第4章-第27社 評定結果
「ただいまー。はー、疲れた……」
無事に小春を送り届けて寮に戻ってきた秋葉は、荷物を降ろしに部屋の奥へと進む。
すると、既に帰っていた悠がおもむろに歩み寄って来た。
悠はそのまますっぽり秋葉の胸に収まり、体重を預ける。突然のことに固まった秋葉は、すすり泣く声が聞こえてふと視線を降ろす。
「うっぐ……えっぐ……秋葉ぁ」
「えっ!? ちょっと? 悠どうしたの?」
帰ってきて早々悠が泣いているのを目にし、ぎょっと動揺しながらも彼女の背中に手を回す。驚きながらも秋葉は優しく声をかけてやる。
「なかなか帰って来ないから死んじゃったかと思ったぁ……!」
「うえええ!? いやまぁ、確かに死にかけはしたけどさ……」
嘆く悠に思わず声を上げる。
お腹貫かれてそのまま祓ってたら意識失って生死の境をさまよったけども……。
と、どこか他人事のように昨夜のことを思い返す。
「って、なんで知ってるの?」
「任務で怪我したから白澪に治して貰ってたんだけど、その最中に学園長が来て秋葉が大変だって言ってて……それで……」
何故、任務に同行していない悠がそのことを知っているのかと疑問に思ったけど、なるほどそういうことか。
そう納得した秋葉は、慰めるようにして悠の背中をポンポンと優しく叩く。
「別に大丈夫だって! ほら! もうこの通り治ってるし! だから安心しなって! ね?」
「うん……」
悠の肩に手を置いて距離を取り、ぐるっとその場で一周する。
未だに不安そうに目に涙を溜める悠を元気づけるかのように明るい声で言うと、彼女は指で涙をぬぐい始める。
「ほらほらお昼から学校だし、早く準備するよ~」
そう言って秋葉は悠の背中を押して、部屋まで誘導するのだった。
◇◆◇◆
「あ、来た来た! あたしんとこ合格したよ!」
「おめでとう~! 良かったじゃん!」
任務結果の評定を受けるために織部の待つ個室へと入った秋葉は、笑顔で報告書を指差して言ってきた悠に声をかける。
(ついさっきまで大泣きしてたのにもう立ち直ってる……)
悠の立ち直りの速さに呆気にとられながらも、秋葉は熾蓮、薫、樹の3人と共に個室に設置された椅子へと腰かける。
個室には、秋葉たち4人に織部と悠の他にこの班の治療を担当したということで白澪も同席している。
織部は任務結果の書かれた黒いファイルを手にして入って来た4人へ顔を向ける。
「ほな、今回の任務結果の発表すんで」
任務の評定結果は全部で高い順からS、A、B、C、Dの5段階で構成される。それに応じて報酬の金額が増減しする仕組みになっている。
S評価は任務達成度90%以上され、なかなかもらえるものではない。こちらとしては、生活費並びに神社の運営費がかかっているので基準となるB以上を取りたいところだ。
目を瞑った秋葉は祈るように両手を組んで結果を待つ。
「――結果は文句なしのAや。お前らほんまよう頑張ったな」
「うおおおおお~!」
織部が告げた瞬間、個室に秋葉たち4人の歓声が響き渡った。嬉しさのあまりガッツポーズをした秋葉は、隣に座っていた薫と抱きしめ合う。
(これで当分は生きていける……!)
泣いているかのような呻き声を上げながら秋葉は、A評価を取れたことに拳を握りしめる。
「正直、ここ数年見てきた中でもこの肆班の任務は1番過酷なもんやった。けど、取り憑いてたやつを祓って、全員生還。その上で最後にはあの子の願いも叶えて弔ってやることができた。こら凄いことやで」
織部に褒められたことで更に感極まったのか、これでもかとみんなの口角が上がる。
班長になった時は本当に無事に成し遂げられるのだろうかと不安だったが、頑張って良かった……。
そう幸福感で胸が満たされていると、織部は釘を刺すようにしてこう言った。
「やけど、公共のもん壊しすぎとちゃうかいうことで、Sはあげられんかったようや。祓うのに集中するんはええけど、もう少し周り見て行動しいや」
「はーい」
織部が注意すれば、秋葉たちは任務結果に満足したのか、気の抜けたように間延びした返事をする。
ふと織部も公共物破壊に加担していたのではないかと頭によぎるが、突っ込むのは止めておこう。
何事もやりすぎには注意だ。そう胸に刻んでおく。
「報酬となる金銭は、もう各々の口座に振り込んどいてあるからまた確認しといてな」
報酬の話が出た途端、秋葉の目が輝く。
どのぐらい振り込まれているのだろうかと早くATMまで走りたい欲に駆られるが、まだ授業が終わったわけではないので我慢我慢と必死に自制する。
「最後になんか質問あるか?」
織部が投げかければ、少しの沈黙の後、樹がすっと手を挙げた。
「はい、樹」
一体、何を話すのだろうと興味津々な目で樹の方を見る。
班長としての出来が悪かったとか言われたら凹むな……などと思っていると、樹が口を開く。
「……織部先生。今回の戦いで秋葉ばかりが狙われていたのは何故です?」
彼の言葉に場の空気が一変した。
さっきまで賑やかだった空気一気にピリつき、秋葉と熾蓮の顔が強張る。織部もそれとなく悟られないように平常心を保っているが、その表情は硬い。
「言われて見れば確かに」
薫は同意するとともにこう続けた。
「追撃の数はもちろん、隠札の効力はまだ切れてないのに秋葉が負傷してたし、川に引きずり込む際も秋葉だけを狙ってた。普通の祟魔なら見境なくわたしたち全員を狙うはずだよね?」
「治療していたけど、腹部貫通、背骨の損傷だけじゃなくて引っ張られた跡まで残ってた。それに比べて、他の3人は中傷以下。いくら秋葉がどんくさかったとしてもおかしいわ」
(どんくさいは余計じゃないかなぁ……)
思わぬところで白澪からのダメージを喰らい、秋葉は眉を下げる。
だが、薄々狙われているなと感じていたし、終始、祟魔からヒリヒリした視線を向けられていたのでもしかしたらとは思っていた。
樹から指摘された以上、逃げることはできない。織部はどう答えるのだろうか。
秋葉はもちろん熾蓮や悠も固唾を飲んで見守る。
と、織部はどこか諦めたように息をついた。
「しゃーない、この際や。3人にも話通しといた方がええやろう」
織部はそう口にすると、熾蓮へと視線を向ける。
「熾蓮、ええか?」
「衆の方から既に許可は下りてるさかい大丈夫ですよ」
いつでもその言葉を待っていたかのように熾蓮は言った。
「秋葉と悠もそれでええな?」
「はい」
「お願いします」
悠に続いて秋葉も力強く頷く。
3人の同意を得たところで、織部は去年のクリスマスから今日までに起こったことを話し始めた。
そう遠くないうちに災厄が来ること、その災厄の中で秋葉が鍵となること、そして秋葉を排除しようと祟魔が動いていることを伝え、3人がしっかり飲み込んだことを確認した織部は話を続ける。
「ほんで、これまでに秋葉はこっちで確認できただけでも計5回祟魔から命を狙われとる」
「噓でしょ……」
「そんなにかよ……」
「5回って、まだ入学してから1か月も経ってないじゃない」
織部の言葉に薫、樹、白澪が唖然とする。
1つ目は、クリスマスイブに嵐山の山中で、2つ目はその翌日に学校の校舎で、3つ目は入学式前日の寮の中、そして今回の任務というわけだ。
1月から3月にかけて入学前の訓練と称して愛宕衆の庇護下にいなければもっと狙われていたことだろう。
「って、あれ? 4つじゃないんですか?」
「一昨日のコンビニ強盗もや」
秋葉が首を傾げると、織部は淡々と答える。
「え、そうなんですか?」
当時、秋葉と一緒にコンビニにいた悠も頭に疑問符を浮かべる。
遭遇した当時は運が悪かった。むしろこんなことって本当にあるんだぐらいにしか思っていなかったし、1番近くで人質に取られていたときも祟気の気配は感じなかった。
「秋葉と別れた後、俺も日輪の刑事と一緒に警察の事情聴取に同席したんやけど、強盗犯の身体に僅かながらに祟痕があった」
「えっと、祟痕って?」
聞きなれない単語に悠が疑問を口にする。と、少し間を置いてっから白澪が喋り出す。
「祟気の痕のことよ。祟魔と接触したり、取り憑かれたりすることで付着するの」
日輪というのは代報者や霊眼持ちで構成された対祟魔専門の警察組織のことだ。
授業で聞いた話によると、一般の警察とは別の組織で、大神学園とも提携を取っているようで卒業生も何人か所属しているらしい。
そんな日輪と織部が同席して視た結果、祟痕が残っていたということは、コンビニ強盗も秋葉を狙っている祟魔が関与しているだろう。
祟痕から祟気を特定しようとしたが時間が経っていたので分からず、過去5件の事案が複数なのか単独なのか分かっていないらしい。
いずれにせよ、今後も警戒するに越したことはないだろう。
「それにしても忍びだっていうのは知ってたが、秋葉の護衛だったとはな」
「今まで黙っててすまんな」
呆然とした口調で話す樹に熾蓮は苦笑しながら謝る。
「なるほどね。だからやけに秋葉に過保護だったんだ」
「それは言わんでええ!」
薫が納得したように人差し指を立てて呟くと、恥ずかしそうに頬を赤く染めた熾蓮がツッコむ。
学園に入学してからはもちろん、中学のころなんかも何かあるたびに傍にいたことを思い出す。
事情を明かされるまではどうしてだろうと疑問に思っていたし、元から距離は近かかったし、そこまで気にするものでもなかったからスルーしていた。
けど、そう言われて見れば、確かに過保護で心配性だなと今更ながらに思う。
「まぁ、そういうことや。相手はそれなりに等級が上の祟魔やろう。別に秋葉を守れとは言わん。けど、お前らかて一緒にいる以上、狙われる可能性は十分ある。少しでも異変を感じたらいつでも言うてんか」
「分かりました」
薫、樹、白澪の3人は揃って返事をする中、これは自分だけの問題ではないのだと気づく。
今までは自分が狙われているのだから自衛さえしっかりしていればいいと思っていた。しかし、自分が狙われる以上、周囲の人にも危険が及ぶ。
よく考えたら分かることなのにどうして気づかなかったのだろうと思うと同時に申し訳なさがこみ上げてくる。
「みんなには迷惑かけるけど、その……もしよかったらこれからも仲良くしてくれるとありがたいな……なんて……」
どこか諦めたように話す秋葉の声が次第に小さくなり、視線が下がる。
巻き込む羽目になるのならみんなに話さない方が、知らないまま過ごしてくれた方が良かったかもしれない。
でも、それでもせっかく出会ったみんなと一緒にいたい。これからも仲良くしたい。
だから僅かに希望を込めて秋葉はそう口にしたはいいが、どんな反応をするのだろう。嫌だと断られるだろうか、それとも見放されるだろうか。
後悔と諦めの感情に苛まれ、卑屈になっていたその時、俯いた秋葉の肩に手が置かれた。彼女はゆっくりと顔を上げる。
「勿論、仲良くするに決まってるでしょ! というか言われなくてもそうするつもりだからね」
秋葉の肩に手を置いた薫は満面の笑みを浮かべる。
「秋葉はもう大事な友達であり仲間だ。むしろ今まで何も知らなかったこっちが不甲斐ないぐらいだっての」
「そうよ。だから遠慮なく頼りなさい。怪我したらいつでも治してあげるから」
薫に続いて樹と白澪も笑顔で言った。
それには傍らで見守っていた熾蓮や悠、織部も激しく同意しているようで、首を縦に振っていた。
その光景が輝いて見え、心がすっと救われたような気分になる。
「うぅっ……みんなぁ……」
暖かい言葉をかけられて感極まったのか、秋葉の瞳に大粒の涙が溜まる。熱い雫がとめどなく頬を伝い、着ていた服へと落ちていく。
「あー、もう! ほら泣かないの!」
「だってぇ……」
嗚咽を漏らしながら泣き声を上げる秋葉に、横にいた薫が頭をこれでもかと撫でくり回し、白澪が仕方ないなと困ったように笑いながら背中を擦る。
みんなに囲まれて秋葉には更に涙を溢れさせるが、その表情には幸せそうな笑みが浮かんでいた。
大神学園に入学して、こうしてみんなに出会えて良かった。
そう秋葉は心の底から思うのだった。




