序章-幕間 狗ノ間
活火山の山頂付近を思わせるゴツゴツした岩のような黒い地盤に、陽の光が一切当たらず、星1つない暗い空で構成されたここは祟魔たちの住まう世界・祟界。
祟界の西方の一角には神社などでよく目にするであろう瓦屋根に朱い柱で構成された神殿らしき建物がある。名を白陵伏魔殿。
白陵を統治する城主・光陰の住まう殿として知られているそこは、並大抵の祟魔ではまず入れないようになっており、必ず門番に通行証を見せる必要がある。
そんな規制の行き届いた伏魔殿の廊下をガタイの良い男が1人歩いていた。
毛先の跳ねた首までの赤髪には犬耳が生え、今にも人を殺せそうな鋭い赤い目をしている。臙脂色の着物と袴を纏っており、尾てい骨からは赤い尻尾がしゅんと垂れ下がっていた。
「はぁ~~……やってしもうた……」
犬耳を下げながら盛大に溜息を吐く彼の名は緋霊。祟魔の中でも上の等級に位置し、白陵伏魔殿でもその地位はかなりのもの。なのだが、今しがた少女殺害の任務に失敗したばかりであった。
標的は北桜秋葉。蜘蛛型の祟魔を操り、殺そうとしたのだが、邪魔が入った挙句、神社の境内まで標的が入ってしまいあえなく追撃を断念したのだ。
緋霊程度の祟魔であれば、本来、容易に成功しているはずの任務。これをどう上に報告するかぐるぐる頭の中で考えながら歩いているうちに扉の前に着いてしまった。
狗ノ間と書かれた大きな鉄扉の向こうには、祟界の祟魔の中でも十二の指に入るとされる十二死兆の1体である、狗無がいる。
緋霊は狗無の三大配下の1人。自らの失態を悔やみながらも緋霊は名乗りを上げる。と、次の瞬間、目の前の鉄扉が開かれた。
「失礼します」
中へ入ると同時に後ろの鉄扉が閉まる。緋霊は敷かれた絨毯の上を歩き、玉座の前で跪いた。
玉座には犬耳の生えた肩までの白髪に、透き通った白い瞳、雪色の着物の後ろから生えた白い尻尾を揺らす中性的な人物が居座っている。
玉座の主の名を狗無。狗ノ間の王である狗無は、真っ直ぐに緋霊を見下ろしてこう告げた。
「戻ったな。任務の成果を報告せよ」
「結論から申し上げますと、標的の殺害は失敗。代報者1名と得体のしれない何者かからの邪魔が入った次第です」
「……ふむ」
狗無は緋霊からの報告を受け、肘をついたまま何やら考えこむ。
遭遇した代報者は標的とそう歳は変わらぬ小僧。今回放った祟魔は低級祟魔のため、代報者がその場に居れば祓われてしまうのは当然だろう。
しかし問題は、あの標的の傍にいた得体の知れない気味の悪い気配だ。姿は捉えられなかったが、確かにあの場には、第3の気配があった。
あいつは一体何なんだろうかと考えこんでいると、玉座の右脇にいた女が声を上げた。
「娘1人殺せぬとは、お主も落ちたものよのう」
緋霊や狗無と同じく、犬耳の生えたお尻までの緑髪を高い位置で二段の団子にしており、余った部分を垂らした彼女は翠霊。
緋霊の姉である彼女はかなりのお洒落好きで、緑の着物にスカート状の袴を履き、そこから尻尾が垂れている。髪には金の装飾が施されており、手には扇を持っていた。
翠霊は己の翠眼を緋霊に向けてそう言い放つ。すると、彼女の言葉が琴線に触れたのか、短気な緋霊は跪いた状態から顔を上げ、言い返す。
「あ゛ぁん!? 実際、出向きもしとらんのに何を抜かしよる……!」
「だが、お主が殺せなかったのは事実。そこに変わりはないと思うが」
「何じゃと!?」
火に油を注ぐように翠霊に正論をかまされ、更に激怒する緋霊。
「2人ともそこまでだ。狗無様の御前で喧嘩など言語道断。よそでやれ」
緋霊と翠霊が言い争うさなか、玉座の左脇から冷徹な声が響いた。2人してそちらに目を向ければ、スラッとした犬耳の生えた腰までの青髪に蒼眼、青の着物に袴を纏った男がいた。こちらも緋霊と翠霊同様、尻尾が生えている。
彼の名は蒼霊。緋霊と翠霊の兄であり、三兄妹の中でも一番力の持った祟魔だ。蒼霊に注意された2人はお互い気に食わないと言った表情でそっぽを向き、緋霊は再び跪いた。
と、玉座の上から3人の様子を見ていた狗無が話し出す。
「今殺せずとも良い。まだチャンスはある。なんせ光陰様から殺害の任を仰せつかってまだひと月も経っておらん。そう焦ることは無い」
「はっ」
白陵伏魔殿の主である光陰から正式に任務を受けたのは、今年の12月。例の災厄の予言から3年が経とうとしていた時だった。
当初、低級祟魔たちが少女殺害の任を受けていたのだが、ことごとく失敗。それが今回、緋霊たち上級祟魔に回って来たというわけである。
任務の詳細は、次の災厄までに一番の障害となる北桜秋葉を殺すこと。期限は標的が2年に上がるその時まで。任務をこなせた暁には、等級昇格が行われるという。
等級昇格は祟界を生き抜く祟魔にとっては至極重大なもの。低級祟魔は元より、緋霊たちもそれを狙って任務を受けたのだ。
「では、次の天啓が下るまで待機せよ」
「承知しました」
狗無からそう告げられ、緋霊は一礼の後、鉄扉の方へ歩いていく。等級昇格という滅多にないこの機会を逃すわけにはいかない。
(……次こそは絶対に仕留めてやる)
そう決意を固くしながら、開かれた鉄扉を潜り、狗ノ間を後にするのだった。
どうも、作者の桜月零歌です。この話を持って、序章は終幕。次からは第1章に入ります。
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