第14話 特別授業
自室にもどったコウは着の身着のまま、ベッドに倒れ込むように沈んだ。
ベッドの弾力に揺られながら、コウは自身の汚名を思い出し、胸を掻きむしりたくなる衝動に駆られる。
曰く―特別生は学年最下位。
それは一瞬にして全学年に広がっていた。先ほど食堂では上級生から「よっ!特別劣等生」と揶揄してくるものがいたほどだ。
学生の情報網のなんと早いことか。
さすがに全校生徒に知れ渡ったのは堪えるのだが、それでも変わらずコウを案じてくれるノアたち3人には感謝の気持しかない。
このままではだめだ。自分がこんなにいい生活を送らせてもらっているのに、結果がだせないだなんて、そんなことは許されるはずがない。
もっともっとがんばらないといけない。がんばるべきなのだ。
ぎゅっと胸が締め付けられる。この結果を姫様がしったらがっかりされるだろうか。それとも見切られてしまうだろうか。それが怖い。捨てられるのが怖い。
枕に顔を埋めながら、溜まった物を吐き出すようにあ~と声を出す。
そうすると少しだけ気が紛れた。よし、と気合をいれて体を起こす。休んでいる時間がもったいない。少しでも自習しよう。
「あれ?」
学習机の上に見慣れないものが置いてあった。一枚の便箋と手のひら位の大きさの鍵。
立ち上がり便箋を手に取る。便箋は蜜蝋で封をされている。その印をみて差出人を理解した。
蜜蝋に使われていた印は竜と王冠を模した印。これを使えるのは皇帝に連なるもののみ。つまりその手紙はィリーリアから送られたもので間違いなかった。
丁寧に封を切ると、中には便箋と一枚の羊皮紙が折りたたまれて入っていた。
便箋には一文だけ書いてあった。
―夜、第二の刻限を告げる鐘がなる頃、制服着用の上、羊皮紙を広げ血を1滴捧げること―
同封されていた羊皮紙を拾えると複雑な魔法陣が描かれている。
これに血を垂らせばいいのか。タイミングがよかった。第二の刻限はもう少しだ。あと少し待てばなるだろう。それにしても制服を着るようにとはどういうことだろうか。この魔法陣は発動条件に制服と血が重要ということなのかもしれない。
いや制服着用なのは、もしかしたら顔とか姿が見える遠見の魔法が込められているのかもしれない。今日の事で色々彼女に報告する場が設けられてる可能性はあるとおもう。
もしかしたら彼女と会うかもしれない。そうおもうと無駄に身なりを整えてしまう。制服の裾を直したり、髪の毛が跳ねてないか確認する。会える機会は限られているから大切にしたい。
そわそわと落ち着かない様子で待っていると、ついに待望の鐘がなった。
ナイフを取り出し指の先を少し切って血を、魔法陣が書かれた羊皮紙の上に落とした。
コウの血を吸った魔法陣が青く輝き、一瞬のまばゆい光が放たれる。
あまりの眩しさに思わず腕で目を覆ったその刹那、光が弾けた
カランとナイフが床に落ちる音だけが響くと、そこにはコウの姿はどこにもなかった。
「……ここは……?」
光の眩暈が消えたとき、コウは薄暗い部屋に立っていた。
高い天井、夜風に揺れコウコウと暗闇を照らす魔導灯。足元には魔法陣が敷かれている。
見覚えがある。たしか王城にある魔導研究塔だ。そして理解した。これは設置型の転移魔法陣による転移だ。自分の血を媒介して発動するようになっていたのだ。
「時間通りですね。結構なことです」
聞き覚えのあるその声の主は、壁に寄りかかって、腕を組んでいた。
「アーティさん…」
アーティは、壁からゆっくり離れながらドレスの端を掴んで軽く頭を下げる。
「ようこそ、コウくん。お招きに応じ来ていただき、感謝いたします」
その声音に、コウの背筋は思わず伸びた。これはただの挨拶ではない。試験だ。
相手は竜族の要職者――。
ぎこちなく片膝をつき、胸に手を当てる。
「――ええと。お招きに感謝いたします、青龍の女王殿。……僭越ながら、身をもってお応えいたします」
言いながら、肩が強張っているのが自分でもわかる。
そのぎこちなさを、アーティは手で口元を覆って上品に笑みを漏らして受け止めた。
「ふふ。立派なご挨拶ですね。……えぇ、とても愛らしいぎこちなさですが、教えられたことを実践できたことは褒めてあげます」
「あ、ありがとうございます」
ニコニコと満足そうになアーティとは対象的にコウは冷や汗をかいていた。まさか転移の魔法陣で飛ばされた先でいきなり試験を受けるとは思わなかった。
アーティはコツコツと傅いているコウに近づいてくる。
「立ち上がりなさい」
言われて立ち上がる。眼の前にいるアーティの青い瞳と目があった。彼女はどこか楽しそうな笑みをキレイな顔に浮かべている。
「…なぜここに―」
呼ばれたのかと聞こうとしたコウの口をアーティがそっと人差し指で塞いだ。瞳が細められると、まるでいたずらを思いついた子どものようだと、コウは思った。
「しー。言いたいことはわかります。ですがここで答えをいっては興が削がれるというもの。さ、こちらに。あなたを待っている人がいますよ」
その声音に、コウの胸が騒ぐ。
もしかして、という思いにドクンと鼓動が大きく震えた。
アーティに従って部屋を出る。
ついこの間まで訓練と勉強に明け暮れていた城内になんだか懐かしさを覚える。
コウがいたのは城内の東にある魔術塔だ。おもにレムが魔法の実験を行ったりするのでまず人が立ち寄らない場所だ。
アーティはそのまま中庭を抜け、訓練場に入っていく。
この時間の訓練場はまず誰も使わないので、逢瀬をするにはちょうどいいのかもしれない。
一歩進むたびに高鳴る胸の鼓動を抑えるように一つ深呼吸する。
「さ、コウくん、つきましたよ。あなたを待っている人がほら、そこに―」
さっと手を伸ばしながら、アーティがコウに道を譲る。コウの視線が中央に立つ人物に向けられ―
「よう!きいたぞ!レイブンハルトの小倅にこてんぱんにやられたそうじゃねーか!」
訓練場の中央で仁王立ちしているラナとばっちし目があった。
「…え!?え!?え!?」
どいうこと!?とばかりにアーティと、ラナを交互に見る。
「ふふ、驚きました?ゼクトからあなたが学年最下位という栄誉ある称号を受け取ったと聞きましたので、そんなコウくんのために特別授業を用意したんですよ」
片目を瞑っておちゃめにいってのけるアーティにコウはまさしく開いた口が塞がらない。
「ま、アーティの言う通りだ!コウ。おまえさんには毎日特別授業を受けてもらう。今日は俺だ!反省を活かすためにほら、剣をとれ!」
声を張上げるラナはぽんとそばにおいてあった木剣をコウに向けて放り投げる。思わず受け取る。
急に動いてまだ治りきっていない肋骨がズキリと痛んだが、コウに泣き言を言う暇はなかった。
「そらいくぞ、構えろ!」
言うやいなや、飛ぶような速さでラナが距離を詰めてくる。急いで構える。アーティはいつのまにか、いなくなっている。
「くっ!」
急いで構えをとった剣にラナの片手で剣を叩きつけられる。とうてい受けきれない衝撃が走った。コウはその衝撃に逆らわず、円の動きで衝撃を逃がした。丹田に力をいれると肋骨がずきりと痛み、思わず顔をしかめた。
「よし、教えられたことは身についてるなっ!」
「ちょ、ちょっとまってくだーまだ、肋骨が完全には治ってない!」
コウの必死の訴えを黙殺し、ラナの打ち込みが都合3度、コウに襲いかかる。反射的に受けるが痛みで集中が削がれ、3度目の衝撃を流しきれず、体がよろめいたところに、すかさずラナの一喝が入った。
「馬鹿野郎!万全な状態で戦えるほうが稀なんだ!動けない時の動きをしれ、ーほら、がらあきだっ!」
そんな無茶な!と思った瞬間、ズンとコウの脇腹に衝撃が走る。ラナの蹴りが入ったことに気付いたときにはコウは中央まで蹴り飛ばされていた。
すぐさま手をついて立ち上がる。衝撃に対して思ったよりダメージは入っていない。ダメージを与えるよりただ距離をとるための蹴りだと気づく。
コウと位置を入れ替える形になったラナは持っていた剣を肩に担ぐ。
「コウ!お前、レイブンハルト流についてどう感じた?」
ラナはその場から動かない。コウの答えを待っているようだ。
「どう、感じたか…」
考える。ユリウスの使っていた剣の軌跡を思い出す。突風のような突進に直線から円弧に変わる動きは変幻自在。低い姿勢から繰り出される吹き上がるような攻撃。弾いても弾いても次の攻撃に繋がる動きは脅威の一言。コウは自分がどう感じたのか簡潔な言葉を見つけた。
「柔らかく、鋭い、そして丸い」
「…ほぅ」
コウの答えに眉を片方釣り上げて感心する。
「いいところつくじゃないか。レイブンハルト流の基本は変幻自在の円の動きと、浴びせるような点の集合だ」
ラナが青眼に構える。それはユリウスの構えを彷彿とさせるものだった。
「レイブンハルト家は近衛騎士の剣術師範も務めたことがある由緒ある剣の流派だ。まあ、俺には合わず、中伝でやめちまったが、再現するだけなら問題ない」
ラナの言う通り、その構えは堂に入ったもので、コウからみれば一部の隙もない。むしろユリウスより完成されているとさえいえる。
「さて、講釈はここまでだ。レイブンハルトの倅がつかった技はな、”飛沫”と”風車”ってやつだ。再現してやるからうまくいなしてみな」
ドンッとラナが地面を蹴った音が、訓練開始の合図となり、訓練場に剣戟の音が鳴り響いた。
特別授業でビシバシ鍛えられます。
習い事や塾みたいなものですね。目指せ!竜騎士!まだまだ道のりは遠いです。
面白かった評価いただけますと幸いです。




