第9話 前哨戦は舌戦
ゼクトに連れられて次の査定場である武闘場に向かう道中、コウは何度も遠巻きにみられている視線を感じた。
さっきの試験結果がよほど衝撃的だったのだろう。その視線は同情や憐憫、嘲りや侮蔑を多分に含んだものだ。
「特般人」
誰かが呟いた言葉がそのままコウのあだ名になった。特別に入学をゆるされた一般人。略して特般人だそうだ。よくできている。
実のところ、先の試験の結果は、はじめからわかっていたことだ。
なぜなら、レムとの授業で幾度となく魔力水晶をつかって魔力制御の訓練を行った結果、まったく同じ数字をだせるようになっていたのだ。
そのことをレムは両手を叩いて褒めていた。
『すごいことですわ。強大な力2つをここまで絞っているんですもの。しかもゆらぎがほとんどないのです。普通、魔力量は体調や気分によって毎回違い数値を出すのが定説ですし、その点、コウくんはちゃんと制御できているからこそ、毎回同じ数値がだせるのですわ』
だからコウは試験の結果に対して不満をいだいていない。むしろ満足している。
「本日最後の査定の場、武闘場だ」
校舎南側に併設された武闘場は、石造りの大きな楕円形の施設だ。
「常時には運動教練を行ったり模擬戦や、武練の若竜三環祭が行われる。見ての通り強固な壁に覆われ、常時結界が張られている」
ざっくり施設の説明をし、ゼクトが先頭を歩き出す。
入口から入ると、トンネルのようにそのまま中心にでられるようになっている。
外見こそ質素な石造りだが、中に足を踏み入れれば圧倒される広さを誇っていた。楕円形に並んだ観覧席は、訓練を監督する教官たちの鋭い視線を集めるためのものだ。中央の床は厚い魔導石で組まれ、どれほどの魔法や衝撃を受けても破損しないよう魔法による補強がおこなわれているとゼクトが説明をしていた。
「ここで勝つ者が序列を上げ、負ける者はただ名を汚す」
―そんな無言の掟が染みついた空気が漂い、初めて足を踏み入れたコウたちの胸を否応なく締め付けた。
「傾聴!まずは、模擬戦のルールを説明する」
声を張り上げ、ゼクトはルールを説明した。
模擬戦は一対一形式。武器は木剣や木槍などから選べる。相手を戦闘不能にするか、降参させれば勝ち。反則はないが騎士としてはずべき行為は禁止。制限時間は3分。決着がつかない場合は試合内容で判定で勝敗を決める。
「では、組み合わせを発表するぞ。第1試合はセラ=ミルヴァ、フィーネ=ラスター」
ゼクトが次々に名前を読み上げ、組み合わせが決まっていく。コウの名前は最後に呼ばれた。
「第15試合。ユリウス=レイヴンハルト、コウ=ドラウグル。以上! では第1試合から始めるぞ。セラ、フィーネ前へ」
ゼクトに呼ばれた二人が前へ出ていき、他の生徒たちが模擬戦に色めき立っていくのとは裏腹にコウの気持ちは沈んでいた。
――よりにもよって、相手はあのユリウス!
厭味ったらしいユリウスの言動を思い出し憂鬱になる。
ここで戦ったらなにをされるかわかったものじゃないが、もう決まってしまったものは仕方がない。軽くため息をついて、やるだけのことはやろうと心に決めると― 背中に視線を感じた。
なんとなく視線の相手を予想して振り返ると、そこにはやはりというべきか、不敵な笑みを浮かべるユリウスがいた。
「キミが俺の試合相手とは、お手柔らかに頼むよ?特・般・人!」
わざとらしく一礼して見せるところなんて、慇懃無礼という言葉がぴったしくる。
コウは気が滅入ってしまう。
「やれるだけのことはやるよ」
「…ふん。ずいぶん弱気じゃないか」
「高望みしていないだけだよ」
「…ここにいることがそもそも高望みじゃないのかい?」
ここにいることが高望みなのか。それはそうかもしれない。帝国人である自分が敵国の学校に通おうとしているのなら、それは立派な高望みというものだろう。
「そうだね」
あくまで受け流すように聞こえるコウの答えに、ユリウスは顔を歪めてチッと舌打ちをする。
「…ふん。ま、せいぜいキミの実力を楽しみにしているよ」
踵を返し、ユリウスはコウのもとをさっていった。もう興味がないとばかりに振り返ることなく。
――どうせ最低限しかできないのなら、最低限がんばろう。
ユリウスの背中を見送りながらコウはそっとこころに決めた。
今回は短めです。ユリウスは嫌味だけど嫌味じゃないキャラを目指したい所存。。




