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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣

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第8話 騎士に続く道

 全身を包む柔らかな心地よさに、コウは瞳を閉じたまま、意識はゆらゆらとたゆたうように揺られていた。

 ここは死後の世界なのだろうか。だとしたらなんて暖かくて優しい場所なのだろうか。

 揺りかごでゆられるような安心すら感じる。

 孤児院で育ったコウにはわからないが、母親に抱かれる感覚とはこういうものだろうか。

 それにしてもこんなに心地よいのはいつぶりだろうか。

 数ヶ月?数年?生まれてこの方感じたことがあっただろうか。

 答えを出さないまま心地よさに身を委ねる。


 —。


 ふいに呼ばれた気がした。まぶたの裏に光を感じた。

 目覚めの時が近い。

 ゆっくりと、水底から浮上するようにコウの意識はゆっくりと夢から覚める。

 重いまぶたをどうにかして開くと、最初に清潔感漂う白い天井が目に入った。

 体を包むような柔らかな布地の感触に自分がベッドで寝かされていることがわかった。

 腕を持ち上げると布がさらさらと肌を滑っていく。

 その感触はこれが服なのか。と疑問に思うほどコウには馴染のない感触に、それがとんでもなく上等な代物であることだけがわかった。


「―ここは?」


 かすれた声が、自分のものであることに、ほんの少しだけ驚いた。

 誰かがそっと椅子を引く音がした。視界の端に、控えめに立つ姿が見える。淡い色の髪をきちんとまとめた女性。確か名前はアーティといっていたはずだ。


「目が覚めましたか」


 落ち着いた大人の女性の声が耳朶を打った。

 アーティは読んでいた本をベッド脇のテーブルにそっとおき、まっすぐにコウの顔をみた。

 ふわっと甘い花の香りがした。


「—っ!」


 何か言わなくちゃと焦り、声を出そうとした途端、喉に耐え難いひりつくような痛みが走り、ゲホゲホと咳き込む。体をくの字に曲げ、コウはたまらず手で口を抑える。


「まだ無理はしてはいけませんよ」


 いっそすがすがしいほど淡々とアーティはコウの様子をみて言った。

 アーティはそれ以上何も言わず、手を差し伸べることもなくコウの様子を観察するようにみていた。

 ようやくコウの様子が落ち着いた頃合いで、枕元に置いてあった水差しからコップに水を注ぐと、「飲めますか?」とコウにコップを差し出した。

 コウはなんとか上体を起こし、水の入ったコップを受け取り、口をつける。


「ゆっくり飲んでください」


 ふたたび淡々と声を掛けられた。

 忠告通りゆっくり飲もうと水を口に含むと、水に甘みとさわやかさを感じる。何か入っているのだろうか。


 疑問に思いつつ、少しぬるい水が喉を通ると、ぺりぺりと何かが剥がれるような感覚がする。どうやらすごく喉が渇いていたようだ。

 張り付いた喉が水分でゆっくりとほぐれていく感触にちょっとした感動を覚える。

 隣からものすごく視線を感じる。まるでコウの動作や反応を隅々まで観察するような視線だ。


 時間をかけてコップいっぱいの甘い水を飲み干すまで、その視線の圧は続いた。

 居心地の悪さを覚えながら、飲み干したコップを返す。その際、「もう1杯、飲みますか?」と聞かれたが顔を横にふって丁重にお断りした。

 それよりも気になっていることがある。そう空中で自分を抱きとめた彼女、姫様のことだ。


「ここは…?それと、あの、ひめさま・・・は?」


 かすれた声。舌がうまく回らない。

 それでも問いを絞り出すと、アーティは一瞬だけ視線を伏せてから、微笑みを浮かべた。


「姫様でしたら、ご安心してください。傷一つなく、お元気ですよ。ただ、、今は色々と手続きや処理しなければならないことが多く、お忙しいのです」


 アーティの話し方は非常に丁寧で、染み入るような声音がコウの頭にすっと入ってくるほど耳触りがいい。


「…無事で、よかった」


 ィリーリアの無事に安堵のため息がでる。空中で自分を追って抱きしめてくれた姫様も自分の中からでたあの力であちこち爛れてしまっていたから、傷一つないときいて本当によかった。

 そう、自分の中からでたあの力、多分あれが大罪人と呼ばれ閉じ込められていた自分の罪業に違いない。


 思い出す。自分という殻を破り外に出て喰らうように周囲を焼くあの炎。あれは危険な力に違いない。それこそ帝国が自分をずっと閉じ込めているくらいに。

 その力が自分にはあるのだ。

 手を握ったり開いたりして、自分の手をじっと見る。

 手には丁寧に包帯が巻かれている。しっかりと巻かれているため、動かしにくいが、窮屈ではなく痛みもない。

 あのときのことを思い出す。

 この手から自分はあの赤黒い炎を出していた。あのときはどうやったかは必死で覚えていないが、たぶん今なら出せそうな気がする。

 そこでふと違和感を覚えた。


―傷が沢山あったはずなのにどこも痛くない?


 確かめるように自分の体に手を伸ばす。

 確かに焼けるような激痛があったはずの腕も、胸も、指先さえも、どこも痛みを感じない。


「……治ってる……?」


 その呟きは、問いというより、戸惑いそのものだった。あれだけの傷があったのだ。全く痛くないということは、治癒の魔法がかけられたのだろうか。罪人の自分に対して治癒を?どういうことだろうか。

 コウは説明を求めるようにアーティをみた。


「治療をされていることに戸惑われてますね」


 アーティの内心を見透かしあような言葉に、コウは無言で首を縦にふる。


「そうですね。これまでのあなたの扱いからすれば戸惑われるのも無理はないかと思います。ですが、これからのあなたの立場ではそれをうけるのが当然の立場になります」


 そう話すアーティの声音が真剣味を帯びる。


「…え?」

「これから話すことは、そうですね。国家の重大な機密に関わることで、決して関係者以外に知られてはいけないことになります。この話を聞いたあとあなたは魔法契約を結んで頂き、他言できないようにしていただきますが、よろしいですね?」


 柔らかいが有無を言わさぬアーティの口調にコウはただただ頷くしかできなかった。

 アーティはその様子を目を合わせながらじぃっと静かに見つめ続ける。その視線には嘘やごまかしは絶対にゆるさないという圧が込められており、おもわず視線をそらしたくなってしまう。


 ここで目をそらしてはいけないと本能的に悟ったコウは絶対に漏らさないぞという意思をこめて見返した。

 どれくらいそうしていただろう。おそらく時間にして一瞬だったのだろうが、竜族の王たるアーティの視線の圧は凄まじくただ視線を合わせているだけでも脂汗がにじみ出てしまうが、やがて、アーティからの視線の圧が和らぐと、彼女が口を開いた。


「さて、一般的には知られておりませんが、我々竜族にはとある儀式が存在します」


 儀式。日常生活の中で、おおよそ耳にすることのない単語だ。


「儀式により契約することで、我々竜族の上位者は下位者や、他種族に対して特権を与えることができます」


 儀式?上位、下位?耳慣れない言葉にその意味を理解できず、目が泳いでしまう。


「あら、失礼しました。その前に大前提として、竜族についてお話しておくべきでしたね」


 コウの表情から彼の知識レベルを察したアーティはにこりと笑いながら語った。


「我ら竜族は皇帝を頂点とし、4人の王が貴族を支配している国家を作っており、基本的に上位者は下位者に対して絶対命令権ともいえる強権をもっています。そうですね。わかりやすく言うなら、王様の決定は絶対に覆せないという認識でいいかと」


 アーティは話しながら指で三角形を作り、身振りを踏まえながらコウにもわかりやすく教えてくれる。


「ですが、その構造にも例外がいくつかあり、その一つが契約です。我ら竜族は契約を神聖なものとしており、それは絶対不可侵の約束でもあります。そこには上位者と下位者双方の合意必要で、その合意に対しては絶対命令権が発動せず、また下位者が上位者に求めることのできる機会でもあります」


 とつとつと語るアーティにコウの頭は混乱をきたす。アーティはそんな様子のコウに微笑みかけながら「約束した事は王様でも守らなくちゃ駄目です。ということですよ」とわかりやすく伝えてくれた。


 コホンとアーティが小さく咳払いをする。息を整えたあとの彼女の雰囲気が鋭いものになっており、コウは思わず居住まいを正した。


「本題はここからです。この契約には、騎士の叙勲という特殊な契約があります。それは、栄誉と名誉であるとおもに、伴侶を選ぶことと同義であるほどです。まさに死が二人を分かつまで続く神聖な契約。それがどれほど大事なことかわかりますね?」


 契約を大事にする竜族が、伴侶を選ぶのと同義であるという騎士の叙勲。その言葉の意味の重さは、話を聞いた今、想像に難くない。

 いや、まて。騎士という言葉に覚えがある。そう、それは―


 『ここに、騎士の誓いの儀を行います』


 姫様がそう自分に宣言したのは、まさにそれではなかったのか。

 思い至り、コウは血の気が引く思いになった。


「わかったようですね。あなたは騎士の受勲をィリーリア様から受けました。皇女の騎士ともなれば、どれほどの影響があるか、もうわかりますね?」


 わかる。それがどういった影響を及ぼすのかまではわからないが、とても重大だということだけはわかる。

 コウは状況を理解し、理解すればするほどことの重大さに危機感を覚える。事の重大さに手が勝手に震えている。

 コウの様子を無視するようにアーティは言葉を更に続けていく。


「騎士の叙勲を受けたものは、竜騎士と呼ばれ、それ以外の騎士とは一線をかく存在となり、主の権能や力の一部を使うことができるとともに、あらゆる潜在能力が向上します。そのかわり契約に縛られることになり、契約を違えることはできません」


 そこまでいってアーティはコウの理解を待つように一度言葉を切った。


「あなたが竜騎士になってしまったことは我々にとっても誠に不本意な出来事です。ただそのことであなた自身を処するようなことはしません」

「な、なぜですか?」


 なぜ自分を処さないのか、コウには理由がおもいつかない。いっそ殺してしまったほうが楽なのではないだろうか。それとも自分では及びもつかないほど複雑な事情があるのだろうか。

 だが、予想に反してアーティの返答はひどくシンプルだった。


「それはあなたの中にある滅剣があるからです」


 滅剣。コウ自身はその言葉を知らなかったが、おそらくあのときの力だろうということは想像に難くなかった。


「滅剣はあなたの中でいまにも弾ける一歩手前の状態でくすぶっており、それは契約により姫様の力をあなたに分け与えることで、暴走を食い止めているのです―」

「暴走を食い止めている・・・」


 それはつまり、契約がなくなった場合、暴走がはじまるということではないのだろうか。

 ああ、だから生かしていることにしたのか。

 アーティはコウの表情から彼が悟ったことを察した。


「我々はあなたを生かすほかないのです。そして生かすという事はいずれあなたが竜騎士であることがばれてしまう可能性があります。それを回避するためには―」

 そこで一度言葉を切る。ごくりと飲み込んだ唾が大きな音をたてた。

 アーティの真剣な瞳の色からコウはついにその時がきたのかと思った。

 ばれてはいけない秘密を守るために、大罪人である自分がやらなければならないこと、それはつまりそういうことだろう。


 コウは覚悟を決め、真っ向からアーティの視線を受け止め、最後の言葉を待つ。

 殺すこともできない、公表することもできない人間の扱いなんて決まっている。

 コウの脳裏にまたすえた匂いが充満する石畳の牢屋が浮かぶ。


「竜騎士にふさわしい人材になって頂く必要がございます」

「へ…?」


 予想とは違った言葉に間抜けな返答をしてしまった。

 竜騎士にふわさしい人物になる?それはどういうことだろう。また投獄されるのではなく?

 目を白黒させるコウを置き去りにして、アーティの言葉は続く。


「竜騎士とは誓いをもって契約を交わし主のそばに侍りあらゆる万難を排し、主の秩序と平穏を守る騎士の中の騎士。あなたはその竜騎士に相応しい人物になっていたたくため、我らの騎士養成学校に通っていただきます」


 台本を諳んじるように澱みなく話すアーティにコウは口を挟むことができず、頭の中で疑問符が満ちるのであった。


「ですが、いきなりあなたを騎士学校にいれたところでなんの教養もない人間が立派な騎士になれるはずもありません」


 ずいっと顔を寄せるアーティに思わずコウはのけぞった。アーティはそれはそれはとても優しい笑みを浮かべてこういったのだ。


「ですので、騎士学校に入学までに、あなたには我々の特別講義を受けていただきます」


 キンッと硬質な音がどこかで響く音をコウは聴いた。


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