第4章-第12社 怒涛の追撃
(落ちる落ちる落ちるうううう……!)
自分が泳げないことを思い出し内心で焦りながら、うつ伏せの状態で急速に落下していく。
このまま川に墜落して溺死するかもしれないという恐怖心でいっぱいになる中、どんどん水面が近づいてきて思わず固く目を瞑る。
「ぐへっ!?」
何かに衝突したようで呻き声が漏れる。視界には大神学園の紺羽織が見え、腰を抱えられているような感じを覚える。
違和感に気づいてふと横を見てみると、見知った焦げ茶色の毛先の跳ねた短髪が映った。
「って、熾蓮!?」
「あー、ギリギリ間に合って良かったわ……」
「すまん助かった……」
やれやれと言ったふうにため息交じりに言った熾蓮は、秋葉を肩に担ぎながら割れた結界の破片を足場に、河岸へ向かって跳躍する。
体勢を変えるのも何なので、じっと運ばれながら河岸へ着くのを待っていると、大量の水しぶきの上がる音が聞こえた。少し顔を上げると、複数の黒い髪束が秋葉たちを追ってくるのが見える。
「……っ!」
状況の危うさに気づいた秋葉は、左手を熾蓮の背中に置いて身体を支え、斜め上へと手のひらを掲げる。
「ちょっ!? 秋葉!? そんな暴れたら落ちる――」
「――それどころじゃねぇ!」
熾蓮の制止するも、秋葉は差し迫る黒い帯のような髪に向けて、手のひらから無数の桜の花弁を放つ。
射出された花弁は刃のように髪を斬り裂き、無力化する。状況を理解した熾蓮は祓力を脚に纏わせ一気に跳躍。無事河岸へと着地し、熾蓮にそっと岩肌へ下ろされた。
「ありがとな熾蓮。それとさっきはすまなかった」
岩肌に足をつけた秋葉はお礼を言うとともに眉を下げながら謝罪する。
「ええよ。後ろに気づかんかった俺も悪いし。けど、上から落ってきたときはホンマどうしようかと思ったで」
宙に視線を向けながら話す熾蓮に秋葉は苦笑を浮かべる。熾蓮がいなかったら溺れ死んでいた未来しか見えないので、本当にナイスタイミングだった。
「お前にはずっと助けられてばっかだな。良ければ、今度なんか奢るぜ」
「ホンマ!? ほんならなぁ……」
キラッと目を輝かせた熾蓮は、わざとらしく考える素振りを見せる。
「今言ってもどうせ忘れんだから、後でな」
「はーい」
2人で軽くやり取りを交わしていると、斜め前で攻撃から逃れようと跳んでいた樹が降り立った。
「喋ってるところ悪いが、どうやらさっきので敵さん怒らせちまったらしいぞ」
「うげぇ……マジか」
樹の言葉に秋葉と熾蓮は頬を引き攣らせながら川へと視線を移す。
3人の視線の先では、帯状の黒髪が嵐のごとく暴れ回っており、樹が足場として生成した結界は木っ端微塵になっていた。
「というか、あれ再生してない?」
駆け足で合流してきた薫が川の方を向いて指摘する。
注視してみれば、雷や炎でダメージを負った髪が生え変わるように再生されていっていた。それではせっかく苦労して与えた攻撃も無駄になるというものだ。
「さてはある程度水に浸かったら、元に戻る仕組みなんじゃ……」
樹は霊眼で視力を上げて観察しながら小さく漏らす。
汚れた髪を水で洗ったら綺麗に戻るように、ちりぢりに荒れた髪を祟気の含まれる水に浸せば再生するのかもしれない。
つまり、この大堰川自体が祟気で汚染され、巨大な洗髪層と化している限り、半永久的に再生するということなのだろう。
と、その間にも黒い帯状の髪は狙いを定めたのか、津波みたくこちらへ向かってくる。
「何にしてもこれマズいんとちゃう?」
「あぁ。一旦、退避するぞ!」
秋葉はみんなに向けて言った秋葉は即座に身を翻した。
刀を持ちながら岩肌を駆けて歩道を経由し、その先にある山林へと侵入する。遅れて薫、熾蓮、樹も追いつかれないよう木々の中を全速力で走り抜ける。
すると、後ろから怒涛の勢いで黒帯の髪が獲物を追いつめるかのようにして木々をすり抜けてやってきた。
「みんなこっち!」
前を走る薫の誘導に着いて行く秋葉たち。チラッと後ろを振り返ると、もうそこまで迫っていた。
このままじゃ追いつかれる……!
秋葉は地面を蹴って木の枝に飛び移り、木と木の上を跳んで回避していく。同様に熾蓮と樹も枝から枝へ乗り移って前進する。
『どこまで飛距離があるのかは分からないが、固まってたらいずれ捕まる。あれの怒りが収まるまではばらけて山林の中でやり過ごすぞ』
『了解!』
樹の声で一斉に散開する。木の根っこや石ころで足場の悪い地面を奔走していく。
と、後方から突き上げるような地鳴りが鳴り、鳥肌が立つ。
大地が微かに揺れる中、何事かと思い顔を向けると、大量の髪束が空を駆け、こちらに狙いを定めてやって来た。秋葉は足を止めて振り向きざまに、無数の黒髪へ素早い太刀筋で刀を振るう。
(さっきよりも強度が弱くなってる……)
一瞬にして細切れになったも束の間、収まる気配はなく、むしろさっきよりも数が増えた状態で襲い掛かって来た。
歯を食いしばった秋葉は衝突する寸前で、自分を囲うように内縁に紅葉、外縁に桜を展開。矛と盾が高速で回転し、自分の身を守ると共に黒い帯状の髪を瞬時に切断した。
秋葉は一時的に攻撃が治まったのを確認し、走るのを再開する。
刹那、斜め前方で大きな爆発音がなった。焦げ臭いが鼻を掠める。上空に火の粉が散っているので恐らく熾蓮だろう。
直後、右の方角で雷光が走り、一拍置いて木々が焼かれて倒壊した。少し離れた地点から銃声も聞こえてくるので、まだ3人とも生きている。
引き続き、枝の上を駆けて奥へ奥へと進んでいく。すると、ゴゴォっと風を切るような音が聞こえ、上を見上げる。
「ちょっ……マジかよ……」
その眼には、宙を舞う3つの大木の姿が映っていた。彼女は直ちにすぐに枝から飛び降りる。
秋葉が地面に着地した瞬間、乗っていた木に大木が激突し、他の木を巻き沿いしてに倒れていった。土埃が周辺に巻き起こり、視界が奪われる。
そんな中、立て続けに2本の大木が急速に落ちてくる。秋葉は腰を落として刀を脇に構える。桜の花弁で強化した刀身を振り上げて、ぶつかる寸前で弾き返す。そして、刀身に付いた花弁の出力を最大まで上げる。
「ふっ……!」
地面を踏みしめ、力強く刀を振り降ろす。放出された斬撃がまっすぐ大木へ飛び、太い幹が文字通り一刀両断される。
エネルギーを受けて2つに割れた大木は、大きな音を立てて爆発した。その衝撃で風が吹き荒れる。
一方、秋葉は先を急ごうと前傾姿勢で走り出す。しかしその直前で何かに引っ張られたように動かなくなった。
「へっ?」
疑問に思ってふと足元を見てみると、右足首に祟気を纏った髪がこれでもかと絡みついていた。
直後、ぐんと後ろに引っ張られ、地面から足が離れる。身体が宙に浮いた途端、光のような速度で引き摺られる。
「ッーーー‼」
必死に振りほどこうとするが、どんどん引き摺られあっという間に川岸まで到達する。
と、山林の奥に雷光が見えた。それは瞬く間に木々を突っ切り、秋葉に近づいてくる。
「秋葉ッ……!」
「ぐぅっ……!」
駆け付けた薫が秋葉に向かって手を伸ばした。秋葉もそれに応えようと限界まで手を伸ばす。
だが、強い力で足首を引っ張られてしまい、薫の手を掴みきれずに秋葉は川へと連れ去られていった。




