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「第四話」決意

 「おばあちゃん……ちょっと、待って……」


 クタクタでゼェゼェでもう大変だった。一度日が落ちてまた昇るぐらいの時間は歩いただろうか? 歩きっぱなしの私の意識は朦朧としており、トウテツさんの肩を借りてどうにか立っている状態だ。

 いや、普通に疲れたのもあるのだがこの武器が重い。おばあちゃんから託されたこの”風塵掌”が、使命とか意思とかそういうのじゃなくて物理的に本当に重くて重くて仕方がないのだ。


 「大丈夫か? 重いならそれ持ってやるけど」

 「だっ、大丈夫ですぅっ!」


 強がってはいるが正直もう限界だ。これ以上の距離と時間をこれから歩き続けるとなると、そろそろ本気でぶっ倒れかねない。


 「……おお、あれかい」


 丁度そんなことを考えていた矢先だった。片手で日差しを遮りながら、先頭に立つ祖母が丘の下を見下ろしていたのは。


 「どっ、どうしたのおばあちゃん……下に、なにかあったの?」

 「中々デカい街だね。アタシらと同じぐらい……いや、それよりも大きいねぇこりゃ」

 「街!? 着いたの!? ほんとに!?」

 「ああ、ただちょっぴり面倒なことになってるみたいだねぇ」


 ようやく休めると思い込んでいた私の耳に、その”ちょっぴり面倒なことになっている”という言葉が嫌に響く。私は知っていた、おばあちゃんが使うちょっぴりとかちょっとという言葉は、全然その役割を果たしていないということを。


 見たくない。

 この疲れ切った体と心で、現実を見たくない。


 「なんだなんだ、面白そうな言い方だなおい」

 「トウテツさん……」


 抗うことも駄々をこねる気力もなく、私は肩を貸してもらっていたトウテツさんに引きずられるかのようにおばあちゃんの隣に立つ。

 そして見下ろす。街を囲むように聳え立つ巨大な外壁に囲まれた町並みを、その壁に少しずつしかし確実に近付いてくる巨大な影を。


 「あれって、もしかして”鉄鬼”!? 嘘、あんな大きいのまでいるだなんて……」

 「まぁまぁな大きさだね。だが妙だ、奴ら普段は群れて行動してたくせに取り巻きが見当たらないねぇ……ハグレかねぇありゃ」

 「ちょっと! このままじゃ街に入られちゃうよ! 早く……」


 戦わないと。そう、言おうとして思い出す。

 目の前にいる頼もしい歴戦の老婆はもう戦えず、その武器と使命をとっくに託し終えたことに。──そしてそれらを受け取ったのは、私だということも。


 「初陣にしちゃあ荷が重いかもしれんが、まぁ」


 ぽん、と。肩を叩かれ、私の手を……”風塵掌”をさすってくる。


 「アンタはアタシの孫なんだ。胸張って、自信持ってぶちかましてきな!」

 「……うん!」


 恐怖が拭えたわけじゃないし、正直断って武器を返したいぐらいには足が震えている。

 そのうえで私は、柄を握りしめた。この人みたいに戦いたいと思ったのだ。


 「おいおい、俺ぁ仲間外れか?」

 「トウテツさん……」


 工具を数本握りしめた彼は、既に準備万端だと言いたげに口の端を吊り上げていた。

 

 「ってか、滅茶苦茶腹括ってるのはまぁ分かるんだけどよ、リアはまともに戦えるのか?」

 「そこは心配ご無用ってやつさ。こんな小娘でもアタシが定期的にシゴキまくってやってるからね、街では遅れを取っただろうが今回はそうはいかないよ……なぁ?」

 「……! ええもちろん! あんなやつ、ボッコボコのスクラップにしてやるんだから!」


 期待されていることが嬉しくて、私はついつい強気に返事をしてしまった。その後に無言になってしまった二人の視線がなんだか生暖かくて、思わず赤面してしまう。

 

 「……なら大丈夫だな」


 うっし。

 そう言って、トウテツさんはなんと、下り坂のようになっている丘に飛び込み……そのままジャリジャリと音を立てながら下っていったのだ。


 「えっ、ええ!?」

 「前線には俺が出る! お前は隙を見てそいつをぶち込んでやれ、無理すんなよ!」


 ぽかんとしている自分を奮い立たせ、私は見様見真似で丘を滑り降りる。風がすごい、勢いがすごい、耳に入ってくる風を切る音がすごい。


 「私、だってぇ……!」


 踏ん張り、足腰に力を込め。

 逆方向。即ち地面に掌を向けた”風塵掌”の風撃の勢いを利用して、飛ぶ!


 「戦えるんだぁぁぁぁぁぁあっっ!!」


 トウテツさんを飛び越え、空から”鉄鬼”を見下しながら、私は弾丸の如き勢いでその装甲へと突っ込み……飛び乗った。


 (内側から吹き飛ばす!)


 興奮そのままに両手から風撃を放ち、”鉄鬼”の内側から爆発を引き起こす。

 ど、ごん。”鉄鬼”の内側から火が吹き出る。

 直後、放った衝撃と同じぐらいの反動により、私は”鉄鬼”の装甲を離れて宙を舞う。


 「い、いっ……たぁ……」


 凄まじい痛みだった。骨が、肉が、感じたことのない痛みの余韻に震えていた。

 これが、おばあちゃんが感じていた痛み。

 これが、おばあちゃんが隠し続けていた痛み。

 物理的にも責任の意味でも重すぎたそれは、私に”着地”という行動を想起させるのを一瞬遅らせた。ああしまった、もうすぐそこに地面が。


 「おおっとぉ!?」


 地面よりも柔らかく、しかし逞しいモノに私は受け止められる。


 「……セーフ、だよな?」


 目を開けるとそこには、両腕で私を受け止めたトウテツさんがいた。驚いていて、でも安心したような……はだけた首元の筋が色っぽくて、もう、あっ。


 「……あっ! あっ、すみません重いですよね降りますごめんなさい!」

 「うぉおお急に暴れんな危ねぇって! ……っぶねぇな」

 「す、すみません」


 両手で顔を覆いたかったが腕が痛くて重くてそんなこともできやしない。私はゆっくりとトウテツさんの手を借りながら地面に再び着地し、二本足で立つことができた。


 「にしても、派手にやったな」


 トウテツさんはそう言って、私の両腕の”風塵掌”を交互に見た後に、激しく炎上する”鉄鬼”の方を見た。私も釣られてそちらを見ると、朽ち果てた装甲が周囲の空気が歪むほどの炎に包まれていた。


 「まぁ、この”風塵掌”は英雄様の遺物ですから……私なんかが使ってもこれぐらいはできますよ」

 「いやいや、そうじゃねぇって。なんだよあれ、あの崖からドカーンって飛んで? そんで俺を追い越して”鉄鬼”の身体に飛び乗って直接ぶん殴って? いやいやいや……前線はどうのこうの言ってた俺の立つ瀬がねぇよこんなの」

 「いやいやいや! ぜんっぜん着地考えてませんでしたし、トウテツさんが受け止めてくれなかったら……」

 「すげぇよ、ホント」


 思わず顔を上げると、そこには興奮した様子のトウテツさんがいた。

 そこには取り繕った様子や気遣いをしている感じも見えない。この人は心の底から、本心で私のことを褒めてくれているのだ。


 「……ありがとう、ございます」

 

 なんだかそれが現実味がなくて、失礼だと分かっていても顔を逸らさずにはいられなかった。──ぽん、と。そんな私の肩を叩いたのは、上機嫌なおばあちゃんだった。


 「やるじゃないか、初陣にしてはちょっとばかし派手すぎるが上出来だ」

 「……ねぇ」


 ずっと、こんな痛みに耐えてたの? 

 両腕の重みと、ようやっと落ち着いてきた痛みを握りしめ、その愚問を喉の奥に引っ込めた。答えはわかっているし、その証拠に私が今ここに立っているのだから。


 「……私、頑張るね」

 「当たり前じゃないか。少なくともアタシよりも強くなってもらわなきゃ困るからね」


 がはははっ。豪快に笑うおばあちゃんは、私の方をバシバシと叩いてきた。


 「……ん? なんかあっちから変なのが来てるぞ」

 「え?」

 「あん?」


 トウテツさんはそう言って遠くを指差していた。私とおばあちゃんは目を凝らしながら遠くを見る……なんだあれ、すごい勢いで砂埃が舞っている。人じゃないし動物でもないし、”鉄鬼”と言うにはあまりにも平たくてちっちゃいような……ってか、あれ?


 (あれ、人が乗ってるような……?)

 「おやおや、凄い勢いでこっちに近付いてくるね。このままじゃアタシらは挽き肉だねぇ」

 「んー、ありゃ機械っぽいな。うっし、任せろ」

 「えっ、トウテツさん!?」


 なんとトウテツさんは工具を握りしめ、向かってくる箱のような”鉄鬼”の方へと突っ込んでいく。近づく、近づく……そして激突の瞬間、トウテツさんは宙を舞った!


 (なんて、跳躍力) 


 空中でくるくると回ったトウテツさんは着地。


 「……え、止まってなくない?」


 ん? 待てよ、このままじゃ正面衝突してしまう! 

 ああ回避は間に合わない、あんな鉄の塊の体当たりに防御なんてしたら木っ端微塵だ! 


 (死──)


 ぱきゃん。

 がらがら、がっしゃん。


 「……え?」


 なにが起こった。私が恐る恐る目を開けると、そこには残骸が広がっていた。

 細かなものから大きなものまで……なんとなく見覚えのあるものはつい先程まで自分に突っ込んできていたあの鉄塊の一部だということがわかる。


 「いっちょ上がりぃ!」


 こっちに向かってトウテツさんがピースサインをしてくる。

 ああなるほど、あの人が全て分解したのか。いやそれにしてもやはり信じられない神業だ。


 散乱する部品。その中心に、わりと大きな塊が……うん?


 (あれ、これって……人間?)

 「うううっ、うう……」


 もぞもぞと手足を動かし、ガバっと起き上がる。やはり、その塊は人間……しかも子供、少女だった。

 なにがなんだかよくわからなかったが、私はとりあえず大丈夫かと手を差し伸べようとした、だが。


 「お、お前ら……よくも、よくも……」

 「え?」


 鋭い、でもすぐにぐちゃっと濡れた目元になって、そして。


 「よくもボクの”鬼武者”を壊したなぁ!? 自信作だったのにぃぃぃぃ!!!」


 うわぁぁぁん!!

 少女の年相応な絶叫が響き、私達三人はどうしていいかわからないままその場に立ち尽くした。

 




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