第11話 見習い騎士未満の成果
「ま、一ヶ月の成果としちゃ、最低限だな」
豪快ににかっとラナが笑いながらいったのは、コウが彼の拳を完璧に捌けた直後のこと。
もっとも捌けたのはたったの一回だったのだが、ズブの素人が、手加減されていたとはいえ、ラナのような達人の攻撃を一度でも捌けたことは及第点以上の成果であることは間違いなかった。
「はい!!」
褒められたことが嬉しく返事が大きくなる。
思い出されるのはみっちりしごかれた1ヶ月間が走馬灯のように思い出される。教えてもらう時間だけでは足りないと早朝の自主トレや、就寝前のイメトレを欠かさなかったコウの成長ぶりはラナの想定を超えていた。
努力が実った喜びから、コウは小躍りしたい気持ちでいっぱいになる。
コウの努力が実ったのはラナの武術トレーニングだけではなかった。
「…正直、僅かな期間でここまで作法を身につけられるとは思いませんでした」
アーティは、荒削りとはいえ、十分以上に年相応のテーブルマナーを涼しい顔で行うコウに舌を巻いた。
「素晴らしいですわ。これまでが知らなすぎたということを除けば短期間でここまで知識を蓄えられたのはコウくんの努力の賜物ですわね」
本当に嬉しそうに手放しに褒めてくれるレムの言葉は、コウを照れさせるには十分すぎた。
「ふむ、これなら学園にいっても凡愚程度にはなれるじゃろ」
あごひげをさすりながらそういうフゥだが、言葉とは裏腹にその表情は少し柔らかいものにみえた。
「精進を怠るでないぞ。まだ付け焼き刃じゃ、どこでボロがでるかわからんからの」
釘を刺す言葉にはコウを少なからず案ずる色があった。
長いようで短い一ヶ月。随分詰め込まれたが、ようやくスタートラインにたっただけなのだ。
自分でも不思議なくらいコウは使命感を帯びているのを自覚する。
それら全て姫様―ィリーリア様のためだとおもうと、コウの胸にポッと温かさが宿る。
―彼女のためなら頑張れる。
コウはその一心で頑張れた。
その日、呼び出されたコウが向かった先は、城の奥にある窓のない会議室だった。
「…失礼します」
初めて入る場所に幾分緊張しながら、重厚な扉を開くと見慣れた顔ぶれ――4人の王が円卓に並んで腰掛けていた。
あ、姫様はいないんだ。
瞬時に部屋の様子を確認し、姫様だけがいないことに少しだけがっかりしてしまう。姫様とはあの夜以来あっていない。城の奥に呼び出されたから、また会えるものだと期待していたのだ。
「来ましたね。座ってください」
出迎えたアーティが手のひらを返し、空いてる席に座るように促す。
一瞬座ろうとしてコウは動きを止めた。
すぐに、座ったらだめだ。
「い、いえ…滅相もございません。僕などが、みなさんと同じ席に座るなど…」
「ほぅ」
コウの言葉に反応したのは腕組みをして座っていたフゥだった。
「多少は礼儀作法が身についているようじゃな」
「はい、はい!その、先生が良かったもので…」
「世辞まで言えるようになるとは関心関心!」
コウの成長が想定以上だったのか、フゥが膝を叩いて感心して褒める。
「コホン、本題に入りましょう」
アーティが咳払いをすると弛緩しかけた場の空気が引き締まる。彼女は再度、眼の前の空いてる席に座るように促した
「コウくん、この場は非公式なものです。そこまでかしこまらなくて結構ですので、座っていいですよ」
「は、はい。わかりました」
音がしないように静かに椅子を引いて浅く座る。背筋をピッと伸ばす。教えられた通りの姿勢だ。
「では、始めましょう」
コウが着席したのを見届けてアーティが口を開いた。なにを言われるのだろう。自然と身構えてしまう。
そういえば、と正面のアーティの柔和な顔をみながら、コウは思い出した。アーティの授業で、円卓には座る場所によって意味があると習っていた。
―確か、そう…
扉から一番遠い、正面の席は主催者――この場合だとアーティが該当する。そして主催者の右隣のフゥが最上位。左隣が次席――ラナで、最後にレム。
ただし厳密には4王には序列は存在しないはずなので、この場合、会議の趣旨に近いものが席次に反映されているのだろう。
今話そうとしているアーティが主催していることから、察するに一番最初にいわれた騎士養成学校の話なのだろうか。
「コウくん。あなたを呼び出したのはこれからあなたが通う騎士養成学校への編入が決まったからです」
アーティの言葉についにその時がきたか!とコウはおもった。
ゴクリと息を飲む。
「この一ヶ月で学術的、魔法学の教養に政治に関する基礎知識、礼儀作法、基礎体力の向上に、武術の基礎を教えてきました。そのどれもが一ヶ月という短い期間とは思えないほどの成果をだしていると聞いています」
よくがんばりましたね。とふわりと笑ったアーティの表情はとても優しい。
「あ、ありがとうございますっ!」
よくがんばった。その言葉が胸に刺さり、コウは自然と頭を下げていた。
頑張るのは当然で褒められることじゃないと思っていた。ィリーリアを暗殺するために滅剣という爆弾をしかけられた自分は本来は処刑されるか、一生幽閉されるはずだった。しかも勝手に契約してしまい想像もつかないほど迷惑をかけてしまっている。
それなのに柔らかいベッドと温かい食事、週一回なら湯船にも入れてもらえる。
身に余りすぎる待遇なのだから、どこかでできて当然という気持ちがずっと自分を急き立てていた。
それがいま、アーティの一言で認められたと思うと、熱いものが込み上げてくる。
頭を下げたまま、俯くコウは振るえていた。
4人の王はその様子を、一人は満足そうに笑い、一人はバツが悪そうに腕を組んで目を閉じ、一人は見まいとそっぽを向き、最後の一人は頬に手を当て微笑み、、4者4様でしばし見守っていた。
人間で16歳といえば大人扱いだが、竜族からみればまだまだひよっこだ。彼のこれまでの境遇を知っているものからすれば、彼の涙も当然のことだろう。
「お見苦しいところをお見せしました」
コウが顔を上げた時には、4人は最初の居住まいに戻っていた。
アーティは首を振って問題ないと答えた。
「さて、ここからが本題です。期待以上に成長したとはいえ、今のコウくんが騎士養成学校に入ったとしても劣等生がいいところでしょう」
冷静な声でアーティがコウの現実を言う。コウ自身もそう思っている。
訓練中にラナから聞いた話の通りなら、騎士養成学校は、騎士になるべく幼年学校のときからずっと訓練や勉強をしてきた一部のエリートだけが通う学校。
志願さえすれば入学できる兵学校とは違うのだ。幼年学校を卒業したとはいえ、
「そこで、一人補佐をつけます――ゼクト、入りなさい」
「はっ!」
非常に神経質そうな声とともに、カッという硬い音がするとコウの後ろのドアが開くと、そこには壮年の男がいた。
それは鋭い一本の刃のような男だった。
「ゼクト=ヴァルシュタイン。ご用命をうけ馳せ参じました」
よく通る低い声でそういうと、男は見事な軍隊式の敬礼をしてみせた。指の先まできっちりと伸ばし揃えられ、額にあてられているその姿はお手本のようでもある。
アーティが彼の言葉に頷いてみせる。上げていた規則的な足運びでさっと彼女の隣に並び立つ。
コウの正面にきたゼクトを、改めてよく見る。
年の功は40か50くらい。種族的な特徴はほぼないので、コウと同じ人族なのだろう。金色の鋭い眼光とよく鍛えられた体を包む漆黒の軍服が印象的な茶髪の男だ。
ゼクトを観察していたコウは、ゼクトもまたコウを値踏みするようにみていることに気がついた。
――ゾクッ。
金色の鋭い眼光に射抜かれ、コウの背中に冷たい氷が差し込まれたような怖気を感じた。
コウの全てを見透かすように向けられた視線には一切の妥協も優しさも含まれていない。そこにはただ厳格な審査があるだけだと言わんばかりの視線。
「彼はゼクト=ヴァルシュタイン。彼は国立クラルス騎士養成学校の1年の学年主任で、学校であなたを支えサポートしてもらいます。人選には色々悩んだけれど、彼は実力もあって、生徒思いで、口が堅く秘密を誰かに漏らす心配もない信頼できる人柄よ。コウくんの学校生活を影に日向にサポートしてくれるでしょう」
アーティがたおやかなで温かな声で紹介される内容とは裏腹に、コウはまるで自分が断頭台に首を捧げられた気分になっていた。
「アーティ様、彼が件の問題児ですね」
ゼクトの口調は外見の印象を裏切らない感情を感じさせないキビキビしている。ただ、なぜか淡々と話しているだけなのに不機嫌そうに聞こえる声でもあった。
「えぇ、そうです。最低限はできるとはおもいますが、最低限しかできませんのでそのつもりで」
「なるほど。確かに」
ジトっと鋭い視線を向けられる。なんとなく目をそらしてはいけないと思い、キッと見返す。その様子にゼクトは「ほぅ」と感心したような声を上げた。
「アーティ様がおっしゃられる通り最低限、人の話はちゃんと聞くタイプではあるようですね」
にやりと一瞬、猛禽類じみた笑みを浮かべるが、すぐに表情を戻すと、ゼクトはこういった。
「よろしいでしょう。彼を私のクラスに編入させ、よくみておくようにいたしましょう」
それは全く感情のこもらない声で、彼の人格はまるでないような機械的な声に聞こえる。
この時、コウがもう少し彼の真意を理解していたら、その瞳の意味がわかっただろう。
そこに含まれるほんの一握りの憎しみの感情を。
新キャラ登場です。もう少しィリーリアとコウの間を描きたいなとか、ィリーリアメインのシーンをかきたいなとおもいつつ、物語のテンポを考えると、、、と悩んでます。




