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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 2章 騎士学生

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第10話 穏やかな授業

 放課後、コウは図書室に赴いていた。

 今日はレムとの特別講義で魔法に関する実戦形式の訓練と予告されていたので、時間になるまで復習デモしておこうと思っていた。

 陽が傾いてオレンジ色に染まる図書室は盛況とはいえないが、自習目的の生徒たちが利用しているため、そこそこ席は埋まっている。貸し借りの受付担当の学生が暇なのか、こくりこくりと舟を漕いでいる。

 静かに扉を閉めて空いている席を探す。勉強に集中できそうないい席はすでに埋まっている。教室を出る際にノアに捕まって出遅れてしまったのがいたい。


「コウくん?」


 聞き覚えのある声に静かに名前を呼ばれ、足を止める。声のほうに顔を向けると見知った人物が本を広げて座っていた。


「あ、ミリアさん」


 柔らかな栗色の髪が特徴の友人、ミリアだった。


「珍しいところで会いますね」


 にこりと微笑むミリアにコウも釣られて笑を浮かべる。


「そうだね。僕は復習しに来たんだけどいい席が空いてなくて彷徨ってたところなんだ」

「人気の席はすぐに埋まっちゃいますからね…」

「出遅れちゃったし、仕方ないよね。今日のところは部屋にもどることにするよ」


 ミリアの横の席は空いているが、読書の邪魔をしてしまうのは申し訳ない。図書室でないと勉強ができないわけではない。

 そう思って踵を返すと、不意にぐいっと袖を引っ張られた。振り返ると、うつむき加減のミリアがなにか言いたげな顔をしていた。


「どうかした?」

「え、えっと…コウくんが嫌じゃなければ、隣に座りませんか?」


 おずおずと差し出されたその言葉に、コウは少し驚いて目を瞬かせた。断られるかもしれないという不安と、それでも引き留めたいという強い意志が、伏せられた彼女の琥珀色の瞳に揺れているように見えた。


「邪魔じゃないかな? ミリアさん、集中して本を読んでいたみたいだし」


 コウの気遣うような優しい声に、ミリアは弾かれたように顔を上げた。ふるふると首を横に振り、慌てたように微笑みを浮かべる。


「だ、大丈夫です。むしろ、一人だと静かすぎて落ち着かないくらいで…。だから、どうぞ」


 そう言って、自分の隣の椅子を少し引いてみせる。その仕草に、コウは「ありがとう」とにこっと笑い、遠慮なくその席に腰を下ろした。革の鞄から魔法理論の教本を取り出すと、ふぅ、と小さなため息が漏れる。


「魔法の勉強ですか?」


 隣から聞こえてきた声に、コウは「うん」と頷いた。


「詠唱というか、言葉の選択が苦手で…。始句と結句はわかりやすいんだけど、積句についてはどうしても理論を考えてから言葉を探しちゃうからどうしても遅れちゃうんだよね」


  正直に弱点を打ち明けるコウの言葉にミリアは戸惑いの表情を見せる。


「…あの、カイルさんとの決闘は、大丈夫なんですか?」


 ミリアの口から漏れたのはコウを心配する言葉だった。カイルは好戦的で、実力も確かだ 。今のコウでは、ただ一方的に打ちのめされるだけではないか 。と心配されるのは仕方がない。

 彼女の言葉に、コウは苦笑いを浮かべた。


「心配してくれてるんだね。ありがとう、嬉しいよ」


 ミリアを安心させるように笑いかける。


「でも、これは僕がやらなくちゃいけないことだから。ノアさんを馬鹿にしたうえに、一歩間違えば大怪我しそうなことを友達にされて、黙っているわけにはいかないんだ」


 その時のことを思い出すと、コウの体の中で何かが燃え上がり、熱を帯びる。強いから戦うのではない。自分の弱さを知りながら、それでも誰かのために立ち上がろうとする誓いのようなものだ。

 コウのその純粋さに、ミリアは息を呑んだ。彼女の目には彼の誠実さは、あまりにも優しくて、危ういものに映っていた。


「っ!」


 なにか言いかけてミリアはきゅっと唇を結ぶ。逡巡するように目線が動いているのが見えた。


「あの、コウくん」

「ん?」

「もしよければ、勉強をおしえましょうか? その私、幻術と植物系の魔法が得意なので、積句にはちょっと自信があるんです」


 俯きがちに、けれど芯の通った声で紡がれた申し出に、今度はコウが目を見開く番だった。そして、すぐにその表情を綻ばせる。


「ほんと?それはすごく助かるよ。一人だとどうしても通り一辺倒になっちゃって。ミリアさんが教えてくれるなら心強い」


「い、いえ…このくらいは、その…と、友達として当然です。そ、それに同じ帝国人ですし、助け合わないと、、あ、あと。コウくん…す、少し、ち、近いです」


 なんでもないことのように謙遜するミリアの顔は恥ずかしさからか赤くなっていたのがよく見える。きれいな長いまつ毛の一本一本まで見えそうな距離感に、コウはいつの間にかかなりの至近距離に近づいてしまったのを自覚した。


「あ、ご、ごめん」


 謝りながら慌てて距離を取るコウにミリアは小さく頷いた。

 ふと周囲から視線を感じると、コウとミリアのやり取りは注目されていたのか、周囲から好奇と侮蔑の視線が混じっていた。


「ちっ。帝国の野蛮人どもが。盛るなら他にいけ」


 誰かが小さくそう呟いたのが聞こえた。

 その言葉にビクっとミリアの体が反応する。そういえば、ミリアもコウと同じ帝国出身だったことを思い出す。

 この国において帝国人の扱いは非常にデリケートな問題になっている。それもそうだろう。つい最近まで戦争をしていた両者なのだ。国交正常化されたとはいえ、帝国出身の肩書の意味は重い。

 学校でも誰が漏らしたのか誰が帝国人なのかは、公然の秘密のように知れ渡っていた。


「ごめん、ミリアさん。僕が騒いだばかりに目立っちゃって」

「いえ、いつものことですから」


 周囲の邪魔にならないよう軽く身を寄せ、小声で会話する。

 静かにすると、二人への興味関心はすぐに薄れていくと、コウは胸を撫で下ろした。

 嫌味をいわれたが、それは自分たちがうるさかっただけで、みなただ静かに没頭したいだけなのだ。


「それじゃあ、はじめましょうか」


 周囲を見渡して状況が落ち着いたのを確認したミリアが仕切り直した。


「お手柔らかにお願いします」

「ふふ、わかりました」

「ミリアさんは幻術系統と植物系統の魔法が得意なんだね」

「はい。実家が薬師みたいなことをしているからなのか、家族はみな、同系統の魔法が得意です」


 そういえば、以前そんなことをいっていたとコウは思い出す。たしか彼女は大切な畑があったと言っていた。


「幻術系統や植物系統は攻撃的な魔法よりも補助や妨害といった魔法効果を乗せることが多いので、積句も状況にあわせて薬のように組み合わせる必要があるんですよ」

「そっか、そう考えると攻撃系の魔法はシンプルな物が多いよね」


 たとえば威力を高める「集え」や「滾れ」、早さをあげる「疾く」や「天、駆ける」などはよく使われる。


「はい。戦闘距離が短くなりがちで、魔法の応酬になりやすい攻撃魔法はどちらかというと早く唱えられる事が重要になる場面が多いですが、補助や幻術による妨害は、早さを求めるのか、正確性を求めるのかで積句が大きく異なってきます。たとば—」


 ミリアの丁寧な説明は非常にわかりやすく、コウは彼女の言葉に聞き入っていく。

 夕日が差し込む静かな図書室で、二人の間には穏やかで優しい空気が流れていた。

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