第4章-第22社 激戦の後始末(織部side)
時を遡ること十数分前。秋葉と熾蓮が白澪に青汁を飲まされていた頃、早々に芽衣と日向をホテルまで送り終え、織部たちは渡月橋を渡っていた。
つい先ほどまでそこかしこに群がっていた荒級祟魔は秋葉たちによって祓われて、渡月橋周辺は静まり返っていた。
昼間は観光客で溢れかえっているこの場所も、丑三つ時を過ぎた深夜には自分たち以外の人はいないに等しい。
『やぁやぁ聞こえてるかい?』
脳内にいけ好かない北桜神社の神の声が響き、橋を歩いていた織部は一瞬、目を見開く。
『なんや。お前から声かけてくるなんて珍しいやないか』
一体何の用や。面倒ごとやないとええんやけど……。
嫌な予感を覚えて危惧していると、エルが喋り出した。
『いやね? 山林にいた虫を始末しといたから後で見といて欲しいな~って』
わざとらしく話すエルに、織部はやっぱりかと呆れる。
『……分かったわ。薫と樹には先帰らすように言うさかい頼んだで』
『りょーかいっ』
エルは軽快な声色で返事をして、念話を切った。織部は傍を歩いている薫と樹へ悟られない程度に小さな溜息を吐く。
もうすぐ橋を渡り終えるので頃合いだろう。
織部は薫と樹へ処理班が到着したから手伝いに行ってくるから先に帰ってろと言い残して、千鳥ヶ淵の方へ向かう。
川沿いの細道を移動すること十数分。千鳥ヶ淵へと戻って来た織部は、スーツ姿の大人たちが辺りで何やら作業をしているのを目にする。
(おー、やっとるやっとる)
千鳥ヶ淵周辺には新たに結界が貼られており、水面には樹がやったように結界の足場が構築されていた。足場の上に立った人たちが川底に沈んだ遺体の引き揚げ作業を行っている。
毎度ご苦労さんなこって……。
神社省直轄の処理班は各任務が終了したと代報者から連絡を受けた後、こうして現場にやってきては後処理や調査を行っている。
多忙な処理班を横目に、織部はエルから伝えられた虫のいる山林へと入っていく。
ある程度まで来たところで両目を閉じて、周囲に薄く祓力を飛ばし、祟気がないかを確認する。少しして、だいぶ奥の方に僅かに鬱々とした気配を感じ、まっすぐそちらへと歩き出す。
そうして祟気の発生源まで辿り着いた織部は、立ち止まって地面へと視線を落とす。
「おい……これ虫やのうて烏やないか」
落ち葉の混じった腐葉土に烏の死骸が転がっていた。額からは血が流れており、微量だが地面に染みができている。
その場にしゃがんだ織部は霊眼を起動させて、息絶えた烏を見つめる。
すると、烏には小春に取り憑いていたものと同じ祟気の残滓があった。秋葉から受け取った黒い羽根とも同じ気配だ。どうやらずっと遠くから視られていたらしい。
(烏を媒介にしたのは、恐らく秋葉をきちんと殺せたか確認するため……。やったらこれは回収しといた方がよさそうやな)
烏の死骸に手を翳して自らの祓力で覆い、『蔵』の中へと仕舞う。後でそこら辺にいる処理班の人に渡して解析に回してもらえれば何か分かるかもしれない。
一通り視た後、織部は他にも何かないか辺りを観察する。と、すぐ近く手に収まるサイズの小石が落ちていた。
「あん時、指で石ころ弾い取ったんはこれを潰すためやったんか」
石を拾い上げてぐるっと見回すと、僅かに血が付着していた。
失血死寸前の秋葉の身体に祓力を流し込んだとき、エルが山林に向けて石を飛ばしているときは何を悠長なことをしているのかと思っていたが、これで合点がいった。
それにしても、どんな威力と命中率で撃てばこんな山林の奥にいた烏まで届くことになるのか。
遊んでるように見えてしっかりと仕事しているエルに、織部は侮れないなと感じる。
すると、ジジッという音が頭の中に響いた。
『織部先生、今そちらはどうなっています?』
「西園寺学園長。こっちは一通り終わりました。生徒らは今頃寝とるんとちゃいますかね」
『そうですか。ところで、そちらに送った白澪さんはどうでした?』
織部はその場から立ち上がって、山林を出ようと歩みを進める。
「そらもう見事にやり遂げてましたよ。あの子も軽口叩けるぐらいには元気ですわ」
『それは良かった。詳しい報告はまた学園長室でお聞きしますね』
「あー、それなんですけど、帰るんがちと遅うなりますわ」
『……といいますと?』
頭を掻きながら勿体ぶったように話すと、訝しむような声で問われる。織部は足場の悪い急な斜面を軽快な足取りで降りていきながら、口を開く。
「あいつらが今回の依頼にあった祟魔を弔ってやりたい言いましてね。その関係で法輪寺まで付き添うことになったんですよ」
『それはそれは。どうやらあの子たちはまだ教えてもないのに、代報者はただ祓うだけではないということを分かっているようですね』
西園寺は感心したような慈しむような声色でそう告げた。念話越しではあるが、優しく微笑んでいるのが十分読み取れる。
「まぁそういうわけなんで、明日のお昼頃にまたお邪魔します」
『分かりました。お待ちしておりますよ』
西園寺がそう言うと、念話が途切れる。
「ホンマ、ようやりよるわ……」
山林の出口が前方に見える中、織部はしみじみとした表情で呟いた。
普通の代報者なら祓って終わるところを、自分自身や仲間を殺しかけた存在を弔ってやりたいと言い出したときは驚いたが、彼らなりに思うところがあったのだろう。
我ながら良い生徒を持ったものだと笑みを浮かべつつ、川沿いの道へと出る。
すると、山吹色のショートカットに深緑の目をした男性職員と目が合った。他の処理班の人と同じくスーツを纏った彼は一瞬、立ち止まって眉をひそめたかと思えば、ハッとしたように目を見張る。
「あれ? 織部先生じゃないですか! お久しぶりです!」
「どっかで見たことある思たら伊吹か。なんや久しぶりやな。元気にやっとるか?」
織部が声をかけると、伊吹と呼ばれた彼は笑顔を浮かべながらまっすぐ向かってくる。
「この通り後処理に追われまくってますけど、何とかやってます」
「ご苦労さんやでほんまに」
「まぁ、仕事なんでね」
織部が労わるように話すと、伊吹は苦笑交じりに答えた。
彼は柊伊吹。大神学園京都本校の卒業生で、まだ織部が教員として学園に入って2年目のときに担当していたクラスの生徒だった。
地毛が金髪のせいで生真面目な風紀委員から指導を受けて不憫で可哀想だった記憶がある。
この様子だと卒業した今は神社省の処理班に所属しているようだ。
「それはそうと本当に今回の任務って入学したての1年が担当だったんですか?」
「そうやけど、どうかしたか?」
「い、いや……この荒れようは1年じゃなかなか成せないんじゃないかと思いまして……」
伊吹は顔を引き攣らせながら周囲を見渡す。
と、戦闘の余波で周囲の木々がへし折れ、地面に転がり落ちていた。焼け焦げた跡や何か細かい刃のようなもので切られた跡の他、歩道のアスファルトは凹み、破片が散らばっている。
これには織部も呆気に取られ、流石にこれはやりすぎたなと反省する。
後で幾らでも直せるとはいえ、壊し過ぎだとあいつらに注意しておこうと心に留める。
「等級も烈級じゃなくて惨級寄りの準惨級だったんでしょう? よく全員無事でしたね」
意外そうに訊いてくる伊吹に、織部は視線を横に逸らす。
「約1名死にかけやったけどな。あぁ、今はもう持ち直してるから心配ないで」
「なら良かった。僕らの代は散々でしたからね。それに比べたら先生の班の子たちは凄いですよ! まだ巫級代報者なのに準惨級祟魔と渡り合えるぐらいには強いんですから!」
伊吹は目を輝かせて賞賛の言葉を口にする。
確かに例年の生徒たちに比べたら、今年入って来た秋葉たちは祓式面でも技術面でも間違いなく強く、どれだけ過酷な状況だろうがついてくる胆力がある。
だが、それに応じて祟魔の強さも上がってきている。
(これはそう遠ないうちに一波乱あるかもしれんな……)
織部が懸念を抱いている一方で、伊吹は同じ処理班の人に呼ばれたのか軽く手を振って返事をする。
「それでは僕は後処理の続きがあるのでこれで。終わったら先生宛にも調査報告書上げときますんで確認よろしくお願いします」
「おう。……あ、そうや。これ解析の方に回してもらえるか?」
踵を返そうとする伊吹を引き留め、『蔵』に仕舞ってあった烏の死骸を手元に出す。
「……烏ですか?」
「あぁ。今回の依頼の発端になったやつが取り憑いとったかもしれんから、調べといてもらうように言うといてくれ」
「了解です」
伊吹は烏の死骸に自身の祓力を纏わせ、自分の『蔵』に仕舞う。
「それでは失礼します!」
「頼んだで~」
元気に返事をして去っていく伊吹を見送った織部は、自分も帰ろうと来た道を戻るのだった。




