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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣

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第12話 入学前夜と月光の逢瀬

 この一ヶ月で見慣れてきた自分の部屋に戻ると、ゼクトから渡された学校に必要な荷物一式と、制服をクローゼットの中にしまう。荷物は教練本などが入っているため、結構な重さだ。基本は制服で過ごすため、荷物は最小限でいいとのことで、そもそも荷物がないコウとしてはホッとしている。私物をもってこいと言われてもなにもないのだから。


 明日は、日の出の前に出発する。第3刻限までに城門の前にくるようにとゼクトに厳命された。

 不安がないといえば嘘になる。むしろ不安しかない。果たして自分はちゃんとやっていけるだろうか。自信はまるでない。押しつぶされそうだ。


 ベッドに腰掛け、じっと腕を見る。今はレムがかけてくれた魔法で見えないようになっているが、この腕にはコウの不安の大部分をしめる滅剣の刻印が入っている。

 この刻印は見せてはいけない。

 フゥに受けた授業で何度となく言われたことだ。


 滅剣の継承者は憎悪の対象である。

 コウがすんでいたオルマス帝国は生粋の人族至上主義で、他種族の領地に侵略戦争を起こしており、その戦火により故郷を、国を喪った人は数多くいるとのこと。


 そしてその快進撃ともいえる勝利を支えているのが滅剣の継承者だという。

 断崖絶壁にたつ何人も寄せ付けない城門を持つ砦国

 常勝無敗の騎兵隊を有する遊牧民族。

 強力無比の魔法兵団を有する学術研究都市。

 圧倒的な工業力を持つマシナリー大国。


 名だたる国々の悉くを、その圧倒的殲滅力で滅ぼしたのはなにを隠そう、滅剣の継承者だったのだ。

 知らなかった。

 思い出すのは連れてこられた初日、力が暴走した時のこと。体の内側から途方もないエネルギーが生み出され弾けそうになる感覚。


 この刻印にはそれだけ危険な力があり、帝国はいまなお、この力を求めているのだ。

 明日から通う学校では自分の出自はもちろんのこと、この力のことは決して漏らしてはいけない。秘密を知ってしまった誰かは滅ぼされた国の難民の可能性もあるのだから。


 そうなったらどうなるだろうか。想像は容易い。復讐されるか、集団から弾かれるか。

 正直怖い、自分のことがバレたらきっと恨まれる。自分が恨まれることが怖いのではない。そのせいでせっかく皆が整えてくれた道筋を自分のミスで失敗してしまうことが怖い。


 そもそも自分が果たしてィリーリア様の竜騎士になるべく教練に励むことになってよいのだろうか。だめな気がするのだが、だれもなにもいわないから、わからない。


「10分間、考えてもわからないことはとりあえず置いとけ。それ以上は時間の無駄だ」


 ラナとの特訓の休憩中にどうしても、レムの出す課題がわからないと漏らしたコウの言葉に対するラナの言葉を思い出す。

 罪人、竜騎士、滅剣、政治的な配慮。1ヶ月前までただの虜囚で、その前は孤児院で過ごしていた無教養の自分が考えても、明確な答えなどでるはずもない。それでもわかることはある。


 ――ィリーリア様。


 あのとても美しい人だけは、傷つけたくない。守りたい。

 彼女のことを考えると胸が締め付けられるような思いになる。

 コウのその気持だけは明確な答えとして自分の胸に宿っている。

 自分でもおかしいとは思う。接してる時間など、それこそ瞬きする間くらいの時間しかない。でもその少ない時間が鮮烈に自分を突き動かす。


 そう、だから。彼女のためになることをしよう。

 それだけがコウの願い。

 外は大きな月が、ぼんやりと照らしている。今夜は満月だ。

 そういえばハルディンは空を飛んでいるから、月の満ち欠けが地上のそれとは速さが異なるとレムがいっていた。


 ――コンコン。


 控えめなノックの音が聞こえたのは、コウが窓際でぼんやりと満月を眺めていたときだった。


「はい!」


 ノックに返事をしつつ、首をかしげる。

 こんな夜に誰だろう?

 もしかして何か伝え忘れがあってまた呼び出しがかかったのかもしれない。

 建付けの悪いドアがギィとゆっくり開くと、そこには意外な人物がいた。


「ィリーリア様!?」


 おずおずと扉の影から恥ずかしそうな表情でうつむき加減で顔をのぞかせたのはコウが想っていた相手本人――ィリーリアその人だ。


「…来てしまいました」


 恐る恐る伝えるィリーリアの声は消え入りそうなほどでともすれば、聞き取れないほどか細かった。

 本当はきてはいけなかったのだろうか。もしかして前回着たことでなにか問題が?いや、今そんな事を考えている場合じゃない。


「……と、ともかく入ってください」


 扉の前まで駆け寄り、手を引いて慌てて招き入れる。

 部屋の外に顔を出して左右を確認。

 廊下はすでに消灯されており、薄暗い廊下の奥まで見通せないが、見える範囲では誰もいないようだ。

 確認を終えて、音を立てないようゆっくり扉を閉める。


 ひとまず大丈夫そうで、ほっと胸をなでおろす。

 振り返り、俯いたままの姫様を見る。

 白金の縁飾りをあしらった長いローブを羽織っており、その下には淡い紫のナイトドレスが花びらのように胸元から裾へと流れている。髪はいつものようにきっちりと結い上げられておらず、銀糸の束が肩から滑り落ち、わずかに乱れた寝間の気配をまとっていた。恥ずかしそうに身じろぎするたびに、布が擦れる音とほのかな香りが漂う。

 普段は威厳のあるどこか硬質な雰囲気から、どこか近しく感じる柔らかさを彷彿とさせる姿に、コウは自身の胸がドクンと高鳴るのを感じた。


「…えっと、姫様?」


 どうしてここに?という言葉は口から出ず、ただ吐息だけが漏れた。


「………」

「………」

「…あの、手…」


 ィリーリアが未だにコウに握りしめられてる手を軽く持ち上げて言った。


「わぁ!!す、すみ―いえ、申し訳ございません!」


 慌てて、振りほどくように離し、ピーンと直立不動の気をつけの姿勢をとる。

 いつもの服装と違う彼女の姿にあてられて、招き入れてからずっと手を繋いだままだということを失念していた。


 何たる不敬か!怒られるかな?不快に思われたのかな?と早鐘のように打つ鼓動を感じながら叱責を覚悟し、目をぎゅっと瞑る。

 しかし、緊張とともに硬直したコウの耳に聞こえてきたのは、鈴を転がすような控えめな笑い声だった。


「ふふ、コウくん慌てすぎ」


 恐る恐る目を開くと、そこには口元に手を当てて肩を軽く揺らしながら可愛らしく笑うィリーリアの姿。意外な展開に思わず目を丸くする。


「え、えっと?」


 よくわからないが、不快には思われていない様子に安堵する。

 ィリーリアはふわりと踵を返すと、月明かりが差し込む窓際に軽い足取りで移動した。

 窓辺に立ち、外の満月をひとつ仰いだあと、ふとこちらを振り返った。


「……明日から、この部屋ではなく学校で暮らすのね」


 どこか心細げで、言葉の末尾がわずかに震えるような声は彼女の心配や後悔といった心の内が滲み出している。


「正直…少しだけ、心配。この一ヶ月ずっと特訓ばかりでしょう? 眠れてる?」

「…えっと、はい。大丈夫です」


 コウは嘘をついてしまった。なんとなくバツが悪くなり、視線をそらしてしまう。本当は眠っても特訓の夢をみてしまったり散々だったりする。


「ふふ、嘘は下手。そんなにわかりやすく目の下にクマができてたらすぐバレちゃうよ?」

 コウのわかりやすい嘘は、ィリーリアにはしっかりバレていた。なんだかバツが悪くなって頬を指で意味もなくかいてごまかす。

 そんなコウにゆっくりとィリーリアが歩み寄ってくる。布がこすれふわりと甘いユリの花の匂いが鼻腔をくすぐる。


「えい」


 可愛い声とともにツンとおでこを指で突かれた。


「え、えっと?」


 目を白黒させて戸惑うコウにィリーリアはいたずらっぽく笑いかける。


「嘘は駄目。あなたはわたしの騎士なんだから」


 そう告げ、コウがなにか言う前に背中を向けると、跳ねるように離れていった。

 まるで遊ばれているみたいだ。とコウは思った。そしてそれは決して不快ではない。

 楽しげな彼女はベッドに腰掛けると、空いてるスペースをぽんぽんと手で軽く叩く。


 ここに来いということらしい。

 いいのだろうか、相手は一国の皇女だ。この国のトップである。そんな相手の隣に座る資格なんて自分にはない。


「命令。いいから、ここに、座りなさい」


 そんなコウの心に葛藤を読み取ったのか、ィリーリアは軽く頬を膨らませて可愛らしく命令して見せる。今夜は本当にどうしたのだろうか。ゆったりとした服装がそうさせるのか、普段の彼女とはまるで別人のように年相応な一面をみせてくれる。


 ともあれ命令なら仕方がない。

 コウは言われた通り、彼女の隣に腰をおろし、並んで座った。肩が触れそうな距離感に彼女の息遣いだけでなく、熱が伝わってきそうだった。


「本当は…こんな夜更けに来るべきじゃないのだけど」


 ィリーリアはぽつりと心情を吐露するように話し、視線を落とす。


「この一ヶ月、本当によく頑張ってくれてありがとう」


 わずかに砕けた響きが、耳に心地よく染み込む。

 胸の奥がじん、と熱くなる。

 幾千の言葉よりも彼女のその一言が嬉しいと思った。


「その、4人は色々厳しかったでしょう?」

「…えっと、はい。それはとても」


 たぶんあれは一ヶ月でやり切れる量じゃない。ィリーリアと契約し、基礎能力が格段に向上していたからこそできた特訓だったのは間違いない。ただの人のままなら、きっと死んでいた。ほんとうに。


「…繋がっているから、なんとなくわかるの」

「契約、したからですか?」

「そう」


 なるほど。前にいっていた繋がるというのは相手の状態も何となく分かるということなのだろうか。


「繋がりってどういうものなんでしょうか」

 イマイチわからないので、率直に聞いてみると、口元に指をあて、「んー」と天井を仰ぎながらィリーリアはなにか考え事をしていたかとおもうと、いいことを思いついた!とばかりに手を叩く。


「そうだ!試してみましょう」

「…えっと?試してみるですか?」


「そう!その繋がるということを実際に試してもらったほうが、言葉で説明するよりわかりやすいよ」

 百聞は一見にしかず。とフゥがよく言っている。ぜひともやってみたい。伝えるとィリーリアは嬉しそうに笑った。


「それじゃあ、目を瞑って、自分の身体の中に意識を集中してみて」


 言われるがまま、コウは目を閉じ、自分の中に意識を向ける。ィリーリアの鈴のような声がコウの意識を誘導するように導く。


「そこには光と熱があるのを想像して、コウくんの意識はゆっくりとそこに近づくの」


 薄らぼんやりとくらい中に光と熱が現れた。言われるがまま、コウの意識はそこに向かう。


「光に近づくとそれが2つあることに気がつくの。よく見ると色も違うの。コウくんの色は薄っすらと紫がかっていて、もう一つは銀色」


 確かに2つあった。コウの中に温かい光が2つ。一つは夜明けの黎明のような色。もう一つは柔らかくひかる銀色の輝き。


「銀色の光をみると、そこに何か糸があるのがわかる。それを手でふれてみて」


 柔らかい銀色の光にゆらゆらと何処かへ繋がる色が伸びていた。それに優しく触れる――感情が流れ込んできた。これは、後悔、安堵、好奇、好感、これは手繰り寄せたらもっと知――


「―それ以上はダメ」


 パンと乾いた音とともに、コウの意識は部屋に戻った。隣を見ると、少し顔が赤くなったィリーリアと目があった。


「それが繋がりを感じるということ。でも、繋がってても知って良いことと悪いことがあるから、ね?」

「は、はい。すみません」


 そうか、さっき感じた感情の流れがィリーリアのものだったのだ。繋がりとはこういうことか。では、ィリーリアが心配してきたのも、自分の気持が流れてきたから…?


「あ、あの、だから来てくれたんですか?」


 ィリーリアはコウが思っていた恐怖、後悔、不安が繋がりにより伝わったのだ。


「……」


 コウの問いかけに答えず、ィリーリアはまっすぐ前を見つめる。


「エンゲージは繋がり、それは運命を左右する出会いや出来事を感じる力なの。そして契約はより強固に、お互いの結びつきを強めるものなの」


 独り言のようにィリーリアはそう呟くと、再びコウの顔をまっすぐ見つめた。


「本当はお互いをよく知って信頼関係を育んでから契約をするのだけど、わたしたちは出会ってすぐ契約してしまったから繋がっていても伝わらないから…」

 

 ィリーリアが言葉を切り、その先を言い淀むように目を伏せる。口を開きかけては言葉を探すように、閉じてを繰り返し、何度目かの繰り返しの末、再び顔を上げた彼女は決意をした顔付きになっていた。


「前皇帝と皇妃は滅剣によって殺された」

 予想だにしないその言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。

「それ、は―」


 知っていた。正確にはフゥから聞かされていた。

 前皇帝―ィリーリアの両親は帝国との戦争の折、滅剣の強大な破壊力に巻き込まれ、文字通り消えてしまったと。遺体のない棺の前でィリーリアが泣き崩れていたのだと。聞かされていた。その話を聞いたとき、コウはやりきれない気持ちになった。

 だが混乱する。その発言は唐突でコウの脳では処理しきれない。

 彼女の両親を殺した力と同じ力が自分に宿っている。その事実はコウに重くのしかかる。このキレイな少女を守りたいという想いと、滅剣の継承者である自分がいるだけで、彼女の心を傷つけてしまっているのではないかということに恐怖を覚え、かけるべき言葉も思いつかない。

 言葉に詰まったコウに構わず、ィリーリアは言葉を続ける。


「皇帝だけでなく、多くの優秀な将兵、騎士たちを失った。その事実を、私は許すことはできない」


 ナイフのように鋭く、強い意思を宿した言葉がコウを貫いた。月光に反射してキラキラと輝くィリーリアのアメジスト色の瞳から目を離すことができない。これは彼女の覚悟の言葉だ。

 コウの中にある滅剣。それをィリーリアは許さないといった。胸がきゅっと締め付けられる。


 息苦しさすら感じそうになったそのとき、ィリーリアの瞳の光がふっと和らぎ、鋭い空気は打って変わって優しい空気にかわり、コウは彼女の重圧から解放される。そして彼女は「でもね」と続ける。


「あなたはわたしの運命。わたしの運命はあなたとともにある。お父様とお母様のことは確かに悲しいけど、あなたも巻き込まれて滅剣なんてものを宿されたんだもの。でもそんなあなたとわたしは繋がったの。盲信的って人は思うかもしれない。けれどわたしは、コウくん、あなたを信じているの。それを伝えたかったの」


 大切な宝物をそっと抱きしめるような言葉だった。そういった彼女のアメジスト色の瞳の奥にコウへの温かな信頼が見える。

 それは不思議な心地だった。出会って間もないのに、ィリーリアのことを考えるだけで心が暖かくなっていくのだ。胸に手を当てて思えば、彼女との「繋がり」を明確に感じられる。一人ではない。孤独ではないということがこれほどまでに心強く感じられる。いまなら何でもできそうな全能感さえある。


 その温かい繋がりはコウの心にどんよりと積もっていた「失敗してはいけない」という凝り固まった気持ちを解きほぐしてくれた。

 そしてコウはひらめくように理解した。

 唐突ともいえる発言は彼女なりの告白と誠意だったのだ。


「ィリーリア様」


「なに?」

 コウの呼びかけに微笑みながら小首をかしげる。銀糸のように美しい髪の毛が彼女の動きに合わせてさらさらと流れていく。

 コウは思った。この人と出会えてよかったと。そして改めて思った。彼女の信頼に答えたいと。そのためにできることは全部やろうと。


「ありがとうございます。マイロード」

「気にしないで。私の騎士様」


 僕はあたなを守れる騎士になります。 




「……それにしても」


 コウから視線を外し、ィリーリアは部屋をぐるりと見回す。


「思ったより、きれいにしてあるんですね。もっと…こう、噂にきくように男の子の部屋はとても散らかっているものかと」

「そ、それは……毎日特訓が大変で、荷物もないですし、散らかす暇もなかっただけです」

「ふふ、言い訳が素直でよろしい」


 袖口から覗く細い指が口元を隠し、アメジストの瞳が楽しげに細まる。

 なんとなく居心地がくすぐったくなり、視線を泳がせた。


「学校に行ったら、まずはお部屋を散らかす練習からだね」

「えっ!? そ、それは騎士の必須科目ですか!?」

「……冗談です」


 くすくすと笑う声が、夜気の中でやわらかく響く。

 その笑顔を見ているうちに、コウの胸にあった張り詰めた糸が、ほんの少しだけ緩んだ。

これで、序章はようやく終わりで、次回から第一章の学園編に移ります。


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