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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 2章 騎士学生

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第1話 それぞれの日常

 入学してからはや3ヶ月という月日はあっという間の出来事だった。気がつけば炎翼月―帝国歴でいう7月―に差し掛かろうとしていた。


 空を浮遊しているハルディンには季節という概念は希薄だ。なんでも世界をゆっくり回っているため、地上とは少しズレているそうだ。


 それでも炎翼月ともなれば日差しは徐々に強まってきており、夏の到来を告げるようであった。

 夜の行われる4王の個別指導とィリーリアとの逢瀬はすっかり日課になっていた。いまでは二人きりのときはィリーリアのことをリリィと呼んでるくらいの仲になっている。もっともアーティに聞かれた時、とてもお揃いい微笑みを向けられたことは未だにコウにとってのトラウマにはなっているのだが。


 クラスメイトとの仲も良好だ。ノア、レヴィン、ミリアは入学以来よく一緒につるむようになっていた。彼ら意外のクラスメイトはもはやコウを遠巻きにみているもの、そもそも気にしていないもので二極化しており、コウに積極的に関わろうとしてくるのは、ユリウスくらいなもので、とても平和なものだった。


 就業を告げるベルがなると、教壇で教鞭を振るっていた氷の美女ことサビーネ=クラウス(41歳)は几帳面で厳正な性格の通り、きっちり授業を終わらせた。


「今日はここまで」

「起立、気をつけ、礼!」


 戦術クラスA班の班長であるユリウスの号令に一糸乱れぬ動きでそろって礼をする。コツコツとサビーネ教官が教師を後にすると、空気が一気に弛緩する。

 本日最後の授業が終わったのだ。ざわざわとクラスメイトたちが放課後の予定を話している。

 コウが教本をきちんと揃えてカバンにしまっていると、軽い足取りでノアがやってきた。


「コウくん、コウくん。今日は自習なし?」


 4王による特別授業は自習ということにしてある。コウは予定を思い出す。


「今日は自習はお休み」


 特別授業は週に4回と決められていた。ラナ、レム、アーティ、フゥがそれぞれ持ち回りでやってもらっている。


「じゃあさ、これからあたし達につきあってくれない?」

「ミリアとレヴィンもくるの?」


 コウの問いかけが終わる前に、ノアの後ろから、レヴィンと、ミリアが遅れてやってきた。


「おう、コウ、おまえさんも誘われたのか」

「お疲れ様、コウくん」


 軽く手を上げて挨拶を交わす。流れからするとふたりともすでにノアから誘われていたようだ。


「よし、そろったね!それじゃあ、行こうか!」

「いや、まってまって!その前にどこにいくのか教えて!」


 すぐに歩き出そうとするノアをコウは慌てて引き止める。コウに腕を捕まれ、歩き出そうとしたノアが引き戻される。

 まずはどこに行くのか聞きたい。遠いところなら一度寮に戻っておきたいし、運動するなら動きやすい格好でいきたい。


 ミリアとレヴィンに視線を向けると、ふたりともゆるゆると首を振るのでどこに行くのかは知らないようだ。

 引き止められたノアは、腕を掴まれたまま。にやりとなにか企んでいるような笑みを浮かべる。短い付き合いでもわかる。ノアがこういう笑みを浮かべているときは彼女的に楽しい事をお披露目したくて仕方がない時なのだ。


「それはついてからのお楽しみ…といいたいところなんだけど…」


 まわりに聞かれたくないのか、キョロキョロと周囲を見渡す。教室内にはまだ数人クラスメイトが残っているのを確認すると、ノアが顔を寄せた。その動きにつられ、自然と三人とも顔を寄せ合い、息遣いが聞こえそうな距離になったらノアがゆっくりと口をひらいた。


「…行くのは森林演習場だよ」

「「「森林演習場?」」」


 ミリア、レヴィン、コウの声が見事に重なった。3人は顔を見合わせる。

 そんなところに何をしに行くのだろうか。


「ノア、そこにいくとしたら準備が必要であろう」


 レヴィンの指摘にコウとミリアは同意するように頷く。学校の敷地内とはいえ、森林演習場はその名前の通り、森林探索の教練やサバイバル実習で使われるような場所で、野生動物が生息している。狼やクマといった危険な動物はいないとはいえ、帰りがけにいくところではない。


「大丈夫、かなぁ」

「大丈夫大丈夫!そんなに奥に入らないよ!それにもう何度かいって安全を確認してるから!」


 不安そうなミリアにノアが安心させるように言い切る。

 何度も行って安全確認がとれているなら、大丈夫そうだが、多少の不安は尽きない。


「それじゃあ、せめて寮に荷物をおいてから集合しない?」


 コウが提案すると、ミリアとレヴィンが同意するように頷いた。ノアが大丈夫といっているとはいえ、初めての場所にいくのだから多少の準備をしておきたい。


「んーわかった、それじゃそれで!」


 妥協点だとわかったのかノアも渋々頷いた。


「それじゃ、各自荷物をおいた後、中央ロビーに集合ね!」


 顔を突き合わせたままノアの言葉に3人がコクリと頷いた。




 コウが準備を終え、ロビーについたころにはすでにレヴィンが待っていた。


「よぅ」


 コウの姿を見つけると、軽く手を上げて挨拶をするレヴィンにコウも片手をあげて応じる。

 レヴィンは随分とマント姿の軽装だった。腰にナイフとくらいは身につけているが目立った装備はそれくらいだ。


「あんまり荷物もってないんだね」

「そうだな。ノアが一人で行けるくらいの距離ならこんなもんでよかろう」


 レヴィンの言葉にそれもそうかと納得する。

 コウの荷物は剣と肩掛けバックだ。肩掛けのバックに応急薬や携行食と水筒が入っている。だがレヴィンの言葉の通りなら少し過剰のように思う。


「なに、準備をしておくにこしたことはないさ」


 コウの持ち物を見て取ったレヴィンが笑っていう。


「ごめん―またせちゃった!」


 女子寮のほうから手を振りながらノアと、ミリアがやってきた。

 ふたりともレヴィンと同じような軽装で、コウは自分が過剰な準備をしてしまったなと、恥ずかしくなった。


「コウくんは心配性なんですね」


 コウの姿をみたミリアが、ふふと、きれいに笑うものだから余計に恥ずかしい気持ちが沸き上がった。

 準備段階ですべての計画が決まる!と日頃から訓練で言われていることなので、準備することがくせになってしまっているのだ。


「みんな揃ったね、それじゃあ行こうか!」


 ノアは快活にそう締めくくると、くるりと軽やかに踵を返した。ふわりと揺れた純白の尻尾が揺れたその時だった。


――ドンッ。


鈍い衝突音とともに、ノアの小さな体がぐらりと揺れた。まるで、そこに突然現れたかのような分厚い壁にぶつかったかのようだ。 「いった……って、前見て歩きなさ……」 文句を言いかけたノアの言葉が、途中で凍りつく。


 彼女が見上げた先、そこに立っていたのは半竜族のカイルだった。腕を組み、氷のような瞳でノアを、そして彼女の後ろにいるコウたちを見下ろしている。息を飲むコウたちに冷たい視線だけが突き刺さる。


「あ?……なんだ、獣くせぇと思ったら」


カイルは心底不愉快そうに鼻を鳴らし、嘲りを込めた声で吐き捨てた。


「仲良しこよしの劣等グループが、揃っておでかけとは随分余裕だな」


 カイルの言葉に、ノアの白い耳がぴんと逆立ち、ふわりとしていた尻尾の毛がぶわっと逆立つのが見えた。次の瞬間、彼女は獣のような低い唸り声を喉の奥で鳴らした。


「なんですって!?」

「ノ、ノアちゃん!」


 カイルの言葉に激昂し、今にも飛びかからんばかりのノアの腕を、ミリアが慌てて後ろから抱きつくようにして止める。

 しかし、怒りで我を忘れたノアの力は小柄なミリアには到底抑えきれるものではない。じりじりと引きずられるように、ミリアの足が床を擦る。


「離してミリア! ああいう奴には、あたしがガツンと言ってやらないと気が済まない!」

「だ、だめだよ! 相手はカイルくんだし、ここで問題を起こしたら…!」


 ミリアの悲痛な制止も、今のノアの耳には届いていない。その敵意むき出しの瞳は、目の前のカイルをまっすぐに射抜いていた。カイルはそんな二人を面白そうに、そして蔑むように見下ろしている。

その一触即発の空気を断ち切ったのは、ずしりとした重い一歩だった。


「そこまでだ」


 レヴィンがノアとカイルの間に、まるで岩壁のように立ちはだかる。その小柄ながらも分厚い背中は、絶対的な安心感を放っていた。


「レヴィン! どいてよ!」

「まあ聞け。ここで騒ぎを起こして得するのは誰だ? お前さんか? いや、違うだろう。面白がる周りの連中と、お前さんを挑発しておるそいつだけだ。」


 レヴィンの冷静な言葉に、ノアの肩から少しだけ力が抜ける。その隙を逃さず、コウもすっと前に出た。彼はカイルに敵意を向けるのではなく、ただまっすぐにその翠玉の瞳を見つめて言った。


「カイルくん。僕たちのことが気に入らないのは分かった。でも、僕の仲間を侮辱するのはやめてほしい」

「……なんだと? 特般人が俺に口答えか」


 カイルの眉がぴくりと動き、場の空気がさらに冷たく張り詰める。しかし、コウは怯まなかった。


「口答えじゃない。お願いだよ。君が実力も誇りも持っているのは、知っている。だから、そんな君に、僕のせいで仲間まで悪く言われる筋合いはないと思うんだ」


 コウの言葉には、不思議な説得力があった。それは、自分を卑下するのではなく、相手を認めた上で、仲間を想う純粋な気持ちから発せられた言葉だったからだ。カイルは一瞬、言葉に詰まったようにコウを見つめ、やがて「……ふん」と鼻を鳴らした。


「せいぜい、その仲間とやらに足を引っ張られないことだな」


 それだけを言い捨てると、カイルは踵を返し、興味を失ったようにその場を去っていった。取り巻きの生徒たちも、慌ててその後を追っていく。

 嵐が去った後のロビーに、しばしの沈黙が流れた。腕の力が抜けたノアを、ミリアがそっと解放する。


 「……ごめん。あたし、またカッとなっちゃって」

 「ううん、私も止められなくて……」


 バツが悪そうに俯く二人を見て、レヴィンががははと豪快に笑った。


「まあ、元気があってよろしい。だが、次はもう少しうまくやれ。ほれ気を取り直していくぞ。いいところとやらに連れて行ってくれるんだろう?」


 ニコッと破顔するレヴィンの言葉はそれまでの空気を吹き飛ばしてくれた。「そうだね!」と同意するノアにもう大丈夫だと、ミリアは手を離した。

 そして、コウはほっと息をついた。隣で全く同時に同じようにため息を付いたミリアと目があい、お互い苦笑しあう。

 まだ始まったばかりの学園生活。平穏なだけではいかないようだ、と改めて心に刻むのだった。

いつも10時に更新するはずが予約がうまくいっていなかった…

そして気がつけば、30話超えてました。

書き溜めていた分がそろそろ尽きちゃいそう、、とおもいつつ、書いてます。


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