第3話 仲間と僕と経歴と
「秘密基地、完成ー!」
ノアの弾むような声が、陽光きらめく小さな空き地に響き渡った。
あれから数日、放課後のわずかな時間を見つけては、4人はこの場所に集まっていた。苔むしていた石のベンチは磨かれ、どこからか持ち込んだ木箱がテーブル代わりに置かれている。隅にはレヴィンが作ったという小さなかまどもあり、パチパチと心地よい音を立てていた。
「ノア、はしゃぎすぎだ。火の番をちゃんとしろ」
レヴィンが呆れたように言いながらも、その口元は緩んでいる。彼は今、薬草を煮詰めた手製の回復薬を作っている最中だった。ミリアが持ってきた薬草学の古い本を参考に、慣れた手つきで調合を進めていく。
「だって、嬉しいんだもん!自分たちだけの場所なんて、初めてだから!」
そう言って屈託なく笑うノアの姿に、コウも自然と頬が緩む。帝国で「滅剣の継承者」として幽閉されていた頃には、想像もできなかった穏やかな時間だった 。
「はい、どうぞ。お茶が入りましたわ」
ミリアが人数分のカップに温かいハーブティーを注いでくれる。彼女がブレンドしたお茶は、心を落ち着かせる不思議な香りがした。
「ありがとう、ミリアさん」
コウが礼を言うと、彼女はふわりと微笑んだ。
木箱のテーブルを囲み、4人はそれぞれのカップを手に取る。しばらくの間、他愛もない会話が続いた。授業の愚痴、好みの食べ物、休日の過ごし方。そんな普通の会話ができることが、コウには何よりも新鮮で、温かいものに感じられた。
ふと、ノアが真剣な表情で口を開いた。
「ねえ、みんなはどうして騎士になろうと思ったの?」
その問いに、場の空気が少しだけ変わる。
「あたしはね、家族のためかな。平民だし、獣人族だからってあちこちで迫害されてきたけど、家をね、つくりたいんだ。…ここで騎士になれば、ハルディンに家がもてるし、そうしたら、お母さんや弟に楽をさせてあげられるから!」
あっけらかんと話す彼女だが、その瞳には強い意志の光が宿っていた。コウは、カイルからノアを庇った時のことを思い出す 。彼女の明るさは、こうした逆境を乗り越えてきた強さの裏返しなのかもしれない。
次に口を開いたのはレヴィンだった。彼はかまどの火を見つめながら、静かに語り始める。
「わしは…守るためだ。昔、帝国との戦争で兄貴を亡くしてな …。何もできなかった自分が悔しくて、もう誰も失わないために、強くなりたかった」
その言葉には、普段の彼からは想像もつかないほどの痛みが滲んでいた。いつもは豪快なレヴィンが見せた静かな悲しみに、誰もが言葉を失う。
そういえばドワーフの国は戦争でその大半が死傷したとフゥがいっていたのをコウは思い出した。
いつも皆を一歩後ろから引いて見ているレヴィンのその立ち位置はきっと守りたいという気持ちから自然とそういう振る舞いになっていったのではないだろうか。
「そっか、辛かったんだね」
絞り出すようなノアの言葉にレヴィンは「昔の事だ」と何でもないことのように言うと、ズズズとお茶をすする。
誰しも戦争で何かを失い、心に傷を負っている。大切な人、モノ、場所、いろんなものが奪われたのだ。
「ほれ、ミリア、おまえさんはどうだ?」
レヴィンが尋ねると、ミリアは少しだけ寂しげに目を伏せた。
「私は…故郷に、大切な薬草畑があるんです。そこを守りたかった…。家族も、その畑をずっと大事にしてきましたから」
そう言うと、彼女は何かをごまかすように微笑んだ。その笑顔にコウは一瞬、言いようのない違和感を覚えた。「守りたかった」と彼女は過去形でいった。今はもうないのだろうか。
「…それに」
ミリアが付け加えるように口を開いた。
「帝都から程遠い田舎に住んでいたとはいえ、私は帝国人だから、ハルディンに移住しようと思ったら軍属になるのが一番簡単だったってのもあるんです。故郷の家族たちにも仕送りしたいですしね」
「そっかー。ミリアとコウくんは帝国出身だもんね。ィリーリア様が差別禁止宣言をだしていなかったら、いまよりもっと風当たりが強かっただろうしね」
「はい。ィリーリア様には感謝の気持しかないです」
「私も、感謝だよ」
実のところ、帝国人に対する風当たりは強い。表立って虐められているわけではないが、ちょっとした行動の端々でそれらは出てくる。たとえば廊下の角でばったりあったとき、教室でたまたまた目があったとき。嫌悪や悪意の感情が混じっている。
彼らが実害をもたらさないのはひとえにィリーリアが終戦と同時に発令した帝国人や獣人に対する差別禁止宣言のおかげだ。
これまでのことを思い出して塞ぎ込んでいるのか、ミリアは気持ちを隠すように目を伏せている。コウがミリアの表情を見ようとすると、バッと顔を上げたミリアとコウの視線が交わる。
「コウさんは、どうして騎士に?」
全員の視線が自分に集まる。
「僕は…」
コウは言葉に詰まった。本当のことは言えない。自分は帝国人であり、ィリーリア様を暗殺するために送られた罠にも関わらず、ィリーリア様との契約によって、半ば強制的に騎士になる道を歩んでいる。自分の守りたいという決意もすべて後付なのだ。
仲間たちの過去や決意を聞いた後では、その事実がひどく重く、そして孤独なものに感じられた。
言葉を探すようにぽつりぽつりとコウは話す。
「僕もミリアさんと同じ、帝国人なのですが、僕の場合は戦災孤児で、たまたまたフゥ様に取り立ててもらったから、その恩を返したいなと」
それはあらかじめ用意された設定だ。
「そっか。コウくんもコウくんで色々大変だったんだね」
ノアの言葉に、チクリとコウの心が痛む。嘘をついているのが心苦しく、ノアの真っ直ぐな視線から逃れるように目を伏せてしまう。
俯くコウの様子に、何かを察したのか、レヴィンがわざと大きな声を出した。
「ま、なんだ。理由なんて後からついてくるもんさ!今は目の前のことに集中すりゃいいんだよ!」
「そうそう!それに、あたしたちがいるんだから、一人で悩まなくていいんだよ!」
ノアがコウの背中を力強く叩く。その温かさに、コウは顔を上げた。 ミリアも、優しい眼差しで頷いている。
――ああ、そうか。
コウは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。遠い日に忘れ去られたものだった。誰かに心配され、励まされ、仲間だと当たり前のように言ってもらえるのは。
「…ありがとう」
やっとのことで絞り出した声は、少しだけ震えていた。
今はまだ、何も話せない。けれど、いつか。 この大切な友人たちに、全てを打ち明けられる日が来るのだろうか。 そして、その時が来ても、彼らを守れるくらい、自分は強くなれるのだろうか。
コウはカップの中のハーブティーを静かに飲み干すと、心の中で固く誓った。 この温かい場所と、かけがえのない友人たちを、必ず自分の手で守り抜くと。滅びの力ではなく、騎士としての、本当の力で。
それぞれの過去はまた別のエピソードで深堀りしていく予定です。




