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クォヴァディス ―滅びの剣と竜姫の誓い―  作者: フォンダンショコラ
第1部 序章 竜の姫と滅びの剣
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第1話 罪人と美しき竜の姫

この作品はカクヨムにも投稿しております。

https://kakuyomu.jp/works/16818792439326449662

「実験は最終段階だ。奴の中の『滅剣』を強制解放させろ」


 幾重にも結界が張られた薄暗い儀式室で、ガイウス将軍は冷徹に命じた。彼の視線の先には、石の台座に拘束された一人の少年が、苦悶に喘いでいる。


「しかし将軍、これでは器が持ちません。最悪の場合、この帝都の一部も……」

「構わん。竜の女帝ィリーリアを討つことが至上の命題だ。世界の調停者気取りのトカゲどもを一掃するためなら、この程度の犠牲、何も問題はない」


 研究者の懸念を一蹴し、ガイウスは口の端を歪める。


「始めろ」


 その号令と共に、少年の身体に直接繋がれた魔力供給装置が最大出力に達した。少年の絶叫が響き渡り、両目から血の涙が流れる。やがてその身体から噴出した純粋な破壊の化身である黒い力が、儀式室そのものを軋ませ始めた。


「おお、我が主よ。始まりにして終わりなるものよ!彼の器と呪あれ!」


 おぞましい力が少年の体に吸い込まれるように収束していく。

 その様子をガイウスの狂気じみた高笑いが彩り、暗い部屋の壁に反響し、幾重にも折り重なる。


「さあ、破滅を讃えよ!終焉を崇めよ!全ての生あるものを捧げよう!」

 

 —これは、一人の少年が、愛する者を守るために、世界そのものに牙を剥く物語の始まりである。


◆ ◆ ◆


 牢の中は静寂に包まれていた。

 湿気を帯びた空気が冷たく、薄暗い石壁には苔が生い茂っている。鎖の音だけが、その沈黙を切り裂いていた。

 コウは手首と足首を重い鎖に繋がれ、動くたびに鋼の空気の冷たさが肌を刺すように感じた。申し訳程度にひかれた藁と身にまとうボロだけが唯一のぬくもりだ。

 ここが自分の「罪」を償うべき場所だと、何度も教え込まれてきた。しかし、罪とは一体何なのか。その答えはいつも霧のように掴めないまま何度目かの冬が過ぎていた。

 鉄格子の向こうで、二人の看守が目を合わせないようにコウを見つめていた。その一人が小さな声で囁く。


「近づきすぎるなよ。奴が…『力』を使うかもしれん」

 もう一人の看守が冷や汗を拭いながら、コウに向かって嘲笑うように叫んだ。

「おい、化け物!今日の食事だ。感謝しろよ、罪人め」

 その言葉に、コウは微かに顔を上げた。瞳にはわずかながらの怒りと、抗うことのできない宿命の重みが宿っていた。

 看守の恐怖を見透かすかのように、彼は何も言わずに視線を逸らした。

 コウは無言のまま、差し出された食事の皿を見つめていた。

 パンのような固い塊と、冷めたスープ。それが今日も彼に与えられた「施し」だった。

 看守の一人が、鉄格子の向こうからさらに一歩引き、眉をしかめながら言った。

「お前のような存在がこの世にいるだけで、帝国全体が危険に晒されるんだ。分かっているのか?」

 コウは返事をしない。

 彼の視線は虚空を見つめているかのようだった。

 彼の心の奥底には、常に一つの問いが渦巻いていた。

 なぜ、自分が罪人とされるのか。なぜ、自分はこの力を背負わなければならないのか。

「どうした?返事もできないのか、化け物が」

 もう一人の看守が嘲笑しながら言う。


 しかし、彼の声にはわずかに震えが含まれているのをコウは知っている。

 おかしなことだ。薄暗い牢の中、鎖で繋がれ弱りきった自分のことが怖いのだ。

 コウはその嘲笑を聞き流し、瞳を閉じた。

 かつて、自分には家族や友がいたはずだと記憶の片隅に残っている。

 幽閉される以前の記憶はぼんやりとしか思い出せず、まるで夢の中の出来事のように薄れてしまっていた。

 唯一確かなのは、自分が滅びの力と言われる「滅剣」を持っているということ。

 そして、その力は先代の持ち主から受け継いだ継承者であること。


 それはまごうことになき罪だと言われた。


 前任者が行った数々の破壊が、コウ自身の罪とされ、彼はその罰を受け続ける義務があるのだ。

 鉄格子の向こうで看守たちが小声で何かを囁き合う。時折、彼らの視線がコウに向けられるが、その目には明らかな恐怖が浮かんでいる。

 彼らにとって、コウはただの危険な「兵器」なのだ。

 コウは拳を軽く握りしめた。その手には何度も擦り切れた傷跡と茨を思わせる黒い文様が刻まれている。それこそが継承者の証なのだと、そう教えられた。

 自分がこの力を自由に使うことができたら、この牢獄も、そして看守たちも簡単に消し去ることができるのだろう。

 だが、その力を使うことはできない。使おうと意識すれば思考にモヤがかかり途端に意識が朦朧とする。


「僕は本当に罪人…」


 コウは心の中で静かに問いかける。答えは誰も教えてくれない。

 答えを知るためにはどうしたらいいのだろうか。声は反響して壁に吸い込まれて消えた。

 コウが冷え切った牢の中でまた一つ、浅く息を吐ききったその時だった。

 鉄格子の向こうで足音が響き、看守が小声で何かを囁き合っているのが聞こえた。


「おい、トカゲ共…王族が来るぞ…何を考え…だ?」

「聞いてなか…か?こいつ…引き渡…だ!」

「ほん…か!」


 看守が通路の向こうで慌ただしくなにか話している。

 ここまで変化、騒がしくなるのは牢に入れられてから初めてかもしれない。

 少し興味が湧いて顔を上げると声が聞こえてきた。


「このようなところによくいらっしゃいました」

「礼はいらない。ここか?」


 その声は不思議とよく通る声だった。静かだが、鈴を転がすようなきれいな声音がコウの耳に馴染むように入ってくる。

 牢に通じる扉がぎぎぎと軋みながら開いた。その先から、優雅でしなやかな足取りで現れたのは、見目麗しい若き女性だった。

 あまりの美しさに目を見開き息を呑んだ。


 白銀の髪がウェーブを描きながら肩にかかり、まるで月の光がそのまま彼女に降り注いでいるかのように柔らかな輝きを放っている。

 彼女の肌は白磁のように透き通り、かすかな光に照らされて滑らかに輝いている。両方のこめかみあたりからは、竜の名残を象徴する美しい二本の角が上品に伸び、彼女がただの人間ではないことを示している。その特徴的な角を持つ彼女は竜人族。帝国と最近まで戦争をしていた国の種族だったはずだ。コウも家で聞かされていたことを不意に思い出す。


 柳眉は三日月のごとく、柔らかくも毅然とした形で額の上に描かれ、ぱっちりとしたアメジスト色の瞳は冷静な光をたたえてコウを見据えている。その瞳の奥には、鋭さとともに、深い思慮が垣間見えた。

 身長はコウよりも小柄で、160に届かないほどだろうか。しかし、彼女の纏うオーラはその小柄な体躯を超えて荘厳で、まさに女帝としての風格が漂っていた。

 衣服もまた、白百合を連想させるような気品と美しさを感じる白いドレスで彩られ、気高さと純潔さを感じられる。


「あなたが…『滅剣』の継承者なのね」


 白百合の彼女は、冷静で凛とした声でそう告げた。声のトーンはどこか無情を感じさせるが、その奥に微かな興味と疑問が潜んでいるように聞こえる。

 アメジストの視線はコウをまっすぐみており、ぽかんとほうけたように見上げているコウの黒い瞳を覗き込むようであった。見つめ合っている形であると気づいたコウは慌てて視線を逸らした。

 高貴な彼女の姿は自分にはとても眩しく、目が焼けそうだった。

 しかし、彼女の瞳には何かが映っているように微動だにしなかったことに視線をそらしたコウは気づかなかった。彼女はコウの存在をただの「罪人」としてではなく、何か別のものとして捉えているかのようだった。


「姫さま。あまり近寄ってはなりませんよ」


 新たな女性の声が彼女の後ろからかけられた。

 他に人がいることに気が付かなかったコウはおずおずと恐れるように視線を向ける。

 牢の前に立つ白百合の彼女(姫と呼ばれていたからやはり高貴な方なのだろう)の背後に、4人の影が控えていた。

 その四人から、今まで気づかなかったのが不思議なくらいコウへ突き刺さるような視線を向けられていた。

 四人の影は姫を守るように警戒した視線をコウに向けている。

 護衛かなにかなのだろう。

 彼らの強力な存在感が、コウの閉ざされた世界に新たな緊張感をもたらしていた。竜人族の姫というのだから、その護衛や付き人もまた竜人族なのだろう。本物の竜と対峙しているかのような圧迫感すら感じる。

 【姫さま】に注意をした人は一言でいうと青い。

 清廉という言葉がよく似合う青の女性は、腰まで届くほどの冷たい青色の髪が印象的な女性だった。彼女は姫を心配そうに見ている。見守るようにする眼差しからは親しみと優しさが滲み出ていた。

 穏やかな水の流れを思わせるようなドレスアーマーを着た彼女はスレンダーな体型ながら、どこか柔和でたおやかな雰囲気を漂わせ、彼女の周りに温かな空気を生み出している。

 しかし、その外見とは裏腹に、彼女の体には強大な力が秘められているのがわかる。


「アーティの言う通りですぞ、陛下」


 しゃがれた声は初老の男性から発せられた。


「封じられているとはいえ滅剣の継承者。何があってはこまります。」


 初老の男性はまるで存在が沈むようだ。黒を基調とした服を身にまとったその男性を、まるで歴戦の老兵のようだなとコウは思った。

 彼の鋭い眼光と長い口ひげが、長年の経験と戦闘の傷跡を感じさせる。

 年齢は一番上、老人ともいえるが風貌の彼は、刀を腰に構え、どこか冷ややかな視線をコウに向けている。

 その表情は冷酷なもので、ともすれば、コウは自身が刀に貫かれる姿を想像してしまいそうなほど、鋭く静かな殺意が秘められているのがわかる。

 おそらく何かきっかけさえあれば一瞬でコウは首をはねられているに違いない。


「フゥの旦那の言う通りだぜ姫さん。見てくれは餓鬼だとしてもそいつは滅剣の継承者だろ、危ないぜ」


 そういったのは、紅蓮を纏う巨漢。恵まれた体躯をもつ暴力の化身のような男。

 赤髪の紅瞳からは熱すら感じそうなほどだ。胸元を開く軽装から覗くのは鍛え抜かれた体だ。筋骨隆々とした体型にも関わらず泥臭さはなく、むしろ清潔感がある。背後で腕を組んでこちらを睥睨している。その眼光は目の前の滅剣の継承者たるコウを射抜かんばかりだ。


「ラナ、狭いのだからもう少し端によってくださいな」


 最後の女性がそういった。紅蓮の巨漢―ラナを押しやるように前にでてきたのは、妖艶な雰囲気を漂わせるおしゃれなデザインのモノクルをつけた女性だった。

 モノクルの女性は妖艶ながら、理知的な雰囲気を纏い、モノクルから覗く鋭い翠色の目が特徴的だった。彼女の肩にかかるウェーブのかかったブラウンの髪が体の動きに合わせて揺れている。体にピッタリとしたドレスを身にまといながらどこか学者然としており、先生という言葉がよく似合いそうだった。

 コウをじっと観察する視線には、彼の内面を見透かすように見つめ


「あら、あなた・・・」


 何かを察したのか目を細めてみせた。怪しくモノクルが光っているように見えた。あれはなにかの魔具というものだろうか。

 彼女は何か納得したのか、小声で「なるほど、そういうことね」と呟いた。その様子に、【姫さま】が振り返った。


「レム、何か見えたの?」

「はい。陛下。滅剣の力は意識の表層から封じられているようですわ」

 レムと呼ばれた女性はモノクルを持ち上げながら言った。

「おい、レム、つまりどういうことだ?」

 頭に手を当てて聞いてくるラナに、レムはため息を一つ付きながら仕方ないといった感じで答えた。

「あくまで簡易的なので、あしからず。脳筋頭にもわかりやすく噛み砕いて伝えますと、彼の体になんらかの封印術がかけられていますの。もっとももう少し深くみないと封印の種類までわかりませんが、少なくとも今すぐどうにかってしまうというものではありませんわ」


 レムの答えにラナは「なるほど」と頷いて納得した。続いて【姫さま】が「そう、わかった」といいながら、振り返りながら再びコウに視線を向けると、全員が改めてコウを見た。

 全員視線がコウに注がれる中、【姫さま】は冷静な表情でコウに向き直り、彼の本質を見極めるかのように話し始めた。


「滅剣の継承者、コウ。我々はあなたを引き取りにきました。あなたにはこれから私達の国、ハルディンに来ていただきます」


 予め準備していたセリフを読み上げるような平坦な口調で【姫さま】は言うと、コウに感情のこもらないガラスのような瞳を向け、【姫さま】を見上げようとしたコウと視線が絡んだ刹那―


 —キィィン。硬質な音が頭の中でなり響いた。


 その瞬間、運命の扉が開いたのだと、この時の僕はしらなかった

数多ある作品の中から、拙作を読んでいただきありがとうございます。

これからコウと【姫さま】の物語が始まります。

末永く見守っていただけたら幸いです。


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