第7話 なすべきことをなす
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■現状の報告
対象との接触に成功し、順調に関係を構築中。対象からは悪感情を感じられず、懐に入りつつある。
潜入ルート、および脱出ルートについては、候補を数個まで絞れたものの、安全性の確認はできず。
なお、対象は学友Dと決闘をすることになり、全校生徒に周知され、その存在が全校生徒に知れ渡ることになった。そのため、身柄の確保が難しくなると予想される。
■封印について
対象との接触により対象に罪業がないことを確認。解除された原因は不明。対象の心理になんらかの変革が合った模様だが、契約との因果関係は確認できず。
解除された封印を再起用するより、作戦の変更を具申。直接的な対応が現実的。潜入工作による直接的な破壊が必要。
■行動方針
引き続き適切な距離から対象を観察を実施。接触レベルは引き続き2とする。
また潜入・脱出ルートも合わせて確認を続ける。
以上
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◆ ◆ ◆
決闘がきまったその日、特別補講として城に転移したコウを待ち受けていたのは、仁王立ちして不敵に笑うラナだった。
「よう、聞いたぞ。決闘するんだってな!」
どうやらすでに伝わっていたらしい。いや、ゼクトがすぐに報告したに違いない。
転送されてきたコウに近寄ってくるラナはどこか楽しんですらいる様子なのが見て取れる。
「まずかったですか?」
「ゼクトが差配したんだ。大丈夫だろう。それに俺はそういう、友情!根性!みたいなノリ好きだぜ?」
がははと笑いながらバンバンとコウの背中を叩く。衝撃につんのめりながらコウは、全校生徒に自身の存在が知れ渡ってしまうことそのものに問題はないのかと、ラナに聞いてみると、苦虫を噛み潰したような表情をして小声でぼそっと呟いた。
「まあ、アーティ的には大問題みたいだな。絶賛ゼクトがアーティの怒りを一身に受けているところだ」
ウィンクしながらおどけていって見せるラナの言葉の内容にコウは血の気が引く思いになった。
アーティを怒らせるとそれはもうすごい。普段温厚な分、怒らせた時がすごい。コウ自身はまだ直接、怒られたことはないが、以前、ラナが悪ふざけでコウを騙くらかして、女性の湯浴みを覗こうとした時があった。あと一歩というところで現場をアーティに抑えられた。必死に言い訳をしようとしたラナの一切の言い訳を聞かず、首から下を氷漬けにした挙句、私は覗き魔です。と言う立て札を立てて丸一日放置した。
その際、一切の感情を見せなかったアーティは爽やかな笑顔でコウにこういった。
「コウくんは良い子ですね。悪ふざけでなどしないですもんね」
その時の笑顔のインパクトは筆舌に尽くし難い。ただコウはアーティを怒らせてはいけないのだと固く心に誓った。
そのアーティが怒っているときいて震え上がらないほうがおかしい。
「ど、どうしよう…」
ゼクト教官が怒られているということは、その元凶の自分も怒られることになるに違いない。アーティのお叱りを受けることを思うと、体が勝手に震え出す。
コウの悲壮感漂う表情をみたラナはパンパンと2回手を叩いてコウの注目を集める。
「あー。思い詰めているみたいだが、おまえのそれは杞憂だ。おまえにはお咎めはないぞ?」
「え、そうなんですか?」
お咎めがないという一言に希望を見出す。
「そりゃ、そうだろ。お前はまだ子供でそういう分別がないから、お目付役としてゼクトをつけてるんだからな。今回のこれは全部あいつの、監督不行き届きってやつだ」
「で、でも…ぼくが彼と喧嘩をしてしまったからそうなったわけで…」
そう、最初に攻撃したのはあっちだったが、喧嘩を売ったのは自分のほうだ。
「それは、お前が友達を守るために戦おうとしたからだろう?」
「ーー」
ラナの言葉に、コウはあっけにとられた。彼の口調はまるでずっと見てきた事実を述べるように迷いがなかった。
「コウ、お前は気に入らないからって理由で喧嘩をうるような奴じゃない。お前は姫さんが見初めた相手だ。だからお前は誰かのためにその拳を振り翳したと、俺はそうおもっている。違うか?」
「…ちがくないです」
「だからま、おまえが気にする必要なねぇし、お前がいちばんに気にかけなきゃならんのは、3日後の決闘だ」
ほら、いくぞ。とラナがコウを促す。
「おまえには体格が圧倒的に上の相手に対する戦い方を学んでもらわなきゃならんからな」
そういって不敵に笑うラナの表情に、コウは厳しい訓練の予感がした。
「そら!これがただの力だ!」
ラナの怒声が響き、技術もへったくれもないただ力強く振るわれ続ける棍棒の暴風をコウはすんでのところで躱し続けている。
「いいか、武術や剣術はな、体格が劣るやつが自分よりでかいやつに勝つための技術だ!体格や腕力に圧倒的差があるなら、ただ力任せに振るうだけでおまえのように小柄なやつは手も足も出せない!」
話しながら一切手を緩めることなくさらに振るわれるのは圧倒的な暴力だ。ラナの力を持ってすれば重い混紡もただの木の棒のように変幻自在に振るわれる。右に振るわれたと思った次の瞬間には左に切り返えされ、斜めに振るわれた直後に突きが飛んでくる。
そのどれもがコウが一発でも当たれば吹き飛ぶような一撃だ。
「ほら、逃げるだけは悪手だぞ!ただでさえリーチが短いお前が逃げたら、反撃のチャンスすらねぇ!それにこっちの体力はお前より全然あるから体力切れもみこめねぇぞ」
ただ棍棒を振りながらまっすぐコウに向けて歩いてくる。ただそれだけで手詰まりになってしまう。体格差とはこれほどまでに残酷な性能の違いを見せつけてしまうのだ。
「くっ!」
ブォンと鼻先をかすめる棍棒。あたればただでは済まない。手にもった木刀でなんとかいなしてはいるが、一瞬でも角度を見誤れば直撃は避けられない。
「いなすだけじゃ、ジリ貧だぞ。ずっと叩き込んでいるだろう、相手と同じ土俵で戦うな。相手の弱みにつけいって攻めろ。そして自分の得意を相手に押し付けろ」
さらに二激、コウの体をかすめる。ただかすめるだけでコウは体勢を崩しそうになり、既のところで立て直す。
ラナの叱咤と攻撃は更に続く。
「だめだだめだ。考えろ。お前の武器はなんだ?そしてただの暴力には何がきく?」
—考えろ。考えなくては負けてしまう。考えるのと並行して、相手を見るんだ観察して相手の弱みをみつけるんだ。
縦横無尽に振るわれる棍棒の暴風を点ではなく面で捉える。目線で追わず、視界で捉える。相手の動きを点ではなく線で捉え―そして見えた。
「―っ!!」
ラナの攻撃は一見して間断なく続いているように見えるが、その実、切り返そうとするそのタイミングで一瞬だけ空白の時間がある。それは振るった棍棒の力を止めるタイミング。切り返しのほんの一瞬だが、その瞬間は力を入れられない。
見抜いた瞬間、コウの体は自然と動いていた。
振るわれた棍棒を追うように回避した直後に踏み込む。
「はっ!」
「くるか!」
ラナが懐に飛び込んできたコウを迎撃するために棍棒を振り戻そうとするその動きの起こりに合わせ、コウは木刀の切っ先を棍棒をもつラナの肘にピタリとあて、動きを潰す。
「うぉ!」
動きの起こりを潰されたラナが思わず、つんのめる。
「それだけじゃ甘いぜ!」
叫ぶラナをコウは冷静に見ていた。そう。ただそれだけでは、コウとラナの力と体格差で簡単に振り抜かれてしまう。ゆえに脇をしめ木刀を胸に引き寄せながら、腕、腰、足、地面を一本の線でつなぐイメージで支える。
ラナの力がグッと体にかかるが、今のコウはもはや地面と一体化しているも同義。ラナ後からはすべてコウの体を一本で通した地面に伝わる。それはもうラナは地面に対して手押し相撲をしているような状態だ。
グンと力を込めたラナの動きが完全に止まる。
「まじかっ!」
驚きと歓喜の入り混じった表情でラナは叫んでいる。だがコウはここでは終わらない。コウは不意に木刀から手を離す。
「んだと!?」
コウを潰そうと力をかけていたラナは、急に支えを失い体勢が崩れツンのめる。間を外されたのだ。
その隙にコウはラナの腰あたりの服をつかむと同時に、ラナが体を支えようと踏み出そうとした足を自らの足裏で阻む。ラナの軸足は完全にコウによってとられた。コウはそのまま掴んだ手を引き込むようにひっぱり、倒れ込む勢いを上乗せし—ラナを投げ飛ばした。
「だー!」
叫ぶラナが倍近く体格差があるコウによって投げ飛ばされる。ドンと重い音をたてて、ラナが砂埃を巻き上げながら、地面を転がった。
「…ふぅ」
砂埃に視界を遮られながらも、徒手空拳の構えをとって残心をつきながら、一息つく。ラナからの反撃はない。投げ飛ばした時点でこの訓練はコウの勝ちなのだから。
「だーー負けたー!弟子に負けた!」
砂埃が収まると大の字に倒れているラナが悔しそうに天井に向けて叫んでいる。
「ありがとうございます!」
コウが構えをといて礼をすると、転がっていたラナが反動をつけてぴょんと飛び起きた。
「今の流れ、よかったぞ!」
そう言ってニカッと笑ってみせるラナに先程の悔しそうな感情は一切なかった。コウの背後に回ると背中を軽くパンパンと叩きながら、嬉しそうにしている。
「俺に勝てるやつなんて近衛兵でもいないから、すごいぞ!コウ!」
「でもラナさんにだいぶ手加減してもらったからですよ」
「謙虚なのはいいことだ!だが投げ飛ばされたのは本当に驚いたんだぜ?」
弟子の成長を心の底から喜んでくれているのがわかり、コウもなんだか誇らしい気持ちになった。
「しっかし、おまえ。途中から観の目を使ってただろ?あれいつ覚えたんだ?」
「かんのめ?ってなんですか?」
「いや、おまえ視線を動かさなくなっただろ?あれのことだ」
ああ、とコウはラナがなんのことをいっているのか理解した。コウはその時の状況を端的に伝える。ただ視線で捉えるのではなく視界で捉えたと、それを言うと、ラナはまじかぁ。と手を額にあてて驚いていた。
もしかしてあれはそんなにすごいことだったのだろうか。なんとなく点より面で捉えたほうがいいと思ってやってみたことなのだが。
不思議そうな顔をしているコウをみて、ラナは一つため息をつくと、しかたねぇなといった表情をコウに向ける。
「お前はどうも目がいいみたいだからな。コウ。お前がやったのはあれは観の目ってやつでな。なんつーか武術を志すものが目指す目標の一つみたいなもんだ。それができるやつは乱戦だろうが個人戦だろうがなかなかつえーぞ?」
コウの肩を叩きながらラナはいう。ラナの言う通りコウが観の目を習得しているのであれば、それはかなりの武器になるのではなかろうか。ひいては—
「じゃあ、これがあればカイルくんにも勝てますか!?」
コウがそういうと、ラナに頭を軽く叩かれた。まったく痛くはなかったが衝撃だけがうまく伝わってくる。
「ばかやろう。いっただろ?体格差はそのまま実力差だ。見えてたって相手にダメージ入らなきゃ、勝てねぇよ」
「あはは、そうですよね」
ラナを咄嗟に投げ飛ばしたが、ただ投げるだけじゃダメージがはいるわけもない。まして相手は半竜人だ。彼の強靭な肉体にダメージを与えられるとは考えにくい。
「てかこの特訓で教えたかったのは観の目じゃなくて、相手にダメージを与える方法だったんだけどな。まいいだろう。ほら、今度こそ教えるからな。そこに落ちてる木刀、ひろってこい。次始めるぞ」
木刀を渡されたらいきなり棍棒を振るわれ出したので、コウは回避する訓練か、いなす訓練だとおもっていたのだがそうじゃなかったらしい。
「はい!」
木刀をひろい再度正眼に構える。
「姫さんの騎士になってもらうおまえさんには敗北はゆるされねぇからな。心して特訓しろよ、いくぞ!」
コウの威勢のいい返事とともに訓練の激しい音が二人きりの訓練場に響き渡った。
一応、コウは開花していなかっただけで天才レベルというか英雄予備軍です。だからこそ姫様とエンゲージできたのです。




