第4章-第20社 好奇心と更なる脅威
「ただいまー」
ガラッと織部が玄関の扉を開けて中に入り、背負われた秋葉が間延びしたように挨拶をする。
「おかえり~」
秋葉たちの到着を待っていたのか、エルが出迎えてくれた。
「って、秋葉どうしたのさ?」
エルは織部に背負われている秋葉を見て、目を丸くする。
「貧血で歩けへん言うてな。しゃーないからおぶってきたんや」
恥ずかしそうに目を横に逸らした秋葉が説明しようと口を開くも、織部に遮られてしまった。
半ば笑いながら話す織部に、カチンときた秋葉は目前にある肩をガシッと持つ。
「あの、もう大丈夫なんで下ろしてください!」
顔を赤くした秋葉は、何とかこの状況から抜け出そうとこれでおかと肩を揺らして足をじたばたさせる。
「はいはい分かったから暴れんなや」
仕方ないと子供をあやすように言った織部は身をかがめて秋葉を床に下ろす。
やっと地に足が着き、恥ずかしい状況から解放された秋葉は安堵したように息を漏らす。
「それで、あの子たちは?」
「応接室で待機してるよ」
切り替えるようにして問う秋葉に、エルは応接室へと続く廊下を指差して言った。
まだ多少のふらつきはあるものの、1人で歩けるようなるまでは回復したので、秋葉はみんなと共に女学生2人が待つ応接室へ向かう。木目の床をまっすぐ歩いて突き当たりを左に曲がると、障子が見えた。取っ手を横に引いて足を踏み入れる。
そこには紺色のブレザーにスカートを纏った2人の女子生徒が、俯いた様子で来客用のソファに座っていた。見た目からして中学生ぐらいか。
どちらもこの辺じゃ見たことのない制服なので修学旅行生で間違いないだろう。
秋葉とエルは反対側のソファに腰掛け、熾蓮、薫、樹、織部の4人はその背後に立つ。
一方の白澪は、この件に関してはこの子たちと肆班の問題だからと見守るのに徹するようで、壁際に背を預けた。全員が位置についたところで、秋葉は事情を聞こうと前を向く。
と、女子生徒2人が勢いよく頭を下げた。
「その……すいませんでした……!」
「迷惑かけて本当にすいません!」
キャラメル色の長髪の子が言い放つと、立て続けに黒髪ポニーテールにオレンジのメッシュの子も声を張り上げて言った。2人の言動に秋葉たちは揃って固まる。
「ど、どしたの急に……」
謝られるようなことされたっけ……? と身に覚えのない謝罪に秋葉は戸惑う。
すると、彼女たちはぽつぽつと渡月橋で織部に手刀を落とされるまでに起こったことを話し始めた。
それによると、彼女たちは修学旅行の自由行動で嵐山をぶらついており、秋葉たちとほぼ同じタイミングで市松に訪れたそう。
そこで偶然、秋葉たちと女将さんが渡月橋で人が消えるという噂を話しているのを耳にして、興味が湧いた彼女たちは深夜にホテルを抜け出して、その噂が本当かどうか確かめに来ていたらしい。
それがまさか本当だったとは思わず、祟魔に囲まれて怖くなり、逃げようとしていたところを秋葉たちに助けられたということだ。
「取り敢えず事情は分かった。白澪、怪我無いか診てあげてくれない?」
「了解よ」
秋葉に促された白澪は、2人の傍までくるとその場にしゃがんで霊眼を起動させる。白澪の青い瞳が淡く光り、じっと異常がないか確認し出す。
そうして1分もしないうちに診察が終わったようで、白澪が立ち上がる。
「何ともないわ。少し祟気を吸った程度だから少しの間怠さはあるだろうけど、そんなに心配いらないわよ」
「あ、ありがとうございます」
祟気という言葉に疑問を持ったのか2人が首を傾げる。と、その間にも、役目を終えた白澪は邪魔にならないよう再び壁へもたれかかった。
「ほんで、君ら名前は?」
診察を終えてひと段落したところで、織部が尋ねる。
「えっと、夢咲芽衣って言います」
「わたしは佐城日向です」
「助けていただいてありがとうございました」
またしても2人揃って頭を下げるのを目にして、律儀だなと思っていると、後ろから殺気にも似た気配を感じる。
恐る恐る振り返って見ると、心底呆れたような目で彼女たちを凝視する薫がいた。
「全く……。もう少しわたしたちが来るのが遅かったら死んでたかもしれないんだよ? それ分かってる?」
「は、はい……」
(本当、薫ってば容赦ないな……)
こっぴどく叱られて縮こまっている2人に秋葉は苦笑する。
だが、薫の言うことは最もだ。修学旅行だし、好奇心がうずくのも分かるけど、命の危険にさらされていたことには変わらない。
「ちょっ……それ教師である俺の台詞やねんけど……」
「どんまいやで、織部先生」
しょぼくれるような声で呟く織部に、隣にいた熾蓮が彼の肩に手を置いて慰める。
「とにかく、今後は不用意にそういう場所にはいかないことだな」
「分かりました……」
樹が念を押すように言うと、2人は猛省したように声を落として返事をした。
言ってはだめだと言われる場所には何かしら危険な物事が潜んでおり、不用意に近づくものではない。後、ホテルを抜け出すのもだめだ。
自分も気を付けようと心の中で自らを戒めていると、後ろで何かに耐えかねたような唸り声が聞こえ、今度はなんだと振り返る。
「どいつもこいつも俺の台詞取るなぁ!」
「まぁまぁ落ち着いて……」
拳を握りしめて叫ぶ織部を秋葉が両手を前にして宥める。
「それにしても、2人ともよう視えたな。家が神社か何かなん?」
これ以上彼女たちを責めるのもどうかと踏んだのか、熾蓮は話題をすり替えるようにして投げかける。
「はい。私の祖母が東京の夢姫神社の宮司を務めてまして、母は神職とは関係ないんですけど、私はそういうのに少し興味があって。ときどき巫女さんとして手伝ってるんです」
「わたしは実家が東京の築土神社なんで、神職見習いとして働いてます」
落ち着いた口調で芽衣と日向が喋る。
話を聞くに、元々霊感があるそうで、そういうものがいると感覚で分かるようなのだが、はっきりと視えたのは今回が初めてらしい。
一般的に霊眼は先天的に発現する場合が多いのが、彼女たちのような後天的に発現するケースも少なからずあると授業で習った記憶がある。
「東京の神社ねぇ……樹は知ってる?」
「ちらっと耳にしたことはあるけど、そこまで詳しいわけじゃないからな」
白澪の問いかけに、樹は腕を組みながら答える。茨城出身の樹なら何か知っているかもと思ったのだろうが、あまり知らないようだ。
「でもそういうことやったら、今年の冬頃にうちの学園から推薦状が届くかもしれんな……。東京の方にも支部があるさかい、もしかしたらどっかのタイミングで会えるとちゃうやろか」
へぇ~、東京にも大神学園ってあるんだ。
興味津々な表情で話を聞いていたら、背後でガタンと机を叩く音がした。
織部の方へ顔を向けていた秋葉は咄嗟に前へと向き直る。
「それ本当ですか!?」
「ちょっと芽衣?」
芽衣が食いついたようにして織部を見る。先ほどまでの落ち着いた雰囲気とは打って変わって明るくなり、隣にいた日向が困惑したように首を傾げる。
「まぁ、あくまで可能性の話やけどな」
芽衣の勢いに圧され、引き攣った笑みを浮かべた織部はそう付け加える。
交流戦が何なのかはまた後で聞くとして、もしかしたら来年あたりにこの2人と会えるかもしれないのか……。楽しみだな~。
そう胸を膨らませつつ頬を緩めていると、織部が何か思い出したように声を上げる。
「そや。君らの学校名と宿泊先教えてんか。こっちから連絡入れてそこまで送るさかい」
「そういうことでしたら、学校名は神嶋女子中学校。今日は翠月亭に泊まってます」
織部は懐からメモを取り出して、日向が言った内容を書き込んでいく。
翠月亭というと、平安時代からある老舗旅館だったはずだ。渡月橋を渡って大堰川沿いを歩いてすぐのところにあり、敷地内には旅館だけではなくホテルもあると聞く。
当社の参拝者から聞くところによると、近年修学旅行や観光客で人が増加したという理由で建てられたらしい。
メモを終えた織部が連絡を入れるために席を外して応接室を出る。
と、樹がハッとしたような表情を浮かべる。
「神女って言えば、関東じゃ有名な女子校じゃないか」
「そうなん?」
「あぁ。古くから続いてる神道系のお嬢様学校でな。確かうちの神社の見習いも1人通ってたはずだ」
熾蓮が訊けば、樹は頷きながら答えた。
「いいわね~女子校。憧れるわ~」
「うんうん。しかもお嬢様学校とかうちらにとっては縁も欠片もない世界だから尚更だよ」
羨まし気に話す白澪と薫に、芽衣と日向は揃って謙遜したようにそんなことないと口にする。
(女子校か……これは創作する上で使えるかも)
時に一次創作オタクというものは、日常に溢れる情報を糧に作品を練り上げる。それ故に些細な情報でも仕入れておきたいという思いがたまに溢れることがあるのだ。
ならばこの機会を逃すわけにはいかないっ!
秋葉は決意に燃えたような目で2人へ視線を向ける。
「ね、2人ともよかったら連絡先交換しない? もし大神学園に入学するってなったら色々と先んじて教えてあげられるかもしれないし」
「え、いいんですか!? ぜひお願いします!」
きらっと目を輝かせた芽衣は、満面の笑みを浮かべて手を差し出してきた。そして秋葉と芽衣は半ば結託したように互いに固く手を握りしめる。
「芽衣、さっきからどうしたのさ……。あ、わたしも大丈夫ですよ」
「ありがとうね~」
芽衣の言動に若干引いている様子の日向からも了承を貰い、秋葉はお礼を言う。
2人と連絡先を交換していると、秋葉だけずるい!と薫が声を上げ、彼女を筆頭にエルを除く全員が互いに交換する羽目になった。
そうしてしている間にも応接室の障子が空き、織部が中に入ってくる。
「向こうに連絡も入れたことやし、そろそろ送るわ」
「ありがとうございます」
「だったら、わたしたちもついて行きます」
芽衣と日向が腰を上げて応接室の外へ出ていこうとすると、薫と樹、熾蓮も移動し出す。
「なら、私も――」
続いて秋葉もソファから立ち上がって歩き出そうとしたその時。
横から鋭い視線を感じ、秋葉は思わず振り向く。すると、づかづかと歩み寄って来た白澪に睨まれた。
「あのね、まともに歩けないくせに何言ってんのよ。秋葉はちゃんと安静にしてなさい」
「えぇ……」
強い口調で言われ、秋葉はげんなりとしたように頬を引き攣らせる。
だがこうなった以上、白澪が引き下がることは万が一にもないので、秋葉は渋々ここに残ることを決める。
「それと注射は平気かしら?」
「ちゅ、注射……? む、無理無理無理!」
黒い笑みを浮かべながら訊いてくる白澪に、秋葉は必死に首を横に振る。
幼い頃だったか、インフルエンザの予防接種で注射しに行った際、上手く腕に針が刺さらなかったようで医師に何度もグサグサ刺されて以来、注射がトラウマになっているのだ。
「なら、エルと熾蓮は残ってちょうだい」
「お、おん」
「了解だよ」
急に残るように言われ、熾蓮とエルは戸惑いながらも返事をする。
そんなこんなで残留が決定した秋葉は、玄関までなら見送りに行ってもいいということになり、廊下を歩いて芽衣たちの元へ向かう。
「本当にお世話になりました」
「うん。気をつけてね~」
最後まで丁寧でいい子たちだったなと感じつつ、鳥居へと向かう彼女たちに向かって手を振る。
鳥居を潜った辺りで家の扉を閉め、エルが出したであろう茶請けを片づけるべく、応接室へ戻ろうとする。
その直後、ちょんちょんと後ろから肩を叩かれ、きょとんと首を小首を傾げつつ振り返る。
「ん? どうし――ヒィッ!」
振り返った先には注射器を持った白澪が、狙いを定めるかのように目を光らせていた。
己の危機を悟った秋葉は、短い悲鳴を上げると即座に後ろを向いて廊下を爆走し出した。




