第3話 それぞれの思い
今回は閑話休題的なちょっと短めです。
寮の一番奥にある一人部屋がコウに与えられた部屋だった。
すでに日は落ち始めており、窓の外はオレンジ色で染め上げられていた。
学習机にベッド、キャビネット、チェスト、本棚に窓際には小さなテーブルと肘掛け椅子が備え付けてある。壁にはローブをかけるためのフックがつけられていて便利そうだ。磨かれた板張りの床はしっかりしており、どういう造りなのか、歩いてもギシギシと軋まない。
住むには十分すぎる広さと、そしてなによりかなり清潔なのがいい。
「寮事態、100年以上前に作られたって言うから覚悟してたけどよかった」
それに一人部屋というと、あの牢獄を思い出す。昏く冷たく汚物と腐敗の匂いが立ち込めるあの牢獄を。
「……大丈夫。大丈夫」
胸に手をあて、繋がりを意識すると淀んだ心が軽くなり、ぽわんと暖かくなった。
一人でも、ひとりじゃない。ちゃんと繋がっているから大丈夫。
「そういえば、明日は序列を決めるテストがあるんだっけ」
渡された工程表には今日だけじゃなく明日のことも書いてあったはずだ。
荷物から取り出し、勉強机について工程表を開く。
文字を読むには少し薄暗い。
レムの魔法に知識を詰め込まれているため、読み書きについては問題がない。目を凝らして工程表を読み解く。
「筆記、魔法、実技の午前中に筆記と魔法、午後から実技のテストがあるのか」
できるかどうか考えると正直不安しかない。
「けど、最低限はやってきたんだ。がんばってみよう」
忙しい中4人の王が鍛えてくれたんだ。少しでも結果を残さないと申し訳が立たない。将来ィリーリア様に並び立つためふさわしい自分にならなければいけないのだ。今は最低限でもゆくゆくは最高位になりたい。自分にできることは地道に努力するだけなのだから、がんばらなくちゃいけない。
「……ちょっと復習しておこう」
背負い袋から教練本一式を取り出す。まだ日はでてるから灯りはつけなくていいよね?
孤児院にいた頃、ろうそく一本でも高級品でなかなかつかえず、なるべく節約していたことを思い出す。
少しだけ懐かしく思い、ふふと笑った。
さて、がんばろう。
◆ ◆ ◆
「ふぅ」
銀糸を織り込んだ天蓋が、静かな夜の灯りをやわらかく受け止めている。窓辺のレース越しに、淡い月光が白磁の床に溶け、部屋全体を静謐な銀の色に染め上げていた。
そこは、王城にある竜族の王が住まう5つの塔のうち中央にそびえる銀龍宮のィリーリアの自室。
ィリーリアはベッドの端に腰掛け、組んだ両手を膝に置いたまま、長く小さなため息をこぼす。アメジストの瞳は遠くを見つめ、その奥にあるのは王としての威厳よりも、ひとりの少女としての翳りだった。
「……大丈夫かな」
低く落とした声に、そっと近づいたアーティがィリーリアの隣に腰掛ける。青竜の女王は柔らかな微笑みを浮かべ、まるで波打ち際をなだめるような声音で話しかける。
「コウくんが心配ですか?」
コクリと小さくうなづく。
アーティはィリーリアの小さな頭にそっと手を置き、ゆっくりと川のせせらぎのような強さで撫でる。
ィリーリアとコウは契約によって繋がっているのだ。彼の感情がィリーリアにも感じ取れてしまうのだろう。だからこそ不安に思うし、心配もする。
思い出されるのは入学の挨拶のとき、緊張しきっていた彼の姿。新しい環境に一人で入っていくのだ、不安にもなろう。それを強いているのは何より自分たちの事情だということに負い目を感じてしまう。
「私が、私の勝手に彼を巻き込んでしまって迷惑かなって」
「彼の戸惑いや悩み、苦しみがわかってしまうのね」
「うん」
コクリと小さく頷く。
「コウくんには、わたし達に従うしか選択肢はなかったし」
キレイなまつげを震わせながらそう話すィリーリアは皇女なのではなく、ただの年相応の少女だ。
「私達の事情を彼に押し付けてる事が心苦しい?」
アーティの言葉はィリーリアの心情そのもの。ィリーリアはコクリと小さく頷いた。
ィリーリアは為政者としては優しすぎる。アーティはそこがとても心配だ。
優れた為政者ならば、起きてしまったことは仕方がない。その先の対策を考え最善と信じて行動することが望まれる。自信をもって臣下を導いてこそ、偉大なる女帝となるのだから。
とはいえ寿命が500年は届く竜族の中で、たったの16歳の少女が、自身よりずっと経験も知識もある大人たちを上手に使いこなせようか。
「リリィ」
アーティは彼女の愛称で優しく呼びかける。
未成熟なのは問題ない。その分、我ら大人たちが支えればよい。
「きっと大丈夫ですよ。なんといっても竜の皇女とエンゲージしたんですもの。あなたの運命に寄り添うものならば、必ずややり遂げてくれますよ」
ゆっくり撫でながら、そう諭す。上目遣いに見上げるィリーリアの瞳にはやはり不安の色。
帝が正しいと思う道を、正解にすることが我ら臣下の務め。とアーティは常々思っている。そのための4王であり、そのための竜族なのだ。
「……アーティ」
ぎゅっと甘えるようにィリーリアがアーティの胸に飛び込んだ。
受け止めたアーティはィリーリアの体がかすかに震えているのを感じ取った。
――彼との繋がりが、怖いのね。
絆というには浅く、運命というには不安定で、しかし他人と言うには強固な繋がり。
まだ未熟で完成してしまった関係だからこそ、道の不確かさに不安になる。
彼と会ってるときは気丈に振る舞っているのだろう。皇女として、騎士の主として。張り詰めていたのだろう。
「大丈夫ですよ。どんなことが起きようとも、我らがリリィを支えますから」
アーティはただただ、優しくあやすようにィリーリアを撫でた。
気丈に振る舞うことが悪いわけではない。二人の間に圧倒的に足りてないのは時間が作る信頼だ。
腕の中で震えるリリィを優しくなでながら、アーティは一つ良いことを思いついたのだった。
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