第4章-第16社 最後の足掻き
「なんとか間に合ったぁ……。やあ、さっきぶりだね秋葉」
「何も間に合ってねぇよ馬鹿ッ……!」
笑って声をかけるエルに秋葉は声を荒げながらも若干嬉しそうにツッコむ。大きな声を出したせいで腹の傷が痛み、顔を歪めて呻き声を上げる。
「言い返せる元気があるようで結構。流石ボクに仕えてるだけはある。そのままじゃ痛いだろう。今回だけは特別に痛覚を遮断してあげよう」
「すま……ねぇ……頼……むッ……」
エルが明るく声を発すると、秋葉は苦し紛れに返す。それを耳にしたエルは秋葉の前へしゃがみこむ。そして、うずくまる彼女の肩に右手を置き、すっと目を閉じる。
と、エルの手のひらから白い光が現れ、やがてそれは秋葉の全身を包む。すると、身体中の痛みが徐々に消えていくのを感じる。
「これでしばらく痛みは無くなるはずだ。止血はできるね?」
普段の終始ふざけているような声はどこへやら、遥かに優しい声色で問われる。
「あぁ……助かる……」
秋葉の返事を聞き届けたエルは、そっと頭を撫でてから立ち上がる。秋葉は、痙攣のなくなった手から祓力を放出して風穴に向けて止血膜を作り始める。
「エル……お前なんでこんなところにおんねん……」
その場に立ち尽くした織部が、信じられないといったように顔を強張らせて言った。すると、エルはふっと微笑んでこう告げる。
「いやぁ、誰かさんが手出しはするなって言うからずっと神社から視てたんだけど、流石にこの状況はまずいと思ってね。こうして我が子の危機に駆け付けたわけさ。引率の身であるにもかかわらず、十分介入してる君も文句は言えないはずだよ?」
手を前に掲げたエルは、随時やってくる髪束を巨大な紫氷の盾で防ぎながらわざとらしく言うと、織部へと視線を向けた。
織部は面食らった顔をして、「そうやな」と諦めたように口にする。
「けど、ボクが手を出すのは秋葉が再び立ち上がるまでだ。原則として神という立場上、人の任務に手出しはしない。決着は人間である君たちがつけろ」
ちなみに秋葉を助けたのは契約者としてだからそこはノーカンだよ。とエルは最後に付け足す。
強く頷いた織部は、エルに秋葉の守りを任せて戦っている3人の援護に回るべく、アスファルトを蹴り上げる。
2人が話している間にも止血が完了した秋葉は、内に潜む『紅桜』へと呼びかける。
『……紅桜。後、何分持つ?』
『祓力でアイツを浄化するとなれば、後、3分が限界だ』
脳内に『紅桜』の声が響く。
『……分かった。ありがとう』
3分もあれば片をつけるには十分だ。一時的に痛覚が消え、止血したおかげで短時間なら動ける。
秋葉は血に染まった手を握りしめると、2本の指を揃えて自身のこめかみに当てる。
『みんな心配かけてすまん。もう一度だけ道を開いてくれねぇか?』
秋葉はそう投げかけると、祈るようにみんなの返事が来るのをじっと待つ。
『勿論や。その代わり何が何でも絶対死なんといてや』
『そうだよ。死んだら許さないからね』
『全員で生きてこの任務を終えるぞ』
祟魔と対峙している熾蓮、薫、樹から念話が飛んでくる。その言葉に心がすっと軽くなると同時に確固たる意志が内に芽生える。
『……あぁ』
頷いた秋葉は、手をついてゆらりと立ち上がり、落ちた刀を拾う。防御していたエルは盾を消滅させると、道を譲るかのように脇へと下がる。
「ありがとな。もう大丈夫だ」
「うん。頑張ってね」
左横で佇むエルにお礼を言うと、秋葉は深呼吸をしてまっすぐ赤い双眸を前へと向けた。重心を下げ、力強く地面を踏みしめる。手に持った刀を自身の腰に構え直してぐっと足へ力を入れる。
次の瞬間、秋葉は祓力によって最大限強化された足を蹴り上げ、川の中心にいる祟魔へと駆け出した。飛び出した衝撃で周囲に祓力の波が発生し、地面が割れる。
「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神」
疾風の如く向かってくる無数の黒髪を秋葉は、抜刀と同時に断ち切る。木っ端微塵に裂かれる髪の間を抜けて、岩肌のある河岸へ着地。間発入れずに結界の足場に向かって前進していく。
「筑紫の日向の橘の 小戸の阿波岐原に」
唱えつつ進む秋葉の前に髪が伸び、壁のように立ち塞がった。
パンッと拍手が聞こえた途端、横から10トントラック並みの質量をもつ結界の塊が飛んできて壁が崩壊する。
秋葉は塊を飛ばした樹を横目に、刀で降りかかる攻撃を花弁の斬撃で斬り刻みながら足場を駆ける。
「御禊祓へ給ひし時に生り坐せる 祓戸の大神等」
黒い波が秋葉目掛けて押し寄せる。祓力はなるべく温存したいんだけど、仕方ない。
そう刀を振りかざそうとした直後、目の前を複数の稲妻が走った。瞬間、形成されていた波が舞い散る。
邪魔するものは斬る。鋭い目をした薫は秋葉の周囲に群がる髪束を次々と斬り伏せていく。それを目にした秋葉は、笑みをこぼしながらも先へ行く。
「諸諸の禍事・罪・穢有らむをば」
四方八方から無数の髪束が接近する。秋葉は大量の紅葉の葉で防御しつつ、斬撃を飛ばそうと刀を振り上げる。
その刹那、周囲から複数の銃弾が飛来し、命中した。と、そこから炎が発生し、髪が焦げて塵になる。
(織部先生……)
まさかの援護に目を見開きながら、足を止めることなく着々と祟魔との間合いを詰めていく。
「祓へ給ひ 清め給へと白す事を 聞こし食せと」
祟魔との距離まで後、10メートル。標的はすぐ目の前だ。
そう思った直後、秋葉を囲うようにして帯状の髪が浮上した。結界の足場が割れ、不安定になる。
(もうすぐだっていうのにこれか……)
ギリッと歯を嚙みしめつつ、迎撃態勢に入ろうと刀を構える。
と、竜巻のように火柱が上がり、真っ黒に染まっていた視界が開ける。進路の先には熾蓮が待ち構えていた。
「こっちや!」
足場が崩壊していく中、秋葉は全速力で走り抜けて、熾蓮の元へ向かう。そして、彼の両手が重なった部分へ足をかける。
「やってまえ! 秋葉!」
熾蓮の両手に足をかけた瞬間、真上へと押し上げられる。
宙へ舞い上がった秋葉は勢いよく祟魔に向けて降下。横回転しながら迫りくる髪束を切断し、祟魔の正面へと着地する。そして、秋葉の赤い眼光が淡く光り、祟核を捉えた。
(狙うは一点。ここで決める!)
「恐み恐みも白すッ!!」
声を上げるとともに、桜の花弁と祓力を纏わせた刀身をまっすぐ祟核へと突き刺す。そして祟核に向けて祓力を流し込んでいく。
「ぐっ……!」
周囲の祟気に当てられ、一瞬、怯む。
『紅桜、もっと力寄越して!』
『いいけど、無理すんなよ』
応答があった直後、憑依度が上がる。思わず、意識が持って行かれそうになるが、何とか耐えて祓力の出力を最大にする。
「はああああああああああああああ!!」
祓力の波が周囲に生じる中、秋葉は雄叫びを上げて祟核へ己の中にある祓力を最大限注ぐ。
次の瞬間、祟魔を中心に白い光が発生し、視界全体が真っ白に染まる。眩しさのあまり目を閉じる秋葉。
光が収まり目を開けると、そこには着物に身を包んだ長い黒髪の少女が佇んでいた。驚きのあまり目を見開きながらそっと刀を抜く。すると、少女が前に倒れ込んでくる。
「っと」
刀を下ろした秋葉は左腕で少女を抱え、まだ残っている足場を頼りに川岸へ向かって跳躍する。無事に着地し、少女を岩肌へと降ろす。と、その時。
「げほっ!」
祓式が解けて口から大量に吐血する。足の力が抜けて秋葉はその場に倒れ込む。
視界が徐々に暗くなり、祓力で止めていた血が腹部から流れ出す。身体が急激に冷えていくのを感じる。ふと自分の名前を呼ぶ声が篭って聞こえてきた。
(あぁ……みんな……ごめん。約束……守れそうに……ないや……)
だんだん広がっていく血だまりを意識が朦朧とする中、見つめながら秋葉はそんなこと思う。
もっとみんなと一緒にいたかったな……。
その思いを最後に瞼がゆっくり閉じられ、彼女は意識を失うのだった。




