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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 1章 騎士に至る軌跡

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第15話 忠臣がもたらす逢瀬

「よし、今日はここまでだ」


 その言葉とともに訓練場が静寂に包まれたのは、コウが訓練場にやってきてから一刻が過ぎたところだった。


「あ、ありがとうございました!」


 息も絶え絶えで、汗に濡れるコウとは対照的にラナは涼しそうな顔をしていた。練度も体力も段違いなのだから当然なのだが少しだけ悔しい気持ちになる。

 立っているのが辛くてその場に大の字に転がった。肋骨の痛みは最高潮になっている。息をするたびにズキズキと痛む。

 制服はとうに脱ぎ捨てているため、訓練場の冷たい石畳が熱をもった体に心地良い。


「なんだ、なさけねぇなぁ」


 気さくに笑うラナにからかわれるが、反論する余裕もない。

 ゆっくりと息をすい、呼吸を落ち着けていると、コウの耳に、軽やかな靴音が近づいてきた。


 コツ、コツ。


 扉の方に目を向けると、緩やかに歩みを進めるアーティの姿が見えた。

 ゆったりとした蒼のドレスは魔導灯の光に良く映えている。普段のきっちりした姿と違い、リラックスした出立ちだ。


「お疲れ様です。よく頑張りましたね」


 その声音は、労う一言にすぎないのに、疲弊した体を包むような優しい響きが込められていた。


「汗とホコリまみれのようですね」


 なんどもころがされ、なんども地べたに這いずったのだ。服も自分も洗濯しないとまずい。

 そう思っていたらアーティがコウに向かって手を向けていた。


「水よ泡よ、癒やし/包み/清めよ」


 三節詠唱。突き出されたアーティの手から魔法力が流れ、コウの体に水と泡がまとわりつく。息苦しさはまるでない。

 それはコウの体を巡るように周り、汚れを落とすとともにラナとの訓練で負った細かい打ち身や傷をたちどころに治していった。

 やがて水と泡が弾けるように消えると、すっかり清められたコウが出来上がっていた。


「あ、ありがとうございます」


 肋骨の痛みも消えていることに驚く。


「紳士たるもの身だしなみも大事にしないとですからね」


 なんでもないことのようにいってのけるが、服や体を清めるだけでなく、ついでに怪我も治す魔法の制御が難しいであろうことはまだ未熟なコウにだってわかる。改めて青竜の女王という凄さをまざまざと見せつけられたようだ。


「あいかわらずその魔法は便利だなぁ」


 きれいになったコウをみながらラナが顎をさすりながら感心した様子を見せる。


「あら、ラナも綺麗にしましょうか?」

「いや、おれはいい。風呂に入ってゆっくりしてぇからな。さてじゃ、俺は戻るぜ」


 ひらひらと手を振りながらラナは木剣を片腕で抱え、訓練場から出ていった。


「さ、コウくん。私達もいきますよ」


 その背中を見送っていたアーティが振り返るやコウを促す。


「え?どこにですか?」


 これから部屋に帰るものとおもっていたものだから、素っ頓狂な反応を返してしまうが、クスリと笑ってアーティは流してくれた。そして悪戯を思いついたような笑みを浮かべる。


「それはついてからのお楽しみです。ささ、時間は有限ですからね」




 連れて行かれたのは、コウが一昨日まで使っていた城の部屋だった。

 コンコンとアーティが丁寧にノックをする。


「アーティです。連れてきましたよ」


 返事を待たずにアーティはドアを開け、中に入った。続いてコウも中に入ると―


「こんばんは」


 そこにはィリーリアがいた。

 ゆったりとした衣服に身を包み、どれくらいまっていたのだろうか、銀色の光が差し込む窓の縁に手をおいて、外をみていたのだろう。こちらを振り返る顔はとても柔らかい表情をしていた。


「コウくん、挨拶は?」


 アーティに脇腹をこづかれ、慌てて腰を折り、礼をする。


「ご、ご機嫌麗しゅう、マイロード」

「ふふ、今日はお忍びなので固くならないで、私の騎士さん」


 まだなれないためぎこちないコウの挨拶にィリーリアは鈴を転がしたような笑い声をあげた。


「では、私は外でまっていますね。コウくんが帰る時は私が見送りますので」


 一礼してアーティは颯爽と部屋を出ていった。


「………」

「………」


 どうしよう。なにを話せばいいんだろう。無駄に手を握ったり開いたりしてみるが言葉がみつからない。

 淡く期待はしていたが、いざそれがやってきてしまうとなにを話していいかわからず、思考だけがから回ってしまう。


「…座りましょうか?」


 かろうじて出た言葉がそれとは我ながら気が利かない。

 コクリと頷いたィリーリアと並んでベッドの上に座る。隣に息遣いを感じる距離感に鼓動が早鐘を打つ。鼻をくすぐる花の香りが心を落ち着けてくれる。

 そしてふと思い出す。入学式で彼女が登壇したことを。


「そういえば、驚きましたよ。初日のご挨拶でィリーリア様がでてくるんですから」


 そういうと、ィリーリアの頬が傍目にもわかるくらい赤くなった。口元を手で覆い、恥ずかしそうに俯いた


「あ、あれは。その、公務だったから」


 もごもごと言い訳するようにつぶやいているとおもったら、バッと顔を上げるとずいっと顔を近づけてきた。


「…変じゃなかった?」


 前のめりに近づいてくるィリーリアに若干のけぞりながら、コウはにっこりと笑いかける。変だなんてとんでもない。


「かっこよかったですよ」


 とても凛々しくてかっこよかった。まさしく皇女と呼ぶにふさわしい威厳に満ちた立ち居振る舞いだったと断言する。


「…よかった」


 コウの言葉にィリーリアは安心したようにほっと息を吐き出した。自然と距離が離れと、不意にィリーリアが「違う違う!」と言いながら顔を振ると、なにかを決意したような瞳でコウをじっと見つめる。


「学校はその、どう?」

「どう、ですか」

「辛くない?」


 手を胸の前で握りしめ、真剣な表情でコウを見るィリーリアの視線と仕草にドキッとする。彼女の動きに合わせてキレイな銀髪がさらさらと流れていくと、花の香がより強く感じられた。

 辛いのかといわれると、どうなのだろうか。まだ始まったばかりもいいところだ。試験の結果は芳しくなかった。そのことは気持ち的に辛い。でも辛いだけで、耐えられないわけではない。自分の不甲斐なさは自分の努力で払拭すればいいのだから。

 それに辛いばかりではない。友人になれそうな人たちとも出会えた。だからまだ大丈夫。


「大丈夫です。やっていけそうです」

「…ほんとに?」


 吸い込まれそうなくらいキレイなアメジスト色の瞳がコウを覗き込んでいる。想像していたよりも長いまつ毛は髪の毛と同じ銀色なんだなと、コウは思った。

 その瞳は嘘や隠し事はダメといっているようだった。


「えっと、ほんとはちょっと辛いです」

「ちょっとだけ?」


 強がっても行けないようだった。素直に白状する。


「ちょっとより、もうちょっとだけ辛いです」

「ちょっとより、もうちょっと?」


 コウの表現がわからず言葉をそっくり繰り返し、きょとんとしている。

 どういっていいか悩む。心配させたくない気持ちと、嘘をつきたくない気持ちがせめぎ合う。頭をフル回転させ、眉間にシワをよせながら、苦し紛れの言葉を紡ぐ。


「そうです。ちょっとに、もうちょっとだけ、ちょこっと上乗せです」


 言いながらコウは自分がなにをいっているのかよくわからなくなってきた。


「…ふふ、なにそれ。変な表現」


 ふわっと雰囲気が和らいだ。コウの慌てっぷりと物言いがツボにはいったのか、くすくすと可愛らしく笑っている。

 コウはなんだか照れくさくなってごまかすように頭の後ろをかきながら彼女の笑いが止まるのを待った。

 それがよかったのか、それまでの伺うような空気はなくなり、打ち解けられた。


「寮はどんなところなの?」

「寮ですか?」

「わたしは寮にはいったことないからどんなところか知りたいの」

「そうですね・・・」


 寮について知っていることはまだ少ない。少ないながら話せることはある。


「僕が使っている部屋は一人部屋なんですけど…」


 自分の部屋は結構快適であること、寮の食堂が大きいこと、ご飯はボリューミーで美味しいこと。そしてさっそくできた3人の友人と、嫌味だけど貴族らしい貴族のユリウスのこと。


「そっか、一人じゃなくてよかった。でもそのユリウスって子はいただけないわ」


 ィリーリアが頬を膨らませて怒っている。そうすると年相応な愛らしさが顔をのぞかせ、コウは今日何度目かのドキっとしてしまった。

 コウの話に一喜一憂する様子は話しててもみてても、気持ちがいい。

 考えてみれば初日から濃密な出会いと出来事ばかりだった。いやそもそもここに来てからの日常がすごく濃密なのだ。


 劣等生という評価に今なお何も成し遂げられていないという事実が、コウの気持ちに暗い影を一瞬だけ落とすが、ィリーリアの楽しそうな顔をみたらその影はすぐに霧散した。


――ィリーリア様はすごいな。一緒にいると気持ちが軽くなる。


 そんなやりとりをしていると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。おそらくアーティだ。


「あ、そろそろ帰らないと」


 コウは慌てて立ち上がる。

 月の光は時を告げるように差し込む角度が変わっている。結構話し込んでしまったようだ。


「今日はきてくれてありがとう」


 ベッドに座ったままのィリーリアがベッドに座ったまま、にこりと笑った。感謝したいのはこちらのほうだとコウは思った。


「いえ、とても楽しかったです」


 また会いたいなと思ってしまう。それくらい彼女の隣は心地よかった。同じようにィリーリアも感じていたのか、コウの言葉に目を細める。

 再び、コンコンと催促するようにドアがなった。


「そろそろいかないと…ィリーリア様、今日はありがとうございました」

「また、お話してね?」


 小さく手を振るィリーリアに見送られ、コウは部屋を後にした。

これで一章は一旦終わりです。

コウとィリーリアのやりとりは書いてて面白いです。

みなさんはどうでしたか?


次からは学園生活を中心におくります。


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