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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 1章 騎士に至る軌跡

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第1話 国立クラルス騎士養成学校

 季節は萌芽季の花爪月。冬の厳しさはすっかりなりを潜め、春の半ばに差し掛かっている。花爪月は帝国暦でいうと4月に相当するらしい。驚いたのは、帝国暦は帝国領でしか使われておらず、世界的には竜歴というものが一般的だそうだ。


 春とはいえ、まだ日も上がりきらない3の刻限はまだ冷える。吐いた息が白く広がり消えていく。

 コウは初めて袖をとおした制服の裾をキュッと締めた。

 濃紺の軍服風のジャケットに肩には銀糸で編み込まれた竜の鱗の模様、左胸には校章である竜のブローチ。ズボンはすらっとした作りで着心地はよい。ベルトの左側に剣帯とちょっとした小物をいれるためのホルダーがついている。肩がけの短いマントは色で階級がわかるようになっている。もちろんコウは一番下のRank1卵鱗。色は濃紺だ。


 成績優秀者には深緑や蒼、紅紫などの色付きの着用が認められるようだが、今のコウには縁のない話だ。


――本当に最低限だから、ね。


 自嘲気味に笑って見せる。これから通うことになる学校でしっかりやらないとと気を引き締めた。

 うっすらと明るくなりだした空の下、城門の前に立つのはコウひとり待ち続ける。

 昨夜、ィリーリアはすぐに帰っていった。

 ただ一言「頑張りすぎないで」と短く告げ、背筋を伸ばしたキレイな姿勢で微笑んだ。

 その笑みを思い出すだけでコウの心は暖かくなる。


――大丈夫、僕はやっていける。


 門の外の乾いた道。遠くで車輪の軋む音が近づいてくる。

 それはやがて馬のいななきと蹄の鈍い音が加わった。


「……来た」


 ガラガラと路傍の石を弾きながら、黒塗りの馬車が視界に現れる。

 竜紋の刻まれた緋色の旗が風にはためき、号車代には無言の兵士が二人座っていた。

 馬車が門に横付けされると、馬車の扉が静かに開く。


「コウ殿、ですね」


 中から現れたのは綺麗な金髪に鋭い眼光を持つ青年騎士だった。青い制服の肩章には銀色の竜鱗。その頭には竜族であることを示す二本角。瞳の色がキレイな空色だから、おそらく青竜族。

 その目は値踏みするようにコウを見下ろしていた。


「……はい」


 声は思った以上に硬かった。喉の奥がひりつく。思った以上に緊張しているようだ。

 青年騎士はうなづき、告げる。


「ゼクト様よりあなたを迎えにくるよう仰せつかりました。さあ乗ってください。これからあなたの新しい家、クラルス騎士養成学校へご案内します」


 新しい家、という言葉にコウの眉が僅かに動く。

 感情が動いたことをしられまいと、大きな動作で背負い袋を背負い直し、馬車へ足をかけた。

 重い扉が閉まる音と同時に、城門が遠ざかり始める。


「そういえば、自己紹介が遅れました。私は銀龍近衛師団よりクラリス騎士養成学校へ出向しているダグ=マイアーと申します。あなたに武運長久のご加護がありますように」

「こちらこそ」


 にこりと儀礼的な笑顔で握手を求めるダグに、コウは快く応じた。

 ふと、視界の端にうつったのは、ィリーリアの寝所である銀龍宮の尖塔だ。まだ夜明け前の瑠璃色の空に尖塔がうっすらと影を落としていた。


――必ず、やり遂げます。


 胸の奥で、誰にも聞こえない声が小さく響く。


◆ ◆ ◆


 半刻ほど馬車を走らせると、城下を抜け、山道へ入っていった。

 国立クラリス騎士養成学校はハルディン郊外の山中の盆地にある。大規模な軍事演習を行えるほどの広大な盆地は一説によると、かつての皇帝が魔法で吹き飛ばして作ったと言われている。もっとも真偽の程は定かではない。


 ふと窓の外を見る。

 外は白い霧が流れ、陽の光はまだ差し込まない。

 ガタガタと不規則にゆれる馬車の振動に、コウはすでに腰のあたりに軽く痛みを感じていた。

 向かいの席の騎士とは自己紹介以来、会話はない。ただじっとこちらを観察するような視線をコウは感じていた。


 ――監視されているのかな。


 それもそうだろう。と思い直す。

 いまのコウの身分は特別指定枠として入学する生徒「コウ=ドラゴニア」。人族として異例の抜擢であり、帝国領の辺境からフゥが見出して連れてきた。という設定だ。

 終戦直後の帝国領から異例の入学。それはもう盛大に怪しい。しかも明らかに素人じみている。


 ――本当のことを混ぜて、大げさくらいに吹聴するのが騙しの基本じゃ。


 そういって楽しそうに笑っていたフゥの顔が思い出される。

 とはいえ、一挙手一投足を観察されているコウにとっては、たまったものではない。沈黙と視線がじわじわと体を締め付けてくるような居心地の悪さを感じた。


 やがて霧の奥に高い石壁が姿を現した。

 壁全体に淡い光が幾何学模様を描き、走っているのが見える。まるでこの先は異界だとでもいうように妙な質感と硬さを感じさせる光だった。


 ――これが、魔力障壁。


 言葉にはしなかったが、その圧力を肌で感じる。

 馬車は石壁と並走するように進んでいく。


「正門だ」


 御者の声とともに、馬車は巨大な鉄門の前で止まった。


 ――すごい、大きい。


 感嘆の思いで門を見上げる。

 竜翼を模した優美な造形が格式の高さを感じさせる。ところどころ見える小さなサビと傷が門の歴史の深さを感じさせた。

 馬車の到着を待ち構えていたかのように竜翼の門扉が、静かに開くと、綺麗に整えられた中庭の中央にある噴水とさらにその奥にある要塞のような校舎が現れる。

 すでに到着していた様々な濃紺のジャケットを纏った生徒たちが2列に並んで門の内側を行き来している。

 遠目でもわかるほど、多様な種族がいるのがわかった。

 背の高い彼は、角があるから竜族、痩身の彼女は耳が長いエルフ、尻尾を揺らす獣人、ずんぐりむっくりしてるのは、ドワーフだろうか――多種多様な生徒が希望と自信に満ちた顔をしているのが見えた。


「さあ、キミで最後だ。いきたまえ」


 それまで黙っていたダグが優雅な所作で降車を促す。

 コウは背負い袋を抱えて促されるがまま、馬車を降りた。

 開かれた門扉の前、外と内を隔てる境界線の前にたった瞬間、コウは足は根が生えたように動かなくなった。


 ゴクリと息を飲む。

 ここでやっていけるのだろうか。うまくやらないと。不安。ちゃんとやれるのか。バレてはいけない。恨まれる。怖い。

 様々な感情と思考が入り交じる。


「―キミ、大丈夫かい?」


 背中からダグの案ずるような声がするが、それどころではなかった。

 ここを踏み出したら世界が変わる。戦わないと負けたらだめだ。失敗したらめいわ―


――大丈夫。あなたならできる。


 それは、心のうちから聞こえた温かい感情のこもった声。

 昨夜のことが思い出される。

 姫様との繋がりを感じる。

 そうか、一人じゃないのか。

 彼女のことがわかる。僕のことがわかる。

 その暖かさに背中を押され、コウは一歩を踏み出した。


「すみません。大丈夫です」


 もう一歩踏み出しながら、コウは振り返り、ダグにそう言って笑った。

 コウは振り返る事なく、静かに閉まる門扉の音を追い越すように自身も列に並ぶべく、歩みを進めた。

第一章学園編が始まります。

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