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「第七話」有角の鉄鬼


 散乱する瓦礫、徐々にその勢いを増していく炎。

 逃げ惑う人々が発しているのが叫び声なのか、それとも断末魔なのかを判別する術は、今の私にはない。耳から伝わり脳を叩き続ける沢山の音は、聞けば聞くほど気が遠くなるような気がした。


 ぎぎいっ、っぐぅうううんっ。 


 対峙する駆動音の主。トカゲのような形をした”鉄鬼”に睨まれ、私は自分が置かれている状況の”詰み具合”を察した。

 

 まず手元に武器が無い。”風塵掌”はファソネさんに渡し、彼女は今この瓦礫の下でおばあちゃんと一緒に下敷きになっている。私が直接立ち上がり、戦うことはできない。

  

 次に、私を守ってくれる人はいない。おばあちゃんとトウテツさんは、今も瓦礫の下だ。

 

 「……あ」


 漏れ出た声にならないうわ言を合図に、鋼鉄のトカゲはこちらへと突っ込んでくる。

 最早そこに迎撃とか回避とか、この場を凌ぐための方法を考えるとか、そんな事を考える余裕も時間もなかった。


 「ヴァラァアアァアッ”ッ”ッ”!!!!!」


 割り込むように、雄叫びとともに拳を振るう男。

 がちん、ぱきゃあっ! 工具を握りしめた拳が”鉄鬼”の頭部を殴り飛ばす。するとそれは膂力による破壊ではなく、神速の神業による分解でバラバラになってから地に伏したのだ。


 「……トウテツさん!」

 「無事か!?」


 駆け寄ってくるトウテツさんに私は情けなく抱き着いた。

 助かった。

 まだ生きてる。その実感が、彼の胸の奥から聞こえる熱い鼓動によりより鮮明に身に沁みる。


 「おばあちゃんは!? ファソネさんはどこに!?」

 「多分まだ瓦礫の下だ! 手伝え、とっとと掘り起こしてズラかるぞ! この街はもう……」


 空をゆらゆらと泳ぐ鉄のなにかを、トウテツさんは歯噛みしながら睨みつけていた。


 「急げ!」

 「は、はいっ!」


 積み上がった瓦礫に突っ込み、片っ端から掴んでどかしてまた掴む。

 考えるのを一旦止める口実として、この激しい単純作業はピッタリだった。落ち着きたい、静かなところで深呼吸がしたい、逃避したくても逃げ切れない現実にそれでも背を向けながら、私はただひたすらに祖母の名を叫び続けた。


 「おばあちゃぁああああああああああんん!!!!!」


 今この瞬間、次の一瞬で、背後から新たな”鉄鬼”が来るのではないか? そこら中に奴らの駆動音は響いている。どこから来ようがもうなんら不思議ではなかった。


 「どこだ、どこにいる……っ、畜生!」

 「えっ、あっ……!?」


 掴まれ持ち上げられ、トウテツさんの肩にぶら下がるような形で担がれる。そのままこの人はくるりと瓦礫へと背を向け、勢いよく走り出したのだ。


 「トウテツさん!? 待ってください、まだファソネさんとおばあちゃんが……」

 「馬鹿野郎! 見なくても分かるだろ、囲まれてんだよ俺達は!」


 そう言って、腰の工具ベルトから二本を引き抜き握りしめる。──顔を上げると、目の前には四足獣のような”鉄鬼”が突っ込んできていた。


 「ヴァ”ラ”ァ”ァ”ァ”ッ”!!!!」

 

 唸り声とともに放たれる拳。瞬時に空中分解する”鉄鬼”の残骸を払い除けながら、トウテツさんはとにかく走り続けていた、走ることをやめなかった。

 駆動音はまだ響いている。数秒前よりも多く、騒がしく、何より近くはっきりと。


 駆動音。抱えられながらの限られた視界だけでも二体の”鉄鬼”が、徒党を組んでトウテツさんに襲いかかる。


 「っ、クソッタレぇ……!」

 

 前方への一撃。装甲が開き、中から赤やら黄色やらのコードやら基盤が現れる……だが、既に背後の一体は私の無防備な腹部へと牙を向き、飛びかかってきていたのだ。──視界が回る。浮遊感を覚え、地面に投げ飛ばされたことを理解した。


 「きゃっ……つぅ」

 「がぁああああぁっぁああああああああああ!!!!!」


 顔を上げると、そこには一体の”鉄鬼”に右肩を齧られているトウテツさんの姿があった。痛みに悶え足元をふらつかせる彼の肩からは、決して少なくない量の血が吹き出していた。


 「トウテツさん!!!」

 「ぬぅう……ううううっっ……」


 続々と周囲から集まってくる他の”鉄鬼”たち。怯んだトウテツさんを集団で嬲り、喰らおうとしているのだ。これは狩りだ、数で獲物をずたずたに引き裂く狡猾な狼の狩りだ!

 右、左から追加で飛び掛かる二頭の”鉄鬼”の剥き出しの牙と爪。逃げられない、逃れられるはずもない絶体絶命に対し、私は……ああ。


 (私だけだ、どうにかできるの)


 気づくより先に、手は瓦礫を掴んでいて。


 「──っぅ! ぁぁあああああああああ!!!!!」


 投げた。立ち上がって、思いっきりぶん投げてやった!

 バギィン! トウテツさんの首に飛びかかっていた二頭のうち一頭の頭部にぶち当たったそれは、破壊とまでは言わなくてもその凶行を一瞬阻むことに繋がった。


 そしてその一瞬は、彼にとっての必殺の一撃を生み出すのには……十分すぎる時間だった。


 「……っぬぅ、がぁあっ!!!!」


 肩に噛みつく”鉄鬼”の首部分を片腕で掴み、ぐるんぐるんと遠心力をつけて……スイング! ぶん投げられた一体は、飛びかかっていたもう片方の”鉄鬼”にぶち当たる。

 一撃を受けたそいつらは完全に、隙だらけだった。


 「ヴァァァァラヴァラヴァラヴァラヴァラッ……ヴ”ァ”ラ”ァ”ア”ア”ア”ッ”ッ”!!!!!」


 それが空中から地面に落下する頃には、二体は既に原型を保っていなかった。部品ごとに細かく丁寧にバラされた結果、地面に追突した瞬間に硝子細工のように当たって砕け、飛び散ったのだ。


 「はぁ、はぁ……リア、ナイス……だ、ぜぇ……」

 「トウテツさん!」

 

 その場に片膝をつく彼に駆け寄り、私はその体を支える。酷い出血だ、早く止血しないと……衣服のなるべく汚れていない部分を破り、それを抉られた肩にきつく巻く。


 「うっ……」

 「ごめんなさい。私のせいで」

 「いいよ、気にすんな。……それに、もう治った」


 え? 驚く私をよそに、トウテツさんは再び立ち上がる。まだ血が滴ってはいるものの、先程まで浮かべていた苦しげな表情はどこにもなかった。


 ふと、思い出す。この人と初めて会ったあの時のことを。

 あんな重症を負ったまま長時間川を流れていたにも関わらず、適当に差し出したヤギのシチューを一杯を腹に流し込んだだけですっかり元気になったこの人のことを。


 考えてみれば。いいや、考えなくてもはじめからおかしかったんじゃないか?

 

 大怪我をしながら川を流れてきたのは分かる。多分、あの時から既に各地で朽ちていた”鉄鬼”が目覚め始めていて、トウテツさんはそれに襲われたのだろう。

 

 だが、なぜあんな大怪我が一瞬で治った?

 なぜあんな恐ろしい”鉄鬼”相手に、数本の工具のみであんな神業を繰り出せる? そもそも、あの時点では”鉄鬼”の脅威が無かったはずなのに、まるで”鉄鬼”を殺すために編み出されたような……いいや、そうにしか思えない。


 再生能力も、神速の分解術も、人間の常識ではどう考えても有り得ない、成し得ない。


 記憶を失っているという彼が自らの意思で”鬼ヶ島に行く”という目的を掲げている。そこには理由も、動機もない。なぜなら彼自身が、それに至る経緯全てを忘れているから。


 可能性の、辻褄が。

 既にある点と点が徐々に引き寄せられていき、結ばれ、私の中で一つの推測を導き出していく。


 ”彼は本当に人間なのか?”


 「……リア」

 「トウテツさん、その……」

 「伏せろッ!!!!!!!!!!」


 叫びと共に飛びかかられ、地面に背中を叩きつけられる。

 直後、目を開けるよりも前に爆風が吹き荒ぶ。砕かれた瓦礫の礫が降ってきて、私の中での危機感は一気にグツグツと音を立てて煮え始めていた。


 《おやおやぁ、”鉄鬼”共が既に殲滅したと思い込んでいたが……これは予想外すぎる誤算じゃあないか》


 機械的な、均一な声。

 砂埃に包まれたその全貌が、晴れていく。

 

 純白の装甲、機体中を怪しく迸る赤い光。重機関車のような排熱機構をあちこちに取り付けられたそれは、構造としては無駄を極限まで無くした俊敏な破壊といった印象であり、今までに言い伝えられてきたどの”鉄鬼”よりも屈強で、巨大で、最もヒトに近い構造でありながら、悍ましかった。


 (喋る……角有りの”鉄鬼”……!?)


 だがなにより、目の前の恐怖の頭部には歪な”角”のような部位が存在していた。

 まるで修羅のような鉄仮面と相まって、それはまさしく鉄の鬼……真の意味での”鉄鬼”だと、そう、思った。







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