません、特権です。さぁ、コウくん?」
楽しそうに微笑む彼女に、コウは観念したように息を吐いた。この愛らしい主君には、口喧嘩では一生勝てる気がしない。
コウは居住まいを正し、真っ直ぐに彼女を見つめ返した。
まだ敬語は抜けないけれど。騎士としての実力も伴っていないけれど。
それでも、この瞬間だけは彼女の“特別”に応えたかった。
「……とても美味しかったです。ありがとう、リリィ」
少し声が裏返ってしまったかもしれない。
けれど、その名前を聞いた瞬間、ィリーリアは今日一番の満面の笑みを浮かべた。
「――はいっ! どういたしまして、コウくん!」
二人の穏やかな笑い声が銀龍宮の庭園に響く。
それは、やさしい陽だまりが温かさをもたらし、信頼を育む安息日の一幕。
銀月の君と呼ばれる少女が見せた彼女の輪郭。それをそっとなぞるのは優しい少年の心だった。
―一時の平穏の記憶は終わりを告げ、時は戻る。
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■報告
コウ=ドラウグルの成長について
コウ=ドラウグル(以下、コウ)の成長速度はある種の異常性を感じるものがある。
本日決闘が行われた。相手は一年の中でも上位に位置する格上の相手だった。
客観的な成績だけをみるならば、コウに勝ちの目はないはずだったが、予想を覆し勝利。試合内容を鑑みれば、完勝といってもいいほどだった。
入学から3ヶ月の成長速度としてはまず間違いなく天賦の才をもっていることに疑う余地はない。
■滅剣について
決闘の際、滅剣を使用するものと思われたが、実際には使用には至らず、その力は沈黙したままであった。
滅剣の強制解放が行われたため、何らかのきっかけで滅剣が暴走するものと考えられていたが、極度の緊張を強いられる決闘の中でも暴走しなかったことから、本人の自制心によるものか、あるいはエンゲージの影響で力が抑えられていると考えられる。
私見ではあるが当の本人の精神面が安定している状態、あるいは、エンゲージが続く限り内的要因による暴走の可能性は低いと考えられる。
しかしそれは裏を返せば、本人の精神面が不安定になった場合や、エンゲージのリンクが弱まった際に暴走する可能性があるということでもある。
さらなる心理的な負荷、あるいは皇女とのリンクを弱めるような出来事を検討する必要がある。
たとえば、本人のトラウマや、当人の意識がない状態といった環境化で試す必要がある。
■行動方針
引き続き適切な距離から対象を―(以降、文字が乱れているため判読不可)
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