「第六話」ファソネの秘密基地
「着いたぞ、ここだ。遠慮せず入ってくれたまえ」
ファソネさんが指差したのはまぁまぁな大きさの家だった。石を積み上げた壁、木製の屋根の上には可愛らしい煙突が突き出ており、さしずめ一般家庭といったところだろうか。
中に入るとこれまた普通の家だった。キッチンがありテーブルがありまぁまぁな大きさの窓があり、特にこの少女の異質さを表すような代物はどこにも見当たらない。
「ここがアンタのラボってやつかい? ただの家にしか見えないけどねぇ」
酔いが冷めたおばあちゃんは片手で頭を抑えながら不機嫌そうに指摘した。
だが、ファソネさんは笑っていた。
「ふっふっふっ、やっぱりボクは天才なようだ」
「はぁ? なに言ってるんだいアンタ」
「いや失礼、やっぱりそう簡単には見破れるものじゃないよなぁって思ってね」
「なんだよ気持ち悪ぃな。なんかあるなら勿体ぶらずに教えてくれよ」
トウテツさんとおばあちゃんは不満そうにファソネさんに詰め寄った。
それでもファソネさんは楽しそうにヘラヘラと笑いながら、首だけを私の方に向けてきた。
「リア、そこのテーブルを壁に寄せてくれないか?」
「て、テーブル?」
困惑しながらも家主の言うことを聞き、テーブルを壁の方へと寄せる。この行動になんの意味があるのだろうか、ただ単に模様替えを手伝わされているだけなのか……そう疑っていた私の目に、木製の板が敷き詰められた床の中にある”違和感”が映り込む。
「ここだけ、正方形……?」
「おやおや、やはり君には気づかれてしまったか」
ファソネさんが私の方にしゃがみ込んでくる。他とは違い正方形に嵌められた木材の部分を指で示し、「押してみたまえ」と言ってきた。
私は小首を傾げながらも、言われるがままにその正方形の上に手を置き、押す。
するとガコン、と。正方形はそのまま床へと沈んでいき、ガコンガコンとなにかが動くような音が、家をガタガタと揺らすほどの振動とともに鳴り響く。
「だぁっ、なんだこれ!?」
「”鉄鬼”の襲撃かい!?」
トウテツさんとおばあちゃんが臨戦態勢に入る中、ファソネさんは落ち着き払った様子で私に「大丈夫、そんなんじゃないよ」と言ってその場から立ち上がる。するとそれとほぼ同時に揺れは収まり、ファソネさんはキッチンの方へと歩いていく。
「おいファソネ! なんだよ今の、リアになにさせたんだ!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。とりあえずこっちに来てみてくれ」
トウテツさんは顔をしかめながらもキッチンの方へ行く。
すると「すげぇ」と、顔が酷く驚いたような形になって、固まる。
「どうしたんだい、トウテツ」
おばあちゃんが若干の警戒をしながらキッチンの方へ行き、トウテツさんと同じ方向を見て、「たまげたねぇ」と目を見開いて固まっていた。
なにが二人をそこまで驚かせているのだろう。遂に私の中に渦巻く恐怖や不安よりも興味が勝ち、私は立ち上がってキッチンの方へ行き……その方向を見る、そして。
「……なに、これ」
驚きだった。ただただ、先程までなかったはずのそれがあることが信じられず、なんて言えばいいのかが全く分からなかった。
「誰だって一度は作ってみたくなるものだろう?」
誰よりも先陣を切り、開かれた床……その奥底に広がっている階段を降りながら、ファソネさんは言う。
「俗に言う、秘密基地ってやつさ」
◇
階段の下を降りるとそこには沢山のガラクタで埋め尽くされている空間があった。メタリックなものばかりが散乱するそこは、一見すると”鉄鬼”の巣窟のように見えなくもない。
「すごい……これ、全部ファソネさんが作ったんですか?」
「勿論だとも。ああ、あんまり色々触らないでくれよ? 武器とか普通にあるから」
トウテツさんとおばあちゃんの方を念入りに睨むファソネさん。見るとそこには既に物騒ななにかを一つずついじっていた二人がいた。すぐさま自分の背中側にそれらを隠した二人は、決まりが悪そうに持っていた武器のようなものを元の場所に戻した。
「さてと、リア。君のその……えっと」
「これは”風塵掌”っていうんです。空気を吸い込んで、それを一気にボンっ! ……って出すんです」
「なるほど、それは面白い仕組みだ! ひょっとしてこれは英雄の遺物かい?」
「そうですね、もともとは私の街に置いてあったもので……」
黙ってしまう、言葉が詰まってしまった。
ファソネさんは一瞬小首を傾げたが、すぐに目元がスンッと冷めて、瞼を閉じた。
「さぁ、早くそれを見せてくれ。こういうタイプの英雄の遺物を見るのは初めてだからな、じっくりと見てみたい」
「あっ、はい。どうぞ」
私は”風塵掌”をファソネさんに渡す。ファソネさんは受け取るや否やすぐにそれを舐め回すように見つめ、ぐるぐると色んな角度から何かを見定めるような様子だった。
「……素晴らしい」
キラキラと目を輝かせながらとても楽しそうで、そこだけは、年相応の子どものように見えた。
「念の為確認するが、内部構造を見るためにこれは一旦分解したい。修理点検の上、完璧に元に戻してみせるが……構わないね?」
「はい、お願いします。それであの発明品のことを許してもらえるのなら」
「感謝するよ。じゃあボクはしばらく”これ”と遊んでるから、適当にそこら辺でくつろいでいてくれ」
そう言うとファソネさんは部屋の奥側の机の方に向かい、椅子に座り……ブツブツとなにかを呟きながら”風塵掌”を弄り始めた。
正直変な人だなぁとは思ってしまうものの、反応が素直だったり発明品の件を割とすぐに許してくれたり……なんとなく悪い人ではないということは分かるし、寧ろいい人だとも思う。
(……それにしても)
なんだか落ち着かない空間だ、と。改めて周囲を取り囲むように積み上げられた機械のあれこれを見て、私はどこか不安感を覚えずにはいられなかった。
いや、分かっている。ここにあるのはあくまでファソネさんが作った機械の発明品の数々であり、”鉄鬼”がこの中に潜んでいるとかそういったことはあり得ない。
それでも、怖い。
街が”鉄鬼”に襲われ滅ぼされたあの日から、私は機械そのものに対する恐怖を抱いてしまっているのだろう。
「なぁ、リア」
「えっ?」
横を見ると、そこにはトウテツさんが立っていた。
「大丈夫か? なんか浮かない顔してたけど」
「ああいえ、全然大丈夫です」
「ふーん、そっか」
”それならいいや”と安心した様子でその場に座り込むトウテツさん。退屈なのか、触っていいかどうかわからないファソネさんの発明品をつついたり眺めたりしている。
聞くなら今だ。
「……その、トウテツさん」
「ん?」
「さっき、店で”鬼ヶ島に行く”って言ってましたよね? あれってその、どういう意味なんですか?」
ここに来るまでずっと考えていたものの、やはりその真意は一ミリもわからない。なにか覚えていることがあってそれに準じているのか、そうだとしてもあんな場所に行くほどの理由が一体何なのか、それを知ってからでないと私は自分の願いを聞いてもらう気になれなかった。
「どうって言われてもなぁ」
対してトウテツさんは困ったような顔をしていた。言い訳を考える子どものような素振りを見せながら、ボリボリと頭を掻いている。
「わかんねぇ。ただ、なんとなく俺はあそこに行かなきゃいけねぇんだ」
「それは、記憶を取り戻せるかも知れないから……ですか?」
「それもあるけど、やっぱり俺は鬼ヶ島に行かなきゃいけねぇんだ。なにもわかんねぇけど、それだけはどうしても分かるんだ」
困ったような顔ではあったが、それでも定まった何かを見据えたような目だった。
彼の中でやるべきことも、目指すべき場所も、あやふやながらに覚悟が決まっているのだろう。
(……私も)
お父さんを、助けたい。
そのためには、やっぱりこの人の協力が必要だ。
「あの、トウテツさん。私──」
……。
……光。
眩い光がふわっと視界を埋め尽くして、次に耳の奥へと何かが大きく雪崩込んできて。
(……?)
痛いとか苦しいとか言うより、衝撃が身体をビリビリと駆け巡る中、私は少しずつ戻って来る視界を頼りに周囲を認識しつつあった。
なに、今の。
視界が捉える、答えが視界に広く映り込む。
火。
炎。
壊された全てが、町並みを作り上げていたなにかがそこら中に広がる中、私は脳の奥から引きずり出される凄惨な光景と、目の前に広がる惨劇を重ね合わせていた。
「……ぁ」
晴天だった。
晴天だったはずの空が、真っ黒に染まっていた。──いいや、違う。そこには浮遊する巨大な平べったいなにかが何体か泳ぐように浮遊していて、そこから無数の鉄の塊が落とされ続けていて……それが、今もなお爆音と共に街を物理的に叩き潰していて、それで、それで。
──がこん。ぎぎぎぃぎぃいいいいいいいっ。
「……あっ」
恐らくここを、ファソネさんの家を物理的に潰したであろう鉄塊の形が、変わる。
卵から雛が孵るように、駆動音とともに手が、足が現れる。
その姿はまるで地を這うトカゲ。虚ろに、怪しく光る赤い瞳が、私を睨みつけてくる。
「……”鉄鬼”」
蛇に睨まれた蛙。
瓦礫と炎に囲まれながら、その言葉の意味を再度巡らせ、実感した。