第4章-第19社 真相
「え、えーっと……取り敢えず落ち着いて……」
正気を取り戻した秋葉は、困惑しつつも少女に頭を上げるよう促す。すると、少女は恐る恐る頭を上げて、姿勢を正した。
「私は北桜秋葉。あなたのお名前は?」
「その……小春と言います。姓は貧しい商家に生まれたのでありません」
少女はか細い声で話す。その表情は暗く、申し訳なさそうに身体を丸めて縮こまっている。
そんな彼女が口にした姓――つまり今でいう苗字のことだ。となると、生まれはかなり前になるのだろう。そう思うと同時に、秋葉は彼女がツギハギの着物を身に纏っている理由に気づく。
「まず小春ちゃんに聞きたいんだけど……ああなるまでに何があったの?」
秋葉はできるだけ優しく少女へ問いかける。
起きてすぐ土下座して謝り倒すような子が、人を攫うような真似をしたり、凶暴になってしまったのにはそれなりの理由があるはずだ。
そう踏んだ秋葉は、じっと彼女が喋り出すのを待つ。
「あの……それをお話する前に私の生前のことを話してもよろしいでしょうか? 多分そこを理解した上でないと分かりにくいかと思うので……」
「やったら頼むわ」
小春は熾蓮にお礼を言うと、一度深呼吸をしてから話し始めた。
「今から300年ほど前、元禄の世に私は生まれました。私の家には代々成人の儀で着られる華やかな着物がありまして。その着物は昔お世話になった家の人から譲り受けたもので、私はその着物を着るのに合わせて、髪を伸ばし続けてきたんです」
元禄の世、江戸時代の成人年齢は約13歳と聞く。
当時の成人の儀というものは非常に大事なものとして扱われ、特に女の子にとっては晴れ着である高価な振袖を着ることのできる滅多にない機会だった。
その分、張りきる子も多いようで、小春のように髪を伸ばしているとヘアアレンジもしやすく、より綺麗で華やかな姿になるのだ。
だが、それが影響してあんなにも凶暴な武器になってしまったのは、髪は元来、霊力が宿りやすいとされているからなのだろう。神に奉仕する巫女の髪が長いのもそれが理由だったりするのだ。
「ですが、13歳になる1か月前のことです。突如、流行り病にかかってしまい、私を含めた家族もろとも亡くなりました。貧しい家で建てる墓も無かったので、まともに弔われずにこの世に残ったんだと思います」
小春はしょんぼりしたように目を伏せる。
その話を聞いていた秋葉は、墓を立てて貰えずに祟魔になったというのは多いと授業で織部が話していたことが蘇る。
だが、話を聞いている限り、小春の場合は着物を着て十三参りに参加したかったという思いが強かったのではないだろうか。
そう思って考えを述べると、彼女は確かにそれもあるかもしれないと納得したように頷いた。
「その後、祟魔になった私はここ300年ほど大堰川の周りにいる拙級祟魔たちと交流していました。それで毎年十三参りの時期に法輪寺へ訪れてはその子たちの晴れ姿を見ながら、軽く髪に触れたり、着物に触ったりなどちょっとしたいたずらをしていたんです」
法輪寺の住職が十三参りに来た子供たちへいたずらをしている娘がいると言っていたのは、小春だったようだ。この分だと千光寺の住職から聞いた拙級祟魔も彼女に違いないだろう。
加えて毎年来ていたということは、自分も十三参りに参加したかったという思いが無意識のうちにあったのかもしれない。
「そして今年も法輪寺の方へ行こうと川のほとりを歩いていた時のことです。背後からゾワッとした寒気のようなものを感じて振り返ってみたら、突然邪悪な気配が内に入ってきて……それで……」
流暢に話していた小春の声が途切れる。ふと顔を見れば、その時のことを思い出したのかどこか怯えたように顔を強張らせていた。
「あないな状態になったちゅうわけか」
「はい……」
彼女の言葉を引き継ぐようにして熾蓮が言うと、小春は委縮しつつつ首を縦に振った。
(何の前触れもなく自身の内側に入って来られたらそうもなるよね……)
秋葉の祓式は創作キャラの憑依。自分で作った創作キャラとはいえ、他人を自分の内側に同居させることによって成り立っているので、小春が感じた違和感や怖さというものは理解できる。
我ながらとんでもない祓式持ってるな……。
自分の祓式の怖さを再認識していると、話を聞いていた薫が口を開く。
「ちなみに、それまで渡月橋にいる人たちを攫ったりとかは?」
「いえ、そのようなことは一切……」
「ということは、それもその気配の仕業ってわけか」
小春が首を横に振りながら答えると、樹が顎に手を当てて呟く。
ここへ調査に来た時も、戦闘しているときも感じたあの強烈な気配は一体なんだ……。この千鳥ヶ淵に小春以外の準惨級祟魔はいないはずで……。
「取り憑かれている間、うっすらと意識はあったのですが、制御するまでには至らず……」
「だったらなんかその時のこととか覚えてない?」
「そうですね……」
小春の発言に食いついたように秋葉が訊くと、小春は宙をじっと見つめながら思案する。
「操られてるような、乗っ取られているような感覚はあったのですが、それが何なのかまでは分からなくて」
小春は申し訳なさそうに眉を下げてすいませんと謝る。
乗っ取られるというと、幽霊とかそこら辺を思い出すが、ここの大堰川周辺には祟魔の幽霊がうじゃうじゃいるから特定しようもない。これは正体までつかみ取るのは無理か。
「どういった経緯にせよ、私の浮ついた気持ちが今回の事件を引き起こしてしまいました。本当に申し訳ありません……」
再度、深々と頭を下げて小春は謝罪する。と、秋葉は不機嫌そうに眉を寄せる。
「ちょっとなんで謝るのさ」
秋葉の発言に小春を含めた周りのみんなが不意を突かれたようにきょとんとする。
「確かに小春ちゃんのそういう気持ちが今回の発端にはなってるかもしれない。けど、悪いのは小春ちゃんじゃなくて、取り憑いていたやつの方だよ」
秋葉の話に熾蓮、薫、樹の3人は揃ってうんうんと首を縦に振る。
「だからもうこれ以上、謝らないで」
小春はハッとしたように目を丸くして視線を下に向ける。かと思うと、秋葉に向けて顔を上げた。
「分かりました」
微笑みながら小春は秋葉の方を見てはっきりとそう言った。秋葉も満足したように笑みを浮かべて頷く。心なしか小春の表情が少し晴れたように思えた。
この子には笑顔が似合うと思うと同時に、こんな可愛い子に取り憑いて人々を攫って川底へ沈めたやつに怒りを覚える。
秋葉が内心怒りに燃えていると、樹が場を切り替えるようにして咳払いをする。
「これで事情は分かったわけだが、これからどうする?」
そう問われて秋葉、熾蓮、薫の3人は唸り声を上げる。
おそらく樹が言いたいのは今後、小春の処遇をどうするかだろう。
彼女が準惨級祟魔となった今、流石に代報者としてはこのまま放置しておくわけにもいかない。
等級が拙級から準惨級に上がった以上は祓わなければならないのだが、当人はそれはもう反省しているので真っ向から祓うのもどうかと思う。
何かいいアイデアはないものかな……。
みんなして考えこんでいると、何やら思いついたのか秋葉が「あっ!」と声を上げる。
「今回みたいなことが起こらないように小春ちゃんの願いを叶えてちゃんと弔ってあげるのは?」
「お、いいじゃんそれ! 秋葉ナイス!」
提示した案に薫は目を輝かせながら親指を立てる。
「いつまでもここに留まったままなんもどうかと思うしな。せっかくやったら綺麗さっぱり終わらせてあげた方がええんとちゃうか?」
「あぁ、そうだな。この世に残った霊魂をあの世に還す。それも神職の役目の1つだからな」
熾蓮と樹も同意した様子で秋葉はホッと息を吐く。班員の許可も得られたところで、秋葉は小春へと顔を向ける。
「ってわけなんだけど、どうかな?」
「その……よろしいのでしょうか。私みたいなものに皆さんの手を煩わせるわけにも……」
小春は困ったように肩を竦める。
「いいのいいの。むしろ、樹の言う通りうちら神職の本業はこういうのだからね。任せときなって」
「みなさんありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」
張り切ったように告げる秋葉に、小春は笑みを浮かべた。あぁ……可愛い女の子の笑顔こそ尊いものはないと思わず秋葉のオタク心が刺激される。
「織部先生、それでいいですか?」
そう薫が尋ねる。
はっ! そういえば聞くの忘れてた……。
織部の存在がすっかり頭から抜けていたことに気づいて、そーっと彼の方を向く。
何気に任務が始まってから口を挟んだり、手を出してくることがあまりなかったので、どう答えるのか気になるところだ。
「ま、君らがそうしたいんやったら、やってもええんとちゃうか?」
もう少し小言が飛んでくるかと思ったが、すんなりと許可をもらえて秋葉たちは意外そうに目を見開く。
「ただし、明日も昼から授業があるさかいそれまでには学園に帰らなあかんで」と付け加えられる。
(流石は織部先生。寛容かと思えば、抜け目ない……)
というか明日も昼から授業があることを知って秋葉はだいぶ気が遠くなる。
まだ朝からじゃなくて昼からってのが救いではあるけど、祝日に任務こなしてるんだからやっぱりそこは1日休みが良かったな……。
「じゃあ、やるってことで決定!」
「おー!」
薫が元気よく声を上げると、みんな声を揃えて拳を上に突き上げる。
「法輪寺の方には朝に連絡を入れるとして、問題は着物と化粧だが……」
「それなら1つ当てがあるよ」
樹が言い切る前に秋葉が口にする。
「そんな当て秋葉にあったか?」と熾蓮が首を傾げるも、「熾蓮も良く知ってる人の店だから大丈夫」と話す。すると、思い出したようで納得の表情を見せた。
普段からお世話になってるところでもあるし、多少の無茶は聞いてくれるだろうから後で連絡を入れたら大丈夫だろう。
そう考えると、秋葉は小春へ問いを投げる。
「小春ちゃん、その当時の着物がどんなものかって覚えてる?」
「はい。確か、淡い水色の生地に撫子の文様があしらわれていたはずです」
小春の応えに秋葉は頷きながら、懐にあったメモ帳を取り出してペンで書き込む。十三参りの着物にも色々と種類があるが、小春の話によると、家にある着物は振袖だったようだ。
細かい調整は当日やるとして……。
「それじゃあ今日はもう遅いしこの辺にしよっか。明日の朝8時に渡月橋に集合でいいかな?」
「えぇ、分かりました」
秋葉が尋ねれば、小春は快く首を縦に振った。他のみんなにも確認をとって了承を貰ったところで、小春は別れを告げてすっと透明になって姿を消した。
「ほな、神社の方に戻ろか」
「そうですね」
織部が声をかけると、当に学園へ連絡を終えて傍から小春たちとのやり取りを見守っていた白澪が、近寄りながら返事をした。
熾蓮たちがその場から立って歩き出す。秋葉もそれに続こうと地面に手をついて立ち上がろうとする。
「……って、あれ?」
「どないした? 秋葉」
なかなか着いてこない秋葉を心配してか、熾蓮が振り向きざまに声をかける。
「いや……その……」
うろたえるような口調で呟いた秋葉の瞳が揺らぐ。全身に及ぶ妙な脱力感と倦怠感に痺れと冷え。立とうとしても上手く手足に力が入らない。これは――。
「――歩けない」
「えっ?」
秋葉の言葉にみんなは戸惑いつつ、目を見開く。
すると、何か思い当たったようで、あー、多分……と目を横に逸らしながら白澪がこっちへ近づいてきた。
「今の秋葉の身体にはギリギリ生きていられるだけの血しか残ってないから、もろに貧血の症状が出てるのよ」
白澪の話に秋葉は納得したように呟く。秋葉の状態を診るべく、地面にしゃがんだ白澪は人差し指で彼女の下瞼を引き下げる。
と、予想が当たったのかやっぱりと口にする。
ここにきて貧血で歩けないとか情けなさすぎる……。
不甲斐ない思いが募って溜息が漏れる。そんな中、織部が手で頭を掻きながら歩み寄って来た。
「ったく、しゃーないやっちゃな。ほれ、背中乗りぃ」
織部はそう言うと、秋葉に背中を向ける形でその場にしゃがむ。
「えぇ……悪いですって……」
眉を下げた秋葉は、両手を前にやって遠慮する。
いや、だって高校生にもなっておんぶとか恥ずかしすぎるでしょ……。それに自分のせいで迷惑をかけるのはいくらなんでも嫌だ。
「ほな、1人で歩くか?」
「そ、それは……」
心のうちを読み取ったとしか思えない問いかけに、秋葉は視線を逸らして狼狽える。1人で歩くのはどう考えても無理だ。
けど、熾蓮や薫に肩を組んで支えてもらうにも、渡月橋までの道のりは人1人分あるかないかぐらいの道幅しかないため、それも却下。
それに戦闘でほとんど体力を消耗している仲間の手を煩わすわけにもいかない。
ぐるぐると考えこむが、結局のところ織部の提案に乗るのが一番無難で最善だろう。
……仕方ない。ここは恥を忍んで頼むしかないか。
「あー、もう分かりましたよ! 失礼します!」
そう言った秋葉は渋々、織部の背中に乗る。腰に手を回され、そのまま織部が立ち上がると同時に浮遊感がやってくる。
うわぁ、いつもより視線が高いな~。やっぱり先生、180はあるよね……なんてことを思いながら神社に戻る道を進んでいくのだった。




