序章-第7社 持久力訓練in愛宕山(前編)
迎えた年明け。年末年始の繫忙期を無事に乗り切った秋葉は、持久力訓練のため、エルと共に愛宕山の麓にある愛宕神社へと来ていた。
一の鳥居を潜った先の境内に入って、お参りを済ませ、2人は社務所の方に居た熾蓮の元へ向かう。
「久しぶり~、熾蓮」
「おぉ、来たか秋葉」
熾蓮は軽く手を振って秋葉を迎える。いつもの学ランとは違い、白衣に白袴を身に纏っていた。
「やっほー、元気にしてたかい?」
「おん、そら元気やけど、なんで呼びもしてへんお前までおんねん」
エルが笑みを浮かべながら訊くと、熾蓮は怪訝そうな表情でエルを睨みつけた。
「別に良いじゃな~い。忍者の修行場がどんな感じなのか見てみたいしね」
「くれぐれも邪魔だけはするんやないで」
「分かってるって~」
熾蓮の忠告にエルは呑気な返事をする。持久力訓練は愛宕山内部の修行場でやるそうなので、そこまで案内してもらうことに。
熾蓮に社務所の中へ入るよう言われ、首を傾げつつも、言われた通りに裏口から社務所へお邪魔する。
てっきり山に登って修行場まで行くのかと思っていたが、そうでもないらしい。廊下をしばらく進み、ある一室へ案内される。
と、木の床板に何やら陣が書かれているのが見えた。秋葉の記憶が正しければ、あれは転移陣だろうか。
「え、社務所の中に転移陣なんてあるんだ」
「流石に本殿行くために、毎度あの山のてっぺんまで登り降りしてられへんしな」
「それは確かに」
愛宕山の標高は924メートル。一々山の頂上にある本殿までは愛宕山ケーブルか登山をしなければならないのだ。
だが、ケーブルは参拝者でいっぱい。日々のお務めで忙しい神職は乗る暇もないため、こうして転移陣が描かれているようだ。
秋葉と熾蓮、エルは転移陣の上に乗る。と、陣が発光し、意識が一瞬途絶えた。
直後、目を開くと本殿近くの社務所へ到着。社務所で必要なもの以外の荷物を下ろして、秋葉たちは外へ出る。ついで熾蓮に連れられて、山を10分ほど降りると、前にいた熾蓮が立ち止まった。
「到着や」
山の斜面から下を見下ろせば、宙にぶら下がった無数の丸太や木と木の間に麻縄が繋がれていたり、藁人形が置いてあったり、如何にも忍者の修行場のような空間が広がっていた。
「おぉ、凄っ! 山の中にこんな場所があるんだ~」
「かなり広い範囲にまで仕掛けられてるね」
映画やアニメなどでしか見なかった光景が広がっており、目を見開く秋葉とエル。秋葉自身、何度か愛宕神社には訪れてはいたが、こうして山の中に入るのは初めてだった。
「でも、これだけ大規模に設置してあったら、ケーブルカーに乗ってる人たちに気づかれるんじゃないの?」
「そこは不可視の結界が貼ってあるから大丈夫なようになっとるんよ」
秋葉の疑問に、熾蓮は周囲を見回しながら答えた。秋葉は目を凝らして周りをよく視る。
すると、遠くの方に薄っすらと透明な膜が貼られているのが視えた。
なるほど、あれが不可視の結界か。
そう納得した瞬間、後ろから風を切るような音が聞こえ、振り向く。
「っ……!?」
目の前を苦無が迫る中、秋葉は咄嗟に横へ飛んで避ける。同じくエルと熾蓮も同様の攻撃を受けたようで、回避していた。
「な、何? もしかして祟魔……?」
「いや、ちゃう。あれは……」
秋葉が動揺していると、熾蓮が苦無の飛んできた方向を睨みつけながら言った。次の瞬間、木の上から1人の黒装束を纏った女が飛び降りてくる。
「ほう、なかなか筋がいいなお前」
腰までの茶髪に赤メッシュの入った髪を下で三つ編みにした女は、着地したと同時にニヤリと笑みを浮かべながら秋葉を見た。彼女の緑の瞳と目が合い、秋葉の背筋が凍る。
(誰だこの人……熾蓮は知ってるみたいだけど)
少し離れたところでしゃがんだ状態のまま、女を凝視している熾蓮へ顔を向ける。
「おい、感心しとる場合か! 何、護衛対象に向かって苦無投げ飛ばしとんねん!」
「後、ボクに投げる必要なかったよね!?」
女に向かって容赦なくツッコミを入れる熾蓮とエルに、思考が追い付かず秋葉は首を傾げる。
「いやぁ、すまない。熾蓮の腕が鈍ってないかの確認と護衛対象の秋葉と創造神であるエルの実力がどのぐらいか見ておきたくてな」
女は困ったように笑いながら、秋葉とエルを見た。秋葉が護衛対象と言うことと、エルが創造神であることを知っている人はごく少数。
加えて、さっきのやり取りを見た感じ、熾蓮と知り合いらしい。これは何かあるなと思い、熾蓮へ顔を向ける。
「熾蓮、この人は?」
「あー、俺の師匠で、同じく忍びやっとる」
熾蓮はそう言うと、警戒を解いてしゃがんだ状態から立ち上がった。
「御守華南だ。あぁ、例の予言や秋葉が祟魔に命を狙われていることついては既に聞いているから説明しなくて大丈夫だぞ。なんせ私も御守衆に属してるからな」
「な、なるほど。えっと、改めまして北桜秋葉です。で、こっちが」
「エルだよ~、よろしくね華南」
自己紹介を終えると、エルは秋葉の元にやって来た。今まで、熾蓮を筆頭とした御守衆が秋葉の護衛をしていたのだから、華南が秋葉やエルのことを知っているのは当然だろう。
味方だと判明したところで、秋葉も警戒を解く。
「で、何しに来たんや? 今日は集合かかってへんやろ?」
「おい、年上に向かってなんだその口の利き方は」
腰に手を当てながらジト目で話す熾蓮に、華南は気に食わないといった表情を見せる。
「前に敬語は堅苦しいから、タメで話せ言うたんはどこのどいつやねん」
「すまんすまん冗談だ。何、護衛対象の秋葉が総本山たるここへ来ると聞いてな。顔を拝むついでに持久力訓練を手伝いに三重の方からすっ飛んできたという訳だ」
三重県からわざわざこっちまでやって来たのかと驚いていると、気づいた熾蓮から捕捉が入る。
それによると華南は三重の伊賀市にある愛宕神社に所属しているらしいが、普段は右京区内にある太秦映画村でアクション指導のバイトをしているとのこと。
ややこしいこと言うなとまた熾蓮からのツッコミが入り、別に間違ったことはだろうがと文句が飛んでくる光景に仲が良いなと微笑む秋葉。
「で、わざわざこっちに来た本音は?」
「お前を久々にしごきに来た」
「頼むから、はよ帰って?」
熾蓮は嫌そうに顔を歪めるが、華南は気に留めることなく続けて言った。
「秋葉だけに訓練させるわけにもいかんだろう。お前も付き合え」
「ハイハイ。分かりましたー」
圧の篭った笑みを向けられ、折れるしかないと判断したのか熾蓮は面倒そうに返事をした。
華南の扱いに慣れているなと思いながら、秋葉は2人のやりとりを眺める。
「というわけで、訓練を始めていくが、ただ地道に走って持久力をつけるだけでは面白くない!」
「うわっ、出た。師匠の面白スイッチ」
「面白スイッチって、何?」
秋葉が思わず溢せば、熾蓮は念話を飛ばして説明してきた。
彼の話によると、華南は面白いことが好きで、日々面白さを求めており、自分の面白いと思ったものへ突っ走っていく悪癖があるのだそう。熾蓮自身、それに何度も付き合わされてきたらしい。
「ただ走るだけではつまらんので、鬼ごっこと称した実戦形式を取る。祟魔はただ追いかけてくるだけではなく、攻撃も繰り出してくるからな。3人には今から10分間、私に捕まらないよう、山に貼られた結界の中を逃げ切ってもらう」
「え、ボクも?」
「あぁ、ここに来た以上は神であろうが何だろうがやってもらうぞ」
3人と言われ、戸惑うエルに対して、華南は首を縦に振りながら告げた。と、巻き込まれたくないのか、エルはその場から消えようとする。が、あっという間に距離を詰めた華南に尻尾を掴まれた。
「おっと逃げるのはなしだ」
「ねぇ、この子怖い……!」
いち人間に怯えるエルへ、同情の目を向ける秋葉と熾蓮。エルが観念したところで華南が手を離し、持久力訓練の準備が始まったのだった。