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第1章-第8社 収束

 ふわふわしたものにくるまれているような感じがし、秋葉は瞼を開ける。真上には白い天井。横に目を向ければ、オレンジ色のカーテンが視界に入った。


「ここは……」


 ゆっくりと身を起こすと、全身重怠いような感覚に苛まれた。身体の上に布団が掛けられており、自分はベッドの上にいるということが分かる。


 在学期間中に何度か訪れたことのあるここは、どうやら保健室のようだ。


(あれ? 目覚める前って何してたっけ……)


 寝起きで頭がボーっとする中、何があったか思い返してみる。すると、ベッドを囲うようにして敷かれたカーテンが開き、そっちを見る。

 

「良かった、目ぇ覚めたみたいやな」

 

 熾蓮は中に入ってきたかと思えば、何故かホッとした様子で見てくる。秋葉は首を傾げながら、ベッド脇の丸椅子に座る熾蓮を目で追う。

 

「……って、祟魔は!?」


 目が覚める前までの記憶が蘇り、秋葉は大きな声を上げる。確か熾蓮が戦ってる間、結界を貼って祟魔から身を守っていたはず……。

 

「それならもう祓ったで」

「あ、良かった……」


 大声を聞きつけたのか青髪ポニーテールの青年が入って早々、告げてきた。秋葉はそれを聞いて表情を和らげる。

 

「じゃなくて、なんでここにいるんですか海希さん!?」


 何事もなかったかのようにしれっと居座っている青髪ポニーテールの青年――大東海希を見て、驚きの声を上げる。

 

「秋葉、知り合いなん?」


 熾蓮に訊かれた秋葉は首を縦に振ると、続けて言った。

 

「代報者の大東海希さん。昨日助けてもらった人だよ」

「あー、この人が例の……」


 合点がいったようで、熾蓮は軽く頷きつつ近くの椅子に腰かける海希を見る。

 

「って、まさかさっきのこと覚えとらへんの?」

「めっちゃ祟魔祓とったのに?」

 

 海希と熾蓮は揃って驚いたような目をしながら、秋葉に詰め寄る。

 

「……へ? 何それどういうこと?」

 

 この2人は一体何を言っているのだろうと思い、首を傾げる。


 (私が? 祟魔を祓った……?)

 

 そんなことできるはずがない。だってまだ祓力の身体強化もまともにできないのだ。祟魔を祓うなどという芸当できるわけがない。


 そう頭の中で否定していると、熾蓮からこれまでに何があったのかを説明される。


 どうやら熾蓮と一緒に祟魔を祓っている最中に海希たちがやって来て、残った大柄な祟魔を掃討。直後、倒れた秋葉を保健室まで運んで今に至るらしい。

 

 一通り話を聞いた秋葉は、目を細めながら唸り声を漏らす。

 

「全く記憶にございません……」


 秋葉は申し訳なさそうに目を伏せて話す。

 

「ほな、さっきのは何やったんや……」


 熾蓮は顎に手を当てて呟く。


 紅い着物に紺袴を身に纏い、刀を所持していたという熾蓮の話に、何でそんな時代劇に出てきそうな格好に変身したんだろうかと秋葉も頭を捻らせる。

 

「ま、何はともあれ無事ならそれで良いじゃないか」

 

 考え込んでいると、茶髪ショートの青年がベッド脇の椅子に腰掛けつつ言った。

 

「いやあの……貴方誰ですか?」


 首を傾げながら問うと、海希が口元を抑えながら腹を抱えて笑い出す。


 さっきからなんかいるな~とは思っていたが、熾蓮から聞かされた内容に頭がいっぱいになって、つい触れるのを忘れてしまっていた。

 

 当の青年は頭を掻きながら、気まずそうに口を開く。

 

「あー……そういや名乗ってなかったな。俺は多田太郎。こいつと一緒で大神学園の代報者だ」

 

 多田は横で笑っている海希を親指でさしながら話した。

 

「北桜秋葉です。よろしくお願いします」

「御守熾蓮言います。どうぞよろしゅう」


 秋葉と熾蓮も名乗りを上げ、ひと段落したところで、多田は未だに爆笑している海希をギロッと睨む。

 

「おい、いつまで笑ってんだ」

「いや、相変わらず影薄いな思て」

「次言ったらマジでその首絞めるからな」

「もぉ~、ごめんやん」


 2人のやり取りに秋葉と熾蓮は苦笑を浮かべる。

 

「ほんで、改めて訊くんですけど、お二人はどうしてこないなところに?」

 

 熾蓮は海希と多田を見て言った。

 

「何、ちょっとした任務でな。嵯峨嵐山に潜む祟魔を祓うよう依頼を受けて、数日前から滞在してたんだよ」

「あ、だから昨日も?」

 

 多田の話を聞いて、秋葉は思い出したように海希へ問う。

 

「あぁ、そうや。今日は近辺を歩いとったらえらい濃さの邪気が視えたさかい、慌てて駆け付けたんよ」

「祟魔に貼られた結界のせいで中に侵入できなかったんだが、一瞬だけ歪みが生じてな。そのおかげで入ることができたんだ。到着が遅くなってすまなかった」


 多田は頭を下げて謝る。秋葉と熾蓮は来てもらっただけ有難いと頭を上げるように促す。


 その後の話で御守の結界が破られた後、学校全体に祟魔による強力な結界が貼られていたようで、学内に先生や生徒がいなかったのもそのせいだろうという結論に至った。


 今は祟魔の結界も無くなり、いなくなっていた人たちも校内に姿を見せているようだ。


「ほな、もうじき処理班が来るやろうから、それまで校内の確認に回るとしよか」

「そうだな」


 海希と多田は席を立つと別れを告げ、保健室を後にする。2人を見送った秋葉は、ベッド脇に座っていた熾蓮へ視線を移す。


「熾蓮はどうするの?」

「俺も御守衆(みかみしゅう)に引き継ぎせなあかんしな。秋葉はエルと一緒に先に家帰っといてええで」

「というわけで、帰ろうか秋葉」


 熾蓮がそう言った直後、宙に白い光が現れ、そこから狼のマスコット姿のエルが出てきた。

 

「エル! 本当、いつもいつも肝心な時にいないんだから!」

「ごめんごめん。あの結界、念話はもちろん、外部からの侵入を許さないものだったから、結界の中に入れなくてね。けど、何があったかはおおよそ把握してるから説明は不要だよ」

「そっか」


 秋葉はそう返事をすると、ベッドから立ちあがり、鞄を取りに戻るために熾蓮、エルと一緒に保健室を出る。

 

 教室に向かう途中、何人かの生徒とすれ違うが、何事もなかったかのようにみんな過ごしていた。それを見るに、一連の出来事に巻き込まれたのは秋葉と熾蓮だけらしい。

 

 教室に着いた秋葉はロッカーに置いてあった自分の鞄を持って肩にかける。

 

「なら私らは先帰るね」

「おん、気ぃつけてな」

 

 教室から出た秋葉はその場で熾蓮と別れ、階段に向かって歩き出す。と、後をついてきていたエルが熾蓮の方を振り向いた。

 

「あ、何か分かったら連絡よろしく~」

「もう分かっとるさかい、はよ行きーや」

 

 後ろから面倒くさそうに話す熾蓮の声が聞こえてきて、苦笑いする。

 

 ひとまずの脅威は去り、明日から冬休み。何をしようか頭で考えながら秋葉は階段を降りるのだった。

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