第5章-第9社 生徒会入部試験、開幕
大神学園を出て約1時間。京都市の中心部にある市街地へとやって来た秋葉たちは、大通り沿いに並び立つビル群を歩いていた。
夜も更け、人や車の通りも少なくなる中、秋葉たちはとある10階建てのビルの前で立ち止まる。
「詞貴、予定通り頼むで」
「はい」
海希に声をかけられた詞貴は、頷くと素早く印を組んでパンッと両手で拍手する。
直後、地面から透明の壁が出現した。それはあっという間にビル全体と秋葉たちが立っている通り沿いの道をすっぽりと覆いつくす。
これで結界の構築は完了だ。
防音に認識阻害、そして祟魔や祟気が外に漏れ出ないように封縛の効果が施されており、通行人は秋葉たちの存在に気づいていないかのようにそのまま素通りしていく。
「えーっと、確かここだよね」
秋葉は天音から預かった小型ドローンを『蔵』から取り出して、指示を受けた通りに起動ボタンを押す。
すると、秋葉の手から離れたドローンがプロペラ音を立てて宙に浮いた。
「おぉ、飛んだ!」
「こりゃ、凄いな。ドローンが飛んでるところ初めて見たぞ」
縦横無尽に秋葉たちの頭上を駆け巡るドローンに、悠と多田は感嘆した様子を見せる。
他のみんなも初めて見るドローンに浮足立つ一方で、壊したらまずいというプレッシャーから解放された秋葉は頬を緩ませる。
『あー、皆さん聞こえるっすか?』
『聞こえてるよ~』
学園の生徒会室から天音の念話が全体に飛んできて、美澪が軽快な口調で応答する。
『ちなみに、天音からこっち側の様子って見えてるのかい?』
『もちろんっす。ドローンにはカメラを搭載してあるんで、アタシだけじゃなくて豊田先生や朝姫先輩からもばっちり見えてるっすよ』
詞貴の問いに天音が返せば、一同ドローンへと顔を向けた。
目を凝らしてよく観察してみると、彼女の言う通り超小型カメラが着いていた。どうやら超小型カメラと生徒会室にある天音のパソコンは繋がっているようで常時こちらの様子を窺えるらしい。
『とは言っても、私と朝姫くんは基本的にこちらから何か意見を述べたり手出しするつもりない。どう判断してどう動くのかは君たちに任せる』
『そういうわけだから、みんな頑張ってちょうだい』
豊田と朝姫はあくまで試験監督。カメラ越しに様子を見て秋葉たち1年が生徒会へ入るに相応しいかを見定めるのが役目となる。
まず助言は期待できそうにないので、何かあったら自分たちで考えるか引率役の海希と多田に訊けということだろう。
『それでどこから侵入すればいいんだ?』
『今いる場所から少し右へ行ったところに脇道があるんでそこを入ったら裏口があるはずっす。鍵は既にこっちで解除してあるんでそのまま入ってもらえればいいっすよ』
多田がドローンに視線を送れば、すぐさま天音から指示が来た。
(遠隔で鍵の解除までできるとか凄いな……)
しれっととんでもないことを口にした天音に驚きながらも、ドローンの誘導に従って右へ進むと、脇道があった。そのまま奥へ行ってみたら裏口と思われる扉を見つける。
が、やはりと言うべきか扉の上部には監視カメラが設置されていた。
『なぁ、カメラあるけど大丈夫なん?』
亜莉朱も懸念していたようで、念話で天音に尋ねる。
『はい。ビル内部と裏口のカメラは全てハッキング済みなんで大丈夫っす。ですが、いくらハッキングしてるとはいえ、ビル内には警備員さんがうろうろしてるんで、見つからないように注意してください』
(ピッキングに続いてハッキングもできるの!?)
天音のおかげで侵入もやりやすくなって心強いと思う反面、だいぶグレーゾーンに片足突っ込んでないかと心配になる。
多田を先頭になるべく気配を消して足音を立てないよう秋葉たちは順番に中へ入る。
営業時間はとうに過ぎているのもあってか、中はほとんど真っ暗な状態で静かな空間が広がっていた。
幸いにも夜目は効くので心配はないが、こうも暗いといくら代報者であっても少し恐怖心が芽生えてくる。
「取り敢えず無事に入れたな」
「さて1年、ここからどうする?」
海希が全員入ったことを確認すると、多田が秋葉たちに対して投げかけてきた。言われるまでもなく、どう行動するかは自分たちで考えろということだろう。
順番に今いる1階からしらみつぶしに祟魔を討伐して祟気が増加している原因を探っても良いが、それでは時間が掛かる。
そこまで考えたところで詞貴が口を開く。
「このビルは10階建てだから祓うにしてもかなり範囲が広い。警備員に見つからないよう早く終わらせるためにも二手に分かれた方が無難かな」
「ならグッパで別れよっか」
悠の提案に一同は首を縦に振る。
今回に関しては勝ち負けはないので、じゃんけん弱小である秋葉が駆り出されたり何か役目を負う羽目にはならずに密かに安堵する。
そうして数回じゃんけんをした結果、パーが悠と詞貴の2人。グーが秋葉に美澪、亜莉朱の3人となった。そして天音のドローンは人数の少ない悠と詞貴に着くこととなった。
「ほんならパー出した奴は俺と1階から5階を、グー出した奴は多田と6階から10階を。なんかあったら連絡とる形でいこか」
「はい」
海希の指示にみんな揃って了承した。その後、悠と詞貴は海希に、秋葉と美澪、亜莉朱は多田について行く形で二手に分かれて祟魔討伐と祟気の発生源の特定をすることになった。
◇◆◇◆
ビル内の非常階段を上って最上階となる10階へたどり着いた秋葉たちは、周囲を警戒しながらタイルカーペットの敷かれた廊下を歩く。
非常灯の灯りを頼りに進んでいくが、祟気が微かに充満しているだけで中は至って普通のオフィスビルだ。昔から続く大手企業とあるだけでかなり綺麗に保たれている。
「お、あれとちゃう?」
亜莉朱が抑えめの声で発しながら、廊下の先にある開けた空間を指差す。
そっちへ目を向けると、十数体の老若男女問わずスーツ姿の社員と思われる者たちが固まって歩いていた。その誰もが意思を失くしたようにふらふらとしており、彼らの傍には青白い炎が浮いている。
(炎か……これじゃあ桜と紅葉は無理そうだな)
そう考えたのも束の間、代報者試験前の居残り練習で初音から言われたことを思い出す。
記憶だと確か、炎が相手でも桜と紅葉を祓力で覆えば燃え尽きるのを防げるだったか。まだやったことはないが、試せるいいチャンスだ。
「大体荒級ってとこかな」
「よし、ならさっさと祓っちゃいますか」
霊眼を起動させた美澪が祟魔の等級を口にする横で、秋葉は『紅桜』をその身に憑依させる。
白い着物に紺の羽織袴、ブーツといった制服姿から紅い着物に紺袴、草履へと変化した。セミロングの髪も後頭部で纏められ、腰には刀が差されている。
「って、お前その恰好……」
「いや誰っ!?」
すっかり姿の変わった秋葉を見て、多田と亜莉朱は唖然とした表情を浮かべる。
何をそんなに驚く必要があるのかと訝しげに秋葉は2人の方を向く。
「あー、姿変わってますけど、これ北桜秋葉です」
「嘘ぉ!?」
親指を秋葉に向けて立てた美澪が捕捉した途端、多田と亜莉朱は揃って声を上げる。
(あー、そういえば2人は見るの初めてだっけ)
美澪を含めたA組のクラスメイトたちも秋葉も憑依に慣れ過ぎて何のリアクションもしなくなったおかげで忘れていた。
と、秋葉の視線の先では多田と亜莉朱の声を耳にしてこちらの存在に気づいたのか、一斉に幽霊たちが顔を向けてきた。
ゆっくり事情を話したいところだが、生憎とそうもいかないらしい。
「説明は後だ。今はさっさとこいつらを片付けようぜ」
狭い廊下へ来られたら厄介だ。
そう判断した秋葉は抜刀した刀身へ祓力を纏わせ、床を蹴って一気に幽霊たちへ突進する。
瞬く間に開けた空間へ着いた秋葉は勢いそのままに身体を捻って回転させた。
同時に秋葉の振るった刀身から祓力を纏った刃同然の桜の花弁が放たれ、周囲にいた数体の幽霊が消滅する。
(よし、いけるな)
そう思った刹那、横から男の霊が脱力したような動きで炎を纏った手を振りかざしてきた。秋葉はすかさず後退して腕ごとを斬り上げる。
と、間発入れずに後ろから銃声が鳴り、透明なガラス容器に水の入った弾丸が接近してきた。弾丸が幽霊に接触した瞬間、容器が割れて中の水が増幅し、幽霊の身体を覆いつくす。
全身に水を被った幽霊は抵抗する間もなく浄化され、靄となって消え去った。
ふと横を見るとそこには拳銃を手にした美澪がニヤリと歯を見せて笑っていた。
そんな彼女の祓式は水操作。所持している水を増幅させたり減少させたり、水圧を上げたりできるのだが、その場に水が無いと使用することができない。
先ほどの弾丸が破裂した瞬間に、中の水が幽霊を覆ったのも美澪の祓式の効力だ。
「へぇ、2人ともなかなかやるな。その調子で頼むぞ」
『蔵』から出したのか太刀を手にした多田が感心したような声を上げながらやってきた。
「はーい」
「わーってるよ」
返事をした美澪と秋葉がその後も幽霊を討伐していく中、太刀を抜いた多田は刀身に祓力を纏わせて、すぐ後ろまで来ていた幽霊を両断した。
立て続けに多田は周囲にいる敵へ接近しては僅か一撃で斬り伏せていく。
幽霊は通常であれば物理攻撃は効かないが、祓力を纏わせた状態の刀身なら通る。しかし、威力的にはどうしても祓式には劣ってしまう。
はずなのだが、こうも流れるような刀さばきと身のこなしで圧倒していけるものなのだろうか。
そう多田の祓力操作の精密さと正確さに気を取られていると、彼の手にしている鞘に目がいった。
(……あれ?)
ふと違和感を覚えた秋葉は祓いながら多田を注視する。と、彼が右手で振るっている刀身と左手に持っている鞘の尺が僅かに違うことに気づく。
なんであんなことになってるんだ……。
そう理解が及ばずにいると、後方から空気を裂くような音が聞こえてきた。
「ちょおっ! そこ退いてぇ……!」
亜莉朱の焦るような声が聞こえ、何だと思って振り向けば、こちらに向かって風と雷を纏った水の鎖のようなものが2本飛んできていた。鎖の先端にある穂先がかなり不安定にうねっている。
(いや、何ごとっ!?)
秋葉は予想外すぎる事態に目を見開くのだった。




