第4話 学食とドワーフ
――カンカンカンカン。
高らかに響く鐘楼の鐘の音が、起床時間を知らせている。
「……ふぁ」
なれないベッドから身を起こしたコウは、ゆったりとした動作で起き上がり、窓を開ける。
朝露が立ち込める空気はひんやりとした冷たさに、次第に意識が冴えていく。
昨夜は座学の復習をしていて寝るのが遅くなってしまい、少し寝不足だ。眠気が目の辺りをふわふわとまとわりついているようだ。
たしか大講堂の前庭に集合でオリエンテーリングがあるんはずだ。
まだぼんやりとした頭で昨夜確認していた今日の予定を思い出していると、グゥゥとコウのお腹の虫が自己主張を始める。
先にご飯を食べよう。たしか寮の1階の中央棟に食堂があったはずだ。
そういえば、朝は何時から空いているんだろう。
そんな事を考えながらドアをあけると―
「……おまえは」
ドアを開いたところで、ちょうどドアをあけて出てくる金髪の生徒と目があった。
その生徒は浴場から出てきたところだった。
まだ少し湿っているウェーブが掛かった金髪と、翠玉色の瞳が妙に色気を感じる。男性的な力強さを感じる瞳と、女性的な顎のラインをもつ中性的な美青年だ。
竜族特有のこめかみから伸びる角は、瞳とおなじ翠玉色であり、彼が緑竜族であることを示していた。
彼はコウの身なりを一瞥すると髪をかきあげると厭味ったらしく笑った。
「特別生様は随分ごゆるりとした出立ですな。いや失礼。我々のような一般生はあなたさまの眼中にすらないということか」
随分な言い草だったが、コウには言い返す言葉がない。
ただ黙ってまごつくコウに金髪の生徒はさらに苛立つように舌打ちをした。
「…この俺を無視か。まあ、いい。せいぜい実力を見せてもらおうじゃないか」
金髪の生徒は踵を返すと、キビキビとした所作で中央棟に向けて歩き出すのをコウはただ見送るしかできなかった。
――特別生って、やっぱり良くないのかな。
特別ということはわかるが、いまいちその価値をわかっていないコウとしては、昨日の件も含めて、そこまで気にするほど?と思ってしまう。
嫌味を言われるのには慣れている。特別であることで文句を言われることは仕方がないと割り切り、気分を切り替えて食堂にコウは足を急いだ
中央棟の食堂に入ると、広さにまず圧倒された。長いテーブルがいくつも並び、すでに半分以上の席が埋まっている。
がやがやとした声と食器の音に包まれた空間は、まるで街の市場のようだった。
入口付近に並ぶ列に目をやると、生徒たちがトレーを持って順番に同じ料理を受け取っていた。
奥の方を見ると、雰囲気が少し違う。きらびやかな制服姿の上級生たちが、自由に料理を選んでいる。並んでいるのは肉の塊や果物、焼きたてのパン……まるで宴会のように華やかだ。
――へぇ、あっちは自由に選べるんだ。こっちは配給みたいだけど。
首をかしげて列に加わった瞬間、背後から声がかかった。
「おや、【特別生】はこっちでいいのか?」
聞き覚えのある、さきほど廊下であった緑竜族の金髪の男子生徒が優雅に椅子に座っていた。
周囲の視線がすぐにこちらへ集まる。男子生徒はわざとらしく腕を広げ、奥の華やかなテーブルを示した。
「せっかくの特別待遇だ。あっちの方が似合うんじゃないのか?」
嘲るような翠玉の瞳。
――どうして突っかかってくるんだろう。
「……違うよ。僕はここでいい」
疑問に思いながらも口にはせず、コウはただ首を振り、配膳の列に残った。
二人のやり取りにざわ、と周囲がざわめく。
「なんだ、特別生なのに?」「優遇されてるんじゃないのか?」
好奇と疑念の声があちこちで飛び交う。
昨日からこんなのばっかりだ。特別生というのがそんなにもいけないことなのだろうか。
嫌味を言うのはまだいい。けれど新天地で一緒にがんばる仲間なのではないか。みんな、同じ気持ちではないのだろうか。昨日のィリーリアの言葉を聞いていなかったのか。
コウの頭を考えが錯綜し、嫌な気持ちになった。
「いい加減にせんか!」
その空気を割ったのは、野太い一喝だ。
―シン、とざわめきが静まると、どっしりした足取りで一喝した男がコウに向かって歩いてくる。
その男の見た目はずんぐりむっくりという表現がよく似合っていた。身長はコウの胸に届くかどうか。立派な鼻の下に口ひげを生やし、小柄な見た目に反して制服がはち切れんばかりの筋骨隆々とした体。浅黒い肌に黒い髪。
ドワーフの特徴を体現した男が他の生徒を押しのけて歩み出てくると、コウの真正面に立ちこういった。
「あんた、コウっていうんだろ?わしはレヴィン=カークスっていうもんだ。わけあって留年しとる爪弾き者だが、どうだ?同じ腫れ物同士、仲良くせんか?」
ニカっと豪快に笑ってみせ、まっすぐに握手を求めてくる。
コウはその勢いにられて、思わずその手を握り返した。
がっちりと頼もしい力強さを感じる大きな手に包まれる。
「よ、よろしく。コウ=ドラウグルです」
「よろしくだな!」
周囲のざわめきをものともせず、レヴィンは立派な鼻を広げ、気持ちいいくらい屈託なく笑った。ただひとり、金髪の男子生徒だけは誰にも気づかれないように、ちっと忌々しげに舌打ちをしていた。




