第5章-第8社 無法地帯な生徒会
「はぁ……天音来てくれるかなぁ……」
秋葉は生徒会室のソファーのひじ掛けに凭れかかりながら盛大な溜息を吐く。
天音の勧誘から一夜明けて今は放課後。入部試験当日となり、試験の説明の時間まで残り5分を切っていた。だというのに天音は未だ現れる気配がない。
「昨日ちゃんと行くって言われたんだよね?」
「確かに言われたけどさぁ……」
秋葉の嘆きを聞いた詞貴が問うてくるので、自信なさげに答える。
絶対にやって来る保証があるのかと言われれば、それは微妙なところだ。
現に残りまだ仲良くなって1日しか経っていない人のだからその場しのぎの返事の可能性も十分にある。
秋葉の様子を椅子に座りながら眺めていた美澪が隣に座る悠へ話しかける。
「いつにも増してネガティブだけど、あれ大丈夫なの?」
「いつものことだし。あぁは言ってるけど、何やかんやできちんと仕事はこなす子だから来ると思うよ」
悠が美澪に話している通り、きちんと勧誘というか説得じみたことはしたつもりだ。
珍しく自分でも途中何言ってるか分からなくなるぐらいにはかなり熱く話したと思う。きちんと相手に伝わったかどうかは分からないが。
本日何度目かのため息を吐きながら不貞腐れていると、壁の時計を確認した多田が秋葉を見る。
「試験説明の開始まで後、1分だ。ホントに来るのか? ちゃんと試験の時間は伝えたんだろうな?」
「伝えましたよ! ほら、ちゃんとLAINも送りましたし」
ウエストポーチからスマホを取り出して画面を操作した秋葉は、天音との個人チャットの文面を多田に見せる。
秋葉が送信したチャットには明日の16時から入部試験があるから、4階の生徒会室に来るようにと文章が載っていた。
「確かに既読はついてるし返信もされてるな。というか試験監督の2人もまだ着いてないってどういうことだよ……」
多田は半ば呆れ気味に呟く。
まだ来ていないということは今回の入部試験の監督は多田先輩と海希先輩ではないのか。
そういえば生徒会室に入り浸ってから3日立っているがまだ2人しか役員を見ていない。他の面々はどこにいったのだろう。
思考に耽っていると、部屋の角にある給湯場で人数分のお茶を入れた海希がやってきた。
「ほらほらお茶でも飲んで落ち着きぃて」
「うぅっ……ありがとうございます……。海希先輩は優しいですね……それ比べて多田先輩と来たら」
お茶を受け取った秋葉はわざとらしい口調で言いつつ、多田へ視線を向ける。
「なぁほんまに。一々厳しいし、後輩は詰めるし酷い奴やろ? みんなくれぐれもあんな先輩にはなったらあかんで~」
「はーい」
湯呑みを配り終えた海希は同情するように頷きながら呼びかけると、秋葉たち1年は揃って間延びした返事をした。
「何言ってんだ海希。というか秋葉も悪ノリするな」
眉を顰めた多田が咎めると、出されたお茶を飲んでいた秋葉は冗談めいた笑顔を向ける。
「いや~、すいません、つい。多田先輩の反応が面白いもので」
「お兄はツッコミ適正だけはあるさかいな~。今後もどんどんボケ倒したらええで」
「舐めてやがる……。こいつら揃いも揃って完全に俺のこと舐めてやがる……」
キリッとした表情をした亜莉朱が親指を立てて催促すれば、多田は己の扱いの雑さに頬をぴくぴくと引き攣らせる。
(面白いのが悪い)
毅然とした顔で再度湯呑みに口をつけていると、ガラッと前方の扉が開いた。
全員が扉へ顔を向ければ、ベージュのボブカットに蒼い目、その上から眼鏡を掛けた天音がいた。
「あ、来た」
美澪がポロッと呟いた直後、手にしていた湯呑みを机に置いた秋葉は席を立って天音の元までダッシュすると、腰に腕を回して抱き着く。
「天音ぇ~! 信じてたよ~!」
「うおっ、どしたんすか急に……」
縋りつくようにして感嘆の声を上げる秋葉に、天音は呆然としたような顔を浮かべて彼女を見下ろす。
「天音がなかなか来ないから不貞腐れてたんだよ」
悠から事情を聞いた天音は、秋葉の頭に手を乗せながらバツが悪そうに答える。
「あー……すんませんっす。ちょっと今日やる任務の件で生徒会顧問の豊田先生に呼び止められましてね……」
「なんだそういうことか。良かった……来ないんじゃないかってもう心配で心配で……」
ホッと息を吐いた秋葉は、天音から離れて膝立ちの状態から立ち上がる。
「昨日あんなこと言われちゃ行くしかないっすよ」
天音は照れくさそうに視線を逸らしながら溢した。
その言葉をしっかりと耳にした秋葉はジーンと胸が熱くなると同時に自信は無かったものの、ちゃんと言葉にして良かったと感じる。
と、天音の背後で女子生徒と男性教師が立ち止まった。
「へぇ~、いつにも増して賑やかじゃないの」
「人数はこれで全員かい?」
赤に桃色の毛が混じった長髪をポニーテールにした長身の女子生徒が感心したように口元を緩めるようにして言った。
その後、続けて深緑のショートカットに黄色がかった茶色の瞳をした男性教師が尋ねてくる。
この2人が例の試験監督だろうか。
そう首を傾げていると、海希と多田が後ろの方からやってきた。
「朝姫さんに豊田先生やないですか。今さっきそろたとこです」
「どうも、お久しぶりです」
海希が親しげに発する横で多田が会釈する。
豊田先生は、確か1年B組の担任で情報の授業を受け持っていたはずだ。まともに話したことは無いが、真面目でしっかりしていそうな印象がある。どこかのおちゃらけた教師とは大違いなほどに。
一方、朝姫さんと呼ばれた人は初対面だ。穏やかで優しそうな人なイメージを受けるが、実際のところどうなのだろう。
そう思っている間にも、豊田先生と朝姫は部屋の奥の方へと進む。
「それじゃあ始めようか。今回試験監督を務める生徒会顧問の豊田秀一と」
「生徒会書記で3年の伏瀬朝姫よ。亜莉朱ちゃんは久しぶりね」
「朝姫姉……じゃなかった朝姫先輩、いつもお兄がお世話になってます~」
朝姫が笑いかけると、亜莉朱は正月に親戚へ挨拶するような口調で応じた。当の多田はどこか気まずそうな表情で彼女たちを見ている。
(伏瀬……? 前にどっかで聞いたような……)
朝姫の苗字に引っかかりを覚えた秋葉は、頭の中にある記憶を辿ってみる。確かまだ悠と生徒会に来る前で、初回任務から帰って来てからだったはずだ。
そこにいる海希先輩と多田先輩に生還の報告をした際に耳にした覚えが……。
と、思い出したのかハッとしたように目を見開いた秋葉は、目の前にいる朝姫へ声をかける。
「あの、もしかして夜宵先輩のお姉さんですか?」
「えぇ、そうよ。もう知り合いになったのかしら? うちの妹はね~、一見無愛想で怖いところがあるんだけど……」
夜宵のことを訊いた瞬間、朝姫はパァッと表情を明るくして嬉しそうに語り始める。すると、傍で聞いていた多田が咳払いをした。
「あー、長くなるんで始めて貰ってもいいですか?」
「もちろん、そのつもりだよ」
もはや恒例行事なのだろう。また始まったと言わんばかりの呆れた表情で多田が促せば、豊田は慣れたように返す。
まだ出会って数分と経っていないが、夜宵が生徒会に入るのを止めた理由が何となく分かったように思う。
これは、朝姫先輩の前では夜宵先輩の話はしない方がよさそうだな……。
そう心に留めたところで、豊田が話を切り出す。
「今回の入部試験は、例年通り祟魔の討伐任務だ。詳細はこの中に書かれているから、各自目を通しながら聞いてくれ」
豊田はそう言うと、みんなに資料を配り出す。
受け取った秋葉は手元の資料へ視線を落とす、10ページほどの資料の表紙には2021年度生徒会執行部入部試験概要と書かれていた。
みんなが資料を開いたところで、海希がもうその辺で~と朝姫に声をかける。説明が始まっていることに気づいたのか朝姫は、一言謝って話すのを止めた。
「それと如月くんにはこれを」
「どうもっす」
豊田は秋葉たちへ配った資料以上に分厚い冊子を天音に渡した。目視で見ても秋葉たちが受け取った資料の4倍はある。
その様子に秋葉たち1年はもちろん海希や多田も揃って驚く中、天音は躊躇することなく冊子に目を通し始める。
「任務内容は、京都市内の企業ビルに潜む祟魔の討伐及びビル内の祟気が増殖している原因の究明となる」
呆気に取られる中、淡々と話し出す豊田にみんな資料へ視線を戻す。
祟魔を祓うこと自体は初回任務の時と変わらないが、祟魔の放つ祟気の原因の究明は初めてとなる。
「現状、確認されている祟魔等級は烈以下だ。君たち1年生でも十分祓えるだろうが、試験の様子を見守る意味でも2年の大東くんと多田くんには引率として同行してもらう」
「分かりました」
豊田が海希と多田へ視線を向ければ、2人は揃って返事をした。
烈級というと、ちょうど渡月橋で遭遇した準烈級祟魔3体と準惨級だった小春の間だ。
秋葉たち巫級代報者ならば1人では無理でも連携を取って祓えば何とかなるだろう。
「任務決行は夜の22時。それまで準備するなり、休息を取るなり好きにし給え」
豊田がそう告げたところで入部試験の説明は終了し、一旦解散となった。
悠は一度寮に戻るようで、秋葉もそうするかと生徒会室を出るべく歩みを進める。
「あー、秋葉ちょっと良いすか?」
「ん? どうしたの?」
持参していたPCを開いてキーボードを叩いていた天音から声をかけられる。
外に出ようとしていた秋葉はその場で立ち止まって彼女へと振り向く。
「ちょっと渡しておきたいものがあって……」
天音は呟きがてら、集中するようにして机を凝視する。
と、PCしか置かれていなかった机に50cmほどの四つ足の生えた黒い機材が現れた。天音の元まで来た秋葉は、四つ足の上部にそれぞれプロペラがついたそれを見てこう口にする。
「これは……ドローン?」
「はいっす。現地に着いたらこのボタンを押して小型ドローンを起動してほしいんすけど、いけるっすか?」
天音はドローンの中心となるセンターフレーム部分にある丸いスイッチを指差す。
壊したらまずいとプレッシャーを感じながらも、スイッチの箇所を確認した秋葉は顔を上げて天音を見る。
「うん、任せて」
ドローンへ手を翳した秋葉はそれを『蔵』へ仕舞う。
「ありがとうっす。それじゃあ気を付けるっすよ」
「はーい。頼りにしてるからね」
無事に秋葉の手に渡ったのを見届けた天音が声をかけると、秋葉は微笑みながら生徒会室を後にするのだった。




