序章-第8社 持久力訓練in愛宕山(後編)
「では、始めっ!」
華南の号令で始まった実戦形式の鬼ごっこ。罠や仕掛けが山ほど張られている中を猛ダッシュで逃げる秋葉。
しかし、後ろからとんでもない速さで木々を跳んで駆けていく華南から、苦無が投げられ、秋葉の足元に命中。
「ヒィッ!?」
怖さのあまり踏み止まった瞬間、容易に捕らえられてしまい、秋葉は開始早々で脱落。
続いて、空を飛んで逃げているエルに狙いを定めた華南は次々と苦無を投げ飛ばす。
回避して逃げる中、上に設置されていた網が先ほど飛んできた苦無で切られていたようで、降ってきた網が逃げているエルを捕獲した。
「もぉ~! この網邪魔なんだけど!」
身動きがとれないまま網の中で暴れ回るエルを他所目に、華南はどこかに潜伏した熾蓮を追った。
一方の熾蓮は2人の様子を窺いながら、華南がこっちに迫ってくるのを検知。苦無が熾蓮の真横を通過する中、彼は木陰から、斜め向かいの木の枝へと飛び移って逃げる。
「待て、熾蓮っ!」
「誰が待つかアホ……!」
その後、華南が苦無や鎖鎌、煙弾を投げて、熾蓮を追撃。最後には一本の木を根こそぎ切断して、熾蓮に向かって直撃させる。
「おいおい、嘘やろ!?」
慌ててその場から退いた熾蓮。しかし、退いた先にいた華南から首筋に苦無を向けられ、止む無く降参することとなった。
その後、振り返りをしつつ、少しずつレベルを上げながら5回ほど繰り返したところで、一旦休憩を挟もうと華南に言われる。
「し、死ぬっ……!」
「はぁー、疲れた……」
想像以上に過酷な鬼ごっこを経験し、秋葉とエルは膝と手を地面についていた。華南があんなに早いとは思っておらず、度肝を抜かれた秋葉は、涼し気に木の幹に背中を預けている彼女を見上げる。
(熾蓮も相当だけど、どんだけ体力お化けなんだ華南さん……)
華南の余裕さに半分呆れつつ、同じく傍にいた熾蓮へ目を向ける。
「熾蓮は撃沈してるね……」
「あぁ、可哀想に……」
「ホンマ何やねんこいつ。一歩間違えたら死ぬぞあれ」
秋葉とエルが哀れみの目を向ける中、熾蓮は地面に寝転びつつ、悪態をつく。1回目のラストに熾蓮へ向かって木が降って来た時はこっちも肝が冷えたものだ。
無事で何よりだと思っていると、華南が熾蓮へ視線を寄越した。
「何か言ったか? ん?」
「い、いや何でも……。や、社の方から水持ってきます!」
圧のかかった笑みを向けられ、徐々に顔が青ざめていった熾蓮は、すぐに起き上がり、ダッシュで山頂の方へと消えていった。
「逃げた」
「逃げたね」
秋葉とエルは、揃って熾蓮を目で追いながら呟く。
普段はこんな風に誰かに対して慄くことのない熾蓮がそうなっているので、流石は師匠だなと感じていると、エルが神社の方に用事があるとのことで、この場から姿を消す。
消えていくエルを見送った華南は木から離れて秋葉の方を向いた。
「さて、2人も行ったことだ。少し話さないか?」
「えぇ、良いですよ」
2人揃って地面へと腰掛ける。
最初は好きなものや趣味はなんだと他愛もない話から始まり、秋葉のことについて一通り語ったところで、華南の学生時代の話に移った。
「へぇ、華南さんって大神学園出身だったんですね」
「あぁ、今はもう卒業してるがな。秋葉は今年から入学ということは、案外すぐにその恩人に会えるかもしれんぞ」
「え、海希さんのこと知ってるんですか?」
「あぁ。あいつとは色々かかわりがあったからな」
華南の口から意外な事実を聞き、目を見開く秋葉。つまり、海希は秋葉の通う大神学園にいるのは確実ということだ。
流石に入学して早々会えることは無いだろうが、また会えた際には重ねてお礼を言っておこう。少し楽しみが増えて、浮かれていた秋葉に華南は声色を落として、こう続ける。
「だが、常に警戒はしておけよ。いくらエルや熾蓮がいるからと言って、常時守れるわけでもない。祟魔に遭遇したら倒すまではいかずとも、逃げられるぐらいにはなっておけ。もっとも、お前はその辺筋が良さそうだから、あまり心配はしてないがな」
「いえ、そんな。でも、ありがとうございます」
筋が良いことを褒められ、笑みを浮かべる。
しかし、それでも警戒が必要なのは事実だ。浮かれて足元をすくわれて殺されるなんてことのないように、常日頃から気は引き締めておくべきだろう。
そう心に留めた秋葉は、話題を変えようと口を開く。
「熾蓮とは師弟関係らしいですけど、普段はどんな感じなんです?」
熾蓮が忍者だと知ったのが最近ということもあるが、自分の知らないところではどんな様子なのだろうか、師匠と弟子だから普段見ないようなやりとりでもしているのだろうかと思い、興味本位で訊いてみる。
「何かあったらすぐ吠えるし、反抗するわで煩いやつさ。どうせ、学校でもあんな感じだろ?」
「い、いや……」
(反抗的な態度は華南さんに対してだけじゃないかな……)
引き攣った笑みを浮かべながら、内心で華南の発言をやんわり訂正する。
華南の場合、容赦なく熾蓮を色んなことに巻き込んでそうではあるし、実際無茶苦茶ではあるし、付き合いもそれなりに長そうなので、先ほどのように言い合えるのだろう。
「だが、あいつは他人でも話せばすぐ仲良くなるし、周囲を見る力がある。加えて何かあったらすぐ気づいて動ける行動力の持ち主だ。忍びとしてのスキルはしっかり持ち合わせているだろう。ただ座学となると途端にアホになるがな」
「確かにそれはそうですね……」
熾蓮は目に見えて勉強ができないという致命的欠陥を抱えている。地頭は良いのだが、テストを受ければ決まって平均より下で赤点ラインギリギリなのだ。かと言って、秋葉もそこまで勉強ができるというほどではないが、毎回平均点以上は取っている。まぁ、それもほぼ一夜漬けによるものだが。
すると、頭上の木の揺れる音がし、2人して見上げる。
「戻ったで~」
熾蓮が人数分のボトルを持って戻ってきたようだ。木から降りると、華南と秋葉に水の入ったボトルを放り投げる。
「遅いぞ」
ボトルをキャッチした華南が告げれば、ボトルに口をつけようとしていた熾蓮が彼女を見た。
「ちょっと爺ちゃんに声かけられてな。師匠に勝手に出入りするなって伝えろ言われてしもて」
「全く頑固なジジイだな。出入りぐらい別に良いだろうが」
「勝手に入られたら、侵入者と見間違えるやってさ」
華南が飽き飽きしたように言えば、熾蓮が付け加えるように話した。
(まぁ、ある意味侵入者には違いないか)
事実、華南は許可を取らずに勝手に入って来たそうなので、侵入者には相違ないだろう。
何とも勝手というか自由奔放、周りの目をまるで気にしない華南の姿勢には出会ってまだ数時間しか経ってない秋葉も呆れるばかりだ。
「よし、それじゃあ日も落ちるし、そろそろ戻るとしよう」
「ですね」
ボトルの水を飲み終えた華南が立ち上がり、秋葉と熾蓮も同じように立つ。社に向かって歩き出そうとしたところで、華南が後ろにいた熾蓮を振り返った。
「あぁ、お前は罠を再配置してから戻ってこいよ」
「ちょっ! なんでパシられなあかんねん!」
さらっと口にした華南へ、熾蓮は眉を顰めながら抗議する。
「直すのは弟子の役目だ。頑張れよ~」
「あはは……頑張ってね」
熾蓮の不憫さに苦笑いがこぼれる。秋葉自身、手伝おうにもどこから罠が飛んできたのか分からない。
仕方ないが、ここは罠の配置を把握している熾蓮に任せて秋葉と華南は先に戻ることにしたのだった。