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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 2章 騎士学生

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第5話 ゼクトの思惑

 ゼクトの執務室は、彼の性格をそのまま映したかのように、あらゆる装飾が排されていた。壁には戦術地図と数本の模擬剣が掛けられ、書棚には実用書ばかりが整然と並んでいる。その部屋の真ん中に、カイルとコウは気まずそうに立たされていた。

 先ほどまで二人を床に縫い付けていた重圧は解かれていたが、その残滓がまだ身体にまとわりつくように重い。


「さて」


 執務机にどかりと腰を下ろしたゼクトが、心底面倒くさそうに口を開いた。その射抜くような視線は、まずカイルへと向けられる。


「言い訳は聞かん。何があったか、事実だけを述べろ。レイヴンハルト」

「事実、ですか。教官」


 カイルは悪びれる様子もなく、むしろ被害者であるかのように口の端を歪めた。


「至極単純な話です。そこの『特般人』が、この俺に、あろうことか意見をした。身の程を弁えぬその無礼を、俺が正してやろうとした。…ただ、それだけですよ」


 その言葉には、隠そうともしない侮蔑が滲んでいる。


「そもそも、なぜあんな雑魚がこの名門クラルスにいるのですか? 我々のような選ばれたエリートの中に、汚れた血が混じること自体が、学び舎への侮辱だ」


 傲岸不遜な物言いに、コウの拳が固くなる。だが、ゼクトは表情一つ変えず、次に視線をコウへと移した。


「…ドラゴニア。貴様の言い分は?」

「……カイルくんの言う通り、僕が彼に口答えをしたのは事実です」


 コウは静かに、しかしはっきりと答えた。以前の彼にあった怯えや自信のなさは、そこにはない。


「ですが、それは彼が僕の仲間を、理由もなく見下し、傷つけようとしたからです。僕自身のことはどう言われても構わない。でも、それを見過ごすことは、僕にはできません」


 ィリーリアと交わした、騎士としての誓い。その言葉が、コウの背骨を真っ直ぐに支えていた。

 双方の言い分を聞き終えたゼクトは、長々と、そして深く溜息をついた。


「……くだらん」


 吐き捨てられた一言には、呆れと侮蔑が色濃く混じっていた。


「レイヴンハルト、貴様の傲慢さが元凶であることは明白だ。だがドラゴニア、貴様も貴様だ。御大層な道義があろうとも、挑発に乗って拳を交えようとすれば、同罪だということもわからんか」


 ゼクトはギロリと二人を睨みつける。


「反省室で頭を冷やさせるのが定石だが…お前たちの場合、そんなものでこの根深い遺恨が消えるとは思えんな」


 その言葉の通りだった。カイルはコウを殺さんばかりの目で睨みつけ、コウもまた、その視線を逸らさずに受け止めている。ありきたりの罰では、何も解決しないだろう。


「……仕方あるまい」


 ゼクトは再び溜息をつくと、机の引き出しから一冊の分厚い本―学則便覧を取り出した。


「学則は、生徒間の『私闘』を固く禁じている。破った者は、相応の罰則が与えられる」


 パラパラとページをめくる音が、静かな部屋に響く。そして、あるページでその指が止まった。


「――だが、例外が一つだけある」


 ゼクトは顔を上げ、二人の瞳を真っ直ぐに見据えた。


「騎士の名誉をかけ、正式な手順に則って申請され、受理された『決闘』は、その限りではない」


 決闘。その言葉に、カイルの口元が愉悦に歪んだ。対照的に、コウはごくりと息を呑む。


「お前たちの問題は、もはや言葉で解決できる領域にはないらしい。ならば、力で示すしかあるまい。どちらが上で、どちらが正しいのかを、な」


 ゼクトは本を閉じ、決闘の条件を淡々と告げ始めた。


「日時は三日後。場所は全校生徒が見守る、中央武闘場とする」

「ルールは模擬戦に準じ、模擬剣を使用。降参、戦闘不能、あるいは審判である俺の判断で勝敗を決する」


 そして、ゼクトは最も重要な条件を口にした。その声は、先ほどよりも一段と低く、重い。


「そして敗者は、勝者の主張を全面的に認め、今後一切、相手とその仲間に対しての侮辱、およびあらゆる干渉をしないと、誓約してもらう。…いいな?」


 それは、ただの勝ち負けではない。敗者の尊厳と、今後の学園生活そのものを賭けた戦いだった。


「――望むところです、教官」


 沈黙を破ったのは、カイルだった。その声は、抑えきれない喜びに打ち震えている。


「雑魚には雑魚らしい場所があるのだと、俺が直々に、全校生徒の前で教えてやりますよ」


 忌々しい特般人を、合法的に、衆人環視の中で叩きのめせる。これ以上の好機はなかった。

 ゼクトはカイルの返答を聞くと、静かにコウへ視線を向けた。


「ドラゴニア。お前は、どうする」


 コウは、迷わなかった。

 これはもう、自分一人の問題ではない。ミリアを、レヴィンを、そしてまだ見ぬ仲間たちの名誉を守るための戦いだ。そして何より、自分を信じてくれたィリーリアの騎士として、引くわけにはいかなかった。


「……お受けします」


 凛とした声が、執務室に響いた。


「僕の仲間は、誰にも侮辱させない」


 その瞳に宿る揺るぎない決意を見て、ゼクトは初めて、ほんの少しだけ口の端を緩めた。


「…よかろう。決闘の申請を、正式に受理する」


 こうして、エリート貴族カイル・レイヴンハルトと、謎多き特般人コウ・ドラゴニアの決闘が、決定した。

 その報せが、学園中を駆け巡るのに、そう時間はかからなかった。


ちょこっと修正。決闘の誓約部分を以下のように。

訂正前:全校生徒の前で誓約してもらう。

訂正後:誓約してもらう。


理由:たかが一生徒の決闘の誓約を全校生徒集めてやるのは、ちょっとね。。。

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