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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣

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第9話 激動の訓練

それからの日々はまさしく詰め込み教育と呼ぶにふさわしい密度と速度で進むことになった。


「それでは、入学までに最低限の教養とマナーは身につけていただきますからね」


 初日にそう言って優しげに笑ったアーティの顔は今でも忘れられない。

 あれは決して優しさから出た笑いではなく、反論を許さない鬼の顔だったのだとコウはこの7日間で思い知ったのだ。

 1日目はアーティが担当で、徹底的に身なりを整えさせられた。もう垢を取るとかそういうレベルではない。文字通り体の中から徹底的に洗浄させられ、髪の毛を何度も洗われては香と油で整えられた。


「まあ、いいでしょう。及第点ですね」


 まだ完全には納得していなさそうな表情でアーティがそういった頃には、4度目の湯からあがり髪を整えられたあとのことだった。

 2日目の担当はレム。彼女からは服装の違いや一般的な教養や魔法の基礎知識を文字通り、詰め込まれた。


「今回は特例で、あなたの頭に直接知識を埋め込ませていただきますわ。多少痛みますが加減は心得てますのでご安心くださいまし」


 尋常じゃない痛みを与えながらモノクルから覗く瞳は非常に楽しそうに細められているのがとても印象に残った。

 このときのコウは知るよしもなかったが、これは知識の継承と呼ばれる儀式で、下手をすれば自我が崩壊しかねないほど危ない行為であり、禁呪の一つである。しかもそれで定着する知識量は3割残れば良い方で、だいたい1割も残らないうえにもう一度同じことをすると前回定着した分を根こそぎ上書きしてしまうという欠陥的な魔法でもあるとは、とうのコウは当然知らない。


「まあ!4割も残っているなんて優秀ですわね!」


 両手を合わせて喜ぶレムの本当に嬉しそうな顔が忘れられない。

 3日目の担当はフゥだった。彼からは特に配慮しなければならない貴族について徹底的に暗記させられた。

 名前が書かれた手持ちのカードと、並べられた爵位と、性格が書かれたカードを正確に並び直すということを延々とさせられた。カードの種類は数百にも及び、到底一日では覚えきれる量ではなかった。


「物事を点で覚えるでない。事象と事実の繋がりや連続性、音や声、匂いで覚えるのじゃ」


 驚くいたことにカードにはそれぞれ匂いがついていた。しかも一つとして同じ匂いはない。まさかとおもうがそれぞれの貴族の体臭がこのカードについてるのではないか。


「嗅覚は一番記憶に結びつきやすい。さらに音で覚えることでより強固に覚えられるのじゃ。さあ、まだ半分も覚えとらんではないか」


 鋭い目つきで片時も目を離さないフゥの視線をコウは忘れられそうもない。


 4日目の担当はラナだった。体術を中心に体の動かし方や基本的な剣の振り方などを彼からは教わった。


「一朝一夕で剣は振るえねぇからな。まずは自分の体を動かすことに慣れろ。以前のお前とは体の強度が段違いだからよ」


 その場で思いっきり跳んでみろと言われて驚いた。本気で跳んだらラナが小さくなっていた。地面がものすごく遠かった。


「ほらな?いったとおりだろ?」


 ラナが得意げにそういったのを、着地に失敗し、地面にめり込みながら聞いた。

 ちなみにまったく痛くなかった。体の強度がここまで違うとは思いもよらなかった。これがアーティがいっていた契約の恩恵なのだろう。


「これから教えるのはその力に振り回されねぇように、なれるための訓練方法だ。これは毎日やれよ?」

 基本的な型を十個ほど教わり、その日のうちにそれぞれ千回やらされ、終わることにはヘトヘトになってしまった。


 5日目は中休みで、とても助かったとコウは覚えている。

 泥のように眠り、これまでの4日間のことがまとめて夢に出てきた。


「夢でも訓練できればお得ですわね」


 枕元でレムの声が聞こえたが、きっと気のせいだったに違いない。


 6日目は午前と午後それぞれフゥとラナが担当した。

 午前中はフゥの精神体制訓練として、魔法で擬似的に再現した騎士学校でのよくあるイジメや理不尽をシミュレーションとして体験させられた。


「感情のゆらぎは他者に隙をさらすことじゃ、心を鎧で覆うのじゃ」


 そう言って叱咤激励するフゥだが、内容は一切の妥協がない。

 物を隠される、足を引っ掛けられるなど序の口で、霊障する貴族たちの突き刺すような視線、無視、蔑み、教室の一角に追いやられて、一人ぽつんと孤独になる。理不尽な言葉に、命令。おおよそそれは人の悪意を具現化していた。


「感情を揺らすな。目をそらすな。思考を止めるな」


 フゥの言葉が、ずっと遠くで鳴り響いていた。

 昼を回る頃、ようやく結界が解かれたときには、コウは地面に膝をついていた。


「小僧にしては、上出来じゃな。最初は皆、泣き喚く」


 そう言ってフゥが差し出した水が、妙に温かく感じられた。

 午後、呼び出された地下質に向かうと、広い部屋の奥で、ラナが仁王立ちして待っていた。

 コウが部屋に入るのとラナの合図を出すのは同時だった。


 コウの近くの壁がいきなり動く。驚いて足を止めた瞬間、頭にボフと柔らかい何かがあたり、それは地面に落ちる。

 やわらかな音をたててクッションが床に落ちていた。


「もしそれが岩や石だったらお前は死んでいたな」


 ラナがニヤリと笑っていう。


「こういうのは、いちいち考えて動くんじゃねぇ、体に叩き込め」


 ラナの指導は直感重視だが、理にかなっていた。反射神経と瞬時の判断力を養うために、あらゆる方向からの仕掛けが用意されており、何度も転倒し、何度もクッションをその見に受けながら、コウは反応速度を磨いていった。

 その日、結局コウはラナがどこからともなく投げるクッションを幾度となく頭にうけることになった。


 7日目はマナー講座と、夜に模擬晩餐会が開かれることになった。

 ダンスホールへ続く扉を開けた瞬間に、コウの花をくすぐったのは、香ばしい香りと、かすかに漂う香水の香りがする。


 そこにはアーティとレムが待っていた。アーティは完璧な礼装を纏い、レムはどこか楽しげな表情で白い手袋をはめていた。


「実戦形式のマナー講座ですわ。コウくん。この数日であなたができるようになったことを存分にみせてくださいまし。忘れていることがあっても心配はいりませんわ。忘れたものはちゃんと詰め込んでさしあげますからね」


 モノクルの向こうで楽しげに目を細めるレムにコウは恐怖を覚えた。

 午前中は徹底的なマナー講座と確認だった。ナイフとフォークの持ち方、食事の順番、会話のタイミング、席を立つときの礼―コウの一挙手一投足を、アーティの妥協を許さない目が常に見張っていた。


「腰の角度が甘い!」

「そこはスマートに、淀まない!」

「笑みを忘れない!」

「所作はスムーズに、流れを意識しなさい!」


 アーティの言葉の隙間隙間にレムの記憶補助魔法が施されるたび、心と脳がズキリと痛んだ。

 午後は準備があるとのことで休憩になった。

 コウは自室でぐったりと横になり、何も考えられず目を閉じた。眠気はすぐにやってきた。


 そして、夜になった。


 ダンスホールはレムの幻影魔法により、宮廷さながらに彩られていた。そこにはきらびやかな衣装を身にまとった貴族たちがずらりと並んでいる。


「この中に一人だけ、本物がいますわ。コウくん。あなたには本物を見つけていただきますわ」


 優雅に一礼したレムは幻影で消えていく。

 レムの作った幻影は完璧意外の答えが見当たらない。現実にいないはずの貴人たちは、コウが話しかければきちんと応答し、冗談さえ述べてくる。


 コウは三日目にフゥに教わった人物と同じ人物が生み出されていることに気がつく。

 深呼吸をし、気持ちを整える。ここはもう「社交という名の戦場」なのだ。

 時折、何者かの視線を感じる。きっとレムやフゥ、ラナやアーティが自分の所作をチェックしているのだろう。視線を感じながら、一つ一つこなしていく。足が震えそうになるが、気合でしのぎ笑顔を浮かべ、背筋を正した。


 結局、本物は見つけられなかった。

 晩餐会が終わった後、部屋をでたコウは全身から力が抜けそうになっていた。

 そんな彼の耳元に、いつの間にかそばにいたアーティが耳元で囁いた。


「初日にしては、マナーはなっていましたね。お情けで及第点といったところでしょう」


 それはこの7日間の間で初めて聞く、本当の意味での優しい声だった。

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