第4章-第26社 報告を終えるまでが任務(織部side)
大神学園に戻って早々、職員室で学園長に提出する報告書を作成していた織部は、臙脂色の髪をハーフアップにくくり直して気合を入れ直す。
と、ちょうど伊吹からの新着メールが届き、通知を押してメールを開く。
(伊吹からの調査報告書はこれか……)
頬杖をつきながら、織部宛へ送信されたメールをクリックする。
そこには『徹夜で作成したもんですから不備があるかもしれないです。そのときはまた教えてください』の言付けと共にファイルが添付されていた。
処理班には休みが無いと聞く。遅くまでご苦労なことだと思いながら、ファイルを開いてうっすらと隈ができた赤い目で中身を見ていく。
しかし、連日の寝不足が相まってこれっぽっちも内容が頭に入って来ない。
「はぁ……」
画面から目を離してため息を吐く織部。と、ほぼ同時に隣の席からもため息が聞こえてきた。
ちらっと横へ視線を向ければ、提出したのだろう紙の報告書と睨めっこしている男がいた。
深緑のショートカットに黄色がかった茶色の瞳をした彼は、豊田秀一。1年B組の担任をしており、此度の1年次初回任務では悠たちの班を引率していた。
「そっちはなかなかに大変だったようだね」
「なんや、そっちはえらいはよ終わらはったようで」
いけ好かない笑みを浮かべて声をかけてきた豊田に、織部は煽るような口調で返す。
その直後、互いの額に青筋が浮かび、起立した彼らの間に火花が散り始める。
「それはもう日付が変わる頃には生徒たちを学園に帰して、くつろいでいたさ。朝に帰って来た君とは違ってね」
「お前なぁ……人の命がかかってるいう時に何をゆったり休んどんねん! 学園長から報告受けとったんやったら、ちょっとは手伝わんかい!」
「ほう? 自分の担当している班の任務は終わったのだから休むのは当然だと思うがね。後、その件に関しては、僕が頭を回す前に市ノ瀬くんが行ってしまったから、無闇に手を出さない方が得策だろうと思ったまでさ」
豊田が肩を竦めながら言い、織部が言い返そうと口を開いたその瞬間、職員室の扉が盛大に音を立てて開いた。
「はい、2人とも喧嘩しない! 外まで聞こえてるわよ!」
そう声を張り上げて言ってきたのは、先ほど学園長に報告を終えた2年A組担任の今宮美杜だ。
彼女の容赦ない物言いと気迫に押され、織部と豊田は揃って言い争う口を止める。
「おぉ……なんや美杜おったんか……」
織部は呆気に取られながら、突然やってきた彼女へ声をかける。
目を吊り上げた美杜は報告書ファイルを手に、左右に分かれた薄紫のおさげを揺らしながらズンズンと2人へ近づいてきた。
「織部! 西園寺先生が待ってるから早く報告書仕上げて行きなさい!」
「は、はい……」
美杜にビシッと指を差された織部はいそいそと椅子に腰を下ろして、カタカタとキーボードを打ち始める。
織部が報告書の作成に戻り始めたことを確認した美杜は、次に豊田へ顔を向けた。明るいガーネットの瞳でギロッと睨まれ、豊田の顔が引きつる。
「豊田! あんた生徒会の募集要項印刷し終わったの?」
「あー、まだだったような……」
冷や汗を垂らして視線を横に逸らした豊田は、せっせとパソコンを起動させて印刷の準備をし出す。
先ほどまで騒がしかった職員室が美杜の声によって一気に静かになった。
「はぁ……ホント手間のかかる奴らね……」
様子を見た美杜は両手を腰に当てて、ため息交じりにそう溢すのだった。
◇◆◇◆
美杜からの鬼の催促が功を奏したようで、無事に報告書が完成した織部は、学園長室へと続く廊下を歩いていた。
と、前の方から鋼色にグレーの髪を首元で1つ括りにした男性教員が歩いてきた。
「おや、織部くんじゃないか」
「あ、粟田先生やないですか。お疲れさんです」
報告を終えたのだろう、学園長室の方からやってきた粟田鉄哉と鉢合わせた織部は会釈する。
「織部くんこそご苦労様。秋葉くんは無事かい?」
「えぇ、白澪が来てくれたおかげで何とかなりましたわ」
「それは何より」
織部が言うと、粟田は細い目を更に細めて微笑んだ。
どうやら昨夜の事態は非常勤の粟田にまで知れ渡っているようだ。
学園長の伝達速度は恐ろしいなと内心で感じていると、粟田が何かを思い出したようで目を丸くした。
「あぁそうだ。西園寺先生によると君が最後らしいから頑張ってね」
「ありがとうございます。ほな行ってきますわ」
そう言って粟田に別れを告げた織部は、学園長室の前までやってくると一呼吸おいてからドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
中から芯の通った声が聞こえ、気を引き締めた織部は扉を開けて中に入る。と、部屋の中をうろついていた学園長の白い鶏と目が合った。
「コケッ?」
コテンっと首を傾げる鶏に気持ちが緩みそうになるが、何とか踏みとどまって奥へと進む。
部屋の最奥には黒革製の椅子があり、銀髪の髪を団子にした着物姿の西園寺が座っていた。
西園寺と机を挟んで向かい合うようにして立てば、彼女はしわのある顔に柔らかい笑みを浮かべる。
「まずはお疲れ様でした」
「そらどうも。こちら報告書になります」
脇に抱えていたファイルを机に差し出す。ファイルを手に取った学園長が中身に目を通す中、織部は頭を下げてこう言った。
「改めて、白澪を送っていただきありがとうございます。ほんまに助かりました」
「いえ。そんなに大したことはしてませんよ」
そう彼女は謙遜しているが、西園寺が未来視を使用しなければ、白澪がこちらに来ることは無く、秋葉の命は今頃絶えていたことだろう。
「せやけど、依頼にあった烈級祟魔が惨級にまで膨れ上がるいうこと、先生なら分かっておられたんとちゃいますか?」
「ふふっ。それはどうでしょうね」
誤魔化すような微笑みに、未来視の持ち主だから知らないことはないだろうと思う一方で、相変わらずこの人の真意は読めないなとも思う。
これ以上掘っても何も出てこないというか、どうせ隠し通されるのがオチだ。
織部は早々に見切りをつけ、次の話に持って行こうと口を開く。
「まぁええですわ。それはそうと今回の一件、俺は秋葉を狙っとるやつが引き起こしたもんや思とるんですけど、先生はどう思われます?」
「そこに関しては、私の方でもそうではないかと考えています」
直後、場に緊張が走る。西園寺が同意するのならやはりそうなのだろう。
伊吹からの方区所にあった解析結果にも、烏の死骸に秋葉から預かっていた黒い羽根、そして川底に沈められた遺体からは同じ祟気の反応が見られたとあった。
「加えて、京都市中の祟魔の動きが活発化しているということも秋葉さんたちの任務――もっと言うと今回の1年初回任務に影響を及ぼしているようでしてね。処理班及び引率教員から上がって来た報告書全てに祟魔等級が依頼受領時のものよりも上昇している可能性があると記されていました」
てっきり等級上昇は自分の受け持っていた班だけかと思っていたが、1年次初回任務全班にまで及んでいたとは思わず、報告を受けた織部は目を見開く。
「これからは今まで以上に警戒せねばなりません。よって、もしかの場合、生徒たちに秋葉さんのことについて指摘された場合、予言を含めた一連のことを話していただいてかまいません」
現状、予言を含めた一連のことを知っているのは秋葉にエル、熾蓮と彼の属する愛宕衆、浅間大社の本家・桜崎とその分家の桜葉。そして大神学園の教員と寮室を共にしている悠だ。
これ以上情報を漏らす相手を増やすのは流石にまずいと思うが、守り手は多いに越したことは無いだろう。
「分かりました。では、今後そのようなことがあった場合にのみこちらから話すということでいかせてもらいます」
「よろしくお願いしますね」
一通り報告が終わり、織部は内心ホッとする。
前々からこのようなピリついた空気は得意ではないし、何よりこの学園長と来たらまるで考えてることが分からないので気を遣うのだ。
(はよ戻って休憩しよ)
そう思って踵を返しかけたその時。
「ところで……」
と、声をかけられ、ピシッと織部の背筋が固まる。
「今年は生徒会の人数が現役員だけでは足りないようなので、募集をかけるのを忘れないようにしてくださいね」
「うっ……分かってますって」
にっこりと笑みを向けられ、苦笑を浮かべる。
確か去年は初回任務終わりで気が抜けていたのか募集をかけるのをすっかり忘れており、募集締切ギリギリになって入部希望の生徒が殺到して生徒会役員たちに迷惑をかけたのだった。
今年は忘れないようにしなければとしっかり頭の中に焼き付ける。
「ほな、俺はこれで失礼します」
「えぇ」
その場で一礼した織部は、今度こそ学園長室を後にするのだった。




