第4章-第23社 マスコットのやらかし
まだ日が完全に昇りきっていない午前7時。諸々の支度を終えた秋葉は霞がかったようにぼんやりとしている頭を起こしながら、社務所へと向かう。
肌寒さを感じ、制服の紺羽織を着て誰もいない社務所に入る。欠伸をした秋葉は眠い目を擦りながら設置された受話器を手にとって、順番に番号を打ち込んでいく。
この時間帯なら起きているだろうと発信音が鳴る受話器を耳に当てて相手が出るの待つ。
「朝早くにすいません。少しお頼みしたいことがありまして……」
昨日会った法輪寺の住職へ用件を伝える。
昨夜、小春に向かって自信満々に言ったはいいものの、急に用意できるものでも無いので、断られても仕方ないだろうなと半分諦めながら返事を待つ。
すると、準備をしておくので、時間になったらお越しくださいとの返答がきた。お礼を言って電話を切った秋葉は、ホッと息を吐く。
「これでよし」
無事に了解を貰い、昨日やり残していたホームページのチェックに入る。パソコンが得意な舞衣によって分かりやすいものに改造されたサイトを開ける。
「うわっ、結構溜まってるな……」
サイト内のお問い合わせメールをクリックすると、秋葉が未確認の数十件ものメールが溜まっていた。順番に見ていって、急ぎの物はその場で返信していく。
ある程度完了したところで、1件のメールが目につき、開いてみる。
「……ん? これって……」
内容は神前式の依頼で、エルが返信を行った文面が出てきた。さっそく返信文に目を通す。メールの内容を要約するとこうだ。
『当社は神前式の依頼を受け付けてないから、他の神社をあたってね☆』
液晶画面を眺める表情がどんどん険しくなり、秋葉は机を叩いて椅子を引いて立ち上がる。
「おいコラァ! エル、今すぐ出てこいッ……!」
社務所内は疎か、家全体に秋葉の怒号が響き渡る。
と、宙に白い光が現れ、そこから白狼に烏の翼を生やしたマスコット姿のエルが出て来た。
「んー……何だい朝っぱらから」
エルは眠たそうに大きな紫の瞳を指で擦る。
のんびりとした口調にイラついた秋葉はぐいっとエルに顔を近づけて睨みつける。
「ちょっと、これどういうこと!?」
「んぇ?」
秋葉は後ろの液晶画面へ指を差して問い詰める。エルは寝ぼけたような声を上げながら、宙を飛んで画面を見始める。
「何や? 朝っぱらから」
「えらく騒がしいけど、なんかあった?」
「ったく、大声出してどうしたんだ……」
騒ぎを聞きつけたのか、家主に変わって朝食の準備をしていた熾蓮、薫、樹が社務所の入口から入ってきた。ちなみに白澪はというと、学園の救護室で任務帰りの生徒の治療をしている香月を手伝いに朝早くに帰っていった。
「何、勝手に神前式の依頼取り消してんの!? ちゃんと受付可って記載してあるよね!?」
「だって、秋葉って大神学園に入学したばかりでしょ? 忙しそうだったしやる暇ないかなと思ってぇ……」
宙に浮いたエルは視線を逸らして言い訳を口にする。
確かに、訓練やら試験やらで帰る暇がないぐらいには忙しかったのは事実。エルの言うことは最もなのだが……。
「そうだとしてもだよ? 一言ぐらい相談しようとか思わなかったわけ!?」
「あははっ、ごめーん」
エルはてへぺろっと舌を出して謝る。
これっぽっちも反省の色が感じられず、怒りに身体を震わせた秋葉は、何とか手は出すまいと拳を握りしめて堪える。
その横でメールの文章を見ていた熾蓮たちもエルの所業に何やってるんだと呆れた様子だ。
「一応聞くけど、他にもなんかやったりしてないよね?」
「いやいやそんなわけ……」
秋葉の問いかけに、エルは汗を垂らしながら首を横に振る。
「ほな、なんで神社全体に人払いの結界が貼られとんねん」
「えっ……嘘でしょ……」
いつの間にか社務所に来ていた織部の指摘に、秋葉は思わず絶句しつつ霊眼を起動させる。
外に貼られた結界へ目を向ければ、織部の言う通り既存の結界に隠れて人払いの結界が付与されていた。
同じく話を聞いていた熾蓮や薫、樹も結界を視て、唖然とした表情を浮かべている。
どうして今まで気づかなかったんだ……。
御祭神の巧妙さに度肝を抜かれ、半ば放心状態になりかけるがなんとか踏み止まった秋葉はエルへ視線を戻す。
「エル、ちゃんと説明して」
秋葉は、いたずらがバレた時の犬のような表情をしているマスコットを問い詰める。
「ほ、ほら……参拝客の対応って面倒臭いじゃん? だからなるべく人が近寄らないよう人払いの結界を貼っといたんだけど……」
冷や汗を搔いたエルは、震えたような声で答える。
「アホやな」
「どっちもエルが悪いね」
「すまんが、擁護のしようがないな」
「えー! そんなぁ……!」
3人から口をそろえて非難され、エルはいじけたように声を上げる。
参拝者の対応がめんどくさいなどと神社に務めている者としてあるまじき発言をしたマスコットの皮を被った神に、秋葉は怒りを通り越して呆れる。
「エル、何か言うことは?」
「はい、ボクが悪かったです。すいませんでした……」
鬼の形相をした秋葉に詰められ、床に座らされたエルは耳と尻尾を垂らしてしょんぼりした様子で謝る。
こっぴどくみんなから怒られてしっかり反省したのか、エルは隅の方で縮こまっている。
そんなマスコットを見て秋葉は、これ以上の追及は止した方がいいかと区切りをつける。
「あの……ところで君たち、時間大丈夫なの?」
今までに聞いたこともないほどの暗く小さい声で言われ、秋葉たちは一斉に社務所内にかけられた時計を見る。
「うわっ、ヤバっ! 急がないと集合時間に間に合わないっ!」
小春との集合時間まで後、30分もないことに気づく。秋葉たちは慌てて社務所を出て、準備を始めるのだった。
◇◆◇◆
ギリギリ集合時間に間に合い、渡月橋にて小春と合流した秋葉たちは、通り沿いにある瓦建ての店へとやってきた。
軒先には『呉服屋・守咲』の看板が掲げられており、外からでも店の中が見えるようにと木目の壁には大きな窓ガラスがはめ込まれている。
ここは結奈の実家が営んでいる老舗呉服屋だ。本来は開店前なのだが、今日は特別にと既に店を開けて貰っている。
「お邪魔しまーす」
さっそくガラスでできた扉を潜って店の中に入る。
店内には小袖の着物や振袖や浴衣などの服から、着物の材料となる織物に、着付けに伴う装飾品まで和服にかかわるさまざまな商品が並んでいた。
じっくり見ていきたい気持ちもあるがまずは目的を果たそうと、木でできた床を歩いて奥にあるカウンターまで向かう。
「お、来たな。頼まれたものできてるぜ」
「朝早くからわざわざありがとうね」
着物にたすき掛けをした状態でカウンターに立っていた結奈に声をかけられ、秋葉は申し訳なさそうに頭を下げる。
と、奥の畳の部屋から、でこ上げスタイルの短い茶髪に眼鏡をかけた少女――堀部舞衣がひょこっと顔を出してきた。
「おやおや~? 熾蓮に秋葉じゃん。久しぶりだね」
「やっほ~! 久しぶり!」
「お~! 久しぶりやな!」
緑の瞳を細めて手を振ってくる舞衣に、秋葉と熾蓮は上機嫌に挨拶する。
「じゃなくて、なんで舞衣がここに!?」
ふと我に返った秋葉は舞衣を見て驚愕の声を上げた。




