第11話 とある授業の光景
魔法とは何か?
それはエーテル、マナ、魔力、ダークマターといった非物質的無ものであると同時に、無色透明な材料を用いて行使される一時的な現象の総称である。
魔法を行使するためにはどうしたらいいか。簡単な話だ。形を与えてやれば良い。それが詠唱であり、魔法陣の式である。
そしてこの世界の創造神が初めて行使した魔法はこうだ。
光、あれ。
コウの通う学校で教えるクラルス標準詠唱法はそこに由来している。
つまり魔法の詠唱を複数の節として区切り、節を重ねることで効果、威力、精度を高めていくそれは、体系化された技術の結晶でもあり、一般人でも扱えるようにコモディティ化した技術でもある。
「魔法を行使する上で大切なことは、具象化したい現象を正確にイメージするための言葉の選択です。この言葉の選択と美しさ次第では、同じ3節詠唱の魔法でも全く効果が変わってきます。この言葉の選択の大切さ二関しては、クラルス騎士養成学校の儀礼クラスでは、詠唱美学という授業すらあるほどからね。…まあ、貴方がた戦術クラスでは粗野な詠唱のほうがあっているでしょうが」
教壇で嫌味混じりに魔法学について講義を行っているのは、銀髪長身で研究者風の装いをした壮年の男性エルフ、オリヴィエ=フロスト教官で、今は魔法学の授業だ。
彼は常日頃からことあるごとに自身が担任をつとめる儀礼クラスと戦術クラスを比較しては、こちらを落とすというのを生業にしている。教え方はうまく、わかりやすいのに少し残念だなとコウは常日頃から思ってみていた。
「さて、これまで君たちには魔力の制御する方法や、その実践を徹底的にやってきてもらいました。おかげでみなさん、魔法を行使するうえでの土台がようやく完成したといえるでしょう」
簡単な生活魔法であれば早々暴走することはないが、これからおそわる初等魔法は暴走する可能性があるため、基礎固めを3ヶ月間みっちりされたのだ。
「次の講義からは実際に修練場で魔法を行使してもらいますが、今日のところはまだ座学を行います」
そういってオリヴィエ教官は黒板にスラスラと文字を書いていく。カッカッカと小気味よいチョークの音が静まり返った教室に響く。
書き終えたオリヴィエ教官が振り返り、教室を見渡す。
「さ、この問題を解いてもらいましょう」
黒板にはこうかかれていた。
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夜、深い森の中。周囲の安全を確認するための魔法の詠唱を完成させよ
【光よ/◯◯◯/照らせ】
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「これは3節のごく初歩的な問題だ。さて、この問題を…」
オリヴィエ教官が獲物を狙うヘビのような視線で生徒たちを見渡している。そして一人の生徒に視線があたるとそこで動きを止めた。それはコウの隣の席の人物であり彼の友人でもある―
「おや、余裕綽々で船を漕いでいる生徒がいますね。その優秀な生徒にといてもらいましょう―ノア=フィルシア!起きなさい!!」
隣の教室にも響きそうな大声で怒鳴る。
「は、ふあい!!」
ガタッ!というけたたましい音をたてて、ノアが立ち上がる。その勢いで反動で椅子が倒れそうになるほどだった。
「気持ちよく寝ていたところおはよう。ノア=フィルシア」
オリヴィエ教官が実に楽しそうにいうと、周囲でクスクスと笑い声があがった。
「ふえ、えあ、あっ、は、はい…」
ぐっすり寝ていたのか、ノアは周囲を見渡し授業中であることを認識し、はずかしそうに俯く。
オリヴィエ教官が教鞭をびしっと黒板に指し示す。
「さ、この問題を解きなさい」
答えられるわけがないとばかりに嫌味な視線だった。案の定、起き抜けのノアに真っ当な思考回路があるわけもなく出てきた答えが—
「…美味しく?」
ノアの答えに、文字通り時間が止まり、どっと教室中から盛大に笑い声があがった。もちろんコウもだ。視界の隅ではミリア、レヴィンまで吹き出してしまっている。
たぶん、彼女は十中八九美味しいものを食べる夢を見ていたに違いないと、コウは思った。教壇では頭を頭を抱えたオリヴィエ教官が盛大にため息を漏らしている。
ノアは誤魔化すように乾いた笑いをあげている。
「あ、あははは。ま、まちがっちゃったかな?」
ノアの顔は売れた果実のように真っ赤に染まっている。
「はぁ…もういいです。座りなさい、ノア=フィルシア」
諦めた表情をしているオリヴィエ教官には申し訳ないが、ノアの返答は頓珍漢すぎて面白い。
「では次、隣のコウ=ドラウグル。答えを」
「はい」
来ることを予想していたようにコウは冷静に立ち上がる。
問題を改めてみる。
夜、深い森の中。周囲の安全を確認するための魔法の詠唱を完成させよ
【光よ/◯◯◯/照らせ】
書かれているのは3節の初等魔法の詠唱だ。始句が「光よ」で、結句が「照らせ」となっている。この2つだけであればただ光が手元から生じ、周囲を照らすためのものだが、問題は周囲の安全を確認するための魔法だ。
問題は安全を確認するために必要な積句を追加しろ。である。
以前、図書室でミリアから教えてもらった方法で考えてみる。
まずどんな現象を起こしたいか考える。たとえば手元だけでなく頭上を広く照らすことでより鮮明に渡すこともできるだろう。もう一つ考え方がある。問題文としては周囲を明るくする必要はなく、安全を確認できればいいので、たとえば周囲の生物を感知する属性を付与してもいい。ただし、周囲の属性を感知する魔法は最低でも2つほど積句を追加しなければいけないような気がする。
求められる解としては―
「光よ/空に有りて/照らせ。はどうでしょう」
「ふむ…」
コウの答えをきいたオリヴィエ教官は一寸考える仕草をしたあと、パチンと指を鳴らした。
「よろしい!満点の解答ではありませんが、十分です!よく勉強しているようでよいです。着席して良し!」
オリヴィエ教官の評価にほっと胸を撫で下ろして座る。自信はあったがやはり正解といわれるまでは緊張してしまう。
ふと視線を感じると、ミリアがこちらを振り返って嬉しそうに手を振っていた。積句が苦手だと言った自分が答えられたことが嬉しかったようだ。
少し恥ずかしい気もしたが、無視するのは忍びないので、こちらも手を小さく振り返す。それをみてミリアは満足そうに前を向き直した。
なんだか授業中にいけないことをしているようで少しドキドキしたが、悪くないなと思った。
「この問題、よくある間違いが【明るく】や【眩く】といった光を強める積句を選択する生徒が多いのですが…」
教壇ではオリヴィエ教官は授業を再開した。厭味ったらしい物言いが目立つ教官なのだが、実は生徒思いで一人一人よく気にかけているのをコウはしっている。
この問題も座学の成績が悪いノアと、詠唱学がイマイチなコウを当てることで緊張感を保とうとしているのだろう。
「コウくん、コウくん!」
オリヴィエ教官が熱弁をふるいだすと、さっそく隣のノアが小声で呼びかけてきた。
たったいま注意を含めてあてられたというのに。ノアはこりていないようだ。また目をつけられるとまずいと思い、返事をせず視線だけで「なに?」と答える。
「正解してすごいね!あれって引っ掛け問題なんでしょ?」
「似たような問題に何度もひっかけられたことがあるからね」
「ふーん。そうなんだ。問題を出した人は性格が悪いんだね」
「あはは」
乾いた笑いを返す。ノアのその言葉はレム先生には聞かせられない。なにせコウに問題を出したのはレムなのだから。
たおやかで優美な微笑を浮かべている才女の顔を思い出す。あの微笑はいろんなものをカモフラージュするための仮面なのだろいうことをコウは知っているだけにノアの言葉は否定はできない。
「どうしたらそういう問題に答えられるようになるの?」
ノアが前を向きながら頬杖をつき諦めたような表情を浮かべている。少し考えて、コウはふとレムに言われたことを思い出す。
「僕が教わった人がいうには、問題の本質を考えて、目的、目標、手段を分けて考えることだっていってたよ」
「目的、目標、手段?」
興味がそそられたのか、顔を上げてノアがこちらに身を乗り出してくる。幸い、オリヴィエ教官は黒板に板書をしているのでこちらに気づいていない。いまなら少しくらい話していても大丈夫だろう。
「そう、目的がゴール。つまりはやりたいことね。目標は目的を達成するために達成する必要がある事柄。手段は目標を達成するための行動や方法のこと」
コウが指折りしながら説明するとノアの表情に理解の色が広がる。
「あー、なるほどね。つまりさっきのだと、目的は周囲の安全を確認したいから、その目的を達成するため、周囲に誰か潜んでないか、危険なものがないか確認するのが目標で。その手段はくまなく周囲を照らすってこと?」
「そうそう、あってるよ」
ノアは勉強をしたくないだけで飲み込みは悪くない。ちゃんと説明を聞いてくれるとすぐ理解してくれる。もう少し真剣にやればいいのに、もったいないなとコウは思った。
「ありがとう!理解できたよ。コウくん教えるの上手だね」
そういって屈託なく笑うノアの笑顔はすごく魅力的なものだった。ただでさえ整った顔立ちをしているのにその笑顔をむけられたら同世代の女性に免疫のないコウはドギマギしてしまう。
「さ、そろそろおしゃべりは終わり。授業に集中しよう」
コウは誤魔化すように前を見るようにと黒板に指を向けながらいう。耳の熱に気づかれないといいのだけど。
「はーい」
そんなコウの心配をよそに、ノアは素直に返事をして前に向き直した。
黒板にオリヴィエ教官の板書の音が静かに響く。




