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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣
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第3話 竜姫は思う、罪人

 彼を初めて見たとき、【姫さま】ことィリーリア=E=ローウェルは、なんて汚くみすぼらしい人間なんだと思った。

 年の功は自分より幼く見えた。

 人間族は竜人族と比べて短命だから実際の年齢はわからないけど、事前に渡された資料によれば少なくとも自分と同じだったはずだ。だが、それを差し引いても彼はひどく痩せこけているせいで実年齢より幼く見えたのだ。

 黒い髪の毛は伸びっぱなしでぼさぼさ。手足は枯れ木のほうがましなのではないかと思うほど、細く脆そうだ。一瞬からまった視線の先にある瞳は黒く、淀んでいて虚ろだ。体を清めたのはいつなのだろうか、薄暗い牢の臭気はこの少年が大元だといわれても信じそうなくらいの臭いが印象に残っている。それこそ身にまとっているボロのほうが上等に思えたほどだ。

 そんな弱りきった少年に不釣り合いの頑丈な手錠と壁につながる太い鎖。ひどい扱い。


「まるで大罪人か、魔物を封印するような扱いでしたね」


 レムの発言に窓の外に流れる雲を眺めながらぼーっと思索にふけっていたィリーリアは視線を室内に戻した。

 彼女の言葉はィリーリアの内心を代弁するかのように的確な表現していた。


 一行はいま、竜の姿にもどったラナの背中に括られた籠の中にいる。

 ある程度の力をもった竜人族であれば竜の姿に戻ることができる。ラナは火を象徴とする火竜。その中でも30mを超える巨体と魔法の力をもってすれば、快適な空の旅など造作もない。

 籠の中は質素ながらも瀟洒な作りになっている。

 便宜上、籠と言われているが、空の旅に耐えられるよう密閉された室内はそこそこ広く、向かい合うように設えられた座席は10人程度なら余裕をもって座れるくらいの広さがある。

 後方には貨物室と使用人部屋へ続く扉があり、前方にはいわゆる操舵室という名の展望室がある。皇室御用達のしつらえだ。

 籠はゆっくりと上下するように揺れているが不快なユレはなく快適だ。窓の外で流れる雲海と、はためく竜の翼がなければ止まっているように思えるほどの快適さだった。

 室内にはィリーリアとその隣に座るアーティ、対面にレムとフウが座っている。滅剣の継承者はレムが使用人の部屋から出られないよう魔法で封印を施し軟禁している。

 ごほんと咳払いをつき、アーティが口をひらいた。


「そうですね。エンゲージという想定外のことがあり見落としてしまっていましたが、滅剣の継承者として畏れられている、というより逃さないように拘束し、死なないように監視された。まるで生贄ですね」


 アーティが彼女の言葉を肯定するのに呼応して、フゥが口ひげを撫でながら、口を開く。


「あれは監獄ではなく封印じゃな。そもそも出すことを想定していないものじゃ。窓もない部屋に強固な内壁。その割に、外壁は脆いつくりじゃった」


 フゥの言葉に頷きながら、レムが情報を補足する。


「何か事が起こった際、建物そのものを崩して、中を潰すように作られていましたわ」

「それにじゃ、兵どもの態度をみれば一目瞭然じゃの。あれは同胞というよりは敵に向けるじゃ。まず間違いないじゃろ」


 フゥの言葉を頭の中で反芻しながら、ィリーリアは彼を取り囲んでいた状況を思い出す。

 滅剣の継承者が幽閉されていたのは人里離れた森の中。外界を一切遮断され、二重の壁に囲わているにもかかわらず、妙に狭く感じる作りの砦。さらに牢へと続く入口は厳重な鉄格子がついており、開いた先の地下へ続く階段は段差がチグハグな上に左右にうねるように続いており、歩きにくさを追求しているし、事実そうなのだろう。

 もとより出すつもりのない重罪人が収監するのにはふさわしい作りと言える。

 だがなぜ?という疑問符が浮かぶ。

 戦争犯罪人という名目なのはィリーリア達側の見方であり、帝国側からしたら戦争功労人の力をもった継承者だ。


「ねぇ、アーティ。滅剣の継承者は帝国の切り札なのでしょう?」


 ィリーリアは思い切って疑問をぶつけてみる。


「えぇ、リリィ。そのとおりです」


 柔和な表情を浮かべたアーティは優しく答えた。全員の視線が自分に集まることを感じながら、ィリーリアは続ける。


「滅剣の継承者は英雄ではなかったの?」


「いいえ、違いませんよ。彼をみるまで、私達もそう思っておりましたから。敵憎しでしたが、冷静になった今、思えば違和感しかないですね」


 アーティの同意にフゥとレムも肯定するように頷いてみせた。

 切り札であれば切り札なりの扱いというものがあるものと思っていた。だが現実は違った。それが帝国の文化というものなのだろうか。ィリーリアは口元に人差し指をあてて言葉を選びながらさらに疑問を口にする。


「戦争犯罪人として引き渡すにしても、供物として相応の扱いをされていないのはおかしいと思うの」


 そう彼は竜人たちに捧げられる人身御供でもある。なのでィリーリアの疑問はもっともだ。

 その質問に答えたのもアーティだ。


「姫様の言う通りです。帝国の彼に対する扱いは常識から考えてありえません。なにかあると考えたほうが自然でしょう」

「そうよね…」


 考えてもわからない。何かチグハグな感じがしてしまう。

 アーティはその様子を微笑ましい気持ちでみながらも、ィリーリアが提起した疑問を解くため、レムに視線を向けた。レムが滅剣の継承者を竜車の個室に軟禁する際、確認のため会話していているのをアーティは知っていた。

 抜け目のない彼女なら彼から何かを聞き出しているに違いなかった。


「そういえば、レム、あなた彼と会話してましたね?」

「えぇ、彼を部屋に連れて行くとき少し会話しましたわ」

「話してみて、あの人間はいかがでしたか?」


 アーティに問われたレムはそうですね。と間をとる。アーティの言う通りレムは滅剣の継承者の人格をある程度しっておくため、会話がてら簡単なテストをしていた。その時の印象を思い出しつつ、言葉を選ぶように話し始めた。


「話した限りでは悪人ではない印象を受けましたわ。もっとよく調べる必要はあるのですけれど、危険な思想や過激な思考は持ち合わせていないように見受けられますわ。それどころか善良といえますわね」

「それは意外ね」


 アーティは内心の驚きながら、口元に手をあてて考える。

 あんなに厳重に封印されていたのだから、滅剣の継承者という以外でも何かしら問題を抱えている人物なのかと思っていた。

 アーティの反応をみながら、レムは更に続ける。


「そうですわね。ただしこれはあくまで簡易的なもの、と前置きが必要ですが、それを差し引いても献身的で奉仕の心を持ち合わせているような人物像といえますわ」

「レム、あなたのいうことが本当だとしたら、彼は規範となるくらい善良な市民ということになりますね」


 それはつまり為政者にとって扱いやすいということでもある。


「断定するのは早計ですが、すくなくとも現状はそう取っていただいて問題ありませんわ」


 モノクルをくいっと持ち上げながら、レムは「それと」と前置きしながら付け加える。


「彼はどうやら孤児院に売られたみたいですわね」

「孤児院に売られたじゃと?」


 興味がなさそうに聞いていたフゥがレムの言葉に反応する。レムはフゥに顔を向け小さく頷いて肯定する。


「裏付けを取る必要はありますが、少なくとも彼の古いおぼろげな【記憶】を見た限りでは、ご両親に売られたようですわね」

「売る、ですか」


 ふむ、とアーティはレムの言葉を吟味する。孤児院は何らかの理由で親を失ったり、子供を保護する施設だ。それを売る。という表現はおかしいのではなかろうか。

 そういえばレムは明確に【記憶】と言い切っていなかったか。アーティは聞き逃さなかった。


「レム、あたな、記憶を読みとったのですか?」


 アーティに顔を向けたレムが再び小さく頷き肯定の意を示す。

 だったらもっと早く、聞かれる前に報告してほしかったとアーティは口には出さずに思った。


「彼自身は記憶を引き出せない状態のようでしたので、少し気になりまして。といいましても、手持ちの道具では断片的な記憶を垣間見ることが限界でしたので、確信が持てるまでは余計な情報になるかと黙っていいましたの」

「そういうことですか」


 そういうことならしかたがない。不確かな情報は判断を誤らせる毒にもなる。

 レムは魔法のスペシャリストで研究者でもある。竜人族の中でも彼女以上に魔法の造形が深いものはいない程だ。準備が不足しているとはいえ、その彼女が断片的な情報しか取れなかったというのであれば何かしら障害があるのだろう。


「より深く彼を見られたことで、滅剣を封じるギミックがとても興味深いものでしたわ」


 研究者としての顔をのぞかせたレムが含みをもたせるようにいった。

 そういえば、滅剣の継承者を始めてみたレムが、力は意識の表層で封じられているといっていたが、そのことだろう。

 しかしこういう表情をしているときのレムの「興味深い」は、大多数にとって良くないことのほうが多いことをィリーリア含む一同は知っていたため、固唾をのんで次の言動を待った。


「当初、彼の意識の表層に封印がかけられていると伝えていましたけども、実はそうではなく、彼の意識そのものに封印術がかけられてたのですわ」

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